プロローグ 五百年後の世界へ
私には、十年間ずっと遊び続けた大好きなゲームがある。
その名前は――『リリンズ・ゲート・オンライン』。
通称、LGO。
世界累計登録者数三千万人を超える、フルダイブ型VRMMORPGだ。
広大な世界を自由に旅し、魔物と戦い、素材を集め、武器や防具を作る。商人として店を開く人もいれば、料理人になる人、家を建てる人、ひたすら世界中を歩き回る人もいた。
決められた遊び方なんてない。
そんな自由さが、私は大好きだった。
現実の私は二十一歳の女子大学生。
都内で一人暮らしをしながら大学へ通い、空いた時間のほとんどをゲームや漫画、アニメ、映画に使っていた。
その中でもLGOは特別だった。
サービス開始時から遊び続けて十年。
私にとっては、もう単なるゲームではなく、もう一つの生活と言ってもいいくらいだった。
ゲーム内での名前は、リリス・ルクスヴィア。
黒髪の女性キャラクターで、種族は人族。
職業は錬金術師だった。
最初は、薬を作ったり鉱石を精製したりできれば便利そうだという軽い理由で選んだ職業だったと思う。
けれど、いつの間にか私は錬金術そのものに夢中になっていた。
珍しい素材があると聞けば山へ行き、新しい鉱石が実装されれば洞窟へ潜る。
特殊な植物が生えていると知れば、何時間でもフィールドを歩き回った。
素材を見つける。
《鑑定》する。
採取する。
錬金する。
そして、今まで見たことのないものを作る。
その繰り返しが楽しかった。
気づけば職業レベルは限界へ到達していた。
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《神級錬金術師》
Lv999
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ゲーム内でもかなり上位の錬金術師になっていた。
もちろん戦闘もした。
素材を集めるためには危険な場所へ行かなければならないことも多い。だから武器を揃え、魔法を覚え、強い魔物とも何度も戦った。
それでも一番好きなのは素材集めだった。
未知の素材を見つけた時の高揚感。
《鑑定》結果が表示される瞬間のわくわく。
あれだけは、十年間遊んでも飽きなかった。
◇◇◇
そんなLGOにも、ついに終わりの日がやってきた。
サービス終了。
十年間続いた世界が、今日で閉じる。
私は最後の時間を王都で過ごすことにした。
白亜の城壁。
広大な石畳の大通り。
街の中央に立つ巨大な黄金の女神像。
その遥か後ろには、空へ届きそうなほど巨大な世界樹がそびえている。
街には信じられないほどのプレイヤーが集まっていた。
皆、最後の瞬間をこの世界で迎えようとしている。
中央広場には、昔一緒に冒険した仲間たちの姿もあった。
黒い重鎧を着た大剣使い。
青いローブ姿の水魔法使い。
狐耳の弓使い。
白銀の鎧を纏った聖騎士。
最近はログインする時間が合わなくなっていたけれど、最後の日だけは自然と集まっていた。
『またね!』
『十年間ありがとう!』
『楽しかった!』
『次のゲームでも会おうぜ!』
そんな声が、中央広場のあちこちから聞こえてくる。
昔の冒険。
失敗したボス戦。
夜通し素材を集めたこと。
珍しい装備が完成して、みんなで騒いだこと。
思い返せば、いくらでも記憶が蘇ってくる。
やがて、広場の上空に巨大な数字が現れた。
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サービス終了まで
残り
00:01:00
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「……終わっちゃうんだ」
分かっていたことなのに、やっぱり寂しい。
私は黄金の女神像の前へ移動した。
LGOの象徴とも言える像だ。
イベントでも、クエストでも、ただの待ち合わせでも何度も見てきた。
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00:00:10
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十。
九。
八。
周囲のプレイヤーたちも一緒に数え始める。
七。
六。
五。
「楽しかったなぁ……」
四。
三。
二。
一。
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00:00:00
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その瞬間。
世界が止まった。
「……え?」
周囲の人が動かない。
舞っていた紙吹雪は空中で止まり、噴水の水さえ落ちる途中で静止している。
音も消えた。
完全な静寂。
「ログアウト……?」
メニューを開こうとする。
反応しない。
もう一度試しても同じだった。
本来ならサービス終了と同時に自動ログアウトされるはずなのに、私はまだここにいる。
「どういうこと……?」
その時だった。
目の前にある黄金の女神像が、白く輝き始めた。
「……?」
光は急速に強くなっていく。
眩しさに思わず腕で目を覆った瞬間、足元の感覚が消えた。
◇◇◇
再び目を開けた時、私は真っ白な空間に立っていた。
「ここ……どこ?」
床も壁も天井もない。
どこまでも白い空間。
そして私の少し前には、一人の女性が立っていた。
長い髪に、白を基調とした衣装。
優しく穏やかな表情。
その姿を見た瞬間、なぜか自然と答えが浮かんだ。
「……女神様?」
「はい」
女性は微笑んだ。
「突然お呼びしてしまって、ごめんなさい」
「えっと……私、死んだんですか?」
「いいえ。あなたは死んでいません」
即答だった。
「あなたの本来の身体は、今も元の世界にあります。現在は時間を停止した状態で保護しています」
「時間を止めて……?」
「はい」
ますます分からない。
女神様は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「まず、あなたが遊んでいた『リリンズ・ゲート・オンライン』について説明しましょう」
「LGO?」
「はい」
女神様が片手を上げる。
白い空間へ映像が浮かんだ。
森。
山。
街。
王都。
世界樹。
どれも見覚えがある。
でも、どこか違っていた。
「LGOの世界は、人間が完全に一から生み出したものではありません」
「……え?」
「あなた方の世界へ、ある異世界の情報が極めて不完全な形で届いていました。ゲームの開発者たちはその断片的な情報を無意識に受け取り、LGOという世界として再構築したのです」
「じゃあ……」
女神様が頷いた。
「LGOの元となった、本物の世界が存在します」
しばらく言葉が出なかった。
私が十年間遊んできた世界。
その元になった、本物の異世界。
「そして現在、その世界ではLGOで描かれていた時代から、およそ五百年が経過しています」
「五百年後……?」
「はい」
胸の奥が高鳴った。
王都はどうなったんだろう。
世界樹は残っている?
私が知っている国は?
街は?
ダンジョンは?
そして――どんな新しい素材が生まれているんだろう。
「……行けるんですか?」
自分でも驚くくらい早く聞いていた。
「望むのであれば」
「行きたいです」
「即答ですね」
「大好きな世界なので」
五百年も経っていれば、LGOとは何もかも違うかもしれない。
危険だってある。
でも、それ以上に興味があった。
「素材も、ゲームとは違うものがあるのかな……」
「ふふ。きっと、たくさんありますよ」
「行きます」
「先ほどより返事が早くなりましたね」
「気のせいです」
◇◇◇
「では、向こうの世界へ行くにあたり、あなたが望む特別な力を一つ授けます」
目の前へ複数の表示が現れた。
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《剣神》
《賢者》
《無限収納》
《幸運》
《不老不死》
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「一つだけ?」
「はい」
《剣神》なら戦闘で困らなさそうだ。
《賢者》なら強力な魔法が使える。
《無限収納》は素材集めには魅力的。
《幸運》も捨てがたい。
それでも私は、最後に表示された力から目を離さなかった。
「《不老不死》にします」
「それを選びますか?」
「はい」
迷いはなかった。
「せっかく五百年後の世界へ行くなら、できるだけ長く見て回りたいです」
一年でも。
十年でも。
百年でも。
もっと先でも。
世界が変わっていくところを、自分の目で見たい。
急ぐ必要もない。
好きな場所へ行って、素材を集め、錬金して、気が向けば冒険する。
そんな生活も楽しそうだった。
「分かりました」
女神様が手を伸ばす。
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《不老不死の加護》
獲得
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「この加護によって、あなたは老化しません。致命傷を負っても肉体は再生し、病、毒、呪い、即死といった生命を直接脅かすものにも強力な耐性を持ちます」
「食事とか睡眠は?」
「しなくても命を失うことはありません。ただし、空腹や眠気そのものが完全になくなるわけではありませんし、食事や睡眠も今まで通り楽しめます」
「それならよかった」
美味しいものまで食べられなくなるのは嫌だった。
「そして、これはあなたが選んだ力とは別です」
「別?」
「私からの餞別です。少々、手厚くしておきました」
女神様がもう一度手を伸ばした。
柔らかな光が私の全身を包み込む。
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《女神の加護》
獲得
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《加護効果》
獲得経験値 10倍
獲得AP 10倍
獲得SP 10倍
獲得技能熟練度 10倍
獲得職業熟練度 10倍
獲得戦技熟練度 10倍
ドロップ率 10倍
レアドロップ率 10倍
素材獲得量 10倍
幸運補正 10倍
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「……手厚いっていうレベルかな、これ」
「せっかくですから」
「いいんですか?」
「もちろんです」
全部十倍。
特に素材獲得量とレアドロップ率が気になる。
「ありがとうございます」
「喜んでいただけたようで何よりです」
顔に出ていたらしい。
「それから、向こうではあなた自身の素質として《勇者》の職業も与えられます。ただし、あなたが希望した《錬金術師》も失われません」
「二つ?」
「はい」
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名前:
リリス・ルクスヴィア
種族:
人族
職業:
《錬金術師》
《勇者》
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《鑑定》
習得
《インベントリ》
習得
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「《インベントリ》は容量無制限です」
「無限?」
「はい。時間停止機能もあります」
「……かなり便利」
「素材集めがお好きでしょう?」
「大好きです」
「知っています」
ちょっと恥ずかしい。
「あなたの魔力も、この世界へ適応する際に調整してあります」
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最大MP
10000
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「一万?」
「あなたは元々、LGOでも魔力の扱いに長けていましたから」
「でもこれ、普通じゃないですよね?」
「かなり多いですね」
女神様はさらっと言った。
「心配しなくても、《不老不死の加護》や《女神の加護》、そして本来の魔力量は他者から簡単には確認できないよう隠蔽しておきます」
「それは助かります」
最初から余計な騒ぎには巻き込まれたくない。
「そして転移先ですが、ちょうど向こうの世界で勇者召喚の儀式が行われています」
「勇者召喚?」
「はい。《聖ルミナス王国》という国です。あなた以外にも五人、同じ世界から召喚される方がいます」
「私を入れて六人?」
「そうなります」
「いきなり王城なんだ……」
「森の真ん中よりは安全でしょう?」
「それは確かに」
女神様の周囲から白い光が広がっていく。
「この世界は、あなたが知っているLGOと似ていますが、同じではありません。そこで暮らしている人々も、魔物も、本物です」
「はい」
「だからこそ、誰かに決められた物語ではなく、あなた自身の人生として自由に歩いてください」
私は頷いた。
「そうします」
好きな場所へ行く。
素材を集める。
錬金術をする。
知らない街を歩く。
美味しいものを食べる。
気になるものがあれば寄り道する。
そして、五百年後の世界を自分の目で見て回る。
「それでは、良い旅を」
白い光が視界を覆った。
◇◇◇
次に感じたのは、石床の硬さだった。
「……ん」
目を開ける。
そこは巨大な石造りの部屋だった。
床には複雑な魔法陣が描かれ、壁際には白いローブを着た魔法使いたちが並んでいる。
私は魔法陣の中央に立っていた。
格好は現実世界で着ていたまま。
白いニット。
青いジーパン。
白い靴。
「成功した……!」
「勇者召喚が成功したぞ!」
周囲から歓声が上がる。
そこで気づいた。
「……私だけじゃない」
同じ魔法陣の中に、私以外にも五人いる。
全員、私と同じ日本人らしい服装をしている。同年代くらいの男女だった。
「ここ、どこだよ……」
「さっきまで家にいたはずなのに」
「本当に異世界……?」
皆、混乱している。
私も事情を知らなければ同じだったと思う。
そこへ、豪華な白いローブを纏った年配の魔法使いが近づいてきた。
「勇者様方、突然の召喚をお許しください。我々は《聖ルミナス王国》の宮廷魔法師です」
女神様の言った通りだった。
「国王陛下がお待ちです。まずは玉座の間へお越しください」
私たちは魔法使いに案内され、召喚の間を出た。
◇◇◇
王城は想像以上に大きかった。
白い石で造られた長い廊下。
高い天井。
巨大な窓。
壁には王国の歴史らしい絵画や、剣と翼を組み合わせた紋章が飾られている。
やがて大きな両開きの扉が開いた。
「異世界より召喚されし勇者様方、ご入場!」
玉座の間。
赤い絨毯の先に、一人の男性が座っている。
五十歳前後だろうか。
白と金の衣装を纏い、頭には王冠。
その両脇には騎士や貴族、魔法使いらしい人々が並んでいた。
「突然この世界へ招いてしまったこと、まずは王として謝罪する」
王様は意外にも、最初に頭を下げた。
「余は聖ルミナス王国国王、アルフォンス・ルミナス。この世界は現在、大きな脅威に晒されている」
王様から、この世界について説明を受けた。
ここはリリンズ・ワールド。
私が知っているLGOの時代から、およそ五百年後。
国々の形も変わり、新しい街や文化も生まれている。
そして現在。
魔族を率いる《魔王》が勢力を拡大しているらしい。
「我々だけで戦う努力は続けている。しかし古くから伝わる召喚術には、異世界より《勇者》の素質を持つ者を招く力がある」
王様が私たちを見る。
「身勝手な願いであることは承知している。それでも頼みたい。どうか力を貸し、いずれ魔王を討ち倒してほしい」
他の五人が戸惑った顔をする。
当然だと思う。
いきなり異世界へ呼ばれて魔王を倒せと言われても、すぐに受け入れられる人の方が少ない。
「今すぐ決める必要はない」
王様は続けた。
「この国に留まり、訓練を受けることもできる。王都で暮らしながら考えても構わない。召喚した責任として、当面の生活については我々が支援する」
強制ではないらしい。
それなら少し安心した。
◇◇◇
続いて、私たちの能力確認が行われた。
運び込まれたのは、人の背丈ほどある透明な石板。
「《鑑定板》です。手を触れていただければ、現在の能力の一部を確認できます」
一人ずつ順番に触れていく。
他の五人にも《勇者》の職業があり、それぞれ剣士や魔法使いなど別の職業も表示されていた。
そして私の番。
「こちらへ」
「はい」
手を触れる。
透明だった板へ文字が浮かんだ。
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名前:
リリス・ルクスヴィア
種族:人族
Lv1
職業
《錬金術師》
《勇者》
HP:100
MP:100
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「二重職業……」
「錬金術師と勇者か」
周囲が少しざわついた。
私は表示を見ながら、心の中で首を傾げる。
本当のMPは一万。
でも、鑑定板には百としか出ていない。
《女神の加護》も《不老不死の加護》も表示されていなかった。
女神様の隠蔽はちゃんと働いているらしい。
「錬金術師ですか」
王様が興味深そうに私を見る。
「戦闘職ではありませんが、勇者の職業もあります。成長すれば大きな力となるでしょう」
「そうなんですね」
私は錬金術師の方が嬉しかったけれど、それは黙っておいた。
◇◇◇
その後も色々な説明を受けた。
王都のこと。
通貨。
冒険者ギルド。
魔物。
魔法。
そして魔王軍。
他の召喚者たちは、しばらく王城で訓練を受けることにしたらしい。
私は少し考えてから、王様へ自分の希望を伝えた。
「私は、まず王都を見て回りたいです」
「城を出ると?」
「はい。冒険者として、この世界を自分で見てみたいです」
王様は少し驚いたものの、反対はしなかった。
「分かった。無理に引き留めるつもりはない。ただし、決して無茶はしないでほしい」
「ありがとうございます」
「召喚した者として、これを受け取ってくれ」
革袋が渡された。
中を確認する。
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金貨×20
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「二十枚」
説明された貨幣価値では、金貨一枚がおよそ一万円ほどの感覚らしい。
つまり約二十万円。
装備や生活用品を揃えるための初期資金としては十分だった。
「ありがたく使わせてもらいます」
私は王様へ礼を言い、王城を後にした。
城門を抜けた先には、見たことのない王都の街並みが広がっている。
五百年後の世界。
そして、本物の異世界。
「……さて」
まずは装備。
その次は冒険者ギルド。
やりたいことは、もういくらでも思いつく。
私は金貨の入った革袋を手に、初めて歩く王都へ足を踏み出した。




