ビデオ電話
午後3時になった。
ナイラがラップトップを開いた。
接続が始まった。画面が乱れ、安定し、クウェートの室内が映った。
25歳になったファリダが、画面の中にいた。
黒い瞳。長い髪。幼い頃の面影が、今も残っていた。
「ナイラ叔母さん!」と彼女は言った。アラビア語で。
「ファリダ」とナイラは言った。アラビア語で答えた。声が、普段とは少し違った。柔らかくなった。
レフはその場から少し離れ、窓の外を見た。
2人がアラビア語で話す声が聞こえた。笑い声が混じった。ファリダの声は明るかった。元気そうだった。
「レフさんはいる?」とファリダが言った。
ロシア語だった。ロシア語を勉強しているらしかった——ナイラから聞いていた。
レフは振り返り、ラップトップの前に近づいた。
「ここにいる」とレフは言った。
画面の中のファリダが、少し表情を変えた。
「ありがとうございます」と彼女は言った。ロシア語で、しかし丁寧に。「ナイラ叔母さんから、あなたのことをずっと聞いていました」
「何を聞いた」
「難しい人だって」とファリダは言った。
レフは横のナイラを見た。
ナイラはカップを持ったまま、視線を逸らした。
「そうだな」とレフは言った。「難しい人間だ」
ファリダが笑った。
「でも、正しいことをした人だとも聞きました」
「……それは、まだわからない」
「私には、わかります」とファリダは言った。「私は今、生きています。クウェートで、自分の家で、自分の名前で。それだけで——十分です」
レフは何かを言おうとした。
言葉が来なかった。
「来年、クウェートに来てください」とファリダは続けた。「ナイラ叔母さんも一緒に。海を見てください。クウェートの海は、きれいですから」
「考える」とレフは言った。
「考えるじゃなくて、来てください」とファリダは言った。今度は少し強く。
ナイラが横で笑った。
「ファリダは私に似てる」とナイラは言った。ロシア語で、レフに向かって。
「どこが似てる」
「押しが強いところ」
「……そうだな」
レフは画面を見た。
クウェートの室内。窓から差し込む光。ファリダの後ろに、花が飾ってあった。
白い花だった。
「その花は何という花だ」とレフは聞いた。
「え?」とファリダが言った。
「後ろの白い花」
「ああ——ジャスミンです。クウェートでよく咲く花で、私の好きな花」
ジャスミン。
白い花。
レフは目を閉じた。
1秒だけ。
アーニャが好きだった白い花の名前を、ずっと覚えていなかった。
しかし今——白い花の名前を知った。
同じ花かどうかは、わからない。
しかし白い花は白い花だ。
「きれいな花だ」とレフは言った。
「ありがとうございます」とファリダは言った。「来年、クウェートに来たら、たくさん咲いているところに連れて行きます」
「……ああ」とレフは言った。
今度は「考える」とは言わなかった。




