モスクワ郊外
モスクワから電車で1時間半。
針葉樹の森が続く中に、小さな集落がある。
集落の外れに、白い壁の小さな家が建っていた。庭に林檎の木が1本、この秋に実をつけていた。赤い林檎が枝に重くなり、風が吹くたびにいくつかが落ちた。
落ちた林檎は、玄関前の石畳の上に並べてあった。
丁寧に、手で拾い集められた林檎が、10個ほど。
レフ・シャポシニコフは、その石畳の前で足を止めた。
41歳になっていた。
白髪が増え、頬がこけ、目の下の隈は相変わらずだった。右足に義足をつけていた——2001年に腫瘍の切除手術を受け、膝から下を失った。放射線による晩期障害だった。チェルノブイリの禁止区域に入ったあの夜から15年が経っていた。
しかし義足の調子は、今日は悪くなかった。
天気が良かった。秋の、澄んだ青空。
「遅かった」
玄関のドアが開いて、ナイラが言った。
アラビア語のアクセントが残った、しかし流暢なロシア語で。今日は「ラーナ・カリモフ」という偽名ではなく、本名の「ナイラ」として生きることが認められて久しかった。2年前、ロシア政府がチェルノブイリに関する情報公開の一環として、彼女の庇護を正式に認定し、本名での居住が可能になった。
「電車が遅れた」とレフは言った。
「いつも遅れる」とナイラは言った。「入って。お茶とケーキがある」
「ケーキ?」
「今日は特別な日でしょ」
レフは一拍、置いた。
「……何かあったか」
「あなたが忘れてどうするの」とナイラは呆れた顔をした。「クウェートからビデオ電話が来たのよ。今日の午後3時に」
「ああ」とレフは言った。「そうだった」
家の中は、暖かかった。
テーブルの上に、ラップトップが置かれていた。画面はスタンバイ状態で、スクリーンセーバーが動いていた。
壁に、写真が貼ってあった。
クウェートの街の写真。海の写真。人々の写真。
その中に、1枚だけ、ワシントンD.C.の写真があった。
議事堂の写真ではない。
ポトマック川の写真だった。
レフはそれを見た。
「いつから飾ってる」と聞いた。
「去年から」とナイラは言った。「誰かが撮ってくれた写真を送ってきた。ポトマック川のそばに住んでる研究者で——チェルノブイリの証言を研究してるんだって。あなたのことも調べてるらしい」
「俺のことを?」
「あなたは今や、歴史の一部よ」とナイラは言った。「嫌でも」
「嫌だ」
「知ってる」
お茶が来た。
ナイラが焼いたケーキも来た。林檎のケーキだった。庭で採れた林檎を使ったらしく、素朴な見た目で、しかし良い匂いがした。
レフはそれを一口食べた。
「うまい」と言った。
「ありがとう」とナイラは言った。素直に。




