第220話 フリーデル
「ヒャクモノガタリ……? そう書いてあるのか?」
「ええ……日本の有名な降霊術のひとつです、それがなぜドイツに……」
禍々しい瘴気を放ち続ける手記『百物語』を前にして、劉兎は冷や汗を流しながらティバルトを横目で睨む。
睨まれたティバルトも困惑の色を示しており、自作自演のようには見えない。
おもむろに手記へと手を掛けると、劉兎の疑念はさらに加速した。
「なんだこれ……開かないッ!」
「……開くことはできない、ゆえに中に何が書いてあるかも知らないんだ」
黒い霊力が渦巻く手記は、持ち上げることも開くこともできなかった。
まるで強固な鍵が掛かっていると言わんばかりのそれは、いくら劉兎が力を込めようともビクともしない。
「もしかして『呪い』がかかってるのかも」
「『呪い』?」
「霊力に条件をつけて縛る作用のこと、恐らくこの手記の主は開かれないように何かしらの条件をつけてる……この手記の主に心当たりは?」
キッと劉兎の視線がティバルトへと向く。
ティバルトはバツが悪そうに視線を逸らすと、分からないと告げるように首を左右に振った。
しかし、劉兎には心当たりがひとつあった。
「……霊の歌」
「え?」
「これは俺の憶測ですが、霊の歌がこの手記を書いたのかもしれない」
扉を開く前から感じていた嫌な雰囲気と、手記から充てられた霊力の圧、劉兎はこれをよく知っていた。
宿敵、霊の歌そのものだったのだ。
「霊の歌って……君が倒したと言っていたとんでもない悪霊だろう?」
「奴は『バラクラバ』という悪霊の子分を従えてました……そいつらの名前は、まさにレヴォルテと同じ、ドイツ語の番号を振られていた」
「……まさか」
「そのまさかです。霊の歌はドイツ人だった」
まだまだ憶測の域は出ない。
けれども、霊の歌がドイツ人であるならば、現在目にしている状況には辻褄が合う。
「霊の歌がドイツ人だとして、一体この手記を遺すことになんの意味が?」
「手記……『百物語』……降霊術……そうか!」
「霊の歌は『百物語』を使って、未曾有のテロを行おうとしていたのかもしれない……奴にしか開けないように『呪い』を掛け、中には色々な悪霊の情報を書いておき、然るべき時に開く……」
「開いたら、世界全体に悪霊が放たれる、ということか?」
「そういうことです」
ティバルトの推測に指を鳴らす。
これ以上話していても憶測の域を出ることはない、劉兎は直ぐにデバイスを取り出し、ある所へ連絡を取ろうとする。
その最中、血相を変えたレヴォルテの構成員がやってきた。
「リーダー! 悪魔が出現しました!」
「ッ!」
「そうか……悪いが劉兎くん、考察はここまでだ」
悪魔とは、レヴォルテ達が悪霊を表現するのに使った言葉。
ドイツの悪霊は人型より怪物型のものが多く、必然的にそう呼ぶに至っている。
血相を変えた構成員に連れられ、手記の間を後にし、劉兎達は『聖域』から出た。
「何だこの化け物……!」
「『バジリスク』か」
地上に出ると、ネルトリンゲンは黒い霊力に包まれていた。
既に主を失くした建物を執拗に攻撃する悪霊達。
頭は鶏、身体は蛇。その異質な見た目の化け物に、劉兎は困惑を隠せない。
しかし、ティバルトは冷静に対処を始めた。
「アインスからアハトは悪魔の誘導を、ノインからツヴェルフは俺と戦うぞ」
ティバルトの指示に了解を示す構成員達。
迫り来る異形の化け物『バジリスク』は大軍を成してネルトリンゲンを闊歩しており、各個撃破をするにはあまりにも街へと散開しすぎている。
劉兎も戦うべく刀を抜き、霊力を高めた。
「『バジリスク』は身体は岩のように硬い、斬るときは気をつけてくれ」
「分かりました」
蝙蝠のような悪霊も連れ、広がる『バジリスク』達。
構成員達が上手く街の中心へと誘導していく中で、一人の構成員がティバルトに耳打ちした。
直後、驚きから目を見開いたティバルトは、先程よりも大きな声を張り上げた。
「戦闘中止! 全員退け!」
「……は?」
抗議することなく従う構成員達。
肉薄した『バジリスク』と戦う劉兎ともまた、困惑の色を見せつつ、ティバルトのもとまで下がる。
「一体どうしたんですか? あの程度、祓えるでしょう」
「いいんだよ、ここはもう落ちる」
「……はぁ!?」
このタイミングでの『落ちる』という言葉は、文脈から見れば『負ける』と同義。
確かに劉兎の刃は『バジリスク』には通らなかった。しかしまだ劉兎には研ぎ澄ましや極彩色、薄氷といった身体強化術が残っている。
それでも早計に負けだと判断したティバルト。劉兎はしかめ面になるしかない。
だが、それを見越していたのか、ティバルトは空へと指を指した。
つられて空を見上げる劉兎。
「……なんだ、これ」
唖然とする劉兎の視線の先には、紅く染まった空。
夕陽の照り返しではないその紅、さらに中心には人影。
人影は、高笑いをしていた。
「カッカッカ! 『バジリスク』か!」
整えられた白髪を揺らし、紅いインナーカラーが見え隠れしている。
白い肌の少女が、腕を組みながら落下していた。
「ッ! 誰!?」
「彼女もうちの構成員さ」
突然の乱入者に、街を襲っていた『バジリスク』も思わず空を見る。
敵味方関わらず、全員の視線が少女に一致する中、少女は空を掴んだ。
「消え失せろ! 地球落とし!」
空を掴んだまま、落下した少女はそれを叩きつける。
空間を割るような衝撃と、堕ちた紅の霊力は、瞬く間に『バジリスク』を一掃した。
巻き上がる砂塵の中で、落ちるように着地した少女は、艶のある白髪を靡かせて仁王立つ。
驚く劉兎を横目に、ティバルトは笑んだ。
「うちのもう一人の『記憶持ち』だ。名はフリーデル」
「腹が減った! 飯食わせろ!」
独特な笑い声を上げながら、劉兎達の元に歩いてくるフリーデル。
艶のあるサラサラな白髪を揺らし、透き通るほど白い肌に、深紅の瞳。クラシックなボブカットのインナーには、紅のカラーが添えられている。
タレ目で鼻が高く、整えられた睫毛はまるでお嬢様であった。
しかし、潤いのある唇から放たれる言葉は強気そのもの。結果的に劉兎の脳をバグらせていた。
驚きからフリーデルへの視線を外せない中、背後の粉塵が巻き上がり、生き残りのバジリスクが姿を表す。
「後ろ!」
「カッカッカ! 小賢しいわ!」
劉兎の警告も束の間、背後を狙うバジリスクを首を傾げるだけで避け、通り過ぎた瞬間に掴み、地面に叩きつける。
「心配ない、フリーデルは『ヨーロピアン柔術』の使い手……うちの鉄砲玉さ」
「ん? 知らぬ顔がおるな」
手の中で霧散していくバジリスクに見向きもせず、駆け寄った構成員から携帯食料をぶんどり、ひと口齧りながら劉兎へと接近するフリーデル。
その眼は、まるで獲物を見つけた肉食動物。
紅の鋭い視線に刺され、劉兎は後退った。
フリーデルが前に立つ、足の先から頭の先まで舐めまわすように見つめられ、突然笑った。
「お主、強いな? 名前は?」
「……日本の悪霊を祓除する組織『霊歌』の会長をやってる、柊 劉兎です」
「ふーん……まぁ、肩書きなどどうでもよい」
名前を聞き、再度品定めをするように視線を動かすフリーデル。
数秒後、携帯食料を齧り、口角を上げた。
「いいなお前! 劉兎! 身共のツガイになれ!」




