35.
「あの、キー...ふ、副団長...手を」
おずおずと申し出ると、ぱっと右手が開放された。
「っ...申し訳ない」
気まずそうに頭を下げるキースさん。
「いえ、その、大丈夫です」
医務室の中の人たちが、私たちを見て、というか私を見て固まっている。
そりゃそうだよね。
誰だ、こいつって事ですよね。
「...あの、初めまして。ユウキと申します。突然ですが、本日より雑用係としてこちらの騎士団でお世話になることになりました。未熟者ですが精一杯努めますので、よろしくお願いします」
きちんと頭を下げて挨拶をする。
何事も最初が肝心だ。働きやすい職場環境を手に入れるには、礼儀は重要だ。
しかし、誰も、何も反応してくれない。
白衣の男の人たちは揃ってぽかんとしている。
辛辣だけれど可愛らしい男性だけは、私などには目もくれずテーブルの上の葉っぱと睨めっこしている。
不安になってキースさんを振り仰ぐと、
「大丈夫だ」
と力強く頷かれた。
...何が?
「彼は、第4騎士団に所属を希望している。よろしく頼む」
改めてキースさんからも紹介されると、ざわりと空気が揺れた。
「...いやいやいや、何かの間違いでしょう」
「副団長、どんな手で脅したんですか?」
「可哀想に...最低ですね、副団長」
「雑用って言いました?...冗談でしょう」
「こんな綺麗な子に、いったい何をさせようっていうんですか」
「ないわー、副団長」
「「「ないわー」」」
キースさんが散々な言われようだった。
***
「ヨンジュ、どうだ?」
難しい顔をした白衣の男性に、キースさんが声をかける。
この可愛らしい方は、ヨンジュさんというのか。覚えた。
「わたしも実物を見たのは初めてですが、この葉はおそらく、本物かと...試してみても?」
神妙な顔のヨンジュさんに、キースさんが頷いて見せる。
萎れてクタクタの草を、ヨンジュさんはとてつもなく丁寧に扱った。
葉っぱを小指の先くらいに小さく切り取り、小瓶に入れ、そこに慎重に水を注ぐ。目を閉じてゆっくりと深呼吸をしている姿は、とても神聖なものに見えた。
小瓶を包むように両手で持ち、目を閉じ、何やら口の中で唱えた。
それは、幻想的な光景だった。
淡い光がヨンジュさんの両手を包み、ふんわりと発光して、消えた。水に浮かんでいたはずの葉っぱの欠片は、どこにも見当たらない。
私は声も出ないほど驚いたし、興奮したし、正直テンションが上がった。
すごい!魔法みたい!
いや、これがきっと魔術なんだ...!
感動だ。感動の不思議現象。
しかし、周りを見ても誰も私のような反応はしていなかった。
冷静に、むしろ緊張した面持ちで小瓶とヨンジュさんを見つめている。
ヨンジュさんが、ごくりと唾を飲み込んだ。キースさんに目配せした後、ベットに歩み寄る。
痛みに苦しむ男性の口元に小瓶を傾けると、ほんの少量その水を飲ませた。
やがて起きた現象に、さすがに自分の目を疑った。
私が感じた葉っぱの効能は、痛みが少し和らいで火傷の痕が数日で消える。その程度だった。
しかし、先程まで痛みに呻いていた男性は、今や穏やかな顔で眠りについている。
赤く爛れていた皮膚は、跡形もなく綺麗に再生していた。
...は?
その場にいた全員が息を呑んだのが分かった。
そして、ゆっくりと集まる視線が痛い。
痛みが和らぎますよ(笑顔)とか言った自分が恥ずかしい。
適切な使い方をすれば、あんな少量でこんなにも効力のある葉っぱだったのか。
ヨンジュさんが作ったのって、いわゆるポーションってやつだよね。
まるでゲームの世界だ。
しかもヨンジュさんの口ぶりでは、あれはなかなか手に入らない希少な薬草っぽい。
えー...けっこう、その辺に生えてたけど...
...言えない。
適当に揉んで、湿布みたいに使っていたなんて。
ごっそり摘んで、あちこちの患部に貼りまくってたなんて。好奇心から、ちょっとかじって飲み込んだこともあるなんて...絶対に言えない。
私は、全員の視線から逃れるように、そっとキースさんの背中に隠れた。




