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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第1章 ー 大狼の目覚め編
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15.物漁り

15.Looting


あの森とは余りにもかけ離れていて、戦ぐ風にすら何か作為めいたものを感じる市街路だった。

地に膝ついて仰いでみたところで、何も得られるものなどありはしないだろうと、一羽の鴉に身を扮し、孤独に佇む街路樹に止まって辺りを観察する。


牡馬以外にも、もう一つだけ現し身があって、それが鴉だった。

Loki邸にて、である。


門前の小道を歩きつつ見上げるだけでも、豪勢な邸宅であることはすぐにわかるのだが、実際にこうして俯瞰して領地の広大さに驚いた。時勢に乗り得た者しか手にできないような、たいそう立派なそれである。

しかしながら、ゆとりが…庭があまりにも少ないようにも見受けられる。あいつらしいと言えばそれまでではあるが、これじゃあFenrirの遊ぶ場所は無かっただろうに。

それにしても有する部屋の数は相当なものだろうから、これはFenrirの部屋を探すのは難儀しそうだった。


あんまり彼を一匹のままにしておきたくなかったから、長居はよそうと思っていたのに。

猛禽のずば抜けた視力を駆使して、部屋の内部を具に観察していたが、まだそれらしい部屋を見つけられずにいる。


敷地に堂々と上がり込んで、訪ねてみようなどとは思わなかった。

Lokiに自分から会いに行くなんて願い下げだったし、仮に頭を下げて俺にそうする勇気があったとしても、あいつが素直に部屋へと通してくれるはずがない。笑うにきまっているのだ、俺のことを、Fenirirのことを。

出来ることなら、穏便に。やはり会わない方が良いのだ。


だからこんな、覗きなどと言う犯罪じみたことをしているのだった。

Fenrirのためだ、やむを得ない。それにLokiが相手だとだけあって、罪悪感はあまりなかった。

気付かれさえしなければ良い。別にもうお前とは関係のない話なのだから。


…そうは言っても、ぱっと見はどの部屋も一緒なんだよなあ。

あまりにも特徴が無くて、もしかしたら俺はFenrirの部屋を見過ごしてしまっているのかも知れなかった。

流石に他の部屋とは違うだろうと思っていたのだが、甘かったようだ。てっきり俺は、子供部屋のようなものを想像していたんだけど。


主人は幸いにも留守のようで、女中が部屋を掃除しているのが見えた。

彼女は部屋のすべてを掃除して回るだろうか。だとしたら彼女を観察していれば何か手がかりが得られるかもしれないけれど、そんなに悠長に待っていては時間が惜しい。

そもそもFenrirの部屋はまだ現存するのか?無かったらもう意味ないぞ?

そんな疑念が頭を擡げる始末だった。

ああ、せめてFenrirに部屋のことをちょっとでも探りを入れておけばよかったなあ。

でもそれじゃあ意味無いんだよな…。


ふと真面目になって考えてみる。


俺がもしLokiの立場であったなら、子供を持たない俺に想像するのは難しいことではあったが、もういなくなった子供の部屋は片付けてしまうものなのだろうか?

例え、それが忌み子であったとしても。


「…まだ、ある筈だ。」

それが忘れ去りたい過去であったとしても、そのままにしておく、俺だったら。

彼がもうFenrirに対する思いを何ら残していなかったとしても、Fenrirはあいつの息子なんだから。


探そう、きっとどこかに在る。

よし、と気持ちを入れなおして周囲を見渡して目に入ったのは隣の公園だった。


周りを茂みに囲まれたその広場は、遊具が少なめであるようで、何人かの子供たちがサッカーをしている。春らしい陽気に誘われ、木陰でお喋りを楽しむ二人や、散歩を楽しむ親子連れもぽつぽつといる。

その様子を見ているとなんとなく、両前脚を窓枠にかけて顔をあずけ、みんなで楽しそうに遊んでいる子供たちの姿をぼんやりと、寂しく、羨ましそうに眺める彼が浮かんできてしまうのだった。

強ちただの想像では無いのかもしれないと思うと、居た堪れなかった。

きっと尻尾もしょぼんと垂れていたに違いない。


そう思ったところではっとして、急いで今止まっていた木から飛び立ち、園内の建物側の木へと移る。

もしかしたら本当にそうだったのでは…突拍子のない思い付きを信じ、公園に面した部屋を一つ一つ凝視する。

「…あった!!」

果たして見つかった。

窓の大きさこそ他と変わらないものの、他の部屋に置かれていたような調度品の代わりに、日を避けるようにして玩具があったのを俺は見逃さなかった。

しかも都合の良いことに、窓は開いたままになっているではないか!


なんと運が良いことか、我ながら恐ろしい。

念入りに周囲を見渡してから、俺はゆっくりと空を旋回すると、風を孕んだカーテンの隙間へと飛び込んだ。

両羽を広げ、ふわりと風を受け止めると着地と同時に元の姿へと戻る。


「ここか…。」

無事潜入に成功した俺は、外套のフードは外さぬまま部屋の様子を伺う。誰もいないようだ。

念のため目撃者がいないかを見渡して、またカーテンを閉めておこうと窓の方を振り返ると、春日はカーテンのレースで和らぎ、淡い靄がかった光の世界を創り出していた。

思わず外を確認するのも忘れ、息を呑んでそれに見とれてしまう。


部屋の雰囲気を受け入れてみようと、俺はその場に座り込んでみるが、空気は子供部屋とは思えないほどに張り詰めていて、打ち解けてくれる気配はないようだ。

想像できるだろうか?彼がいた頃のその姿を。


意識を集中させてみて、あらゆる音を頭から追い出してみる。

視界の端に、Fenrirがいた。身体はまだ小さくて、成犬と大差ない、それがまだ生まれて間もないとわかった。


毛布でいっぱいの寝床に身を横たえて、微動だにしない。呼吸に合わせて小さく膨らんだり、しぼんだりもしなかった。ぐったりとしていて、死んでいるようにさえ見える。

風で毛皮が優しく靡く。それでも動かない。


再び音が流れ始める。意識からそれを締め出すことの出来なかった俺は、Fenrirを横目に立ち上がり、歩き出さねばならなかった。


窓の外から見えていた玩具は、色の塗られたブロック積み木だとわかった。傍には木の板に立てられた針金に、大小さまざまんボールが通してあるものもある。

部屋の奥には他にも様々な玩具が山積みだった。すべてLokiがFenrirに買い与えたものだろう。


…でも、彼には遊び相手がいなかったのだ。玩具だって一匹じゃ遊びきれないだろうに。

足元には、青いボールが媚びるようにして転がっていた。これだけ使いこまれた跡がある、彼のお気に入りだったのだろうか?


ざっと部屋の小物を見終えて、ようやく俺はお目当ての本棚へと対峙する。

部屋に足を踏み入れた、というのは字面からしておかしいか、その時点で気づいていたのだが、なんと扉の向かいの壁一面が全てそうだったのだ。

部屋の端から端まで、床から天井まで、びっしりと敷き詰められている。

その威圧感に、思わず一歩後退りしてしまう。

一応その全体を見渡してみて、ふぅっと溜め息をつく。


「…さあて、どうしようか。」

あの賢狼がこれらの本をすべて読破した、なんてことが無いのを心から願うが、じゃあどの本を読んでいて、そしてどの本を持っていけば、あいつは喜ぶだろう?

自分の目線の高さに並ぶ本の背表紙を読んで、これは途方もない時間を要する作業であることを俺は確信した。

「…。」

…なんだこれ、子供が読むよう本じゃあないぞ。それどころか、本の虫でもない限り手に取らないだろう。

眩暈がする。理解の範疇を超える内容を想像してしまい、開く気すらしない。


Fenrir絶対読んでないよね?大丈夫だよね?

どうも、否定しきれないんだよなあ…。

開く気すらと言いながら何となくぱらぱらと数ページ捲って、そっと元の場所に戻す。

こうした本を選択肢から外すことのできない状況に戦きつつ、どうしたものかと途方に暮れる。


また、変わらない部屋の空気へ意識が向いた。

ああ、…そうだ、先のように、Fenrirの視点になるのが良い。


俺はゆっかりと屈んで片膝をつき、一番下の段の棚を覗き込んだ。

ほら、あった。

なじみ深い童話のタイトルの数々に、俺は思わず顔を綻ばせた。

Fenrirが読むような本は、Fenrirの目線が合うようなところにあると思ったのだ。

うんうん、小さい子供って言うのは、はじめはこういう絵本を読むものだよな。

ほっと安心して、適当なものを何冊か引っ張り出していく。

どの本をとってみても埃一つ舞わない、やはりこの部屋は掃除が行き届ていると見えた。

つまりはいつ女中がこの部屋を掃除しに入ってきてもおかしくないな。

あまりここでのんびりと物色している時間はなさそうだ。

あれもこれもと手に取りつつ、そう言えばFenrirはどうやって本のページを捲るのだろう、やっぱり肉球でちょっと可愛くやるのかな、などとどうでも良いことが気になりながらも、急いで持ち出す本を選り分けていった。


「…よし、と。こんなもので良いかな。」

鞄にそれらをしまい、立ち上がる。

もうここに用はない。さっさと立ち去ることにしようか。

外套を翻し、窓へ向かって歩き出そうとしたまさにその瞬間だった。

何と言うことか、ドアノブがガチャリと音を立てて回ったのだ。


まずいっ…!


周囲に隠れる場所もなく、鞄の中を気にしていた俺は完全に虚を突かれ、その場に立ち竦んでしまった。

扉が軋みながら開き、先に掃除用具を乗せた台車が押し入ってきた。

続いて現れた女中は、突然の不審者との遭遇に短い悲鳴を上げ、手に持っていた箒を取り落とす。

からんからん、と音が止むのを聞いてから、俺は落ち着き払ってゆっくりと女中のほうへ向き直り、フードを外した。



「…Lokiは、まだ来ないのか?」

「…!? てぃ、Teus、様?…どうしてこちらに…?」

相手の素性が名のあるそれとわかり、取り敢えず身の危険はないと悟ったようだが、依然として訝し気な目つきでこちらを見る。

警戒するのは当然のことで、えらく落ち着いているこの男は、居直り強盗そのものだった。

「この部屋で待つように言われたからに過ぎないが…君のご主人様はこの招かれざる客を内密にしておきたかったのかな?」

やれやれ、困ったことだと言いたげな表情を見せる。

「も、申し訳ございません。わたくしは何も…。」

主人の客であったと知るや、女中は自分の不案内を即座に詫びる。

でも怪しいことには変わりなないのです、そう顔には書いてあった。

「いや、良いんだ…それでは出直すことにするかな。」

仕方ないと諦めるふりをして、出口の方へと堂々と歩み寄る。扉を塞いでいた女中は慌てて道を譲る。

「お邪魔してすまない…それでは。」

愛想よく微笑んで会釈をし、颯爽と部屋を出た。

ご自慢の容姿でこの女中に少しでも良い印象を与えることが出来たことを祈りつつ、足早に廊下を進む。


あたかも自分は、玄関までの道のりを知っているかのように、何故なら俺はここまで歩いてきているはずであるから、堂々と、迷うそぶりを見せずに歩いたつもりだ。

とはいえ、どこをどう行けばよいのか皆目見当がつかず、挙動不審を抑えられない。

勘が冴えわたって、運よく玄関へたどり着くことが出来たときは、心から安堵した。


再度フードを被り直し、尻尾を巻いてLokiの敷地から出ていく最中、俺は女中をやり過ごす自分の演技を思い出して全身から汗が出たとともに、潜入任務を気取って己が犯した失態に対する怒りで打ち震えていた。

鼓動が耳に響く。

「…なんてことだ。」

彼にこの訪問がばれてしまうことが、一体どのような結果をもたらすかを考えた。

公の場で咎められるだろうか、俺を陥れる動機にだけは事欠かないだろうから、それぐらいは覚悟しなければなるまい。はてさてどう言い訳したものか。

とにかくあいつに弱みを握られてしまったことが悔やまれてならない。

いずれにせよ、Fenrirに不利に働くことだけはないようにしないとな。



しかしながら、なぜかLokiがそのことについて俺を責め立てるようなことは一度もなかった。

それが逆に彼への嫌悪感を募らせたのは言うまでもない。




勿論、女中はその日の出来事について、主人に報告をするのを忘れなかった。

「その、ご主人様があのお部屋でお待ちいただくように仰った、と…。」

「ふうん、あの男が?」

「ええ…。」

女中は主人が同じように、Teusのことを訝るような発言をしてくれることを期待した。

Lokiも一瞬、それに応えようとする、が、何かを思いついたらしい。

「…ああ!そうなんだ、すぐに戻るつもりだったんだがね、生憎急用ができてしまって、また後日ということになったんだよ。…もちろん、丁重にご対応して差し上げたろうな?」

「…?は、はい!もちろんでございます。客室までご案内して差し上げようかと思ったのですが、お帰りになられるということでしたので…。」

「そうか…いやあ、お前に知らせておくのをすっかり忘れていたよ。驚かせてしまって悪かったな、怪しい奴じゃないよ。」

「さ、左様でございましたか。これはとんだご無礼を…。」


Lokiが急に話を合わせた意図はつかみ取れぬままであったが。そのせいで女中は、本が数冊抜き取られていたことを、うっかり言いそびれてしまったのだった。

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