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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第1章 ー 大狼の目覚め編
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8.溢れかえる芽吹き 3

7. Sprout Swarm 3


「ふぅ…。」

俺は唸るようにして溜め息をつき、ゆっくりと地面に横になった。


「大丈夫か? さっきより苦しそうだ…。」

「うう…吐いてすっきりしたと思ったのだがな…。」


また気分が悪くなってきてる。これはじっとしているより他になさそうだった。

「済まないなあ…これじゃあ喰えない。折角持ってきて貰ったんだが…。」


俺は食糧の詰まった箱を眺め、Teusの苦労に詫びた。

「いや、良いんだそんなのは。欲しくなったら、また何時でも言ってくれれば良いから。…取り敢えず、片付けておくよ。」

Teusは先ほどの鍵を取り出し、またしまい込んだ。僅かに目を逸らした隙に、箱はもうその場にはなかった。



緩やかに身体を撫でる風ですら、俺は痛みを覚え始めていた。


「…どうして今になって…。」

呟くと、声が弱々しかった。


「死にたいと思った時には…、傷の痛みがあんなに鈍かったのに。死にたくないと、思えば思うほど…、身体が、悲鳴を上げていく。」

今まで都合の良いように、身体の声を聞いて来なかったせいだ。


そしてその声が、いくら大きくても、俺は更に苦しめて、強引に黙らせたのだ。

だから俺は、今、その代償を支払わされている。


吐き続けている間、喉元には焼けるような痛みが消えなかった。針が内側から首を切り裂いているようで、口の中には、間違いなく酷い量の血が混ざっていた。

そのせいで、あんなに苦しかった。


悪化の前触れはなかった。

「死にかけていても、身体は必死に生きようとしていて…今になって、生きようとすると…ごほっ…泣き叫んでくる…声、が…。」

「Fe…Fenrir、おい…。」

牙の隙間から、血が漏れ出した。



「自分の身体でさえ俺は…上手くは、行かぬなあ…。」

少し、笑ってしまった。更に溢れ出し、ぼたぼたと落ちる。

「やめろ…喋るな…。」

Teusが近寄って様子を見ようとする。


「大丈夫だ…少し咳き込んだだけだ、大袈裟な…。」

彼のおろおろする顔を見たくなかった、顔を背けて目を瞑る。

「そんな…今血を吐いただろ、すぐに…」

「大丈夫だと言っているんだ!!」

「Fenrir…。」



つい怒鳴ってしまったことを後悔した。

「…済まない。…これ以上心配は、かけたくないのだ…。」


とんだ我儘だった。心配してくれている彼がいるだけで、俺は嬉しかったというのに。

本当に、これ以上心配はかけたくなかったし、迷惑がかかると思った。

こんな狼のために、申し訳ない気持ちで一杯だった。

だが、一匹で何とかしなければならない、いや、できるという腐った狼の矜持がまだ邪魔をした。


こんな情けない姿を既に晒しておいてなお、それを恥だと良しとしなかったのだ。

「…。」



Teusがもう一歩近づこうとするのを、立ち上がって無理に制する。

頼むから、放っておいてくれと言わんばかりの仕草をして見せる。

助けようとこれだけ尽くしてくれる彼よりも、俺の方が遥かに強情だ。Teusのためなどと抜かして、結局は身勝手極まりないために、かえって迷惑をかけている。


そして、慣れないふれあいが…さっきから覚悟する暇もない。俺を逃げ腰にしていたのだ。

もう嫌だ、やめてくれと言いそうにさえなるほど、心を苛んだ。

Teusを信じることが出来る筈なのに、どうしてまた俺は。怖い、とは言いたくないのに。


「安心しろ…お前が手を焼かずとも…死にはせん。」

強がって見せた。…また俺は、笑っているのか?



「…Fenrir! …おい、Fenrir!」



「…?」

眼を開くと、世界が回っていて、そしてTeusの顔が見えた。


どうやら立ち上がってから、また眩暈を起こしたらしい。



先刻倒れたばかりだと言うのに、懲りもせず立ち上がったからだ。

「全く…。何回吐いたりぶっ倒れたりしたら気が済むわけ…?」

「…。」

「心配かけたくないって言ったって、Fenrirが死んだら意味無いんだぞ? もう少し自分のこと大事にしたらどうだ?」


「…悪かった。」

素直に謝った俺に溜め息をつくと、やれやれと首を振る。


「まあ、まだ俺のこと信じてもらえてない、よね…。全然良いんだ、虫が良すぎるから…。」

違う、違うんだ。


その言葉は、今までのどの痛みより遥かに刺さった。

けれども俺は黙っていた。


「…いつもこうだったのか?」

Teusは傍らに置いた鞄を弄りながら訪ねる。


「急に…身体が、動かなくなった。眩暈は…今に始まったことではない。」

俺はその態勢まま、素直に答えた。

「今の吐血は?初めてか?」

こちらは返答に困った。…自傷行為に耽っていたなんて言いづらい。

それを察してか、Teusが先に尋ねる。


「首の傷…痛いのか?」


彼は無様に倒れた俺の首元の醜い傷口に目をやった。具合を見ようと身を乗り出す。



「…頼む、見ないでくれ…。」

Teusは首元に伸ばした手を止め、俺を見た。目は、合わせようもなかった。


「…頼む。」


ただひたすら、己の醜さを恥じた。

俺の願いの悲痛さから、Teusは猶更つらいだろう。


困惑した目つきで、傷口ではなく、俺を見て言う。

「血が…滲んでるんだぞ…。」


首元は毛皮が禿げ、酷く爛れていた。

なんどその傷口から血を吹き出し、息が詰まったかわからない。それでも、死ねなかったのだ。

何も言えなかった。


自業自得だ、とても後悔している。


一匹であったなら、こんな傷、構いもしなかっただろう。

だが俺に、俺の傷を見る相手が出来てしまったせいで、ようやく人が、俺をどのように見るだろうと再び考えられるようになって、ようやく自分が醜いと、恥すべきことをしたと思えるようになったのだ。


その醜さを、Teusに晒すのが辛い。自分の行いにほとほと嫌気がさした。

もう二度と、この傷を抉らないと誓った。

「……。」

本当に、何も言えない。


「…。済まない。」

そう声を絞り出すのがやっとだった。


すぐに咳が出て、また彼を心配させてしまう。



…このまま、死んでしまい。

彼を狼狽えさせながら、弱っていくのが嫌だ。惨めだった。







「何を…する気だ?」

Teusが手にしたのは、奇麗に装飾の施された小瓶と、それと同じぐらいの潰れた円柱の木箱だった。

警戒を声に込めて俺は尋ねる。


「傷薬だ、すぐにでも治療しないと…。」

「必要ない、そんなもの…。」

即答する俺に、Teusはまたかと溜め息をついた。面倒な奴だと思ったに違いない。


「やっぱり嫌か?」

「放っておいてくれ、…どうせ治らぬ。」


「そりゃあ、傷跡は消えないかもしれないけれど…今、痛いんだろ?使えば、楽になるから…。」

また彼を困らせてしまったと悟った俺は、ぶっきらぼうに答えたことを詫びた。


「気持ちは…有難いと思っている。だが、受け入れる訳には行かぬのだ。お前等、人が造ったものは…。」


人、という言葉を吐き捨てるように言うと、Teusの目が曇った。

既に俺は、人から餌を、動物を受け取った。それだけで十分だった。

その上、人が造ったものを、そんなものが傷口に触れるなど、到底耐えきれるものではなかったのだ。


増してや、それで助かるなど、狼にとっては、最大の侮辱なのだ。

「…でも…。」

「恨むのなら、俺を追放した、あいつらを恨むのだな。」

臭いできっと、無害であることはわかるだろう。そんなことはTeusも知っている。


うまく言えないが、俺が、Teusが思う以上に、人間ではないことも、組んでくれているだろう。

俺が人として生きていられなくなったのは、あの日が、あったからだと言うことだ。

「…わかってくれ。」


俺は、穏やかな口調でTeusに懇願した。

Teusは悲しげな表情で、ゆっくり首を横に振りながら、傷薬を持っていた手を下ろした。

「何も…してやれないのか。」


「……?」

その時、首の傷口に雫が落ちたような感覚があった。

雨、違う。


「…何の、…真似だ?」

首を傾けて仰ぐと、小瓶が宙に浮いていて、液体をゆっくりと俺の傷口に向かって滴下しているところだった。


全く気が付かなかった。

「それだけ弱っていると言うことだ。」

俺の心情を察してか、Teusが言った。

「それとも、こっちの音だと思ったか?」

無表情に、携えていた方の薬瓶を振る。


「…ブラフか。」

音はしない。

「そうだね…こっちは1,2滴しか入ってない。俺にはどっちの音も聞こえないんだけど。」

「この…く、そ…が…」


声が上手く出せない。

「麻酔だよ…流石だね、普通なら気絶するんだけど。」

よく喋るじゃないか。そう言おうとしたが、もう遅かった。

傷口から、それも首筋から入ってしまえば、回るスピードなどあっと言う間だ。


身体も痺れて、すぐに言うことを聞かなくなった。

「…んぐっ…はっ…」

赤子同然だ、まずい。


必死に前足を持ち上げて、Teusに向かって伸ばしていせたが、無駄な足掻きだったようだ。彼はそっと前足に触れ、いとも簡単に押し戻して俺の傷口に近づいた。

「ごめんな、…絶対に嫌がると思ったから。…こうするしかないんだ。」

Teusは詫びてから、小瓶の栓を抜いた。

「や…めろ…」

無理やりにでも、俺に治療を施す気だ。


傷口に小瓶を近づける。必死に抵抗しようとするが、最早、純粋に怖かった。

「よく喋るね、動かないでくれ…本当に一滴しかないんだ。」

弱って、怯え切った目で、俺はTeusに命乞いをした。

頼む、やめてくれ…。


「……。」

聞き入れてくれないとわかると、俺は耐える覚悟をした。

震えたまま、雫が落ちるのを待つ。


…きっと、忘れられない一瞬になるだろう。

共に生きる、そんな絵に。


雫が、落とされた。

互いの緊張の糸が解け、妙な安堵と罪悪感が残る。


Teusの言う通り、効果は大きい。あれだけ深く抉られた傷口から、痛みが引いていき、すぐに出血した気管にまで及んだ。吐血はもうしないで済みそうだった。

「一番…酷い傷口に、滴下しておいた。」

「…たいした薬だな…。」


Teusが薬瓶をしまいながら言う。

「呪文描いた魔法陣の上で回復させるのとかは、絶対に嫌がると思ったから。神様の力には劣るけど、それならせめて良い薬をと思ってね…。」


どうやら、我がトラウマのことらしい。

「たった一滴なんだけど、とても貴重でね。…しかも都合の悪いことに、それを持っている奴っていうのが俺のこと嫌いみたいでさあ…。」


彼は笑って苦労話をする。こんな薬を秘蔵するのは、知らないが、治療の神様でもいるのだろうか。

「…で、結局権力濫用して、ぶんどって来ちゃった。」

「とんでもない野郎だ…。」


俺も笑って応じた。彼に権力、という言葉が似合わないだけに、おかしかった。

それでも、神として、何か大きな役割を担っていることぐらいは、わかった。

顔をしかめて、俺は言う。

「そのようなこと、する必要はなかったのだ…。」

「なに言ってるんだ。Fenrirを助けることの方が大事だろ、それだったらこれぐらい…。」


そこまで言って、彼はすぐに謝った。

「本当にごめん。…無理やりこんなことして。」

互いに、後悔しているらしかった。


「人好しにもほどがある、よな。そう言われたばっかりなのに。」

そう言おうとしていた俺は、開きかけた口を閉じた。


「Fenrirのこと…狼のこと、踏み躙ったと思ってる。」

責めるつもりなんて、こちらもなかった。

「善意が、故ではないか…。」

謝ってほしくなかった。何のことはない、ただ俺の我儘だったのだから。




「これは、俺の問題だ。俺が受け入れられるかどうか、納得できるかどうか。…それだけだ。お前は関係ない。」

「…ごめん。」

「…。」

関係ない、という言葉を、彼が悪く捉えてしまったのではと思った。


Teusは悪くない、と言いたかっただけなのに。

だが、傷跡のように絶えず疼くこの屈辱感とどう向き合えば良いか分からなかった俺は、やりきれない気持ちを抱えたままそれ以上Teusに何か言うのを止めた。

この問いは、嫌に俺の中で響いた。生きていくうえで、避けては通れぬと悟った。




長い沈黙を破り、Teusが言った。

「こっちの傷薬は、塗らないでおくよ…本当にごめん。その感じだと、もう麻酔も切れているみたいだし。」

そうして力なく笑ったのだ。



…全く、冷たく言い放ったのが堪えたらしい。弱気になりやがって。

誰だ、そうやって笑うなと泣いたのは。

「あーあ、どっかの誰かのせいで、身体がぴくりとも動かぬなあ…。一体どうしてくれるのだ?」

俺は棒読みでTeusにその旨を問い詰めた。


「これでは傷口に何をそれても抵抗できぬではないかあ…。」

「…はい?」


「…塗っても効果が無かったら、ただではおかないからな。」

そう呟くと、Teusはどうしてだと困惑の表情を見せた。


「俺は…狼としてお前等人間に救われることが…どうしても受け入れられない。

だからお前がやったことは…!…正しいとは思わない。だが、…それならば、俺に出来るのならば…せめて人として、お前が俺なんかのためにしてくれたことを…ありがとうと言って受け入れたいのだ。俺に、できるのなら…。」

「…。」

「済まない、俺にもまだ分かっていないのだ。どうして良いか…。訳の分からないことを口走っていると思う。…ただ、今は…そう思っているのだ。」


彼はその言葉に、ずっと耳を傾けてくれていた。

「…わかった、Fenrirがそう考えてくれているんだったら…。」


そう言って治療の準備を始めてくれた。






「ありがとう、Fenrir。」

突然Teusが言う。礼を言ってもらえるようなことはしていない。

やはり俺の、ただの我儘だったのだから。



暫く黙っていたが、どうしても言いたいことがあった。

「いつか…。」

「…?」


「いつかお前とは、ゆっくり話がしたい。」


俺は狼として生きるべきか、人として生きるべきか。

唐突な俺の言葉の真意を彼は測りかねたようだが、それでも良かった。


「俺でよければ、喜んで。」

彼はやっと少し笑ってくれた。


「それじゃあ、じっとしてて…」

「動けないと言っているだろうが。」

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