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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第1章 ー 大狼の目覚め編
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7.憂鬱な火曜日 2

7. Depressing Tuesday 2


「まず、俺たちは…だ。」

Teusは俺が山羊の脚を口に咥えもぎ取る様を見ながら言った。




「お前に死んでほしくないと思っている。」

「…。」

沈黙の間に、はじめて風の音が混じった。胸騒ぎのする、春風だった。




聞くだけだ。


「此処一体にお前の糧はもうない。このままではFenriswolfは餓死してしまう。…だから俺たちはお前に”餌”を与えることにしたんだ。」

「…。」


まるで聞き流したように沈黙し、それからその言葉をゆっくりと反芻する。

このとき俺は、彼が何を言っているのか理解できずにいた。




混乱していたのだ、冷静に。


いつしか俺は、口を動かすのを止めていた。

「俺がFenriswolfのために喰べものを運んでくる。言わば俺が“餌やり係”になった訳なんだ。」





「君のお父さんからの、お願いだ。」





Lokiから、だと?


長い時間、喋ることが出来ずにいた。何かを考えようとしていたのだ。

脳裏で時間が逆行し、場面が再現される。その像が暗い光となり、消えていく。

その沈黙を守ってくれているTeusが、俺の目を覗き込んでいた。




俺はきつく目をつぶって俯いた。

「な…ぜだ…?」

必死にその光を追いかけて、あの記憶が、今の自分を、俺がそうであることを正当化するのを待った。





「理由は必要かい?…だって彼は、Fenriswolfを…」

Teusはまたしても不用意に口を開いた。


「違う…。」

鋭くそれを制する。


その言葉が、俺の白昼夢にあってくれたなら。いくらか俺は、勇気づけられただろうか?




必要なのだ。なければ俺は、容易く消えてしまうから。

「俺が聞きたいのは…、なぜ、“あいつら”がそうしたのか、ということだ。」

あの時のように。


「お前は上の輩たちに…Lokiを含むあいつらの命で此処まで来た。そうだな?」

「…まぁ、そんなところだ。」

僅かに彼の目が泳ぐ。


「それでは、あいつらがお前を、こんな哀れな役に命じた理由も、知っているのだろう?」

Teusは答えなかった。目を逸らしたまま、合わせようとしない。


「なぁ…別に俺は怒っている訳ではないのだ。お前に怒りをぶつけたところで意味もないしな。…だから、正直に言ってくれないか?お前の立場も察してやれるから、偽善とは言うまい。お前が嘘をついたとは言わないさ。だが…。」









気づくと俺は、Teusに飛び掛かって押し倒し、前足で胴体をがっちりと押さえつけてしまっていた。

あまりの迫力に気圧され呆然としているTeusに顔を近づけ、牙を剥き出しにして唸る。


「Lokiは今も、俺が死ぬことを望んでいるのだな!?」

Teusは何も言わなかった。


「そうなんだなっ!!?」

「…。」





彼を今にも喰い殺しそうな勢いで怒声を浴びせてしまった。


感情の噴出が抑えられない。ずっと今まで、一匹だったから。

こいつを前にして、どうすれば良いのか、分からなかった。


Teusは唇をわなわなと震わせていた。今にも泣きそうな顔をして、それでも頷こうとしない。

まったく、たいした奴だ。


「俺の獲物がなくなってしまったから、などという理由ではないことぐらい知っている。…俺なんか餓死してくれた方が、あいつらにとってはありがたいのだからな。」


俺は怒鳴り声をなんとか抑え、笑うようにして言った。


「まぁ、あいつらの考えていることなど、高が知れている。怪物退治で頭がいっぱいなのだろう?」





「本当の理由は“俺の獲物がなくなってしまったから”じゃない。“俺が獲物を求めるかもしれないから”だろう?」


Teusは小さな声で呟いた。

「わかってたのか…。」








「あいつらは、俺の獲物となる動物がここら一体にいなくなったことで、俺が獲物の対称を動物から、それ以外に変えることを危惧したのだ。

あいつらの手に負えない狼が神々を襲うという事態は、お前たちの平和を揺るがしかねない。

そう考えているのは、あいつらが俺を人気のいないところに住まわせ、獲物として動物を与えることで回避してきたことからも明らかだ。




それで今回、新たな回避策として、俺に”餌”を提供することで、俺が今までと変わらず此処で暮らさせようとした。

俺をこの地に縛り付け、永遠に神を襲うことがないようにな。



…だが誰も、そんな”餌やり係”などやりたくはなかった。

あんな恐ろしい怪物に餌をやるだなんて、怖くて誰もできなった。

下手をすれば自分が餌だ。

そこであいつらは自らは動かず、替えの利く手駒に名誉あるこの仕事をやらせることにした。



不幸にも…」





一旦言葉を切る。


「それがお前だったわけだ。」

前足を離し、Teusを自由にしてやる。





Teusは倒れたまま、起き上がろうとしない。


巨大な狼に襲われるという恐怖が、身に染みて分かったのだろう。

もう今度こそ、俺を見る目は、怪物をみるそれだった。




俺は残った肉塊のもとへ赴き、それをいっぺんに平らげた。

この山羊と、倒れているTeusの見分けぐらいはつくのに。




「折角の喰い物にありつける機会なのだが、貰うのはこれが最後だ。」

Teusが上体を起こし、俺に何かを言おうとするが、睨む目を見て口を噤んだ。




「狼は、人に餌を貰って生きて行ける動物ではないのだ。」




「…。」

その壁は、あまりにも越えがたい気がした。


言葉も必要ないぐらいに。そう思ったが、もう少し、喋りたかった。

この期に及んで饒舌だった。




「俺はもう人とは関わらないと決めたのだ、あの時から。」

今までも、そしてこれからも。

そう言ってTeusに背を向けた。

「あいつらに言っておけ、餌は必要ない、と。」





「俺は、…狼なんだ。」

…なぜ俺は、こんな姿で生まれてきたのだろう?時折、そう思うことがある。

もしも、普通の人の姿で、生まれることが出来たなら。

いや、もうそんなことはどうでも良い。







「で、でも…。」

「安心しろ、人に危害を加えるようなことはない。少なくとも、お前が任務に失敗したせいで、あいつらに詰問されるようなことはないだろうよ。」


「じゃあ、いったいどうするんだ!? このままじゃあ…。」

俺は覚悟を決めるように大きく息を吐いた。

彼の声は、俺のことを心の底から心配してくれているかのように聞こえてしまうから。



「だが、お前達は間違っていたのだ。」

俺は声音を、幾分明るい調子に切り替えた。


「もっと良い方法があったのだ!こんな上辺だけを繕った共生よりも、もっと幸せな道がな。」

「…?」

まるで、今日は何をして遊ぼうか、などと子供が提案するような調子で。

俺はTeusに向き直ってその言葉を吐いた。








「俺を殺せば良い。」








「…。」


「害獣など駆除すれば良かったのだ。それですべて解決したではないか。…俺は弱い。お前らが思っている以上に、俺を殺すのは簡単だ。」


おどけて俺は一歩、teusへと歩み寄る。

「だからずっと待っていたのだ!俺のことを退治しに来てくれるんじゃないかって!!!」


Teusは思わず一歩後退り、傷ましい光景を拒むかのように、ゆるく首を振った。





卑屈に笑い、更に近寄る。

「なぁ、教えてくれよ…どうして殺さなかった? なんで “あの時” に…!?

命だけは助けてやったつもりか!? そのせいで俺は死ぬほど辛かった!! この森で、…ずっと一匹で苦しんできたのだ!!!」


俺はまた、吠えるようにして彼に噛みついた。

「だがそれでもまだ、俺を苦しめようとするんだったら…!!!」











「…?」

ここまで言ってから、ようやく優しい口調に戻る。


「俺が死ねば良い。」









絶対に口にしてはならない。

言ったならば、終わりだ。

そう言い聞かせて此処まで来たのに。

俺は弱かった。誰かに聞いてほしかったのだ。





だって、怖いのだ。…こわいんだ。








「俺はこの世界に必要のない存在だった。生まれてきてはいけない存在だった。」



そう言って、前足についた、鋭利な爪を眺める。


「俺のことを誰もが恐れた。誰もが嫌った。誰もが憎んだ。俺なんか死ねば良いと誰もが願っている。

…この牙で、爪で、殺されてしまうと思っている。この俺に、喰われてしまうと思っている…。」







なんで、こんなもの…。


いらねえんだよ…牙なんか、爪なんか…。


いらねえんだよ…俺なんか。













俺は今までと比べ物にならないほど物凄い剣幕で怒鳴った。

「俺が、残酷で、冷徹で、貪欲で、非道で、無慈悲で、極悪で、狡猾で、凶暴で、獰猛で、残虐な…。」








(オオカミ)だからだあああぁぁぁっっっ!!!!」









「…俺は怪物なんだ!!

狼はな、どんなときだって嫌われる存在なんだ!!

いっつもそうだ!! 狼はどんなときも存在するだけで退治される運命にあるんだ!!

俺はこの物語の悪役なんだろ!! 俺は悪の権化なんだろ!! こんな悪役はさっさと死んじまえば良いんだ!!

…だから親切に自殺してやるって言ってんだ!! …どうだ、嬉しいだろ!? 俺は死ぬんだぞ!! 死ねば良いと思っている奴が死ぬんだぞ!! それも自分からだ!!

…わかっただろ!? わかったらさっさとどっかへ行け!! もう二度と姿を見せるな!!」









Teusは泣いていた。それでもまだ何か言おうとしていた。





「行かねぇとぶっ殺すぞ!!」





俺は本気なんだと示すべく、前足を目にもとまらぬ速さでTeus目がけて振り下ろした。








右肩を僅かに掠めるつもりだった。傷つけるつもりなど毛頭なかった。




しかし、俺の動きは思っていた以上に鈍かった。恐怖に一瞬動いたTeusに反応ができなかったのだ。


「っ…!」



俺はあろうことか、誤って彼の上腕を、ざっくりと縦に切り裂いてしまったのだ。


爪の動きに従って、血がしぶく。






俺は狼狽え、咄嗟にあっ、と呟いた。ごめん、と。

勢いよく流血する傷口を左手で抑えたTeusは、それを聞いてふっと笑った。



そして、俺の方に一歩、歩み寄ってきたのだ。




今度は逆に俺が一歩、後退る。

完全に錯乱した俺は、どうして良いかわからず、途端に怖くなって、たまらずその場から逃げ出してしまった。










「おい、待ってくれ!! …Fenriswolf!!」

尻尾を巻いて走り出す俺に、背後から叫ぶ声がする。

それから怯えるようにして、俺は増々スピードを上げていったのだった。













森の中を、全速力で駆け抜けていく。


俺は、なんということをしてしまったんだ…。


ただその後悔だけが頭を埋め尽くし、それ以外のことは何も考えることが出来なかった。

そのまま訳も分からず走り続けるも、地に落ちた俺の体力は数分と持たず、遂に言うことを聞かなくなった足を休めるために立ち止まった。







…苦しい。尋常でない痛みが衰弱しきった全身を襲った。


なんとかして呼吸を落ちつけようと俯き、情けない声をあげて喘ぐ。



「…うわぁっ!!」

しかしその視線の先に、Teusの血がこびりついた自分の爪があって、俺は思わず叫び声をあげる。





俺は…、俺はTeusを…人を傷つけてしまったのだ…。

そのことがようやく現実として理解され、俺は心底震え上がった。


今まで動物を喰い殺すことに、何の躊躇もなかった。牙と爪が血で濡れるのは日常だった。



だが人は別だった。そしてその線引きが、俺にはあるはずだったのだ。



ど、どうしよう…。


俺は絶望した。誰にも助けてもらえない子供のように、ただ狼狽えるばかりだった。







「Fenriswolf…!!、Fenriswolf…!!」



しかし、いつまでも打ちひしがれている訳にもいかなかった。

遠くで俺を呼ぶ声で我に返る。







Teusが俺のことを、どうしてだろうか、それでも追ってきてくれていたのだった。

距離はかなりあったが、こちらに向かってきているとわかった。





…どうする?



俺はその場で立ち往生し、震える息でその方向を見つめた。











しかし、すぐに踵を返し、走り出す。


俺はまた、逃げたのだ。










俺はこのまま逃げ果せて、Teusが諦めてくれることを祈った。


そのまま諦めて、帰ってくれれば良かった。



そして実際、その通りになりそうだった。日も殆ど傾き、この広大な森の中で人が狼を探し出すことなど困難を極めたからだ。


確信して良さそうだった、これでやっと一匹になれる。


鈍痛に歯を食いしばり、安堵の息を漏らす。


走りながら、それなのに後悔の念ばかりが募る。


どうして俺はもっと、あいつに優しく接してやることが出来なかった?


どうして優しい目で笑うあいつを、傷つけることしかできなかった?











だめだ…もう走れない。


身体は限界に来ていた。立ち止まり、きつく目をつぶって粗い呼吸を繰り返す。




それなのに、それなのに…。

まだ、Teusが俺の名を叫び、走っているのが聞こえる。













やめろ…もう、やめてくれ!!




手があれば耳を塞ぎたかった。


どうしてまだ追ってくる?もう良いだろう?放っておいてくれ。











もう、一匹で死なせてくれ。












どれくらい時間が経ったのだろう。


いつしかTeusの足音は止んでいた。俺を叫ぶ声もしない。







…。

終わったのだ…。





日も沈みかけ、先が見通せなくなった森の中を凝視していた俺は、長い溜息をついて、ようやく緊張の糸を緩めた。












終わりだ。これで、ようやく。


不思議な満足感があった。最期の一日を良く生き抜いたものだと思った。



こんなにも幸福な気持ちになれたのは、全てあいつのお陰かもしれない。


俺の中で押さえつけられてきた感情を、すべて出し切ることが出来たのだ。





あまりにも無骨で、それを俺はあいつに思いきりぶつけてしまったのだ。

申し訳なかったと思っている。





死に場所は、もう決まっていた。


最期は、あの狼の隣で死にたい。


死に方も、もう決まっていた。


最期は、あの狼と同じように死にたい。









揺らぐようにして笑い、あの洞穴へと向かって歩き出す。


さあ、帰るとしよう…。












それなのに、苦しいだけなのに、俺は走っていた。









「Teus…!! おい、Teus、どこにいるんだ!? Teus…!!」




闇に堕ちた森の中をもがくようにして走り、必死でそいつの名を叫んだ。





Teusに負わせてしまった傷が、どうしても自分の中で疼く。






…だって、あいつが、諦めるはずがないではないか。








俺はあいつのことを何も知らないけれど、Teusであったら夜通しだって声を張り上げて俺を探し回るのではないか。


それが声も、足音すらも聞こえなくなってしまった。

もしかしたら、俺のせいであいつは、この森のどこかで倒れてしまっているんじゃないか。


そんな予感があったのだ。




絶対に探し出さなくてはならない。俺はあいつを生きたまま返してやると言った。なんとしても、それだけは守らなければならなかった。死ぬのはそれからで良い。


「Teus…!! どこだ…? 頼むから…!!」





もう、這いずり回るような動きでしか、走れない。Teusに貰った肉と、死に物狂いの気力だけで、なんとか持っていた。



俺は、死にそうだった。



これだけ苦しい思いの中に死ぬのであれば、走りながら死ぬのであっても、それはそれで俺のお気に召す死に方なのかもしれない。そんな雑念ばかりが浮かぶ。










俺の一生なんて、上手くいかないことばかりだった。運が悪いといつも嘆いていた。






でも最期ぐらい、俺は、幸運にも、Teusを見つけ出すことが出来ても良いじゃないか。





それすらできないのか?俺は…。









もう、前も見えなかった。








はっとして、俺は急ブレーキをかけ、立ち止まる。





今、何かが、倒れていなかったか?


視界の右端に、僅かに捉えた気がしたのだ。

急いでその付近の地面に鼻を近づけ、歩き回る。血の匂いがした、間違いない。






「…!! Teus!!」







心から喜んだ。

良かった、まだ生きている。





Teusは走っている途中にその場に倒れ、そのまま意識を失ったらしかった。


背後には血痕が連なっている。恐らく失血したのだろう。








こんな満身創痍になるまで、俺はTeusを傷つけてしまったのだと思うと、涙が込み上げてきそうだった。


どんな言葉でも、謝るには足らないだろう。


せめて止血ぐらいは、と自分で傷つけた彼の腕を、舌でそっと舐める。











「…勘違いするな、…同情して欲しくて、俺は死ぬと言ったんじゃないぞ。

それに…、それに俺は、狼だ。…少しは嘘を疑え。俺が嘘つき狼だったら、…どうするのだ。」




俺は、気絶したTeusに向かって、取り留めなく話しかける。





「ここは、…ここは、檻の中だ。俺は、この中でしか、生きることを許されてはいない。逃げれば、飼い主に殺されるだろう。…餌も与えられず、放っておかれた、狼だ。…凄い苦しかったさ、一匹狼は。…でも、この檻からは、絶対に、出られない。俺は、…人に、怖がられるのが…怖かった。 一番、怖かったんだ…。


こんな狼、生きていたって、もうしょうがないのだ。慈悲を与えられて生きていくような意味

も、ないだろう?


生かされている獣は、…死んでいるのと同じだ。」







「…ごめんな、Teus…。」





独白を終えると、鼻面でTeusを抱き上げ、背中に乗せた。

あの川の向こう岸へ置いてくるつもりだ。後は、なんとかしてくれるだろう。


もう一度Teusを背負いなおすと、俺はとぼとぼと歩き出した。










月明かりの元、歩みを進めていく。


死に際にしては、足取りは軽やかと言えた。なんとなく、彼と会話をしているような気分になれたからだ。


空想に浸っていた俺は、ふと現れた満月を仰ぎ、話しかけるようなふりをする。




「…。」

だがそこから数歩と進まぬうちに、俺はうっかりと仰向けに寝かせていたTeusをずり落としてしまった。




背後でどさりと鈍い音がする。

「しまった…。ごめんな、Teus…。」



慌てて振り返り、妄想よろしく声をかけたところで、俺は言葉を失った。












Teusが、ゆっくりと起き上がって来たのだ。



立ち竦む俺に、彼は笑う。

「全く…。何がごめんだよ…。」






…。謝っていたのを聞かれてしまっていたらしい。







「何がごめんだっ!! 殺せば良かっただろうが!!」








「…?」

「…そんな脅しなんかじゃなくって、殺せば良かったんだ!!」








「言ってみろ!! お前いつから肉喰ってないんだ!?」

「なっ…!?」









「俺たちが、この森から動物たちが消えてしまったとわかってから、もう半年も経ってる!!

どうやって生きてきた!?蓄えでもあったってのか?あったとしてもこんなに長く持つ訳がない!!相当苦しい思いしてたんだろ!?…なのになんで人を…!!」

「お前の知ったことじゃ…」



「お前の言う通りだ!! お前の読みは全部当たってる!! 俺はそのためにここまでやって来た!! …でも本当は違うんだ!! 本当は俺たちは、お前が想像していたよりももっと汚いやり方でお前を殺そうとしてた!!」



「本当は、お前は動物がいなくなってから、すぐに周辺の集落を襲って飢えを満たすと思ってた!! 俺たちは人が殺されてからやっと正しい行いとしてお前のことを殺す腹積もりだった。犠牲者が必要だったんだ!!どうしてかわかるか⁉

…Fenriswolf、お前が一度も人を殺したことがなかったからだ!! お前には罪が無いんだ!!」



「最初は中々悪賢い狼だと思ってた!! こちらが手を出せない状況を見通して大虐殺を企てていると思ってたんだ!! 俺たちはその時をずっと待っていた、長い時間待ってたんだ!! でも…でもお前は人を殺さない!!」



「本当にぎりぎりまで待ったんだ!! いつ殺すか、いつ殺すかって!!

でも殺さない!! 殺そうとしない!! 俺はわかったんだ…殺す気が無いんだって!! どれだけ飢えていても、…人を殺したくないんじゃないかって!! 本当は悪い狼じゃないんだって!!」



「俺、もう我慢できなくて、見てられなかったんだ!! だれもこんな話信じてくれなったし、それでもなんとかしなきゃと思って!! それで…それで泣く泣くこの計画を提案したんだ。

Fenriswolfが悪い大狼だというイメージを変えられなくて凄く悔しかったけど…でもこうしないとお前がほんとに死んでしまうと思ったんだ!!

全部お前にはお見通しだったみたいだけど…だけど…頼むから受け入れていくれないか…?

俺は…俺は…。」





「お前に、死んでほしくないと思っている!!」

「……。」





「頼むから!!もうお前が苦しんでいるところなんて見ていられないんだ!!

狼の矜持だって、あるのはわかっているつもりだ…でも、俺から喰い物を受け取ってくれないか!?」

「……。」










初めて、言われた。本心から。


Teusが逃げ道を、塞いでいく。




なんとかして、逃げようと思った。


思わず後退りする俺をTeusが笑う。






「逃げるなって…、そうやって全部背負いこむなって…。誰にも助けてもらえなくて…、捨てられて…、一匹狼になって…、この森から出られなくなって…、死んじまうなんて…そんな一生…。

もう無理するなって、…助けて欲しいんだろ!? 僅かな希望抱いて…我慢して生きてきたんだろ!?」



「……。」




「…良い加減にしろ‼ 人好しも大概にしたらどうなんだ!?

お前はお前の言うような、苦しい一生を送ってきた狼なんかじゃない…。

世界にはな、俺とは比べ物にならないくらい苦しい思いをしてきたのに、誰にも助けてもらえず死んでいった奴がたくさんいる…!! おれはそういう奴を知っている!! それなのにこんな俺が泣き喚いてどうするんだ!! たとえ俺がそんな奴らの一匹だったとしても!!!俺はそんな奴らと一緒に死んでいけば良いのだ!!

…それに…。」




「…それに、俺は狼だ。狼を助ける暇があったのなら、神のことを疑いもせずに信じていた人たちを…先に救ってやれ。」




「なんでそうやって…逃げるんだよ…そんなこと…ないだろお…。」

Teusは泣きながら俺に近寄ってきた。今にも倒れそうな足取りで。



「お前は相手を間違っている。怪物なんかではなく、お前みたいな優しい奴が、放っておけないような人が、たくさんいる筈だ。」



「確かに…確かにみんな、お前のことを怪物だと思って恐れているよ。

餌をやろうという話になったとき、誰も自ら行こうという人なんていなかった。みんなお前のこと、嫌いなのかもしれない。だがお前は、嫌われているのだとわかっていても、人を襲わない。どんなことがあっても、決してだ。

それは…本当は、…お前がみんなと一緒に、本当は過ごしたかったからじゃないのか?どう思われていようと、仲間だと信じていたからじゃないのか?みんなと友達になりたかったんじゃないのか?」







「お前は狼でも、人の心を持っているんじゃないのか!?」



「……。」



「…そうだよな、やっぱりそうだと思ったんだ!! 全く…なにがごめんだよ!!」




「…?」

「俺が悪いんだ、俺が意地張って帰ろうとしなかったから!!

ごめんな…傷つけたくなんかなかったよなあ…。だから謝ったんだろ!?あの時ごめんって!!」



「ち、違う…。」



「お前が、自分はそんな不幸な狼なんかじゃないと、もっと苦しんできた人たちだっているからと強がるんだったらそれで良い…。

でもお前は絶対に救われない存在なんかじゃない。

救われずに終わった命も、救わなきゃならない命も、…たしかにある。

でも…、でもお前が救われたって良いじゃないか!!今!!ここで!!

たとえ俺以外の全員が邪魔したって、お前が救われない存在だなんて絶対に言わせない。

待ってたんだろ!?Fenriswolfは、ずっと…!! この時を…!!」




「誰が何と言おうと、俺はお前が’優しい狼’だって信じてる。

だから…一匹で死ぬなんて言わないでくれ…。」







「だ…ま、れ…。」


どんどん、追い詰められていった。


もう、逃げ場がない。








「一体どれだけ自分を傷つければ気が済むんだ!? …その首の傷!! 何回も何回も…あんなになるまで抉って、自分のこと苦しめてきたんだろ!? もうやめろよそんなこと!!

お前が嘘ついているなんて…思う訳ないだろ!!!」




俺ははっとした。Teusを押し倒したあの時に、首元の躊躇い傷が見えてしまっていたのだ。



「…よ、よるなあ…。」

俺は掠れた声で言った。




Teusが、俺の元へとゆっくり歩み寄る。


足が竦んでいた。






俺の中に、自分では、理解できない感情があって、俺は、どうして良いか、わからなかった。



「もう大丈夫だ。…もうそんなことしなくて良い…。」






Teusが俺の鼻面をしっかりと抱きしめる。





「俺が、お前の”友達”になってやるから。」











「…お前は、俺のこと、こわがったり、しないのか…?」

「ああ、しないさ。」

「…じゃあ、俺のこと、怪物だって、思わないのか…?」

「ああ、思わないよ。」








Teusが、俺の心にとどめを刺した。





「本当は、人を殺すのが嫌なんだろ?」





「…だって、…だってよぉ…」








「周りの人間が死んで、…俺みたいに、一人ぼっちの奴が出来たら…悲しいじゃねえかよお!! 寂しいじゃねえかよぉ!! …俺みたいになっちまうだろうがあぁぁ!!」








「……わあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」









堪えていたものが溢れだした。

泣いたのは、あの時以来だった。





でも嬉しかった。俺の気持ちを、理解してくれる奴がいたから。





俺は、なかなか泣き止むことができなかった。

その間もずっと、Teusは俺の頭を撫でてくれていた。



その温もりは、俺が知っていると思っていたよりもずっと、温かかった。




狼の慟哭の泣き声が、森中に木霊する。














ようやく泣き止んだかと思う頃には、夜が明けかけていた。


ぐずぐずと鼻を啜りながら俺は言った。

「悪かったな…恰好悪いところを晒してしまって、おまけにこんな時間まで付き合わせてしまった。」



Teusは笑った。

「気にしないで、もう大丈夫か?」

「ああ、なんだかすっきりした。」


「それは良かった。…じゃあ、俺はもう行くよ。」





「ああ、待ってくれ。」

俺は彼を呼び止める。







「その…あれだ…また、来てくれよな。」

「大丈夫!すぐ戻ってくるよ。」






「…肉、こんなんじゃあ、全然足りないからな。もっといっぱい、持って来いよ。俺、けっこう喰うからな…。

あと、…その…。」


俺が、はじめて、口にする言葉だ。





「今日は、…ありがとう。」





Teusはもう一度微笑むと答えた。

「どういたしまして。」


まっすぐに相手の目を見て言うには、もう少し時間がかかりそうだった。


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