第1話 追放女神
――その日。
本田祥吉(29)はひとり練馬のアパートでステイホームして、職場のオンライン飲み会に参加していた。
しかし、その時。
ひとつの小隕石がアパートの屋根をぶち破り、そのままPCの前に座る彼の頭へ直撃した。
ごおおお……ちゅどおおおおん!!
痛みすらほとんどなかったのが不幸中の幸いだろう。
彼はすぐさま魂のみの存在(つまり幽霊)になったワケだが、その隕石落下の宇宙的エネルギーは幽体までを吹っ飛ばし……
そのまま『次元のはざま』と呼ばれる亜空間まで飛ばされていってしまったのだそうな。
◇ ◇ ◇
「……じゃあ、俺は死んでしまったんですね」
「無念じゃろうが、そのとおりじゃ」
マーブル模様の不思議な亜空間で、俺に『死』と『死の状況』を教えてくれた女神が眉根を寄せてそう答える。
「うう、そうですか……」
家にいたのに頭へ隕石が落ちるとかマジかよとは思ったが、まあ、人間生きていれば色々な死に方をするものかと悟る他なかった。
「でも、これから俺どうなるんでしょうか? 通常の死後のルートを外れてしまったんですよね?」
「うむ。そのことじゃがな」
女神の口調はものものしいが、言葉を紡ぐその唇はぷるっとして若々しい。
生きている間はもう女性の唇を生で見ることはなくなっていたので、それだけでちょっと『死ぬのも悪いことばかりじゃないな』とポジティブになれた。
「妾の力をもってすれば、このまま黄泉の国へ送ってやることもできる」
「本当ですか! じゃあ……」
「が、まあ待て。そう早まるものでもないぞ」
女神はそう制止する。
「それよりそなた、せっかくこんな次元のはざままで飛ばされて来たのじゃ。これを前向きにいっそのこと異世界の地で甦ってみぬか?」
異世界……?
女神が真面目な顔でそんなワードを出すので、ちょっと怪訝に思う。
「はあ? 異世界と言いますと?」
「うむ。この亜空間の向こうには、さっきそなたがオンライン飲み会とやらの最中にスマホで進めておったゲームに似た世界があるのじゃ」
さっきまで俺がやっていたのは、ファンタジー世界を舞台に剣と魔法でモンスターを倒す国民的RPGゲームの復刻アプリだった。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな世界が本当にあるんですか?」
「無限に存在する次元の中には『世界』など無数にあるものじゃ。人間ごときが思いつく世界観など、すでにどこかで存在しているものよ」
「へえ……」
そう聞くと一瞬は面白そうかとも思った。
けれど、すぐに『全然カンケーない異世界へ行ってまで生き続けるのもダルいか』と思い直す。
黄泉の国ってとこにはきっとジイさんもバアさんもいるんだろうし、普通にそっちへ行った方がいい。
「すいません。せっかくですが、やめておきます」
「そうじゃろう、そうじゃろう。そなたは運がいい……って、え? やめておく!?」
女神が驚いたように肩を跳ねると、なめらかな衣に威厳のある乳房がゆさっと揺れた。
「な、なんでじゃ? そなた、そのような世界へ行きたいからゲームでしておったのではないのか?」
「え? ああ、いえいえ。ゲームの世界はゲームやマンガや小説だからこそ楽しめるんであって、別にみんなマジでそこに暮らしたいって思っているワケじゃないんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。それに異世界で貧乏したら苦労しそうですし、モンスターに食べられたりして苦しい死に方をするのも嫌ですしね」
「そ、そこは妾も精一杯サポートするぞ。もう少し考えてはみぬかや?」
なるほど。
異世界というからには神からチートが降ってくるまでがデフォか。
それでのんびり暮らせるなら余生と思って異世界で暮らすのも悪くないようにも思われたが、しかし……
「あの、サポートするって仰いますけど、それ、本当に大丈夫なんですか?」
「むっ、そなた。神を疑うのか?」
「いや、そういうワケじゃないんですけど……でも女神さま。失礼ですけど、あんまり『異世界の女神』って感じはしないですよね?」
「そ、そそ、そ……そんなことはなかろう」
スゲーうろたえる女神。
そう。
この女神さまマジで神的に美人ではあるんだけれど、珠の髪飾りでアップにされた髪は黒髪だし、顔立ちは少し釣ったような繊細な奥二重に瓜実の輪郭で、肌の白さは西洋人のそれでなく秋田美人の白である。
お召しになっている薄手の衣もフワフワとΩ型の布がはためいて、いわゆる『天女の羽衣』みたいだ。
つまり、異世界というより『むかしばなし』にでも出てきそうな女神なのである。
「ようするに、ルックス的に剣と魔法のファンタジーで頼りになる感じがしないんですよね。ギリシャ神話の女神みたいにスマートな感じがしないっていうか」
「ぐぬぬぬ、言わせておけば……」
女神はそう白い頬を真っ赤にして唸った。
「へっ?」
すると、この亜空間が空間ごと歪み、ところどころで竜巻、雷鳴のようなものが起こる。
ゴゴゴゴゴゴゴ、ピキ、ピキキキ……
「ひっ、ひいい……ごめんなさい!」
この時は荒ぶる神の怒り的なものに触れたと思い、瞬間『魂ごと消滅』とかそういう末路が脳裏をよぎってマジびびったけど、「すみません、すみません。言い過ぎました」と謝っているとなんとか静まってくれた。
「ったく、無礼なヤツめ。しかし……そなたが疑うのも仕方ないのかもしれぬな」
どうやら平静を取り戻したらしい女神はこう続ける。
「気は進まぬが……そこらへんも順を追って説明しよう。じゃで、話だけでも聞いてくれぬか?」
「はあ、話だけなら」
と答えると、女神はため息をついて語りだした。
「実はな……妾は元々そなたもおった世界で神をしておったのじゃ」
「そうなんですか」
話によると、彼女は元々古来より今のN県N市にあたる一帯で数千年にわたり信仰を集めた土地の神だったのだそうな。
しかし、150~200年ほど前から、海上交通や情報技術の発達により地球がせまくなっていった影響で日本の幻想性は霧散していき……
敗戦、戦後を経て、30年ほど前にはN市一帯の共同体も途絶え、最後の砦であった地元を失った彼女もとうとう日本を追放されてしまったのだと。
「そんな時。知り合いの神から『異世界の土地神に空き枠がある』と聞いてな。やむをえずそちらの世界で神を始めたというワケじゃ」
なるほど。
神様も別の世界へ再就職というわけか。
世知辛いもんだ。
「しかし異世界の土地はずいぶん勝手がちがくての。モンスターは出るわ、森は深いわで、なかなかうまく育っていかん。せめて加護や神託を授ける人間がおればなんとかなりそうなものじゃが……妾の土地にはいまだひとりの民もおらんでな」
女神はそこまで説明しきるとフーっと息をついて肩をよじる。
身のこなしが古風で、美しく、そして寂漠とした肩だった。
「つまり……」
と俺。
「もし俺が異世界で生き返ったら、その最初のひとりになって女神さまの土地を開発していけばいいと。そういう話ですね」
「うむ。ありていに言えばそういうことじゃ」
話はわかった。
それで俺はちょっぴり考えてから答える。
「わかりました。やっぱやります」
「そうか。残念じゃが……って、え? やってくれるのか!?」
「はい」
「どうして? 乗り気じゃなかった感じじゃったのに」
実を言うとさっきは、日本とさえ全然関係ない世界で『ただのカネ持ち』とか『ただの英雄』になっても意味もないっつーか、ダルいだけだから、やっぱどっちにしろ断ろうと思ったんだけど……
「でも、女神さまの土地のためだったらちょっと頑張ってみようって思ったんですよ」
「そなた……」
女神はしばらくこちらを見つめると、こう言った。
「かたじけない。それではさっそく転生させようと思うぞ」
「え、もうですか?」
「うむ。生身の魂は時間がたてばたつほど鮮度を失うでな。なるべく早く蘇生させてやったほうがいい。新しい肉体はあちらの世界にもう用意してあるからあとは魂を転移させるだけじゃ。名残惜しいがな」
「……わかりました。女神さまもお元気で」
「うむ。頼んだぞ」
そう言ってふいに女神は俺(の魂)をふわっと抱きしめる。
すると、肌の透くような衣に少し湿った乳房のもっちりするのを感じながら、俺の意識は溶けるように消えていくのだった。
◇ ◇ ◇
チュンチュン……
小鳥の囀りで、俺は目を覚ました。
「あれ……どこだ、ここ??」
見渡すと、どうやらここは自分の部屋ではない。
見知らぬ畳8枚の和室。
部屋の隅には小さな箪笥と神棚、それから鏡が置かれていた。
「うっ……」
少し頭痛がする。
痛みをまぎらわすように首を振って身を起こすと、瞬間、その鏡の面が目にはいった。
「そうか、あれ。夢じゃなかったんだ」
俺はハッとしてそうこぼす。
そう。
鏡の中の俺は、確かに俺なのだけど……
しかし、すごく若返った姿をしているのである!
「ずいぶん若いな。19、20歳……いや、15、16歳? 高校生くらいか」
そんな鏡の中の、肌の衰えのない若人(自分)の姿をまじまじと見つめていると、自分が死んでしまったことと、女神によって『新たな肉体』が用意される手筈になっていたことがじんわりと思い出されてくる。
「ってことは、もうここは異世界? そんなふうには見えないけど……」
と、そうつぶやいた時だ。
ふいに、神棚がパアアっと神々しい光を放つものだからマジびびった。
「な、なんだ?」
不思議に思いながらも目を細めつつ注視すると、その光の中に≪お知らせ!≫という文字が浮かんでいるのに気づく。
「これ、文字が浮いてるのか?」
触れるものなのだろうかとおそるおそる手を伸ばしてみると、
≪おめでとうございます!≫
と神棚の前の文字は変化する。
≪おめでとうございます! あなたは日本人初の異世界開発者となりましたので、開発ビギナー【特典ガチャ】券を受け取ることができます。受け取りますか?≫
≪はい/いいえ≫
すかさずそんな二択が下に生じたので、『もらえるものはもらっておく主義』な俺は反射的に『はい』へ触れた。
毎日タッチパネルでソシャゲやってる者のパブロフの犬的反射だな。
すると、
≪→【ガチャを回す】← 残り10/10≫
という文字がすぐに浮かんだ。
「ヒャッハー! ガチャだガチャだ!!」
テンションのあがった俺は反射的に手を伸ばし、【ガチャを回す】へ連打でタップする。
すると、神棚の扉からガチャコン!……と手の平大の『玉』が転がり出て来た。
「おっとっと……ずいぶんけったいなところから出てくるもんだな」
俺はあわててキャッチして玉を眺めてみる。
色は白。
どうやら上下に割れるようだ。
パカッ……
で、玉を開くと中から、
≪レア度☆ 『やくそう×10』≫
という文字が浮かんで、数秒たつと煙がボンッっと立って草の束があらわれた。
その一連の現象には驚かされたが、
「うーん、あんまり大したものじゃなさそうだな……」
と『やくそう×10』を眺めてつぶやく。
レア度☆とあったし、こんなものか。
そう落ち込んでいると、
≪→【ガチャを回す】← 残り9/10≫
という文字がまた浮かんでいるのに気づく。
残り9回か……
「もうちょっとよさそうなものが出るといいな。連打しちゃったのがいけなかったのかもしれない」
そう思って、今度はそーっと【ガチャを回す】に手を触れてみた。




