16-8
ブライアンが笑い、何気ない仕草でロンゴミニアドを振るう。
放たれた波動はジャックの身体に当たる直前にフェンリルが張った氷の盾に弾かるが、その衝撃は凄まじく、盾は一発で粉々に砕けた。
――お前正気か? 奴はロンゴミニアドを所持している。今のエネルギーが底を付いている状態で太刀打ちできると思うか? 死にたいのか?
頭の中にフェンリルの忠告が聞こえる。
死ぬと簡単に言える程、何のシガラミもない人生を歩んで来たわけじゃない。軍人としての昇級は勿論、シエルとの関係を深めたいという願望もある。欲望だらけなのに、死にたいわけがない。
だが、自分の命を惜しみ、ブライアンをそのまま通す事は、想い人を危険に晒す事になる。自分が盾になるしかないのだ。
(生き残れる可能性はゼロじゃないはずだ……)
ジャックはローズウォールで会った時のブライアンの様子を思い出していた。
彼は言っていたはずだ。『こんな短時間すら耐えられないのか』と。そしてその姿は砂の様に脆く崩れたのだ。
だからブライアンが長時間戦えないのではないかと仮定を立てる。
「考え事しててもいいのかな?」
ブライアンが大した構えも無くジャックに向かって槍を振ると、その先端は三つにも四つにも分裂し、ジャックに突き出された。複数の槍をジャックは持ち前の動体視力で避ける。
(これは……残像か?)
――いや、以前戦った時はどれかがフェイク……という物ではなかった。見えている槍全部が実体化していると考え、避けるべきだ。
(まじか……。出来るだけ兄貴の攻撃は自分で避けるけど、ヤバそうな時はフェンリルも防御を手伝ってくれ。なるべく長時間ここで足止めさせるぞ)
――御意
ジャックはブライアンに真空波を連続で撃つ。
それを彼は人間の動きとは思えぬ程の跳躍で避け、躱していく。
「へぇ。ジャックも古代王の武器の能力を引き出せる様になったんだね。でも残念。俺はロンゴミニアドに身体能力を大幅に上げられているからこのくらいは余裕で躱せるんだ」
「フン……。頭上をよく見ろよ」
ジャックが放った衝撃派により、坑道の天井は切り刻まれ、ブライアンの頭上に崩れ落ちる。
「……っ!」
大量の土砂に埋まり、見えなくなるブライアン。
ジャックはその上に飛び乗り、エクスカリバーを突き立て、凍らせていく。
容易に抜け出せない様、低温、超高圧で氷を覆いかぶせる。
ちょっとした山の様に拡大していく氷は、普通の人間であれば、抜け出せず、死ぬしかないだろう。だが、ブライアンを甘く見る事は出来ない。
(どの位やればいい……。だんだん力が出し辛くなってる……)
5分程冷気を流し続けたが、気を迷わせた事があだとなってしまった。
――ビキリ……
嫌な音を立てて氷に亀裂が走る。
(やばい!)
慌てて飛びのくと、ジャックが立っていた所を中心に、赤く輝く槍が幾つも突き出て、氷を粉々に吹き飛ばした。
中から出て来たブライアンは、多少頭から血を流しているものの、ほぼ無傷と言っていい。
「身体が不安定だから、冷やされるのはちょっと困るんだよね」
弱点をジャックへ教えるのは、自信の表れなのだろう。ジャックは内心舌打ちした。
(化物染みてるな……)
足元に視線を向けると、ブライアンのロンゴミニアドにより溶かされた氷が水になり、そこら中を水浸しにしていた。
(会話を持ち掛けて、その間に少しでも力を復活させよう……)
「一つ質問していいか?」
「何だよ。緊張感が無いな」
ブライアンはガクリと肩を落として見せる。呆れられても、時間稼ぎに意味がある。
「そのロンゴミニアド、どこで手に入れた? 俺の記憶によればそれは、東ヘルジアの貴族が所持していたはずだ」
「そうだね。でもこれは元々俺達の先祖が持っていた代物。だから取り戻しに行ったんだ。俺の目的を達成させるには、コイツが必要でね。エクスカリー程持ち主を選ばないみたいだったし」
「先祖……だと?」
「あれ? ジャックは母さんに教えてもらわなかったの? 俺達の先祖は大昔にこの国とお隣東ヘルジアを統治していた古代王アーロン・イングラムなんだけど」
「え……?」
ジャックは絶句する。
だが、過去の時代に遡った時、コーネリアにその様な事を仄めかされていた。その時はあり得ないと思ったのだが、事実だったらしい。
(でも、だからどうしたんだよ)
祖先が偉人だとしても、子孫がクズならどうでもいい事だ。そのうち一人は領地の人間を守るどころか、命を奪ってさえいる。許される事ではない。