10-6
◇◇◇
――グギャァァアアアア
ザクリと肉を切断する確かな手ごたえと共に、ジャックの前に立ちふさがっていた魔獣が地の上に倒れる。
切り口からドクドクと流れるどす黒い血液が土を染めていく。ジャックはそれを見ながら汗を拭った。
ここ数日間、次から次へと襲い掛かる魔獣達に対峙するうちに、ジャックはエクスカリバーをそれなりに使いこなせてきているという実感があった。過去の時代に来る前に、上司から剣術についてザックリと教えられていたのも効果を発揮しているかもしれない。
「漸く片付いたね」
もう1体いた魔獣を相手どっていたアリシアがジャックの方に近づいていた。
「向こうに見える街が次の目標地点か?」
傾斜がある道の先に、城壁に囲まれた街がある。
あの中に入ったら魔獣の危険は少なくなるかもしれない。
「そうさ、もうひと踏ん張りだね。コーネリアは怪我はないかい?」
「大丈夫よ、頑張りましょう」
弱々しく見えるコーネリアだったが、回復の魔術を使用出来る為、道中でジャックはかなり助けられていた。
「でも驚いたね。あんた、エクスカリバーをかなり使いこなしてる様に見える」
馬に飛び乗ったアリシアは爽やかに笑う。連日の戦闘で疲労困憊のジャックと違い、余裕綽々だ。
「俺は脳筋だから、実戦経験を重ねるたびにましになってくんだと思う」
「あんたが生きてた時代って実戦経験積めないくらい平和なのかい? 羨ましいこった」
アリシアは肩を竦め、馬を走らせた。
囚われていたコーネリアを救出した後、ジャック達は3人プラス鳥1匹でローズウォールの地に向かっていた。コーネリアをローズウォールの彼女の知人の所まで送り届けようという事になったのだ。
そして出来れば行方不明中のアーロン王――元の時代で言うところの古代王に会うという目標もある。
アリシアもコーネリアも彼の居場所に全く見当がつかない中、ジャックだけは居場所にピンときていた。――たぶん元の時代にミッドランド家のカントリーハウスになっていた場所の地下にいるはずなのだ。
以前会った時、ふざけたオッサンだとしか思わなかったが、もう一度会った方がいいのではないか? という思いが生まれた。
移転装置はアストロブレームにあるので、もう一度元の場所に戻らなければならない事は憂鬱であったが、折角希少な経験をしてるんだから多少遠くに行く事になっても、何らかの経験を持ち帰りたいという気持ちもある。
街の城壁の所まで行くと、アリシアが馬を降り、衛兵に話しかけに行った。
コーネリアがフードを深く被り、衛兵に顔を見られないように明後日の方向を向いているのだが、なんだかその態度自体が目立ってしまうんじゃないかと若干不安になる。
コーネリアはどこかジャックの母親に似た雰囲気がある人なので、他人と思えないのだ。
(昔の人の方が元の時代より人口が少なかったはずだよな? その人達がルーツになってる訳だから、各地を回ると俺の知り合いに似た顔の人が結構いそうかな)
かなり長く話し込むアリシアを観察しながら、とりとめの無い事を考える。
「マダカナー オレラ マタ ツカマル?」
10分くらいは経っただろうか? ヨウムが無神経な事を言い、コーネリアをビビらせてから漸くアリシアが戻って来た。
「ごめん、待たせたね! あのさ、悪いけどアタシ、アストロブレームに戻らなきゃだ」
「え……?」
アリシアの突然の離脱宣言に、ジャックは動揺せざるを得なかった。
彼女の土地勘や魔獣との戦闘の強さ、雰囲気を暗くしないような配慮に至るまで、存在が大きすぎた。正直ここで抜けられると痛い。
「アリシア、アストロブレームで何か有ったのね?」
「コーネリア、ごめんな。アストロブレームの住民達を近くの街まで移動させるって話になってるみたいなんだ。アタシもそれを手伝わないといけない」
「移動? 特に危険がある様には見えなかったけど……」
ジャックという出会って数日しか経ってない男に、友人であるコーネリアを託して行くのに抵抗が無いのだろうか? そこまで無責任なタイプには思えないため、訝しく思う。
「アンタが王都に居た時にも起きてたけど、今王都では地震が多発してるんだ。それに過去からの言い伝えを信じるなら、頻繁に地震が起きる時、上空から巨大な石が降って来るとも言われている。アンタは最悪な時に飛ばされてきたね……」
「アレが、本当に起こるのね……」
コーネリアは痛ましげに顔を歪めた。
ジャックは思い出していた。アストロブレームは過去何度も隕石が落ちている地だ。もしかすると今その危機が訪れているのかもしれない。
「起こさせはしない……。住民達の住居を出来るだけ守ってやらないと。災いの根源を私達で何とか対処するんだ。その為に一時的に住民を避難させないと」
アリシアの瞳に浮かぶ、決意の様な光を見ていると、背中を押してやるしかない気がした。たった数日という短い間ではあったが、アリシアとの間に友情を感じているからかもしれない。
(俺、この血統の人間に親しみ感じすぎじゃないか? でもシエルとアリシアとは何か感情の質が違ってるような……、シエルは何かこう……、ってこんなこと考えてる場合じゃないし!)
ちょっと考え込みそうになるのを、慌ててストップし、アリシアに頷いて見せる。
「分かった。君にとってアストロブレームは特別に守りたい地なんだろう。命だけは大事にな」
「ジャック、コーネリアを宜しく頼む。無責任な行動に思えるだろうが、大事な友人なんだ。ローズウォールでやる事やったらまたアストロブレームに戻って来な。アンタを魔導具で元の時代に戻せないか試してみよう」
「そうしてもらえると助かる」
元の時代に戻る事を心配していないわけじゃないので、正直この申し出は嬉しい。
(何とか戻って、シエルを安心させないとな)




