お姉さん、お便りを待つ。
☆ ☆ ☆
『お姉さんへ』
『クマを捕まえました。どうしたらいいですか?』
『熊本県 龍の巫女に導かれし聖剣士くん(11歳)』
☆ ☆ ☆
「ブ――――――!!」
私は飲んでいたオレンジジュースを噴きだした。
「ゲホッ、ゲホ! ふ、ふざけんな、熊本県!?」
九州のクマは昭和初期に絶滅したはずだ。
以降の目撃例はあるが信憑性に乏しく、ましてや捕獲例など存在しない……と思うんだけど……
こんな質問にどうやって答えろっていうんだ??
無視。
いたずらに決まっている。まったく……
質問がいったん編集部を介するシステムは、こういう悪ふざけを防止する役目もあるっていうのに。その編集部が、こんなのを通しちゃ困る。
と、さらに受信。
☆ ☆ ☆
『お姉さんへ』
『わたしの家の玄関に、なぞなぞを貼っていったひとがいます。憎い……この感情をどこに向ければいいのでしょう』
『新潟県 復讐と懲罰の女神さん(6歳)』
☆ ☆ ☆
「ブ―――――――――!!」
私は飲んでいたオレンジジュースを噴きだした。
「ゲーホッ! ゴッホ! な、な……」
質問になってねえ!
み、見られていた……?
ちょ、ちょっと待ってくれ!
私は新潟には行っていない!
第一、ひとの家の玄関なんて、迷惑かつ目立つ場所に貼った覚えもない! じゃあ、この問い合わせはなんなんだ?
考えられるのはたったひとつ。私のマネをしている人間がいる!
確実に、子ども……
1週間たち、2週間がたち、街に出て私は腰を抜かした。
クイズの貼り紙だらけなのだ。
歩道橋から電柱まで、とにかく30メートルに1枚は必ず目にする有様だ。それも、小学校に近づくにつれ増えていく。
取るに足らない幼稚なナゾナゾから、算数の宿題から抜粋したとしか思えないものまでさまざまだ。
キョロキョロしながら歩いていると、交番の前に人だかりができていた。30人ほどの大人が、掲示板を眺めながら首をかしげている。警察官2人も、腕を組んで考えこんでいるではないか。
すわ、失踪人さがしか凶悪犯の捜索か―――人垣の最後尾から、背伸びをして掲示板をのぞき……絶句した。
――――――――――――
クイズ①
「なぜ血液型はA、B、C、D型ではない?」
クイズ②
「単3電池の、単ってなに?」
クイズ③
「日本で一番、大きな砂丘は鳥取砂丘……ではなく、猿ヶ森砂丘。面積は鳥取砂丘の30倍。なのに、なぜ猿ヶ森砂丘は知名度が低い?」
――――――――――――
私は固まった。
なんだそりゃ?
なんだ、そりゃ?
まわりの人間も同じ思いだろう。
猿ヶ森砂丘ってどこなんだ? どこにある?
呆然としていると、警察官のひとりが私に声をかけてきた。
「あ、あなたはクイズの……」
私は走って逃げ出した。逃げる途中、何百枚のクイズを目にしただろう。
どうやら全国的な社会現象になったらしい。クイズ、クイズ、クイズ……どこにいっても、素朴な疑問にあふれている。
読まされたほうは、たまったものじゃない。まるでトリビアの肝心な部分を教えてもらえないような気分。イライラする。
誰もがそうなのだろう。
子どもたちもそうなのだろう。
「お姉さん」への質問は、恐るべき件数となった。
『教えて、お姉さん』
編集部では、とつぜん増えた投書の正体が私のクイズとは気づいていないらしい。それどころか、急激に倍増したハガキの返送に喜んでさえいるそうだ。
その結果―――
☆ ☆ ☆
『お姉さんへ』
『今月の、「お姉さんへの質問50」お疲れさまでした。最近、質問の傾向がやや変わってきたように思われますが、反響が大きくなることは当誌にとっても嬉しいことです』
『よって、コーナーを拡大し「お姉さんへの質問100」として企画をひろげることに致しました』
『なお編集部内では、もはやハガキの選別を行える人的余裕がなく、届きましたハガキはそのまま1か月分をまとめて、御宅へ郵送申し上げます。今後とも、よろしくお願いいたします』
『児童文芸信社 こどもたちへ編集部』
☆ ☆ ☆
そういうわけで私の家には毎月、およそ8000通のハガキが編集部から届けられることになった。ダンボールいっぱいに詰めこんで……
その中から企画の趣旨を理解している内容のものだけを選びだす。
ハガキの山、山、山―――まるで不幸の手紙。
私は無造作にダンボールに手をつっこんだ。ガサゴソ。
☆ ☆ ☆
『お姉さんへ』
『学校の帰りに見かけたクイズがわかりません。教えてください』
『顔が6つ、目が21個のものってなーんだ?』
『福井県 エキスパート和尚くん (7歳)』
☆ ☆ ☆
サイコロだ。次。ガサゴソ。
☆ ☆ ☆
『お姉さんへ』
『歯医者さんの診察台に貼ってあったクイズがわかりません』
『図のような状態をなんというか?』
『岡山県 瀬戸内海バッファローくん (12歳)』
☆ ☆ ☆
図を描いてこい! わかるわけないだろ!
次。ガサゴソ。
☆ ☆ ☆
『お姉さんへ』
『ゲタ箱に貼ってあった算数の問題がとけません』
『テイラー展開における、冪級数の割り出しかたについて。関数 f が無限回微分可能なとき、テイラー級数が x ≠ a で収束するはずですよね? なのに、収束してもf(x)と等しくなりません。僕の計算が間違ってますか?』
『北海道 我が名はクレイジーほうれんそうくん (9歳)』
☆ ☆ ☆
お前はなにを言ってるんだ! 質問の意味すらわからん!
次だ次!
ガサゴソ……
こんな調子で7999枚のハガキに目を通した結果、採用できたのは約50枚……ノルマの100には、まったく足りない。
ああ、とうとう最後の1枚だ……
☆ ☆ ☆
『お姉さんへ』
『ぼくの家の近所には、日本でいちばん大きな砂丘があります。でも、猿ヶ森砂丘は、自衛隊の弾道試験場があるので、一般人の立ち入りが禁止されています。だから知名度が低いです。鳥取砂丘のように有名になるにはどうしたらいいですか?』
『青森県 田中陽一郎くん (6歳)』
☆ ☆ ☆
「あ、あ、あああああ……」
ため息をついた。
「……この質問、34通目……」
私は、そのハガキをダンボールに戻し、ふたたびため息をついた。
ディスプレイの「お姉さん」は、あいかわらず笑顔で、子どもたちに訴えている。
★ みんなのお便り、待ってるよッ。★