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11人目の側妃  作者:
第3章 前向きに
9/18

 翌日。リリーはメリルとカインの勉強部屋に立っていた。

 ジュリアと共に運んだ地図を壁に貼る。鮮やかな地図に、子供たちは目を見張った。海には沢山の紙船が貼り付けられている。

 「この星の位置がアドリアーノ王国ですね。見ての通り、とても小さい国ですが、国力は周辺の大きな国にも劣りません。何故でしょう?」

 「貿易が盛んだから!」

 大きな声でカインが答える。

 「その通り。我が国は貿易を盛んに行って利益を得ています。では、そもそも貿易を行うのは何故でしょう?」

 人差し指を立てる。2人からの回答はない。

 リリーは地図に向き直ると、ある陸地に「A」、ある島に「B」という文字を貼り付けた。

 「国は野菜が採れ過ぎて余っているけれど、海が無いので魚が獲れない国。B国は島国で魚が獲れ過ぎて余っているけれど、陸地が小さいので野菜が採れない国。お互いに足りない物を補い、余っている物を活用するためには、余っている野菜と魚を交換すれば良いですよね。これが貿易の基本的な目的です」

頷く2人を確認して、リリーは地図上の星を指さす。

「我が国の立ち位置は、A国とB国の間です。我が国は、色々な国から様々な商品を集めています。アドリアーノの商店を覗けば、見つからない物は無いと言われる程に。何かを欲している国は、『アドリアーノに行けば欲しい物が手に入る』と考えますよね。逆に余らせている国は『アドリアーノなら売り先を見つけてくれるはずだ』と。結果的に沢山の国と取引を行い、手数料を受け取り、利益を得ています」

にっこりと微笑む。

「さて、これからも沢山の国と取引を続けていくために必要なことは何でしょう?」

思案顔。小さく手を上げたのはメリルだった。自信が無いようで、小声になっている。

「相手の欲しい物を用意すること……?」

リリーは大きく頷いた。

「正解です。相手が欲しい物を用意すれば、自ずと買って下さいます。見当違いな商品ばかりを勧めていたら、お客様は離れて行ってしまいますよね」

ほっと息を吐くメリル。

「では、どうしたら欲しい物がわかるのでしょう? 答えは簡単、取引先の国について学べば良いのです。その国の地理や歴史、文化を学ぶことで、その国の人がどんなものを欲しがり、売りたがっているかを知ることができます。その国について学びながら、どの国とどのような貿易をしているかを調べると面白いですよ」

リリーが外国について勉強を始めたきっかけだ。調べれば調べるほど、奥が深くて面白い。

だが、本題はここからだ。本当に伝えたいこと。

「外国について学ぶ理由は、貿易のためだけではありません」

じっくりと1人1人と目を合わせる。背筋を正す様が可愛らしい。

「お2人は王族でいらっしゃいますから、これから国の代表として外国の方々と接する機会は多分にあると思います。外国にお友達を作られるかもしれません。その時、その国について何も知らないと、仲良くなるきっかけを失ってしまったり、失礼な態度をとってしまったりするかもしれませんよね? それに」

ニヤッと笑いながら、

「将来、メリル様が外国へ嫁ぐかもしれません。異国の王子様と恋に落ちるきっかけになるかもしれませんね。カイン様も笑っていますが外国から姫君が嫁いで来られるかもしれませんよ?」

真っ赤になってギャーギャーと反論するカインと「王子様……」と夢見心地な表情でうっとりしているメリル。

「より多くの人との交流が、お2人の人生を有意義なものに変えてくれると信じています。外国について学ぶことの必要さがわかって頂けましたか?」

コクコクと力強く頷く2人を見て、リリーは満足そうに頷き返した。


                      ☆


お手製の地図と船を使い、アドリアーノと諸外国の関係をまとめ、その日の授業は終わった。

同年齢の子供より大人っぽいメリルとカインには幼過ぎる教材だったかと心配したが、2人とも興味を持って取り組んでくれた。

「また教えてくれる?」と自ら願い出るメリル。苦手意識は克服できたと言って良いだろう。「ちゃんと先生の授業も受けて下さるなら、いつでもお付き合い致しますよ」と微笑み返す。

手ごたえを感じ、充実感を抱きながら部屋を後にする。

「ご苦労だった」

労いの言葉に、目をぱちくりさせる。

廊下に出たリリーを待っていたのは、デュークだった。壁に背を預け、腕を組んでいる。

リリーは会釈してお礼を述べる。が、すぐに口を尖らせる。

「見に来ないで下さいとお願いしたはずですが?」

「見てはいない。聞いていただけだ」

悪びれもせず、ケロリと答える。「ずっとここに居た」と壁を指さして訴える。

これ以上反論しても無駄だ。リリーは諦めて感想を聞いてみた。

「私の授業はいかがでしたか?」

「なかなか説得力のある話だったな。2人とも興味を引かれたようだ」

「詳細は通常の先生に教わって下されば良いのです。ご専門ですから。私にできることは、苦手意識の克服をお手伝いすることだけです」

口の端を上げ、デュークはグシャグシャとリリーの頭を撫でた。

「合格」

反則だ。たったこれだけのことでリリーの気持ちを大きく揺さぶってしまうのだから。

赤い顔を伏せる。

「これからも、たまにはあいつらの先生になってやってくれ」

「わ、わかりました。もう、髪が乱れてしまいます」

声を上げて笑いながら歩み始めるデュークの後を、リリーは早足で追いかけた。

渡り廊下に差し掛かると、急に立ち止まったデュークの背中にぶつかる。思い切り鼻をぶつけ、恨めしそうに彼を睨む。

「ご機嫌よう、兄上」

 デュークの肩越しに向こうを確認すると、1人の男性の姿が確認できた。

 金髪に碧眼。兄上。間違いない、この男性も王族関係者だ。

 高身長とすらりとした体型。整った顔立ちも、デュークによく似ている。

 だが、纏う雰囲気は全く違う。柔らかく、誰でも話し掛けやすい雰囲気。ホワイト王子の時のデュークに近いが、もっと軽いかもしれない。

 挨拶をしなければとリリーが前に出ようとするのを、デュークは腕を伸ばして遮った。まるで背中に庇うように。

 男がリリーに気付き、デュークの背後を覗きこもうと近付いてくる。

 「あっ、そちらが噂の婚約者ちゃん? やっと会えたんだから、挨拶くらいさせてよ」

 「だめだ」

 「えーっ、いいじゃないか。じゃあ、顔を見るだけ」

 「だめだ」

 にこやかに微笑み掛ける男に対し、デュークは毅然と断った。

 拗ねるように唇を尖らせる男を顎で指しながら、

 「リリー、これは弟のアーサーだ」

 背に庇うリリーに説明をする。アーサー王子はデュークの同腹の弟で、ミノン妃の次男にあたる。兄に違わず頭脳明晰で、学者も舌を巻く程だと聞いたことがある。

 そういえば、王宮に来てだいぶ日が経つというのに、初対面だ。

 デュークはアーサーを睨み付けた。思わず居竦む弟に対し、更に威圧するように声を落とす。

 「アーサー。リリーに声を掛けること、2m以内に近付くことは許さない。こいつには一切関わるな」

 「はいはい、わかっているよ」

 お手上げだ、とばかりに両手を振る。

 兄の鋭い視線に刺されながら、アーサーは2人の横をすり抜け、逃げ去って行った。リリーにウインクとキッスを投げながら。

 呆気にとられ、立ち尽くしてしまう。

 「婚約者ちゃん」発言もさることながら、プレイボーイ風の振る舞い。本当にデュークの弟なのかと疑わしくなる。

 後ろ姿が小さくなる頃になって、ようやくデュークは腕を下ろした。ふぅと息を吐く。

 「あいつは父上に似ている。困った奴だ」

 肩を竦めると、呆然としているリリーの手を掴んで歩み出す。この場を一刻も早く離れようとし、先程より倍速だ。早足には自信のあるリリーも、思わず駆け足になる。

 「ご挨拶もせず、良かったのでしょうか?」

 「逆だ。挨拶しなかったから、良かったんだ」

 「はい」

 「とにかく、お前もアーサーには近付くなよ」

 息も切れ切れに頷くリリーを確認し、ようやくゆっくりした歩調に戻す。

 もうリリーの部屋はすぐそこだ。

 「今度、正式に母上や他の姉たちにもお前を紹介する。……アーサー以外にはな」

 「わ、わかりました」

 そんなに念を押されなくてもと思うが、黙っておこう。機嫌を損ねると、置いて行かれかねない。

 今は、繋がれた手をほどくのが惜しい。

 リリーが手へと視線を落とした時、不意にデュークが足を停めた。

 「もう少し、散歩するか?」

 休憩の時間はだいぶ過ぎている。デュークの執務に支障は出ないのだろうか。

 返答に困っていると、踵を返し、さっさと歩き出してしまった。

 「行くぞ」

 指を絡め直し、繋いだ手に力が込められる。

 もしかしてデュークも、もう少しこうして手を繋いで歩きたいと思ってくれたのだろうか。

 顔を見上げても、伺い知る事はできない。

 だが、リリーはそんな気がして、心が弾むのだった。


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