Ⅳ
言葉の通り、朝からリリーの周囲は慌ただしかった。
いつもより早く起きて支度をし、孤児院へ向かう馬車へと乗り込む。
今日はメリルとカインも一緒だ。
デュークが2人に城外を観察させようと提案したためだ。珍しいのだろう、車窓に顔をくっつけて街並みを真剣に見ている。
ジュリアは別行動で、搬出物と一緒にトランクを城外へ持ち出し、こっそり門の陰に隠す。上に落ち葉を掛ける念の入れようだ。
新築された孤児院には、リリーは何度か足を運んだ。打ち合わせのためだ。
「あ、リリー様だ!」
子供たちが集まって来る。すっかり懐かれてしまった。リリーは子供に好かれる才能があるらしい。
カインはあっという間に子供の輪に入り、メリルはなかなか一歩を踏み出せないでいる。
レンガ造りの建物の裏には芝の広い庭がある。バザーを行う場所だ。
庭に向かうと、リリーからの提供物だけでなく、既に多くの品物が広げられていた。書状を読んだ貴族からの寄付だ。
「お姉様がいらっしゃったわ」
大きく手を振る末妹の姿を見つける。メリルを引き連れて向かうと、近くには両親や兄も集まっていた。
娘からの書状を読んだ父コンベルト卿は、誰よりも早く寄付を約束してくれた。金額も品物も、リリーが心配になってしまう程だ。
きっとリリーに頼られたことが嬉しかったのだろう。
朝早くから家族総出でやってきて、バザーの準備をしているコンベルト家。リリーはこの家族が大好きだと改めて思う。同時に、迷惑を掛けてしまったらと思うと、胸が痛い。
「メリル様、私の家族です。末妹のメリーはメリル様と3つしか年が離れていませんし、良かったらお話してみてください」
「初めまして、メリル様」
スカートの裾を持ち上げ、ちょこんと挨拶をする。おどおどしているメリルを余所に、メリーは「あちらの花壇の花を見に行きましょう!」と言ってメリルの手を掴むと走り出してしまった。
「大丈夫かな」
「きっとすぐに仲良くなれるわ」
2人の姿を見送ると、不意に父が顔を曇らせた。
「リリー、顔色が良くない。何かあったのか?」
心配そうな父。娘のことに関しては、誰より鋭いのは昔からだ。
リリーは内緒話をするように、小声で伝えた。
「何があっても、私を受け入れてね? お父様」
「当たり前だ」
心外だと言わんばかりに眉を上げる姿を見て、安堵する。今夜突然家を訪れても、きっと受け入れ、匿ってくれる。
「さあ、そろそろ他の準備も見て回らなくては。また後でね」
リリーは家族に手を振ると、建物の方へ向かった。新築の孤児院はレンガ造りで、2階建て。屋根の上にはサンタクロースが入れそうな煙突が立っている。
ちょうど入口からデュークが現れた。
忙しいのなら無理をしなくて良いと言ったのだが、デュークは参加するといって聞かなかった。宰相が肩を落としていた姿が忘れられない。
折角なので初めに挨拶をお願いした。国民を大切に思っている彼をアピールするには持って来いの場だ。
「宜しくお願いします、デューク様」
深々と頭を下げると、デュークは驚いた顔をした後、リリーの髪をクシャクシャと撫でた。
「何を改まっているんだ。国王を使うのは、王妃の権限だろう?」
「けじめです。それに、まだ王妃ではありません」
「お前は相変わらず真面目だな。またけじめか」
苦笑するデューク。リリーはぷいと顔を背けた。
ぽんぽんと頭に手が置かれる。
「そう怒るな。律儀なところも、嫌いではない」
デュークはずるい。言葉1つでリリーを喜ばせてしまうのだから。
胸の奥がチクリと痛む。
わざとブンブンと頭を振り、冷静を取り戻す。
「今日が最初の一歩ですから、頑張ります」
「ああ」
不敵に微笑む。リリーが好きになってしまった笑顔。
でも今は、見ていることが辛くて、そっと顔を逸らす。
☆
国王が訪問しているという噂は街中に広がった。
笑顔の貴公子が降臨したお陰で予想以上に訪問者数が伸び、午前中から品物が飛ぶように売れ、あっという間に庭の芝生が姿を現した。
派手な羽付き帽子やビーズの手鏡も、1つ残らず売れていった。リリーとジュリアは密かにほくそ笑んだ。
その内に全ての品物が完売し、孤児院の代表がデュークを呼びに来た。
予定より早く、移築のお祝いセレモニーが始まる。
用意された小さな舞台の上。
デュークは飛びきりの笑顔を浮かべた。卒倒した女性数名は、事前に用意しておいた救護室へ運ばれていく。想定の範囲内だ。
国王陛下の言葉に、皆が静かに耳を傾ける。
脇で様子を伺っていたリリーは、人知れず感動していた。
デュークの挨拶は、誰にでもわかりやすく、敢えてすんなりと聞けるような言葉を選んでいた。国民を、特に弱者を大切に思う優しい国王。その場に居る全員に彼の人となりと意思が伝わったに違いない。
デュークならば、きっと歴代の王よりも優れた王になる。
リリーが確信したその時、一瞬だけデュークが悪戯に微笑んだ気がした。そうかと思うと、突然舞台脇にやってきて、リリーの腕を掴み舞台の上に引っ張り出してしまった。
驚きのあまり、目が点になってしまう。想定の範囲外だ。
「今日のこのセレモニーとバザーを提案し、尽力してくれたのは、ここにいるリリーだ。皆、労いの拍手を送って欲しい」
盛大な拍手を受ける。戸惑い、茫然としてしまう。
デュークを見ると、「良くやった」と言葉を掛けながら、拍手を送ってくれている。
功労者であるリリーへの、彼なりの賛辞。最高の賛辞だ。
全てはリリーを信頼し、任せてくれたデュークのお陰だというのに。こんな華やかな場で称えてもらえるなんて。
デュークは、優し過ぎる。
集まった多くの人々の視線を一身に浴び、リリーは目頭が熱くなってきた。
頑張って良かった。
涙を堪え切れなくなり、リリーはただ深々と頭を下げたのだった。
☆
「凄い! 予想以上の収益だわ!」
届けられたリストを見て、リリーは歓喜の声を上げた。
バザーもさることながら、寄付金も大きく増えた。来場した人々が、品物が売り切れたと知り、基金へと寄付をしてくれたからだ。
自ら客寄せパンダになるために、デュークは無理を押して参加してくれたのだろうか。その可能性は高い。
それに彼の完璧な挨拶が人々の心を動かし、多くの、特に女性からの寄付を増やした。
きっと第2弾、第3弾を開催しても、今回と同様の成果が得られるに違いない。
自ら企画ができないことは残念だが、せめてお客さんとして協力はしよう。心の中で固く誓う。
片付けを終え、辺りを見回す。
カインは少年たちとボールを投げ合って遊んでいる。メリルとメリーはすっかり仲良くなって、何やら話に花を咲かせている。
「帰るぞ」
デュークが声を掛けると、カインとメリルは残念そうな顔をした。駆け寄って来た2人に視線を合わせながら、「また来ればいい」と頭を撫でる。
素直に頷くと、それぞれの新たな友達に手を振り、馬車へと向かう。
帰りはデュークも同乗だ。
「ほら」
馬車の入口で振り返ると、リリーに手を差し出してくれる。紳士らしい、洗練された動き。
手を取ろうとしたが、リリーは躊躇し、止めた。
「リリー?」
代わりに、デュークに向かって深々とお辞儀をした。
「ありがとうございました」
何をと問われても、沢山のことがあり過ぎて答えられない。
王宮に移ってからの短い日々、彼の優しさがどれ程温かかっただろう。気遣いが、嬉しかっただろう。
こうして面と向かう機会も、もう無いかもしれない。
金色の輝く髪も、スカイブルーの澄んだ瞳も。意地悪な笑顔も。
決して忘れない。
これが最後だ。
リリーは満面の笑みを浮かべ、自ら馬車に乗り込んだ。
エスコートを断られたデュークは、不満げな顔を見せつつも、すぐに後に続く。
4人を乗せた馬車は、ゆっくりと王城へ向けて動き出した。




