3話
翌日朝、芥頂一は教室で一人黄昏れていた。
まだ朝会の時間よりもかなり早い。
周りには一人も生徒は来ていなかった。
聞こえてくる喧騒といえば、野球部などの部活の朝練の声のみである。
「芥くん!おはよ!」
教室に入ってきた御原葉が声をかける。
「御原葉さん。おはようございます。」
「調子はどう?元気にしてる?」
「はい。元気です」
「昨日途中で帰ったゃったみたいだけど、何かあった?」
「………いえ。特に」
「将棋部には入る?」
「いえ。将棋部には入らず別の部に入ろうと思ってます。」
「………理由って聞いてもいい?」
「あ………えっと。将棋は変わらず好きですよ。他のこともやってみようかなって思って。」
「昨日の芥くんの対局見てたんだ。凄く浮かない表情だった。話もちょっと聞こえてきたの。相手のことを考えて勝てないって。芥くんって優しいんだね」
「いや………優しさなんかじゃないです。ただの自己満足です。気心知れた相手なら普通に対局しますし」
「でも!相手のことをたくさん思いやって決めた決断ってことでしょ?だったら優しいよ!」
「………ありがとうございます。」
芥頂一は力なく微笑む。
「だから私昨日の夜考えたの!芥くん指導員として将棋部に入ればいいんじゃないかって!」
「!」
「芥くんならきっと相手のことを考えながら教えられるって思って!対局が辛いなら対局は免除でさ!きっとそれならいけるよ!」
「………ありがとうございます。嬉しいです。考えてみますね。」
「うん!今日の放課後も一緒に将棋部いこ!そこで話そ!」
「………」
「あ。もし芥くんが将棋部入りたくないなら全然大丈夫!そうだったらごめん!」
謝罪を受けて芥は少しオロオロする。
「あ!こちらこそ!やっぱりちょっと考えてみます。」
「うん!待ってるね!」
御原葉はそう言って自分の席へと荷物を置きに行く。
そして程なくして教室に複数人の生徒が入って来た。
昼休み。
芥頂一は教室の一番前、扉のすぐ隣に座っているが、そこに鎌瀬がやってくる。
御原葉は鎌瀬の姿を見て表情を歪める。
そして走って近づいてくる。
「鎌瀬くん?何の用?」
ムスッとした表情で鎌瀬を睨みつける。
「芥。ちょっと面貸せよ」
「………分かりました」
三人は屋上の扉の前に集まる。
屋上の扉は施錠されており開かない。
「何でお前もいるんだよ」
「あなたのこと信用ならない!芥くんに酷いこと言う気でしょ!」
ガルルルルと警戒の表情を浮かべる。
それを見て面倒くさそうに頭をかく鎌瀬
「芥。お前将棋部入らないのかよ」
「え?」
「あの先輩に言われてたろ。将棋部に入れる気はないって」
「だから今日の放課後話に行こうって話してたの!」
「うるさい黙ってろ」
ムキーッッッと御原葉は怒っている。
「で。お前はどうするんだ?結局行くのか?行かないのか?」
「僕は………」
優柔不断な芥頂一の胸ぐらを掴む鎌瀬。
御原葉がそれを見て止めようとする。
しかしそれにお構いなしで鎌瀬は芥頂一を睨みつける。
「僕はな。お前のことまだ許してねえんだよ。絶対に許さねえ。あの屈辱を。だから入れよ。今は無理でもいつかぶっ潰してやる。あの先輩に入部を拒否られるんなら僕が入部拒否する。全国経験者の俺を逃すはずがねぇ。」
「鎌瀬くんは強いから絶対入ったほうがいいと思う」
「!!!」
鎌瀬の表情がさらに歪む。
「陰湿な野郎だなてめえは!!!皮肉にしか聞こえねえよ!負け確の状態で勝ちを譲られる!それほど将棋人として屈辱的なものはない!お前将棋舐めてんだろ!見下してんだろ!カスがよ!」
まとまらない言葉で芥頂一をまくし立てていく。
「あとお前もあの先輩に負けてただろ!悔しくねえのかよ!負けてよ!それともわざとか?」
「あの先輩も相当強かった。僕じゃ及ばないくらいに。全力で戦っても及ばなかった」
「チッ!!!」
歯を食いしばり、勢いよく胸ぐらを話す。
「お前!絶対入れよ!じゃないと絶対許さねえ!」
そう言ってドスドスと階段を降りていく。
芥頂一の顔を心配そうに覗き込む御原葉。
「大丈夫?やっぱり将棋部はやめとく?」
「………」
芥頂一は考える。
将棋部部室。
部室では八木、九城、無限、刹那の4人が各々弁当を食べていた。
「先輩。芥の件ですが。本当に入部させない気ですか?」
「あぁ。あいつのメンタルが克服したことを確認出来ない限りは団体戦で使い物にならん。」
「しかし団体戦は5人制ですよ。去年までは俺と無限と先輩の3人と数合わせの助っ人2人。今年は全国経験者らしい鎌瀬もいるけど、あと一枠として芥のやつがいたほうがいいんじゃ」
刹那は九城を指さす。
「前から言ってるだろ。九城を男装させればいい。バレないだろ」
「「駄目に決まってるでしょうが!!!」」
八木と九城の二人がハモって否認する。
大声に無限が耳を塞ぐ。
「ていうか先輩。女性に男装とか言うのセクハラですからね。次言ったらぶん殴りますから。それに私は女子の団体戦に出たいんです!あぁ!今年二人も見学者いたから!悲願の団体戦!女子の団体は3人制だから!」
「烏合の衆。1回戦負けが関の山だな」
「ふん!!!」
九城が刹那の顔面をストレートで殴る。
くらいコテンと倒れる。
興味深そうに無限はその光景を見ている。
そして九城は怒って部室から出ていった。
「………先輩。さすがにデリカシーは覚えたほうが」
「パイセンノックアウト!」
刹那は起き上がる。
「何がともあれ、芥は団体戦には出せん」
「うーん。パイセンの相手するのは駄目なのー?」
「「?」」
無限の言葉に耳を傾ける。
「パイセンとよく対局するの僕じゃーん?でも芥くんいるなら、パイセンとも対局できるんじゃなーい?」
八木がはっとした表情を浮かべる。
「確かに。普段の練習対局なら団体戦みたいに直前で勝ちを譲ったとてリスクはない。それに無限は定石外れの将棋を指す。基本に忠実な芥がいれば、さらにいい練習に」
刹那は顎を抱えて考えている。
「………確かにそうだな」
「おー!ナイスアイデア的な?」
「ナイスアイデアだよ無限!!!」
わー!と二人は喜びあっている。
「対局を続け、トラウマを解消させれば団体戦の要員としても出せて一石二鳥か。」
八木が刹那の方を向く。
「でも………昨日先輩。入部認めないって言っちゃってましたけどね」
「………」
そして放課後。
教室でじっと芥頂一はじっと固まっていた。
その姿を御原葉が遠くから心配そうに見つめている、
そして近づく。
「芥くん。無理に今日行くことはない気がしてきた。だから今日はやめとく?まだ入部届け出すまで期間あるし。それに鎌瀬くんはあぁ言ってたけど芥くんがもし嫌なら全然」
「ありがとうございます。一つ聞いてもいいですか?」
「うん。大丈夫」
「御原葉さんは将棋が好きですか?」
「うん。好きだよ」
「どんなところが好きですか?」
「どんなところ!?うーん。難しい」
御原葉は腕を組み悩んでいる。
「駒がたくさん………。他にもたくさん………。すごい動き………。ごめん!思いつかない!言葉に出来ない魅力があるのかも!」
芥頂一は微笑む。
「ありがとうございます。僕もそう思います。僕も、御原葉さんと同じで将棋が好きです。人によって指し方も好きな戦法も好きな駒も十人十色。そんな将棋が大好きです。将棋を指すみんなが幸せであってほしいし、楽しんで指してほしい。でも………」
御原葉はうんうんと頷いて聞いている。
「ごめんなさい。もう少し長話してもいいですか?」
「うん。いいよ。たくさん聞かせて。」
「すみません。将棋は勝ち負けが決まってしまう。………誰かは喜んで、誰かは悲しむ。真剣勝負の場ならなおさらです。奨励会試験に何回も落ちて思っちゃいました。僕には将棋のプロは絶対に無理だって。高校に行ったら将棋以外のことをやろうって思ってました。………でも」
芥頂一は自分の手を見つめる。
「将棋はやっぱり楽しいです。何かしらの理由で関わりたい。………だから………もし指導役とかで許されるなら………」
御原葉は芥頂一の手を掴む。
そして目をキラつかせ、笑顔で話す。
「大丈夫!絶対大丈夫だから!だから一緒に将棋部行こ!」
「御原葉さん………。ありがとうございます。」
そして2人は再び視聴覚室へと向かう。
視聴覚室には既に鎌瀬、そして昨日見かけた女子を含む新入部員たちがもう既にいた。
そして先輩4人も既に揃っていた。
そして視聴覚室に入ってくる芥頂一と御原葉を見て、刹那を除く3人は嬉しそうにする。
「お前!」
「来てくれた!」
「ようこそー」
刹那は仏頂面である。
芥頂一は刹那の前まで来る。
「あ、あの。」
芥頂一が口火を切る。
「昨日はすみませんでした。その中で不躾かつ失礼なお願いで大変恐縮なのですが、この部の指導役として入れていただけないでしょうか?」
「「「「!」」」」
先輩の4人は各々驚く。
芥頂一が深く頭を下げる。
「私からもお願いします!」
御原葉も隣で頭を下げる。
「あぁ。いいぞ」
「「!!!」」
芥頂一と御原葉は予想外の早い返答に顔を見合わせる。
そして御原葉が芥頂一の手を掴みブンブンと上下に振る。
他の新入生たちは訳も分からずその光景を見て、鎌瀬は少し目線を向けたあとにすぐに目を逸らした。
「ただお前は定期的に俺と戦え。もちろん全力でな。手を抜くな。手を抜いたら悲しむぞ」
「………はい。………分かりました。」
八木が刹那の肩を叩く。
「先輩。昨日あんな酷いこと言ったんだから」
「何?」
「一言くらい謝ってもいいんじゃないですか?」
「分かった。」
刹那は芥頂一に向けて頭を下げる。
「昨日は悪かった。俺の見立てが甘かった。」
「あ、いえ。全くお気になさらず。」
刹那は頭を上げる。
そして考える。
(俺もまだまだ未熟だな。こいつの実力なら指導役として使える。それにいずれ対局出来るようになれば戦力にもなる。………見立てが甘かった。)
八木がパンと手を叩く。
「よーし!じゃあ今日も今日とて将棋やるぞ!」
そう言って今日も将棋部の活動は始まっていく。
こうして一度将棋を諦めた少年は高校にて再び将棋の道を歩んでいくこととなった。




