1話
史上最強の将棋一家芥一族
父は史上最強のプロ棋士と謳われている。
母は史上初の女性プロ棋士。
長男は史上最年少高校一年生でタイトル獲得。
三男は史上最年少中学一年生でプロ棋士。
一族の一人を除き全員が将棋界で輝かしい成績を残している。
そんな最強将棋一家の中で、落ちこぼれと呼ばれた少年が一人。
彼の名前は芥頂一。
彼はプロはおろか、プロになるための組織である奨励会にすら入れなかった。
やがて彼はプロになることを諦め、一般高校へと進んでいく。
そんな彼にネットでは罵詈雑言が飛び交う。
そして彼をこう評していた。
才能がない
芥一族の面汚し
落ちこぼれ………と
某年4月。
入学式の翌日。
芥頂一は教室に座っている。
彼のバッグにはたくさんの部活勧誘のチラシが綺麗に詰められていつ。
(このチラシ。みんな貰うのが正解だったのかな。チラシを貰うと嬉しそうにしてた。いやチラシの目的は部員を増やすこと。僕が貰うことで他の人がその部活を知る機会が減っちゃう。………そう考えると貰わないほうがいいのかな?………申し訳ないことをしちゃったな)
物思いにふけっているとチラシ群の中の一枚のチラシが目に入り、それを手に取り眺める。
周りには他の生徒たちもおり、ざわざわと談笑が聞こえてくる。
その紙には
将棋部
新入生募集中
未経験者歓迎!
女子も大歓迎♡
視聴覚室で活動中
と可愛い文字と将棋の駒に目と手足をつけたようなイラストで記載されている。
芥頂一はチラシを貰ったときのことを思い出す。
遡ること登校の時。
芥頂一は校門をくぐる。
周りには新入生とその保護者、そして各部活が各々の格好でビラ配りをしている。
芥頂一はそのビラを笑顔を作りありがとうございますと言って、一枚一枚頭を下げながら受け取っている。
そんな中で目立つ人が二人。
一人はまるで暴走族が乗るバイクのような、派手な自転車にまたがったいかついヤンキー。
もう一人は美人だがパット見男のようにも見えるボーイッシュな少女。
その二人はビラを配っていた。
しかしその風貌からか新入生は何やら避けている。
二人は何やら言い合いをしている。
「あんた!何でそんなヘンテコな自転車にまたがってんのよ。あんたのせいで新入生避けてんじゃない!」
「あぁ?男はみんなバイクが好きなんだよ」
「私たち将棋部よ!?勘違いされるじゃない!それに今どきヤンキーは敬遠されがちなの!」
「あぁ!?男部員を集めんだよ!このかっこいいバイクで!」
「女子部員が来ないじゃないの!それに自転車でしょ!?あんたまだ免許取れないでしょ」
「原付免許は持ってるよ!」
「じゃあ原付で来なさいよ!」
「校則で禁止されてんだよ!」
言い合いによって更に人は避けていく。
その光景を見て芥頂一は将棋部の二人に近づいていく。
「………あの」
二人は振り向く。
「チラシをいただいてもいいですか?」
二人は嬉しそうにする。
「あぁ!」
「もちろんもちろん」
そういって将棋部のチラシを受け取った。
「気楽に見学に来てくれや。将棋は楽しいからよ」
「そうよ。こんな風貌の怖いやつばかりじゃないから。あと女の子の友達がいたら是非一緒に連れてきて!」
「あぁ!てめぇ!」
「何よ!事実でしょ!」
二人はまた喧嘩を始めてしまう。
その光景を見て、そそくさと芥頂一は撤退した。
そして今に至る。
「………将棋か」
そうすると後ろから女子が一人近づいてくる。
「君!将棋に興味あるの?」
メンヘンチックなふわふわのロングヘアーの少女が、柔らかい声で話しかけてくる。
「私も将棋に興味あるんだよね!将棋って楽しそうじゃない?うーんって考えてパーンって打つの!かっこいいじゃん?」
柔らかい声のトーンと見た目とは反して一方的に話を続けていく。
「はい。将棋は凄く楽しいです」
その声を聞いて、メルヘン少女は嬉しそうにする。
「良かったら一緒に見学に行かない?一人で行くのはちょっとハードル高くて!」
「………ごめん。将棋はもうやらないって」
「………そっか」
メルヘン少女は悲しそうな表情を浮かべる。
その表情を見て芥頂一はハッとし申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「………でもついていくだけなら」
「!!!ほんとに!?いいの?ありがとう!!!私!御原葉六希!!!よろしくね!」
「うん。僕は芥頂一です。よろしく」
「芥?どこかで聞いたことあるような………ともかくよろしく!!!じゃあ今日の放課後ね!」
放課後。
二人は視聴覚室へと向かう。
「何かネットで見たんだけど、七棋将っていう高校の中で将棋で強い7人がいるんだって!プロくらい強いのかなぁ?」
「そうなのですね。どうですかね」
視聴覚室に到着する。
視聴覚室の扉を開いており、その中には視聴覚室には勧誘の二人と、もう一人座っている生徒がいた。
座っている生徒は将棋の本を読んでいる。
到着するや否や、勧誘の二人は嬉しそうな表情を浮かべ近づいてくる。
「お前!朝の!よく来たな!」
「女の子もいるじゃない!連れてきてくれたの?」
「いや、そういうわけでは」
「入部希望です!私駒の動かし方も怪しいのですが大丈夫ですか?」
「勿論勿論!駒の動かし方から丁寧に教えるわよ!さぁさぁこっちに座って!」
「あと2人部員がいるんだが、今日はまだ来てないんだ。お前ば将棋は打てるのか」
「あ、えっと………」
「初心者でも経験者でも歓迎だぜ!あそこに座ってるのも新入生だからとりあえず対局でも」
そこで校内放送が流れる。
「えー。将棋部の八木、九城。将棋部の勧誘のことで話があります。至急職員室に来るように」
プツッと校内放送のマイクが切れる。
ぽかんと二人は固まる。
そして言い合いが始まる。
「やっぱりあのヘンテコ自転車のせいで!!!」
「いや。お前だって結構女子の勧誘強引だったぞ!」
「いーや。あの自転車のせいよ!私の勧誘は合法よ」
「てかどうするよ!先輩と無限のやつまだ来てねえし」
「………仕方ない」
女の先輩は新入生3人に向けて話す。
「本当にごめんなさい。ちょっと職員室に呼ばれちゃって。すぐにほかのメンバーも来ると思うから、私たちもすぐ戻るから。」
「新入生同士で歓談でもしておいてくれ。悪いな。」
そういって二人は言い合いをしながら視聴覚室を出ていった。
御原葉は座っている新入生の方へと近づく。
「始めまして。君も新入生?私は御原葉六希!よろしくね。こっちは芥頂一くん!」
紹介されペコリと頭を下げる。
その名前を聞いて本を読む手を止める。
「………芥?」
「君の名前は?」
「………鎌瀬犬二郎」
「よろしくね!鎌瀬くん!」
鎌瀬の視線の先には芥頂一が写っていた。
「おい。お前その芥って名前」
「ごめん。ちょっとお手洗いに行ってくる」
そう言って芥は視聴覚室を後にした。
「…………」
「鎌瀬くんは将棋に詳しいの?」
「あんたはあいつのことをどこまで知ってるんだ?」
「………え?全く分からない。今日初対面」
「そうかよ。そういえばお前は将棋初心者か?」
「うん。駒の動かし方も分からないかも」
「ふーん」
鎌瀬がニヤリと笑う。
「僕も初心者なんだ。ちょっと一緒に打ってみようよ」
「ほんとに!?一緒だね!打と打と!駒の動かし方怪しいけど許してね!」
そう言って二人は向かい合せに座り、対局が始まった。
一方その頃芥頂一はトイレで手を洗っていた。
鏡には憂いに満ちた芥頂一の表情が映る。
(………将棋部。どうしようかな。………将棋は楽しい………でもとっても辛い。だからもう………)
しかし将棋部の面々の顔を思い出す。
(………見学に来たのに入らないって断ったら悲しい顔されちゃうかな………。ひとまず戻るか)
芥頂一はトイレから出て視聴覚室に向かう。
視聴覚室に着くと、何やら震える御原葉の後ろ姿と、それに対面する鎌瀬の姿が見える。
鎌瀬は勝ち誇った表情を浮かべている。
その光景を見て芥頂一に悪寒が走る。
芥頂一は近くに寄る。
そして将棋盤を見て目を見開く。
盤上には御原葉側の駒は一つもなく、逆に鎌瀬が全部の駒を取っている状態だった。
御原葉は目に涙を流して震えている。
「芥か。今将棋して、終わったところだよ」
「………将棋を」
「初心者のミーハー女が、全国経験者の僕に勝てるわけないだろ。」
「………なんで全部の駒を。」
将棋の大まかな勝利条件は相手の王を取ることである。
他の自分の駒がある状態では王の動きも制限される。
つまり普通に勝利する場合においては全ての駒を取る必要性は一切ない。
全ての駒を取る前に決着が着くからである。
「いや。こいつが投了しなくてさ。」
「違っ!あなたが将棋は途中で負け宣言は駄目だって………」
御原葉は俯き嗚咽を出して泣き始める。
それを見て嘲笑の笑みを浮かべる鎌瀬。
「あーあ。すーぐ泣く。そもそも女が将棋をやっていい訳ないだろ。将棋やる資格ないよ。将棋は男のための頭脳スポーツなんだ。わかったらミーハー野郎はとっとと帰れよ。」
芥頂一は表情を歪め、鎌瀬の肩を掴む。
「あ?何だよ芥」
「将棋はみんなが楽しめるゲームです。今の発言は取り消してください。」
「いーや違うね。将棋の本質は弱肉強食。勝者総取りのゲームだ。雑魚には将棋を楽しむ価値も資格はない。取り消さないね。」
芥頂一は少し思考し固まる。
そして口を開く。
「………分かりました。なら僕が勝ったらその言葉を取り消してください」
「は?」
鎌瀬は高笑いをする。
「全国経験者の僕に?君が?舐められたもんだな。まぁいいよ。君が負けたら僕の言い分が正しかったと認めろよ」
「………分かりました。こちらの机で。」
そうして隣の机に座り、鎌瀬と芥頂一の対局が始まる。
「振り駒は?」
将棋は交互に駒を動かしていくゲームである。
その先行後攻を決めるために振り駒という行為を行う。
微妙にプロとアマチュアだったりローカルでもルールは違うかもしれないが、大体は片方の人が駒を奇数枚取って、盤上に落とす。
落とした駒について、表が多ければその人の先行、裏が多ければその人が後攻となる。
将棋では先行のことを先手、後攻のことを後手と呼んでいる。
「あぁ?いいよ。お前に先手くれてやるよ。」
「分かりました」
「そういえば聞きたかったんだけどさ」
「何ですか?」
「お前もしかしてあの芥一族の落ちこぼれの次男だろ?」
「!」
「一族みんな将棋強いのに、お前だけプロはおろか奨励会にすら入れなかったんだってな。」
鎌瀬はヘラヘラと笑っている。
「小さい時、お前をアマチュアの大会で見かけたことあるぜ。その時も大して強くないやつ相手に負けてたよな。」
鎌瀬は真面目な表情を浮かべる。
「将棋にはなコネや七光りなんてもんは通用しねえんだよ。実力が全てだ。しっかし情けねえな。奨励会に入れなかったからアマチュア将棋で無双かよ。だっせえ。そんな甘い世界じゃないってことを俺が教えてやるよ。全国大会経験者の僕がね」
「………いきますよ」
時刻にして13時30分頃。
芥頂一が駒を動かすと対局が始まった。
少しして上級生の2人が戻ってくる。
「やっぱりあのバイクのせいじゃないのよ」
「いや!お前の勧誘だってちゃんと怒られてただろうが」
「ん?あれ。対局してる。」
視聴覚室に2人は入る。
そして涙を流している御原葉に気づく。
「え?ちょっとどうしたの?」
女子の先輩は御原葉を抱きしめる。
「大丈夫よ。私がいるからね。大丈夫だからね。ちょっとあんたたち。何をしたの?」
「あぁ先輩方。女子には将棋をやる価値はないので帰れって言ったんです」
「!!!あんた!なんてことを」
「お前………」
男の先輩は静かに怒り、女の先輩は分かりやすく表情をゆがめて怒っている。
「いいですよ。こいつちゃちゃっと倒してあんたらも相手してあげますから。全国経験者の僕が」
「あんた!!!」
「落ち着け。今は対局中だ。見守んぞ」
「………わかったわよ。本当にごめんね。大丈夫だからね」
女の先輩は御原葉の頭を撫で続けている。
男の先輩は盤上を眺めている。
(………これは。嫌味の方は鎖鎌銀、相手は棒銀か。鎖鎌野郎は全国経験者って言ってた。結構強い。もう片方の実力は果たしてどれくらいか)
将棋は王を取られたら負けのゲーム。
そこで王を取られないように、王を取るための様々な攻め方がある。
棒銀と鎖鎌銀は攻め方の一種である。
「ははっ。俺の鎖鎌銀は速くて鋭いぜ。てめえの陣形切裂いてやるよ。」
鎌瀬は颯爽と駒を動かしていって、それに応じて表情を変えずに芥頂一も駒を動かしていく。
一方その頃。
頂一の弟、芥家三男であり、最年少プロ記録を持つ芥頂越は、この日中学2年生に進学していた。
そして彼は教室に座っている。
周りには生徒たちがざわざわと雑談していたり、同じく座って静かにしているものもいたりとまちまちである。
座っているところ、1人の生徒が近づき、話しかけてくる。
「やぁ芥くん。今日から同じクラスだね。よろしく。最年少プロって聞いたよ。すごいね」
「………どうも」
ぶっきらぼうに頭を軽く下げる。
「いやぁ君のお兄さんのことを聞きたいんだけどさ!」
生徒はヘラヘラと嘲笑のような表情を浮かべている。
「ネットで見たよ!お前のお兄さん。落ちこぼれなんだってね。やっぱり血筋に頼って、努力しないとそうなるんだね!やっぱり家でも怠けてばかりなんじゃないの?将棋の世界には七光りは通用しないって書いてあったもんね!」
芥頂越は立ち上がる。
そして生徒の胸ぐらをつかんでロッカーへと叩きつける。
芥超越の顔は怒りで歪んでいた。
周囲の生徒たちは驚いた表情でその光景を眺めている。
「兄貴を馬鹿にするんじゃねえよ。てめぇに兄貴の何がわかるんだよ」
生徒は困った表情を浮かべる。
「落ち着いてよ。君をバカにしてるわけじゃないだろ」
「あぁ!?」
「まぁまぁ落ち着いて」
貴族のような風貌の男が芥頂越の肩を叩く。
「あぁ!?」
「友人の非礼を詫びるよ。本当にすまなかった。彼は将棋のことを何も知らないんだ。リスペクトも欠けていた。申し訳ない」
「………ちっ」
芥頂越は舌打ちをして生徒を離す。
「改めて僕は貴伊族男だ。この学校の将棋部の部員。全国大会にも去年出た。よろしく。」
「………」
スタスタと席に戻っていく。
「君のお兄さんのことを聞かせてほしいんだ。君のお兄さん。一人だけプロはおろか奨励会にも入れてないと聞いた。しかし奨励会の受験にはプロ棋士の推薦が必要。プロ棋士が推薦するんだ。奨励会にすら入れない棋力の者を推薦するはずがない。だから聞かせてほしい。もし実力がないのに推薦をしているなら、それは将棋に対する冒涜だ」
「………」
芥頂越はそっぽを向いている。
「君は対局したりはしないのか」
芥頂越はため息をつく。
「………するよ」
「そうか。結構するのかい?」
「まぁ。そうだね」
「どれくらいの勝率だい?」
先ほどロッカーに叩きつけられた生徒も近づいてくる。
「平手で5回に1回くらいは俺が負ける」
将棋は上位レベルの者とやる時に片方は特定の駒を初期陣形から取り除くハンデを負うことで、実力の均衡化を図ることがある。
それを駒落ちと読び、例えば片方が飛車を使えなくする場合は飛車落ちと呼んでいる
平手とはそういったハンデがないイーブンな状態である。
「………は?」
貴族は固まり、生徒は笑う。
「ハハハ!ほとんど負け越しじゃん!やっぱり才能ないんじゃ!」
「おかしい」
「え?何が?」
「おかしい!プロ相手に1勝4敗!?安定してそんな成績が残せるヤツなんて!そんなの………プロは分からないが、奨励会に入れないなんて!」
「………え?でも負け越しだぜ?」
「一般的に奨励会の受験者は小学校や中学校の全国大会上位入賞者が多い。そいつらでもプロ相手には100回やって1回も勝てなくたっておかしくはない。それだけプロとアマチュアには差がある。………プロ相手にそこまで勝てるやつが奨励会にも入れないなんておかしい」
場所は移り高校。
鎌瀬は汗をダラダラと垂らし驚愕している。
先輩達もその盤面を見て驚いている。
(こいつ。鎌瀬の攻めは素晴らしい攻めだった。………それを完璧に受けきった。鎌瀬にもう攻め筋はほぼない。こいつ………一体何者だ)
芥頂一は攻めに転じる。
いろんな駒を使い、軽快に鎌瀬の陣形を崩していく。
鎌瀬の方は受け入れず段々と防戦一方になっていく。
「クソがクソがクソが」
そしてやがてもうどこにも王に逃げ場がない。あと一手で王が詰むような状態となった。
「えっと………これって………」
御原葉が呟くが先輩二人がとめる。
「ストップ。対局中は2人の世界。外からのアドバイスは厳禁」
「あぁ。だから話すなら聞こえないように離れて小声でだ」
三人は聞こえない位置にまで離れる。
そして小声で話す。
女の先輩は御原葉にくっついたままである。
「あれって金を打てばもう詰みじゃないですか?」
「すごい。よく分かったわね」
「あぁ。もう相手に逃げ場はない。あいつの勝ちだな」
「………凄い。芥くん凄い強いんだ」
「芥………。あの将棋一族と同じ苗字か」
「偶然じゃないの?」
「あ………でも。なんか鎌瀬くんが一族の一人とか何とかって言ってたような」
「………そうか。………まぁ対局が終わったあとに聞くぞ。戻ろう。」
3人は元の場所に戻った。
鎌瀬は目に涙を浮かべて震えている。
(クソクソクソ!!!こんな落ちこぼれに!!!俺はこんなところじゃ負けてられないのに!!!高校将棋界のトップ7の七棋将。あいつらを倒すまでは………。そのためにその一人がいる高校を選んだってのに………!)
芥頂一は持ち駒の金に手をかける。
そして盤上に金を打とうとするところで鎌瀬の表情を見る。
鎌瀬の涙を浮かべた表情を見て、芥頂一はハッとする。
そしてフルフルと唇を震わせて、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
場所は移って中学校。
芥頂越ともう2人は教室で話していた。
「よく分かんねえけどよ。じゃあ何でお前の兄貴は奨励会とやらに入れなかったんだよ」
「兄貴は………優しすぎるんだ」
場所は移り高校。
芥頂一は手に取った金を元に戻す。
そして頭を下げてこう話す。
「負けました」
「「「!」」」
観戦者の三人は驚く。
初心者ですら見つけた詰み筋。
その詰みのために使う駒を一度持ったのにも関わらず、それを置いて投了したのだ。
今は時刻にして14時頃である。
「………は?」
鎌瀬は状況を理解できずに固まる。
そして芥頂一に詰め寄り胸ぐらを掴む。
「てめぇ!!!ふざけんじゃねえぞ!!!同情か!?」
その怒りを見て芥頂一はハッとして更に申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「………ごめんなさい。本当にごめんなさい」
ただただ申し訳なさそうな表情を浮かべ芥頂一は謝る。
男の先輩が鎌瀬の手を掴む。
「一旦落ち着けよ。」
「ちっ!!!」
鎌瀬は掴んだ胸ぐらを離し、
先輩は芥頂一の方を向く。
「お前流石に詰み筋分かってたろ。なんでこんなことを」
「………すみません。」
そう言って御原葉の前に歩く。
「御原葉さん。将棋で辛い思いをさせてしまって本当にごめん。」
芥頂一は頭を深く下げる。
そして視聴覚室から出ていった。
「おいお前!!!………ちっ。ただ事じゃねえな。まぁいい。おめえからも話聞いてやらないとだしな」
男の先輩の矛先は鎌瀬へと向いた。
芥頂一は廊下を俯きながら歩く。
すると前から2人の男が歩いてくる。
一人は子供っぽい仕草の男、もう一人は物静かでクールな男である。
「新入部員!どんな人がいるかなー?パイセン!」
「………」
「バイ君!とマモちゃん!ちゃんと先輩出来てるかなー?」
「………」
「あっ!前から人間!どうぞどうぞ!」
子供っぽいほうが気づき、横並びだったのが一列になる。
芥頂一は軽く会釈をする。
その時クールな男と芥頂一の目が軽く合う。
そして芥頂一と二人はすれ違う。
芥頂一は歩き続ける。
クールな男は立ち止まり芥頂一の方を見る。
「………あいつ」
「んー?どしたんですー?パイセン」
「………いや」
そして二人は視聴覚室へと向かう。
視聴覚室へと到着すると、男の先輩が鎌瀬を羽交い締めで抑えていた。
「お前!なんでそんなこと言うんだよ!駄目だろ!」
「うるさい!ヤンキーが将棋やるんじゃねえ!」
「あぁ?何だと?」
「ちょっとあんたら落ち着きなさいよ。」
御原葉は言い合いにオロオロとしている。
「何ごとだ」
「あ、部長」
「僕もいるよーん」
「無限!遅かったな」
「まー色々とありまして」
「八木。離してやれ」
部長と呼ばれた男の一声で、八木と呼ばれた男の先輩は鎌瀬を離す。
「何があったか説明しろ」
「実は………こいつともう一人が対局して。」
「ほう」
「それであと一手で詰みの状態だったのにそいつが投了しちゃって」
「ほう」
部長は盤面を見る。
「なるほど。お前の完敗だな。なぜ投了しなかった」
「!」
「この盤面ならもっと前に自分の負けは分かっていたはず。何故だ?それとも一手詰めが分からない初心者なのか!」
「!!!てめぇ!!!」
鎌瀬は部長に呼ばれた男に近寄る。
「舐めんじゃねえぞ全国経験者の俺を!俺とやれよ!ぶっ潰してやるよ」
「あぁ。構わんよ。」
そして二人は座って対面する。
対局が始まった。
そして20分後対局は終わる。
「ま………負けました」
信じられないという表情で鎌瀬は固まっている。
「何で………」
「悪くはない。だが何故一手詰めが分からなかったんだ?」
鎌瀬は部長の顔を見て驚く。
「お前………まさか………七棋将の一人………。無冠の棋将、刹那零か!?」
鎌瀬の言葉に気にせず、刹那は八木に話しかける。
「八木。そいつに勝ったという新入部員は?そこの女は………違うな」
「あ、もう帰っちゃいました。あと入部するかは分からず。………いろいろと訳ありみたいで。あの将棋一家の芥一族の一員かもしれないです。」
「………芥?………そうか。なかなか面白くなってきたじゃないか。」
刹那は笑っていた。




