大将軍、光人のこれから
シュワルツワルトでの開戦から、すでに半月が経とうとしている。
一進一退の戦いは続いているものの、最初から我慢比べだと覚悟をしていた大将軍京本光人は、粘り強く攻め、確実に制圧への一歩、一歩を進めていた。
旗色が変わったのは、リヒト第三皇子が荒神からシュワルツワルトまで戻ってきたあたりからだった。
あの荒神あらかみを陥落させたとは言え、激戦の後に大陸を縦断するという長旅の後。
将としても機能すまいと思っていたのが甘かった。
リヒトの兵は統率を取り戻し、再び巻き返してきたのである。
(さすが……奇跡の皇帝か……!!)
不可能だと思われた淀桂よどかつらを攻略し、不可能だと思われた京浜大志けいひんたいしを攻略し、絶対不可能だと思われた荒神の単独制圧を敢行した皇子である。
潜った修羅場の数は、自分など相手にもならないだろう。
光人は、リヒトを畏れた。
信仰もない、自己の快楽のみを求める国民性だと思っていたリヒトが、これほどまでに強いとは!!
(晶殿……お助けくだされ!!)
言葉に出しはしないが、将が一人、また一人と戦死していく中で、幼い大将軍は何度も祈った。
そして、いよいよ戦の均衡がリヒト側に傾くかと思われた時だった。
いつの間にかリヒトの皇帝となっていた、元リヒト第三皇子、スタンウェイ・ジークベルグが、停戦を表明したのである。
* * * * *
何が起きたのかわからないまま、突然戦いは終わった。
そして、玉隅の菊千代にリヒトから襲撃があったこと。そして、竹中晶が敵将を討ち取り、玉隅たますみを防衛したが、前の戦の傷が祟り、その場で絶命していたという事実だった。
この時、光人の心を一瞬殺したのは、晶が生きていて玉隅を救ったという事実よりも、巨大で重たい事実が菊千代によって告げられたからである。
玉隅を襲撃した仮面の男。確か、東進軍の軍師だったはずだ。
彼の素顔と、晶の顔が瓜二つであり、晶はこの仮面の男の、双子の弟であったという事実である。
自分の憧れであり、八曜とは、京国とは、強さとは何かを全て教えてくれた人間の兄が、まさか自分の両親、祖母、恩人達の仇だったとは……
人生とはなんと、因果なものなのだ。
* * * * *
闘いは、リヒトから発した停戦表明によって幕を閉じた。
すぐに京国とリヒトの間で終戦に向けての会議が開かれた。
京国は即座に、荒神あらかみ、飛騨高雄ひだたかお、淀桂よどかつらの三都市の返却を要求。
リヒトがこれに無条件で応じる形で、京国はリヒト首都、シュワルツワルトから兵を引いた。
首都は、再び荒神に移された。
戦争責任を取らせるという理由で、京国はリヒトという国事態は残したが、
あくまでも京国の属国として、都市名の変更を命じる。
そしてスタンウェイ・ジークベルグをそのまま皇帝という立場に置き、戦争の責任を負わせ続けた。
京国大将軍、光人は、リヒト人全員に八曜教の信徒となることを義務付けたが、リヒト人に対する規制も緩和し、
京国のどこでも生活できるようにし、優秀なものはリヒト人でも率先して将軍府に加えることを許容した。
『京利友好条約』である。
ようは、父上と、祖母の折衷案を採ったのだ。
このようにして、京国とリヒトによる第一次大戦。『カンプフ・フュア・ディー・フライハイト』は終戦した。
リヒトの敗戦について、色々と謎が残る面もあるが、スタンウェイ・ジークベルグが一度挙げた腕を降ろしたのは、
実はある二人の兄弟が原因だった。ということは……大陸の中でも知る人間は少ない。
竹中晶。
一度リヒトに完全に奪われた村を、たった三人で取り戻し、京国の首都にまで再興させた男は、武神として京国に祀られ、リヒト人には畏怖の対象として、京人には守護神として『亡霊』と呼ばれた。
* * * * *
晶の墓は、荒神ではなく、玉隅に建てられた。
彼の墓の隣には、同じ大きさの墓が建てられているが、このものが誰の墓なのか。
京人でそれを知るものはごく僅かである。
終戦の処理がひと段落つくのに、半年もかかった。
大将軍光人は、ようやく…… 玉隅に眠る自分の憧れに会いにいくことが叶った。
隣で『ニ』のポーズを作り、頭を下げるのは、この日偶然居合わせた晶の腹心、マーラであった。
まだ草案の状態の『京利きょうり友好条約』に則のっとり、光人は彼女を将軍府の将として登用しようとしたが、
マーラはもう、自分の役目は終わったとして軍を離れた。
今はヴァッサークッペで、倒壊したモーゼルの復興を手伝いながら人知れず暮らしているという。
よって、本当に偶然の再会である。
光人は祈り、まだ何も終わってないことも、何も始まってないことも改めて実感した。
今日はまず、この足でリヒト領に向かい、スタンウェイ・ジークベルグ公との会見がある。
「マーラ殿」
光人は、横に佇む、リヒトでありながらも京国のために、憧れの人の横で剣を振り続けた女戦士に声をかけた。
「拙者は、大将軍として、何かを成せるであろうか。晶殿のように……」
マーラは少し考えた。
「私には何も言えない。しかし、迷ったらここ玉隅で立ち止まって、考えてみたらいいと思う」
別に大した答えを期待してはいなかったのだが、その通りだと光人は思った。
「拙者に教えてくだされ。マーラ殿。晶殿の事。そして、リヒトの事を」
光人が言うと、マーラは無表情のまま、『二』のポーズを作った。
それを見届けると、光人は空を仰ぐ。
(拙者の神は二人おる。八曜の神。そして武神竹中晶殿にござる。
二人の神への信仰があるかぎり、拙者は正しい道に……民たちを導いていけるはずにござる。見守っていてくだされ、晶殿)
光人は地面に、二本の線を引いた。
忠誠の誓いのつもりだった。
玉隅は、有山のほぼ山頂に位置する町である。
天からもその二本線は、見えるであろう。
信仰とは、それに殉じるということはどういうことか。
若い光人が知るのは、まだこれからの事である。
* * * * *
光人が、荒神城の将軍府、大将軍の間に足を踏み入れるのは初めてのことである。
身内にさえ、出入りを禁止していた仕事場である。
幸いにして城への攻撃は無かったため、部屋は父親のもので溢れかえっている。
その事実が、これからの戦後の処理の大変さをなんとなく比喩しているように見える。
机には父親が書き記したのであろう、誰かに送るはずの手紙やら何やらが積まれている。どうやら、引き継ぎも大変そうだ。
……その山の隣にはさらに高い山が積まれている。
何気なしに光人はその中の一枚を取ってみる。
「……リヒト語?」
光人はリヒト語を、まだ読めはしないがこれが誰からの手紙なのかは気になった。
一体誰が、こんなに大量に親父に手紙を送りつけてきたのか。
そして、送り主の名前を見つけた。
「……マクシミリアン・ジークベルグ?」
逆襲の刃。あるいは故郷を奪われた少年の、故郷再興の物語 了。




