第90話 汽笛と共に現れる黒服
久々の駅だとエルは思った。黒光りした汽車にひとまず乗ると大きく汽笛が鳴り始める。
「やれやれ……暇だな」
今日この休日に出かけたのは隣町であるロッシという町で食べ放題フェスティバルが開催されているからだ。大食らいのエルにとっては夢のような祭りで。まだ見ぬ町の姿に不思議とやきもきさせられる。
(まあさすがにミオリオ達を誘う訳にもいかないからな)
そう、今日は珍しく1人行動。それには理由があってミオリオは自称ダイエット中でこういった催し物を嫌がるし、ユラや親友であるルゼはエルからしたら少食。他の奴らも同じようなもので結果的に1人で行動する事になったのだ。
(それにしても汽車内は暇だな)
エルが頬杖をつきながら景色を眺めると、綺麗な風景が横流しに映る。こんな時ユラがいたらさぞ楽しそうにするだろう。そう思いながら景色を見続けるとこの退屈さも悪くないような気がした。
しばらくしてエルが汽車内を見渡していると近くで妙な気配を感じた。やれやれ。困った気配だ。そう鬱陶しさを感じつつ正面を振り返るとそこには黒服の妙な男が佇んでいた。
「……なんだテメェ」
「まあまあそんなに怒らないでよ……僕の名前はティグリス……君に会いに来た者だ」
向かい側の席に座るその男……ティグリスは何やら凛とした顔つきをしこちらを見ていた。一体なんの用だ。とエルが問おうとすると彼はこれまた飄々とした表情でこう話す。
「今日ここに来たのは先日あった汽車のトラブルについて話したい事があったからだよ」
「トラブル……」
あああの時か。その黒服といい会話内容といい国の番人はさぞかし忙しいのだろう。とエルは思った。どうやら人の予定も考えず事情聴取に来たと見て間違いない。そうエルが考えると少しばかり悪態をつく。
「それであの時君は線路を作り出して汽車を走らせていた事に間違いないね?」
「……だったらどうなんだ?」
「まあまあ……それでどうしてそんな芸当ができたんだい?」
「さあな……やるしかなかったんだよ」
1つ1つの質問にイライラしながら答えるとティグリスはなるほどといった表情でメモを取り始めた。凍てつく雰囲気とピリついた空間。そんな中で飄々とする彼を見ていると妙に腹が立って。思わず睨みつける。
「おっと、そんなに怒らないでよ……せっかくの旅行気分が台無しじゃないか」
誰のせいだと思っているとエルは思った。少なくともピリついているのは彼がなんの予兆もなく来たせいだ。そう思っているとエルの気持ちを察してか、ティグリスは1つため息をついた後こう述べた。
「まあ、こんな所かな?あまり長居するとよくないみたいだしそろそろ帰るよ……では、ごきげんよう」
そう言うと視界からいなくなり何事もなかったかのように空気が澄んでいく。一体なんだったのやら。エルがしばらくそう考えているとグーッとお腹が鳴り始める。そろそろ飯時だ。そう思いながら再び窓辺を眺めると何だかこの空腹感も和らぐような気がして。エルは汽車の到着を静かに待った。
その後エルは食べ放題フェスに向かい、ヤケ食いした事は言うまでもない。




