第79話 魔法とミルクの飲みどころ
「あの、いい加減教えて欲しい事が山積みなんですけど……」
蒼天の空の下。働き口であるティグリスのテントの元へと駆け寄るとユラはティグリスに対しこう物申した。
「……もしかして説明不足だったって事まだ根に持ってる?」
「根には持ってないですがいい加減色々詳しく教えてほしいと思いまして」
そうユラは言うがティグリスから見ると明らかにムッとした表情で。思わず気が引けてしまう。
「そうだね……教えるのはいいけどその代わり、1つ条件がある」
お得意の条件。ティグリスがよく使う言葉だ。またかと思ってティグリスを見てみると彼は人差し指を立ててその条件を提示しようとする。
「また条件ですか!」
「いや、あの交渉とはそういうものだろう?……それに忘れてるだろうがあの家族に危害を加えない為の交渉だ、条件は必ずのんでもらう」
あの家族というのはパン屋で働くトリスティス達の事。今も養子としてとても繋がりがある。また家族に危害を加えるつもりなのかと歯を食いしばるとユラは睨んだ目つきでティグリスに対しこう述べた。
「……それは脅しですか!?」
「……まあそうなるね」
ユラとしては不要な争いは避けたい。そう思った矢先、ティグリスが自身の口先に人差し指を当てるとユラは観念したように1つ溜息をつきこう述べる。
「分かりました……それで条件というのはなんですか?」
「条件というのは2日後にまたテントに来て一緒に出かけてほしいんだ……泊まりがけでね」
泊まりがけ。また妙な事を言い出す。そんな感じでいつもとは違う単語に思わず驚いているとティグリスは不思議そうにユラを見つめてこう話す。
「ん?何かおかしな事でも言ったかい?」
「いえ……ただ泊まりがけって言うものだからなんか妙な話だなと」
「ああ、別にお泊まりデートしに行く訳じゃないよ……ただ君の手が必要になるかと思ってね」
「手ですか」
「うんそう、具体的に言うと魔物退治をしに行くのさ……メンバー集めてね」
なるほど。サラリと言うものだからてっきり本当に2人きりでどこかに出かけるのかと思ったユラは呆れた顔でため息をつく。カエデの言うとおり本当に説明不足な人だ。そう思っていたが今日は珍しく具体的で。それはそれで調子が狂ってしまう。
「分かりました……でも妙ですね」
「ん?何が?」
「なんか今日珍しく具体的じゃないですか?」
「ああ〜その事かい……実はあの後カエデにこっぴどく叱られてしまってね、ユラに対してもう少し説明した方がいいとかなんとか言われたからそうしたまでだよ」
まさか後輩にあそこまで怒られるとはねと言うと頭を掻き反省の意を唱えるティグリス。そう、いつもこうなのだ。ただ彼のそのひょうきんな態度がなんとも憎めなくて。結果的にそれを許してしまうユラの姿があった。
「それで聞きたい事というのはなんだい?」
「そうだった……あの、私監視されてるんですよね?」
ティグリスに対しこう話すと突然怪訝な顔を見せる彼。どうしたのだろう。そんなに変な事を言っただろうか。もし監視している事が本当であれば。彼も妙な顔を見せないはず。そう思ったユラだったがティグリスは神妙な表情のままこう話す。
「それは誰から聞いたんだい?」
「えっと……確かカサギとか言う人がそう言ってました」
ユラがそう話すとティグリスは素早く立ち上がった後すぐさま頭を抱えこう話した。
「まじか……ぶっちゃけ過ぎだろう……」
「……という事は本当なんですか?」
「まあ、そうなるね……ただこれを言うとユラがいい顔しないだろうと思って隠してたんだ」
「まあ今更なので別に気にしてませんよ……それよりなんでマルス適合者だと監視されるんですか?」
「それは……あるグループを探しているからさ」
「グループですか」
「ああ、そのグループというのはどうやらマルスを使ってこの国で悪さを行っているらしくてね……それで監視の元探している」
「って事は他の適合者の中にそのグループと繋がりがあるって事ですか?」
「まあ……そうなるね」
という事は今疑われているという事になるのだろうか。とユラが物申すと、ティグリスが人差し指を振りながらそれは違うとユラを宥めこう話す。
「疑われている訳ではないんですね」
「ああ、ユラは大丈夫……一応ね……別の問題があるけど」
「別の問題ですか?」
「ああ……ユラの場合は魔力が大きすぎるのが問題かな、魔力が多いと魔法を隠すのに弊害が起こるし……」
「魔力……」
確かにユラの場合魔力が大きい。そうか。だから特訓の付き合いをしてくれてたのか。と1人で納得していると今度は別の疑問が浮上する。魔法。何故隠す必要があるのか。しかも魔法の隠蔽工作は国単位で行われている。それは何故か。ユラがただ1人そう思うと長らく疑問だったその疑問を突きつけようとする。
「あの……どうして魔法を隠す必要があるのですか?」
「……それは」
先程から棚の整理をしていたティグリスに対しこう話すとその疑問を突きつけた直後に突然指が止まる。何があったのだろうか。また妙な事でも話しただろうかと独りでに心配していると、ティグリスは本を持ったままゆっくりこちらを向きこう話した。
「……戦争が起きるからだよ」
「戦争?」
「そう、たった一国だけ魔法を独占している事が外部にバレると大きな争い事になる……国はそう見て隠している」
「そうなんですか……」
そう静かに話終わると持っていた本を棚にしまい込むティグリス。戦争。もし魔法が全国にバレたらどれぐらいの争い事になるのだろう。そう考えるとユラは内心ゾッとした。もしかしたら今のように学校に通っている暇はないのかもしれない。それどころか人間の姿に戻る方法さえ掴めず終わってしまう可能性だってある。そう想像をしただけで目が眩むような感覚になるユラ。するとそんなユラの姿を察してか、ティグリスが安心させるかのようにこう呟く。
「まあ、今のところは問題ないさ……空に浮かぶ結界のおかげで記憶改竄は上手くいってるし外部の怪しい人物もここのところはいない……まあ勿論先程話した3人グループの件はあるけど……」
「3人ですか」
「そう3人、その3人が本当に厄介でね……今も他のメンバーがこぞって探してる」
そう話すとティグリスはユラの手前に温かなミルクを差し出した。珍しい差し出し物だ。ユラは思った。それを飲んでいいのか分からず、恐る恐る飲むとそれは人肌ぐらいの適温で。ホッとユラの心を安心させる。
「まあここまで機密情報を出したんだ、後は後日……期待してるよ、魔物退治」
ティグリスがそう話すと意味深げな顔でニコリと笑う。なんだかしてやられた感じがしたが……やはり心から憎めなくて。ユラはただ1人ため息をつく。仕方がない。その条件のんでやろう。そうユラが決意するとティグリスはまたもやにっこりと微笑んだ。
◆ ◇ ◇
ユラが呑気に踵を返すとティグリスはある資料を手にした。
「今日も言いそびれたな……」
そう言いながら資料を見るとそこにはナナタタ草の特徴や寿命の事がよく書かれていて。植物の事をよく知らない自分でも分かりやすく書かれているなとティグリスは内心感心した。
「そろそろ伝えなくてはな……君の寿命があと僅かかもしれないという事を」
ティグリスが呟くと真夏の温かな気温が急に冷え込んだ気がして。ティグリスは寂しげに資料をそっと机の上に手放す。それを告げた後。彼女はどう思うのか。そう思うとなんだか目元が熱くなる感覚が残って。ティグリスは独りでに思い悩んだ。




