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第29話 偽善疑心/割物注意

 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。そう何度も口にして、ようやく無意味さを思い知る。その言葉には何の意味も決意もない。ただ虚しく響くだけ。何とも言えない呻きが漏れる。自嘲の声すらぎこちない。


 気絶したように眠りに落ちるとき、ふと在りし日の夢を見る。まだ幼い少年の自分。やはり絶望して泣いている。今の自分と同じように。


 ——自分はこの家の子供ではないんじゃないか?


 大抵の子供が一度は抱く幻想。自分がこんなにも叱られるのは。こんなにも分かってもらえないのは。自分が違う家の子供だからなんじゃないのか? そんな幼稚な空想をして泣いている。


 絶望感は現在とは比べるまでもない。ただ、子供にとっては。家庭と学校でほぼ全ての世界が構築されている子供にとっては。そんな幻想すら悲嘆の中核となる。


 自分は恵まれない子供だった。自分でそう思っている。それは決して間違いではないだろう。幼い頃に両親が離婚し、学校ではいじめられ、家に帰れば母親に罵倒され、老婆が奇声を上げて徘徊している。誰も、誰一人として自分の味方はいなかった。誰一人として——。


「——かわいそう」


 沈んだ表情の少女が目の前に現れる。自分は汚い言葉を投げかけていて、少女は憐憫の眼差しを向けている。


 偽善。彼女は偽善者。何も意味がない。だからやめてくれ。いなくなれ。騙されない。


 暗闇の中、独りになるために。醜く呻きながら、当てもなく裸足で逃げ出した。


    ◇


 それは鏡だった。妙な怪しさを放っていて、視線が自ずと引き寄せられる。そして気付いた時には手に取っている。


(願いを一つだけ叶えよう——)

 突如として頭の中に声が響いて——。


「え、なになになに? どゆこと? やば!」

 鏡は少女に捨てられた。そういうこともある。願いを叶えると言われたら、何人も願わなければならない——なんて、そんな制約はどこにもない。


 ただし、その鏡は願いを叶えるためにある。そのためだけに存在している。鏡が人を引き寄せるように、願望もまた鏡を引き寄せる。


 つまり、今回のは見込み違いというやつだ。本来なら何らかの野望、羨望、宿望を強く抱く者と鏡は巡り会うはずだった。しかし、ほんの少しでも場所や時間軸のずれ、因果の歪み、時の運などによる干渉が生じることで、鏡が世界に存在する確率は多からず影響を受ける。


 願いを叶えるという絶対性を持ちながら、その実態は不確かで、観測によってのみ顕現できる繊細な“ワレモノ”——。それが鏡だった。

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