悪戯は仲良し家族計画に欠かせないツールです! 2
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~悪戯は仲良し家族計画に欠かせないツールです! 2~
一人ぽつんと残されたサロン内。
ちまちまとお茶を飲みつつタルトを摘むも、何となくどこか物足りないというか味気なく感じてしまう。
あれだけおいしく感じたのはお母さまと一緒に分け合いっこしながら食べていたからこそであり、それは一人で食べた時のおいしさとは比べようもない。
寂しいな、と思う気持ちがおいしいもののおいしさをじわじわと奪っていくのだと思う。
「まだこんなにのこってるのにな……」
思わず零した言葉は溜息混じりで、自分で思っていたよりも落胆していたことを自覚する。
こうなることを見越してお母さまは兄さまを呼ぶと言ってくれたのだろう。
言われたその時は『え……いらない』と思ったけれど、実際はそんなことはない。
誰かと一緒に食べるおいしさを知っている以上、一人で残ったタルトを食べ尽くすという選択肢は既に私の中には残ってなかった。
「わらっちゃうくらいにさびしがりだ、わたし……」
『ははっ……』と乾いた笑いと同時に呟いた言葉が胸の奥にストンと落ちる。
最後のピースをようやく嵌め終えて完成させたパズルを目の前にしたように、妙なスッキリ感みたいなものを同時に覚えた。
それは『寂しい』という感情を強く自覚したからに他ならない。
「ミックたちもいっしょにいるのにどうしてだろね?」
《ヌ?》
苦笑混じりの私の言葉を耳ざとく拾ったミックが、バコンと蓋を開けて私の独り言に反応してくれた。
そんなミックに返す反応はやっぱり苦笑だ。
「なんでもないよ」
《?》
ここでハッキリ『寂しい』なんて言っちゃったらミックたちに心配かけちゃうもんね。
「おとうさまがくるまで、おどろかせるためのスタンバイおねがいね?」
《ヌッ!》
私のお願いに『任せとけ!』と言わんばかりに一度箱全体でぐぐ~っと伸びをしながら直立したミックは、そのままバッタンと蓋を閉じてさっきの待機状態へと戻った。
完全に魔法をかける前のおもちゃ箱そのものだ。
『役者だなぁ』なんて思いつつ、微動だにしなくなったミックをじっと見つめていると、不意にサロンの扉が開いた。
静かに開閉されたとはいえ、私一人だけしかいないサロン内ではその音はことの他大きく聞こえて、反射的に音の方へと振り返る。
「あ……」
サロンに入ってきたのは、見るからに疲れてげっそりとした表情を隠しもしない兄さまと、涼しい顔で兄さまの後ろに付いているガルドだった。
ガルドはともかく、こんなにも表情を取り繕おうとしない珍しい兄さまの姿に唖然としてしまう。
……や、取り繕おうとしないのではなく、たぶんできないのだ。
それだけガルドにキツく絞られたのだろう。
今のガルドの表情を見れば、そう結論づけるのが自然だ。
「…………だいじょうぶですか、にいさま?」
「あ~……うん……」
────うん、明らかに大丈夫じゃないわ、コレ!
────なんか精神的な疲れで体力までごっそり持ってかれてる感じ?
無理にでも笑顔を作ろうとして失敗した兄さまは、ヨロヨロとふらつきながらやっとのことで私の隣へと腰を下ろした。
────さすがに限界きてそうだな……
この状態の兄さまを見ていると、今朝からのシカト攻撃を続けるのは酷な気がする。
既に魔法で仕掛けた金ダライ攻撃で結構なダメージを負わせた後だしね。
あの時点で私の溜飲は下がっているのだ。
今この時を以てシカト攻撃は止めにしよう。
うん、そうしよう。
これ以上の追い打ちをかけるつもりもないしね。
「どうぞ、坊ちゃま」
「……ああ、すまない」
ガルドから差し出されたお茶を受け取るも、兄さまの消耗具合は見るからに半端ない。
一体ガルドはどんな状態でどんな風に兄さまと話をしたのだろう。
すっごく気になる。
気になる……けど。
ここは下手に知ろうとしない方が懸命なんだろう。
ほら、好奇心は猫を殺す……って言うしさ?
薮は無闇に突くべきではないのだ。
何が飛び出すか分かったもんじゃない。
お~怖……
とりあえず今することは好奇心を膨らませることではなく、疲労困憊状態の兄さまを労わることだ。
まぁベタではあるけれど、疲れた時は甘いものって言うよね。
甘いもので脳内疲労を取り除くだけでも身体の疲れの感じ方は随分と変わってくるものだ。
そんなわけで、私は半分残したタルトを兄さまへと差し出した。
「にいさまどうぞ?」
「えっ?」
身内だから兄さま相手へのシェアはもちろんセーフだよね?
男女間とはいっても兄妹間なわけだしさ。
「おやつのわけっこです。つかれたときはあまいおやつをたべるといいんですよ?」
そう言って緩く首を傾げると、なぜか兄さまは困ったような表情を浮かべて苦笑した。
「……そうだね。ありがとう、レーン」
困ったような表情と苦笑はそのままに頭を撫でられた。
「もう怒ってないの?」
「おこってないですよ?」
「本当に?」
「おこってたらにいさまとおやつをわけっこしたりなんてしません」
『独り占めしてぜ~んぶ私が食べちゃうもんね~!』
……というセリフは心の中で言うに留めた。
あまりにも大人気ない気がしたから。
……まぁ今は幼女だから、別にそういうことを言ったところで全然不自然ではないんですけどね?
そこはアレです。
成人して大人まで生きていた記憶による気持ちの問題ですた。
「ありがとう、レーン」
再びお礼を言われて頭をナデナデされるも、なぜか差し出したお皿は受け取ってもらえない。
それどころか、力は入ってないながらもキュウっと抱き締められた。
「にいさま?」
「……ああ、うん。レーンがもう怒ってないと分かって安心したというか。それだけで十分癒しになるな……って、そう思って」
「まだまだつかれてるってこえだしてますよ?」
「そうだね。だからしばらくこうさせてて?」
じっと覗き込むように見つめられたけどそれは承服しかねる。
この状態じゃ兄さまに拘束されてる私がタルトを食べられないじゃないか。
よって却下だ、却下。
つうかその前にタルトを食えよ。
一体何のために私がタルトを差し出したと思ってるんだ。
疲れてる頭に糖分補給が必要だからでしょーがよ!
「きゃっかです!」
言いながら兄さまの腕をべりっと剥がす。
大して力が込められていなかったためか、簡単に兄さまの手は私から離れた。
「わたしをぎゅっとしててもあたまのつかれはとれません! まずはおかしをたべないとめっ、ですよ!」
……と、続けざまに私は兄さまの口にタルトを突っ込んだ。
「んぐっ!?」
勢いよくやったのでちょっと兄さまが噎せた。
けれどそこはすかさずガルドが兄さまにお茶のカップを差し出したために大事には至らなかった。
ナイスだ、ガルド!
「いいですか、にいさま。つかれたときはあまいものです」
大事なことだからもう一回言ってやったぜ。
でもって、お母さまとシェアするはずだった残りのタルトを、今度は兄さまとシェアすることに決めた。
兄さまの意見は聞きません。
疲れすぎてるみたいだから、有無を言わさず食べさせて糖分補給した方がよさそうだもん。
ってなわけで、タルトを半分こしてそのうちの一つを自分が食べ、もう一つを兄さまへと差し出す。
でもやっぱりお皿を受け取ってくれないから、またしても私が強引に口に押し込んでやった。
「レーン、待っ……!?」
「たべなきゃめっ! ですよ!」
問答無用である。
兄さまが今やることは私をキュウっと抱き締めるでもなく、タルト分けっこを遠慮することでもなく、しっかりと糖分補給して体力気力ともに回復させることなのだ。
ということで、私は次から次へとタルトを半分こしては兄さまに差し出し、強引に口に突っ込んで食べさせるということを繰り返した。
差し出す毎にあれやこれやと遠慮するもんだから、要らん遠慮だと思いつつ、まるで流れ作業のように次から次へと強引に口に突っ込むことで黙らせてやった。
普段だったら絶対にできないことだけど、疲れ切ってヘロヘロ状態な今の兄さま相手には楽勝でした。
そうして残っていたタルト、実に7個を全て分けっこして完食した私は大満足で手を合わせた。
「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです!」
満面の笑みで『ごちそうさま』の言葉を口にした私の隣では、兄さまがやや顔色を悪くして口元を押さえていた。
────ん?
────なんか余計に疲れてません?
ていうかちょっとグロッキー?
もしかして、無理やり口に突っ込んだせいで喉に詰まらせちゃったとか?
そうだとしたらちょっと悪いことしちゃったな……と思いながら兄さまを見ていると、兄さまが力なくガルドを呼んだ。
「すまない、ガルド……」
「コーヒーですね? ミルクと砂糖は如何なさいましょう?」
「どちらもいらない。できれば濃く淹れてもらえると助かる」
「畏まりました」
えっ?
今『コーヒー』って言ってたよね?
確かに言ってたよね?
っていうか、この世界にもコーヒーってあるの?
思わぬ発見に知らず知らずのうちに気分が上がっていた。
自分では分からなかったけれど、目もキラキラと期待に満ちて輝いていたらしい。
それはロイアス兄さまの前にコーヒーを置かれた時が一番顕著だったらしく、食い入るようにじっとコーヒーを見つめる私の様子に兄さまもガルドも苦笑を隠せなかったようだ。
どこか懐かしくも感じるコーヒーの独特の香りにつられるように、自然と身体がそちら側へと傾いでいく。
気づけば身体の片側で兄さまに凭れる形となっていた。
「レーンにコーヒーはまだ早いよ?」
分かってるも~ん。
まだ小さいから、って言いたいんでしょ?
それはよ~く分かってる。
実際問題、幼い身体にカフェインの摂取はどうだ……とか、そういうことなんだろうけど、この世界でもそういった栄養素や成分がどこまで解明されてるか分からないし、仮に解明されていたとしても子ども相手にそういった専門的な話をすることはまずない。
あくまでも『身体に悪いからダメ』の一点張りで論破されて終わりだ。
自分でも前世での経験を元に、コーヒーが幼い子どもにはよくないことが分かっているからちゃんと言うこと聞きますよ?
それと、何をどう言ったって今の時点ではコーヒーを飲めないことも分かっているし、そのことに対する無駄な問答をするつもりもないのですよ。
でも懐かしいこの香りだけは堪能させてほしい。
好きなんだよねぇ。
どこかホッとして落ち着けるんだ。
コテンと首を傾げ、兄さまの肩に頭を載せるように凭れかかると、幾分か回復したらしい兄さまに苦笑された。
「レーンには苦くて無理だと思うよ?」
「きのうのアレとくらべたらマシだとおもいますよ?」
「まぁそうだね。確かにレーンの言う通り、アレと比べたらコーヒーの苦味のほうが何千倍もマシかな。だからと言って、レーンがこれを飲むにはまだまだ早いからね?」
────念押しかい!
────二度言わなくてもちゃんと分かってるっつうの!
どうやら私は、兄さまから『コーヒーを飲みたくて自分に擦り寄ってきた』という風に思われていたらしい。
違うっての!
まぁ確かに飲みたいと思ってはいるけどね。
思うだけで別におねだりはしないよ。
今の年齢に応じた身体に悪いことをするつもりは微塵もないし、ちゃんと飲める年齢になるまでいい子に待ってますよ、私は。
おいしい紅茶で十分満足していますからね。
うちは高位貴族家だけあって、どのお茶も絶品なんだもん。
ガルドに淹れ直してもらったお茶をじっくりと味わいながら、甘いタルトで満たされた心に更にプラスアルファを加えていく。
残念ながら、紅茶の香りはコーヒーの香りに負けちゃってあんまり分からなかったんだけどね。
そうしてしばし無言でお茶を飲んでいたら、隣からホッと一息ついた兄さまの様子が覗えた。
「……ふう。やっと落ち着いた」
「?」
独り言として零れたのであろう一言は、隣にピッタリとくっついている私にはしっかりと聞こえていて、思わず兄さまの言葉に反応するように首を傾げてしまった。
「ロイにいさま?」
まさか聞かれていたとは思わなかったのか、反応した私に対して兄さまが何とも言えない困ったような表情を浮かべた。
そして誤魔化すように苦笑を浮かべながら私の頭を優しく何度も撫でる。
「にいさま?」
再度呼びかけても反応はやっぱり同じ。
そんな私たちの様子を苦笑しながら見ていたガルドが、兄さまが『やっと落ち着いた』と発したその理由を教えてくれた。
「軽い胸焼けを起こしていたのですよ」
「ほぇ?」
胸焼け?
誰が?
兄さまが?
思わずロイアス兄さまの顔を見上げると、バツが悪そうな顔で軽く目を逸らされた。
図星らしい。
「ロイアス坊ちゃまは甘いものがあまり得意ではありませんからね。少量でも立て続けに食すのはキツかったのでしょう」
「え……」
続いたガルドの言葉に今度は衝撃を受けた。
────兄さま、甘いもの、ダメだったっけ……?
でも一緒にお茶したり、おやつタイムした時、それなりにお菓子食べてた気がするんだけど……
…………
……………………
食べてた……よ、ね…………?
あれ?
ヤバ……ちょっと自信ないかも…………
そのあたりの記憶、微妙どころかかなり曖昧だわ…………
っていうか、ガルドの言葉が本当なら───いや、別に嘘だとは思わないけど───私は甘いものが苦手な兄さま相手にとんでもない暴挙を働いたことになる。
でも、それなら兄さまだって、私がタルトのお皿を差し出したその時点で『無理だ』って言って突っ撥ねてくれてよかったのに。
「にいさま……」
「……うん、レーンが言いたいことはよく分かってる」
「あまいものダメなら、ダメっていってくれたらよかったのに……」
「そうだよね……レーンならそう言うよね……」
さすがに悪いことをしたと思って兄さまにそう言うも、対する兄さまの返答はどこか歯切れが悪い。
ここは『スパーン!』と私にダメ出しするところでしょ!
遠慮するみたいに躊躇わなくたっていいんだって!
「全く……ハッキリしませんね、坊ちゃまは……。ぶっちゃけますとですね? フローレンお嬢様」
「うん?」
「単にロイアス坊ちゃまは、お嬢様からの厚意を無碍にするようなことをしたくなかっただけなんですよ」
「ほぇ?」
「ガルドッ!」
兄さまの代わりに答えてくれたガルドの言葉に一瞬『ん?』と思ったけれど、すぐさま兄さまが咎めるように声を上げて続きを遮ろうとした。
けれどその程度じゃガルドは止まらない。
兄さまからの制止もなんのその、ペラペラとさっきの続きを喋ってくれたのだ。
ちょっと前にも思ったけど、主人に対して容赦ない従者だな。
「疲れている坊ちゃまを労わろうとして甘いお菓子を勧めてくれたお嬢様に対して『苦手だから』だとか『食べられない』とかいった言葉を口にしてしまうことが憚られたのですよ。それらの言葉を口にすることでお嬢様を傷つけてしまうと思われたのでしょうね、坊ちゃまは」
「ふぅん……」
別にその程度で傷ついたりはしないけどな。
もしかして、今朝のことを含めてガルドに相当絞られたんだろうか。
だから慎重すぎるくらいに出方を窺っていたとかそんなところ?
「思慮不足な言葉でお嬢様を傷つけてしまうより、ご自分が苦しい思いをする方がずっとマシだと考えての結果がああだったというわけです」
ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ~?
ここでもアレですか。
笑えもしなけりゃ、シャレにもなんない、例のオンディールの厄介な特性ってやつですか~?
つくづく思うんだけど、本ッッッッ当にバカなんじゃなかろうか、先祖代々から続くオンディールの血族って。
「……バカですか」
呆れからか、思ってたことがついポロッと口に出た。
「ですよねぇ? いくらお嬢様を傷つけたくなかったからとはいえ、それで自身が胸焼け起こして苦しんでりゃ世話ないですよ」
「ガルド!!」
私の言葉に大いに同意してみせたガルドの口調がかなり砕けた。
ガルドもさっきの兄さまの行動に対して色々と思うところがあったに違いない。
言われた兄さまはまたも声を荒げてガルドを咎めるも、やっぱりその程度じゃガルドは止まらない。
「何と言うかまぁ、一族の特性と坊ちゃまの性格は非常に厄介なことに相性が良すぎるんですよ。そこに本人の突き抜けた鈍感さが加わってのアレですからね。本当にタチが悪いったらありゃしない」
「……さっきから失礼極まりないぞ、ガルド」
「事実ですから仕方ありません」
含んだ笑みを向けながらトドメとばかりに言い放たれたガルドからの『仕方ありません』の一言に、兄さまが盛大な溜息をついた。
どんなにガルドを咎めたところで止められないことは明白だ。
これ以上無駄な抵抗はするまいと諦めがついたのかもしれない。
しかしまぁ、かなり口調が砕けたとはいえ、ガルドの言っていることはなかなかに辛辣だったように思う。
これが普段の慇懃無礼な淡々とした口調で言われたものだったら、この場はかなり恐ろしいことになっていたんじゃなかろうか。
想像しただけでちょっと背筋がゾクッとしたもん。
もしかしたらガルドは、私がいることを考慮してあんな風に砕けた口調で面白おかしく聞こえるように語ったのだろうか。
それともあっちのほうが『素』だったりして。
「ようしゃないですね、ガルド」
「いえいえ。真実しか申し上げておりませんよ?」
「でもにいさま、だいダメージうけてます」
「心当たりがありすぎて余程心に刺さったのでしょうね?」
「……分かったから、もうやめてくれ」
尚も突き刺さる追撃の言葉に、ついに兄さまが軽く両手を上げて降参の意を示した。
このまま延々と言われ続けていたら精神がガリガリ削られて、またしてもさっきのようなグロッキー状態に逆戻りすること必至だろう。
兄さまの心の平穏のためにも、これ以上はガルドからの追撃の手は避けたいところだ。
「はい。では主人からの命令なのでこのあたりにして黙りましょう」
「ああ、そうしてくれ。全く……今日は踏んだり蹴ったりの散々な一日だな……」
再び盛大な溜息をついて、らしくもなく前のめりでテーブルに突っ伏した兄さまの頭をそっと撫でた。
そう。
ちょうど金ダライが直撃したあたりだ。
「レーン?」
「まだいたみます?」
「少しね?」
「……じゃあ。いたいのいたいの、とんでけ! なのです」
「それ何かのおまじない?」
「はい。いたいのがはやくなくなりますように、っていうおまじないです。それと……」
「うん?」
「しかえしだったからといって、いたいいたずらをしてゴメンなさい」
あの金ダライ攻撃の悪戯だけに限らず、さっきのタルトでの胸焼けといい、ガルドからのチクチクとした精神攻撃といい、複合型の合わせ技で随分と兄さまを苦しめてしまった気がする。
さすがにここまで兄さまを追い詰めるつもりはなかったから、こんなにも憔悴しきった兄さまを見ているとものすごい罪悪感だ。
「いいよ。僕だって悪かったし。それに……」
「それに?」
「正直言うと扉に仕掛けられたあの悪戯よりも、さっきのタルトでの胸焼けのほうが僕としては受けたダメージが大きかったからね」
「……………………」
マジですか。
金ダライ直撃よりも、私とのタルト分け合いっこのが大ダメージだったと言うんですか。
気力体力ともに回復してもらおうと差し出したタルトが、まさか逆に追い打ちをかけることになろうとは。
私としては兄さまに良かれと思ってやったことだけど、どうやら兄さまにとっては地味な嫌がらせとなってしまったようだ。
正直スマンかったと思ってる。
今度からはそういうことにならないように気をつけよう。
どんなに疲れていたとしても、兄さまには甘いものは決して差し出しちゃいけないと、ちゃんと頭の片隅にメモって忘れないようにしなきゃ。
その後は私と兄さまと、それぞれお茶とコーヒーのおかわりをもらって、時々ガルドを交えつつぽつぽつと今日一日のことを語り合った。
兄さまの話はほとんどが勉強に関してのことばかりだったけれど、逆に私の話は悪戯に関することばっかりという、何とも内容に偏った会話だ。
けれどなぜか兄さまは、自分がやられたにも関わらず悪戯の話を聞きたがった。
お母さまも興味を示して率先的に加担していたことが気になったのだろう。
あとは悪戯のターゲットがお父さまであることにも興味を惹かれたようだ。
別に話す分に関しては全然いい。
止められなければそれでOKだから。
だけどお母さまが言っていた『我が家のバカ男どもにうんちゃら~……』というくだりは伏せておこうと思う。
既に兄さまはガルドにギッチリ絞られた後だしね。
傷口に塩を塗るような真似はしませんよ、ワタクシは。
それから話はミックたちのことになり、悪戯をするにあたって驚かすのに適任だという理由から仕掛け魔法の話をお母さまにしたところ、お母さまが興味を示し魔法を見たがったためにそれを実行。
更には魔法で生み出されたモンスターをお母さまがいたくお気に召したことで、魔法での悪戯が即採用という流れになったと兄さまに説明した。
「それじゃ、危険じゃないと言っていたのは、あくまでも驚かせることだけが目的だったから?」
「はい。みためだけでじゅうぶんビックリするとおもったので。にいさまはきのうおどろきませんでした?」
「……驚いたよ。見たこともない生きものだし、目は赤く怪しく光って、大きく開けた口には鋭く尖った歯がズラリと並んでいたんだ。咄嗟に『これは危険だ』と思っても仕方がないだろう?」
「みためはこわくしてますけど、おそったりはしないですよ?」
「そうだね。説明された今でこそ大丈夫だと分かったけれど、突然それを見た側としてはそうじゃないんだよ。未知のものと遭遇した際に真っ先に浮かぶのは他でもない警戒だからね」
「……だからけしちゃったんですか?」
「まぁ、そういうことになるね」
「……でも。もうあぶなくないってわかったから、このこたち、けさないでくれますよね?」
「……消さないよ。母上にこれでもかってほどに釘を刺された以上、僕がどうこうできるものでもないしね」
「キャンセラーっていってました」
「言ってたね。有無を言わさず全ての魔法を無効化させると言うのだから、恐ろしい以外の何者でもないと思うよ」
「にいさまも、おかあさまのあのまほう、しらなかったんですか?」
「知らなかったというか……僕の場合は認識違いだった、という方が正しいかな。完全に魔法排除だと思っていたから。まぁあれを聞いた限りだと、母上の言っていた無効化の方が恐ろしく万能で、魔法階級としてもかなりの上位のものになるんだろうね」
「まほうって、おくがふかいんですね」
「そうだね。だからこそ、その魔法の魅力に取り憑かれた者は大勢いるし、より深く理解したいという者は後を絶たないんだ。それで探究心に駆られて魔道師を目指す者も少なくはないと聞くよ」
「ほぇ~……」
「ドラグニア王国が他国から『魔法大国』だと呼ばれる理由の一つだね」
……気づけば話は悪戯から魔法へ、更にはちょっと歴史のお勉強っぽくなっていった。
でも興味のある内容だから、分からないなりに楽しく聞いた。
質問したら丁寧に説明を交えて教えてくれるし。
実のところ、兄さまってかなりの教え上手なんじゃなかろうか。
学校の先生とか向いてそう。
でもゲームの設定だと、大人になった兄さまは治癒術師の傍ら、魔法による医術の研究を並行して行っていた学園の医務室の責任者、って立ち位置にいたんだよね。
先生は先生でも保健室の先生ってやつだ。
今思い出してみて気づいたけど、ゲームの中の兄さまはなかなかに忙しい立場にあった人みたいだ。
そんな中で、問題大アリのモンスターな妹の引き起こすあれやこれやに振り回され、さぞかし苦労したことだろう。
さすが苦労人ポジと言われただけある立ち位置っぷりだ。
思い出したからこそ思う。
私は絶対に問題を起こしたりしないし、兄さまの胃を痛めるような原因にもならないぞ、っと。
先の未来のことを思いつつ、兄さまの話に耳を傾け、もうそろそろ私も勉強を開始する頃だよね~……というところまで話が進んだところで、不意にサロンの外が騒がしくなった。
……というか、単に話し声が大きいだけで騒いでいたわけではないみたいだけど。
「……珍しいな。父上と母上があんなに大きな声で話をするなんて……というか、父上はいつの間に帰ってきたんだ?」
「すこしまえにさきぶれがきたってカイエンがいってました」
「そうなんだ?」
「……ホントに、すぐかえってきたよ」
「?」
私の呟きに対し、兄さまが不思議そうな顔をしたのとほぼ同時だった。
サロンの扉が開かれて、尚も声のトーンを落とさないまま会話を続けるお父さまとお母さまが入ってきたのは。
「フレイヤさん、これ以上は本当に勘弁してほしい。絵を……レーンの絵を早く取り戻したいんだよ」
「ですからメッセージにも記した通り、ヒントは『箱の中』ですわ。それ以上のヒントは差し上げられません」
困り顔で弱気なお父さまに対し、ツンとそっぽを向くお母さま。
まるでちょっと前までの私と兄さまの遣り取りを大人バージョンで再現しているみたいだ。
「箱と言ったって、この邸にどれだけの箱があると思っているんだい?」
「さあ? どのくらいかしら?」
「フレイヤさん……」
「皆から心配されているにも関わらず、カイエンを振り切ってまで出仕なさったほどですもの。邸中の箱全てを探すくらい造作もないのではなくって?」
「本当に、勘弁してくれ……」
あれま。
お母さまが圧倒的に優勢じゃないですか。
そんなお母さまに、縋りつくような情けない顔を見せてはいるものの、お父さまも思っていたよりは元気そうだ。
昨日の顔色の悪い弱りきったお父さまを見ているから尚更にね。
二人の様子を素知らぬフリをしつつ覗うように観察していたら、兄さまがコソッと話しかけてきた。
「レーン」
「なんですか、にいさま?」
「もしかして、父上にした悪戯って……」
「ろうかのかべにはってあった、わたしのえをぜんぶぼっしゅうしてかくしました」
「……ああ。レーンの絵って、そういうことか」
「はい」
コソコソと内緒話のようにお父さまへの悪戯を打ち明ける。
お父さまは必死にお母さまに詰め寄っている最中なので、私たちの存在にはまだ気づいてはいない模様。
さすがに長身のガルドの存在には気づいてるだろうけど。
「それで? 箱っていうのは?」
「……はこ」
問われて、足元で静かに宝箱に擬態してスタンバイしているミックを指差す。
すると兄さまは何かを察したように複雑そうな表情を浮かべつつ、何とも言えないといった体で『あ~……』と微妙な呻きとも取れるような声を発した。
「驚かせるのが目的だっけ?」
「はい」
「……ということは、魔法は解除していないんだよね?」
「わたしひとりじゃ、まほうのかいじょができないってにいさまがいちばんわかってるじゃないですか」
「……それもそうだね。でも……」
「?」
「全く動かない様子だけど大丈夫?」
「だいじょうぶです。ただのたからばこのフリをしてたいきしてるだけなので」
「なるほど? 触ったり開けたりしたら仕掛けが作動するわけだ? 昨日僕がやった時みたいに」
その兄さまの言葉にコクンと頷く。
ミックには触るまではそのままでスタンバイってお願いしてあるしね。
「おとうさま、おどろくとおもいます?」
「……あの様子じゃ相当に驚いてくれるんじゃないかな?」
苦笑しながら示された先にいたお父さまを見ると、やっぱり情けない表情で必死にお母さまに食い下がっていた。
「う~ん……」
「レーン?」
「おとうさま、なかせちゃいますかね?」
「それはどうだろう? 僕からは何とも……」
少なくともショックは与えちゃうと思うんだ。
……と、とりあえず。
ぶっ倒れたり、心臓が止まったりしないことを祈ろう。
さすがにそこまでの大惨事にはならないと思うし。
……ならないよね?
ならないと思いたい。
そこはお父さまを信じて、無事であることを願うばかりだ。
仕掛けた張本人である私が言うなって感じだけど、ね……─────
ようやくパパンのお帰りです。
仲良しだけれどママンには弱いパパンw
でも、夫は妻の尻に敷かれているくらいがちょうどいいですよね!
次で一区切りつけられるかなぁ……といったところです。




