モヤモヤは連鎖する
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『覚えてない? 俺のこと』
『?』
誰ですか、あなた?
『……っていうか、まだ、思い出せていないのか』
『?』
『まぁいいや。そのうち意地でも思い出してもらうことになるから』
『?』
はぁぁ~!?
なんだそりゃ!?
今まで会ったこともない相手から、突然『覚えてない?』なんて言われたって分かるわけないでしょーよ!
っていうか、どう見てもこの男の子、幼児って言ってもおかしくない年頃だよね?
なのになんでこんなに大人びた口調、それもちょっと偉そうな物言いなの?
ホンット意味分かんない!
『今はまだ分からなくていい』
『?』
ええ、分かりませんね!
初対面なのに名乗りもしてくれないあなたのことなんてこれっぽっちも!!
『だけど、忘れないで』
『?』
『この色だけは、忘れずに覚えてて』
そう言って近づいて、至近距離で見つめられた海のような青に頷いたのは……
フローレン?
『そのうちきっとまた会えるから。その時まで、忘れずに覚えてて。そして。思い出して、俺のこと』
『……うん』
……って、返事したよ私!
絶対分かってないよね!?
絶対に意味分かってなくて返事したよね、これ!?
『あの……』
『ん? 何?』
『なまえ、わたし……』
『いいよ、言わなくても。おまえのことだったらよく知ってる。だから言わなくていい』
『あなたの、おなまえは……?』
そうだ、そうだ!
よくぞ訊いた、フローレン!
『それは次に会えた時に、おまえが俺のことを覚えてたら……かな。その時に改めて自己紹介しようか。互いに、ね? だから……ちゃんと忘れずに覚えてて? 俺のことと……』
ずいっと近づき、再び迫り交わる互いの視線。
指し示されたものは……
『この色を』
海のような、青。
『……うん。わすれない。きっと……きっと、おぼえてる……』
…………
………………
……………………
忘れない。
覚えてる。
そう言った後の続きがどうなったのかまでは分からない。
この辺りから、私の意識が覚醒へと向かったためだ。
「…………なんつーゆめだよ……」
……そう。
全ては、夢の中での出来事だったのだ……─────
~モヤモヤは連鎖する~
朝です!
新しい朝がやってきましたよ!
ぐっすり眠れて、気持ちよく目覚められた爽やかな朝がやってきました~……とは、決して言えない。
うん、気持ち的に、なんとなく……ね。
なぜかって?
目が覚める直前に見ていた夢が全くの意味不明だったからだよ!!
内容をキレイさっぱり忘れてしまってたなら『なんかヘンな夢見ちゃったな~』の一言で終了って感じで解決するのにさ。
中途半端どころか、しっかりハッキリと夢の内容を覚えてるせいで、気になって気になってしょうがないんだ。
しかも出てきたのは今よりも小さい頃のフローレンだ。
一緒にいたのは、全く見たこともない一人の男の子。
やけにリアルな夢だったから、本当にただの夢なのか、それとも実際に現実であったことを夢に見たのかが全く分からない。
だからこそ意味が分からなくてモヤモヤする。
────誰なんだよ、あの黒髪の男の子は……
モヤモヤむかむかとしながら夢に出てきた男の子の姿を思い出す。
ビジュアル重視のファンタジー系RPGに登場する魔法使いが身につけているような、フード付きで丈が短めの洒落たローブを上半身に羽織った、どこか育ちの良さそうな男の子だった。
ローブのフードを被っていたため、そこから覗いた髪の毛が艶やかな黒髪だったこと、それから、海をそのまま宝石として閉じ込めたかのような、キレイな青い目をしていたことがとても印象的だった。
一緒にいた場所は、大きな美術館の一画に展示された巨大な絵画の前。
死した魂が天の遣いに導かれ、光の道を通りながら天界の園へと招かれていくという、死後の幸福を約束したテーマで描かれた壮大な絵画だった。
この絵には見覚えがある。
実際に家族で美術館に行った時に、一番夢中になって見つめ続けていた絵がこれだったのだ。
あの時はその絵の壮大さにただただ圧倒されて、強い憧れを抱いて夢中になっていたけれど、前世の記憶を持った今の私がその絵を見たら、また違う視点で強い憧れを抱き夢中になったことだろう。
是非ともまたあの絵を見たいものだ。
……っと、話が絵の方に逸れてしまっていたよ。
夢に見たあの場所は、実際に行ったことのある美術館なんだろう。
そして、昨日ヴェーダから聞かせてもらった、私が迷子になったという話。
たぶんだけど、夢の中のあの男の子は私が迷子になっていたその時に出会ったのだと思う。
そうでなければ、家族と一緒に来ている私が誰かと接触、それも二人だけになるなど有り得ないからだ。
仮にも四公爵の一家の娘が、簡単に誰かに接触されて連れ出されたというのは考えにくい。
美術館の中という場所柄、大々的な護衛を付けられなかったとしても、必ず誰かしらの目はあったはずだし、家族だってすぐ側にいたはずなのだ。
だから迷子の時に会ったというのが一番自然だ。
────しかしあの頃のフローレンよ……
しっかりと見守られていたに違いないのに、なぜ迷子になんてなるかな?
結果的にはちゃんと家族の元に戻れて無事だったわけだけれど、一歩間違ったらとんでもないことになってたよ?
その頃の記憶は、迷子になったことを中心に殆ど覚えていないけど───っていうか、絵のことしか覚えてないや……───もしかしたら、あの男の子が迷子になった私に気づいて助けてくれたのかもしれない。
その後も家族の中で私が迷子になった時の話題が上がらなかったことから、たぶんあの男の子は、こっそりと私を家族の元に連れていって、知らないうちに離れていったんだろうと思われる。
『たぶん』だとか。
『かもしれない』だとか。
確定的ではない、想像の範囲内でしか言えないのには理由がある。
それは私が迷子になったことを覚えていないこと。
家族の間でそのことが話題に上がらなかったこと。
この二つが大きな理由だと思う。
それと、あの時の男の子の話題も家族の中で一言も上がらない。
助けてもらった恩人でもある人の話題が出ないなんてことは有り得ない。
だから家族の誰もがあの男の子のことを知らない。
もしかしたら迷子の話題はあったかもしれないけれど、いつかは消え失せ、記憶の隅に追いやられ……という感じで今に至る、っていう可能性も考えられる。
二年くらい前だって言ってたし、私も全く記憶にないし。
家族に至っては『そういえばそんなこともあったかな』程度の小さな思い出話みたいになっているのかもしれない。
それよりも……夢の中の男の子だよ。
あれはホントに誰だ?
全く以て記憶にございません。
夢の中の私は『忘れない』『きっと覚えてる』なんて返事してたのに。
ゴメンなさいねぇ~、今朝方夢に見るまでキレイさっぱり忘れてましたよ、そんな出会いがあったなんてこと。
……って、ちょっと待て。
今私、出会いがあったこと忘れてたって思った?
ということは、あの夢はやっぱり現実で起きたことをそのままなぞっていたってことになるよね?
そうなると、だ。
あの男の子は実在している人物であり、かつ高貴な身分の子息ということになる。
夢の中の男の子は、確か『おまえのことだったらよく知ってる』と言っていた。
ということは、だ。
私がオンディール公爵家の娘だと知っていて話しかけたということになる。
王家に次ぐ家格の公爵家の者に、幼い娘相手だとはいえあのような偉そうな物言いができるとなると相手の身分は限られてくる。
同じ公爵家の者か、もしくは王家の者かどちらかだ。
そして私が知る限りでは、四大公爵家に黒髪で青い目を持つ私と同じ年頃の子息は存在しない。
王家の子……王子に至っては青い目ではあるものの、髪の色は黒髪とは程遠く、王太子である第一王子が銀髪、それから第二王子は金髪だ。
だから尚のこと、あの男の子が何者なのか、ということになる。
持ってるゲーム知識の登場人物たちの中にも、やっぱり黒髪&青い目の人はいない。
……だけど。
今よりずっと小さい頃の私と出会っていて、また会えるということを言っていた。
────『そのうちきっとまた会えるから』って、そのうちって一体いつのことなんだろう……?
────本当に、意味不明で、分からないことだらけでモヤモヤする……
大体さぁ、前世の記憶が戻ってから見る夢っていうのは、自分が生きていた前世の世界に関係するものっていうのがセオリーじゃないの?
なのになんでこの世界の過去、それも前世の記憶が戻っていない頃のフローレンのことを夢見るわけ?
────え、何コレ?
────悩めって?
────分からないことで散々悩めってか、あぁん!?
……却下です!!
考えても分からないことを考えるなんて時間の無駄!
建設的じゃないからやりません!
ええ、やりませんとも!!
っていうか、モヤモヤむかむかするこの状態はお腹がすいてることも関係しているのかもしれない。
昨日は一日マトモにごはんを食べられていないからな。
きっとそうだ。
このモヤむか状態は空腹のせいだ。
よし!
朝ごはんを食べにいこう!
意味不明な夢のことは放置だ、放置。
空腹状態じゃロクなことを考えないからな。
……という風に思い至ったところでガバリと起き上がる。
ハイ、今の今までベッドに寝転がった状態でいました。
目は覚めてたけど、起き上がってまではいなかったんだよね。
だって……ホラ、子どもが起きるにはまだ早い時間だし……さ。
ちらりと見遣った先にある時計が示す時刻は6時を少し過ぎた頃。
ね?
子どもが起き出すには早すぎる時間でしょ?
でも完全に目が冴えちゃって二度寝はできそうにないから起きようと思います。
顔を洗ってうがいをして……軽く歯磨きもしておこうかな。
……と、思ったところで私は気づいた。
────あ、口の中の苦々がキレイさっぱりなくなってる……!
念入りに繰り返した歯磨きのおかげか、一晩で口の中のカオス状態は完全除去できた模様。
やったね!
ヴェーダが用意してくれた磨き粉を全部使い切った甲斐があったよ!
これで心置きなく、ゆっくりと味わいながらごはんを食べることができる!
単純な私は、ごはんが食べられるという事実に浮かれて、今の今までずっとモヤモヤさせられっぱなしだった夢のことなどすっかりと忘れてしまった。
次にこの夢のことを思い出すのは、暫くの後にこの邸を訪ねてきたとある人物と出会ってからのことになる……─────
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございます、お嬢様。早いお目覚めでございますね」
「おはよう、メリダ。あのね、はやくめがさめちゃって」
「ぐっすりとお休みでしたものね」
くすくすと笑いを交えながら言われたメリダの言葉に首を傾げると、夜中に一度様子を見にきたことを教えてくれた。
その時の私は灯りを落とさずに、スケッチブックを抱えたままぐっすりと眠っていたそうなのだ。
灯りに関しては仕方がない。
消さなきゃいけないと分かってはいたけれど、魔力が空っぽになって意識が眠りに落ちてしまう方が早かったからだ。
「ごめんなさい……」
「大丈夫でございますよ。普段通りでございましたから」
「!?」
なんですと!?
普段通りとは、いつも『ああ』だというのか私は!?
思わず目を剥いてメリダを凝視すると、やっぱりくすくす笑いながら頷かれてしまった。
「スケッチに夢中になりすぎて、そのまま眠りに落ちてしまわれることが多いのですよ」
ってことは、スケッチしながら毎回寝落ちしてるってこと?
まぁ……幼女だもんな、しょうがないっちゃしょうがないか……
子どもは大人と比べて眠気への耐性が低いってこと、昨日実感したばっかりだしさ。
「ですから、灯りを落とし忘れてしまっていても大丈夫でございますよ。様子を覗った際に私どもがきちんと落としておりますのでお嬢様が気に病まれることはございませんわ」
「……うん」
……って、気にするから!
余計な仕事増やしてんじゃん、私!
とはいえ、今の私は紛うことなき幼女。
簡単に寝落ちするお子サマ体質なわけだ。
つまりは、これから先もずっと、何度となく寝る前の日課であるスケッチをしては寝落ちするというパターンを繰り返すに違いない。
今までのフローレンがそうだったように。
だから。
完全にその生活パターンを改めるというのは難しいかもしれないけれど、意識して少しずつでもいいから寝落ちてしまう前に自分で灯りを落とせるように気をつけよう。
「……でも。こんやからはきをつけるね?」
灯りを落とすのにかかる時間なんてほんの数秒だ。
数秒くらいは頑張ろう。
そんな気持ちでメリダを見上げると、一瞬だけ驚いた顔をして、それから優しく微笑んでくれた。
「はい。ありがとうございます、お嬢様。そのお気持ちだけで充分嬉しゅうございますわ」
まぁこんな風に言ってくれるメリダだ。
私ができなかったとしても、全然構わずにいつも通りの仕事をするだけだという心構えなんだろう。
だけどね?
たった数秒のことだったとしても、その負担を減らすことができたらいいなって思うんだ。
ホントだよ?
「がんばるからね? メリダ?」
「はい。それでは共に頑張ってまいりましょう、お嬢様」
くすくす笑ってそう言ったメリダには、私が一生懸命背伸びをしているように見えているんだろうな。
でも、たぶんそれは間違ってない。
今までのフローレンと比べたら、私は『自分のことは自分で』という気持ちで、自分にできる範囲のことは何でも一人でやろうとしているわけだしさ。
今はまだ、背伸びして大人ぶった子どもだって思われていていい。
そのうち、ちょっとずつでも変わっていくから。
自立した、カッコイイ大人の女性に近づくためにも……ね?
そんな私の心の決意に気づくことなく、メリダは優しい笑みを浮かべたまま私の着替えや髪の手入れといったお世話をせっせとしてくれている。
こういった身支度も自分でやれる範囲のことではあるけれど、それでもこうしてお世話をしてもらえるのは嬉しいしとてもありがたいことだよね。
だから何度だって私は言うよ?
「ありがとう、メリダ!」
……ってね!
「どういたしまして、お嬢様。これからもこうやってお世話させてくださいましね?」
そうしてメリダから返ってくる返事も相変わらずなんだけど。
でも、大事に思われているってことが充分に伝わってくる言葉だから、そう言ってもらえると胸の奥の方がホッコリと温かくなって気持ちが満たされていくのが分かる。
────愛されてるんだね、フローレン……
それは今の私のことではあるんだけれど。
前世の記憶が目覚める前のフローレンも同じように愛されていたんだ。
────あんたと私、二人で一緒に幸せになろうね……
────決して不幸になんてさせないし、ならないよ……
軽く胸に手を当てながら、私の中のもう一人のフローレンにそう語りかける。
改めて『頑張るからね』と決意したところで、メリダから『終わりましたよ』と声がかかる。
向き直った鏡の中。
昨日とはまるで違う雰囲気の私がいた。
だけどそれは間違いなく私。
前髪を下ろしたおかげか、幾分か表情が和らいで見える。
そんな鏡の中の自分ににっこりと笑いかけ、それからメリダへと向き直ってもう一度笑顔でこう伝える。
「ありがとう」
感謝の気持ちと言葉を忘れない私になると決めた今日のこの日から、私の口癖が『ありがとう』になったことは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつもよりもずっと早い時間ではあるけれど、お腹がすいているという理由から朝食を摂ることになった。
普段は私の食の教育───食育というやつね!───のために、自分の部屋でエルナに付き添ってもらいながらの食事が殆どなんだけど、今朝は実に久しぶりの食堂での朝食なのだ。
久々すぎてちょっとテンションが上がってしまったのは秘密だ。
でも少し後ろを歩いているメリダが優しい微笑みで私を見守るように見つめていたから、もしかしたらテンション上がってるのバレバレだったかもしれない。
なんてったって、顔に出やすい私だからな!
まぁバレちゃったものはしょうがない。
今更誤魔化す気もないので、そのままテンション上げ上げ状態の笑顔をキープすることにした。
浮き立った気持ちの影響なのか、歩みも自然と早くなる。
どんだけ嬉しいんだよ私、って感じ。
浮かれながら早足で食堂に向かっていると、前方にロイアス兄さまの姿を発見した。
ここで更に私のテンションは上がる。
気づいた時にはロイアス兄さまへとまっしぐらだ。
「ロイにいさまっ!」
『どーん!』とぶつかる勢いで駆けていった私だけど、兄さまに抱きつく直前で、何もないのに躓いた。
「レーン!?」
そのまま床にビターンと転ぶはずだった私は、驚き振り返った兄さまにしっかりと抱き止められたことで床とランデブーせずに済んだ。
兄さまのおかげで痛い目に遭うことはなかったけれど、代わりに厳しめな目でジト……と見られて思わず『う゛っ……』と言葉に詰まってしまった。
そんな私を腕の中に閉じ込めて軽く抱き締めながら、兄さまはいつもの優しい手つきとは違う若干乱暴とも言える手つきで私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
しかも盛大な溜息つきで。
────ガーン、ショック……!
乱暴にぐしゃぐしゃとやられたせいで、メリダがキレイに整えてくれた髪の毛は寝起き直後のようにボサボサになってしまった。
これまたショックだ。
いくら幼女と言えども、ちゃんと『オトメゴコロ』というものはあるんだよ。
何が哀しくて大好きな兄さまにこんなボサボサ頭を見せなきゃならないんだ。
……や、ボサボサ頭にした犯人は他でもないロイアス兄さまなんだけどさ……
────う……身体的ダメージは回避できたけど、逆に精神的ダメージを数倍の威力で食らった気がするよ……
「レーン。邸の中では?」
「……はしらない」
「うん、分かっているならいいよ。危険だから、今度からは走らないようにね。それと……」
……と言いかけた兄さまの視線が向かったのは、メリダが控えている先と、あともう一つ。
兄さまの専属侍女であるマリエラが控えて立っている場所だ。
ハッとして見上げると、マリエラはメリダと似たような表情で苦笑していた。
「本当は『はしたないですよ、お嬢様』とお咎めするところではありますが」
「坊ちゃまとこうしているところを目にするのは久しぶりのことでございますので、今回は何も見なかったことにいたしますね?」
仕方がないと言わんばかりのメリダの言葉に続き、今度はマリエラがくすくすと笑いながら『目を瞑る』と言ってくれた。
そう二人に言われたことで、私は一度メリダを見、次にマリエラを見、それから最後に兄さまを見上げた。
「よかったね、レーン。今回はお咎めなしだって。でも今度からは気をつけようね?」
「はい、きをつけます!」
抱き締められたままではあるけれど、ビシッと背筋を伸ばし可能な範囲内で手を上げると、兄さまが苦笑しながらようやく私を解放してくれた。
ギュッとしてもらえるのは嬉しいけど、さすがにずっとされたままでいるのは不自由だもんね。
兄さまの腕から解放されて自由になったことで、まずはメリダへとペコリと頭を下げて『ごめんなさい』をする。
「メリダ、はしってごめんなさい」
「はい。次からはお気をつけくださいましね?」
「はい、きをつけます」
そして今度はマリエラに向けて『ありがとう』を伝えるために再びペコリとお辞儀。
「マリエラ、みないことにしてくれてありがとう」
「……いいえ。久しぶりにお嬢様の笑顔が見られて嬉しかったので、それで帳消しですわ」
マリエラのその言葉が本心からのものだと分かったのは、どこか懐かしむようにしみじみと言われたからだ。
────……そっか
────そうだよね……
ずっと邪魔され続けてきたんだもんね。
そうやって、段々と兄さまから遠ざかってしまった、自分から。
昨日で一応の決着がついたとはいえ、これまでのレミアとのあれこれを思い出すともやっとする。
モヤモヤとむかむかと、あと、限りないくらいのイラッとがぐずぐずになって心に居座ってるみたいで何だかとても嫌な気分になった。
そのせいで段々と沈んだ表情になっていくのが自分でも分かった。
そんな私を気遣うように、マリエラが膝をついて私の顔を覗き込み、そして、視線を合わせながら柔らかく微笑んでくれた。
「大丈夫でございますよ、お嬢様。これからはいつだって、坊ちゃまとこうしていられるのですから。そうですよね、坊ちゃま?」
屈んでいるため、見上げる形で兄さまに問いかけるマリエラ。
そんなマリエラの言葉に兄さまは笑顔で頷いた。
つられるように私も兄さまを見上げる。
今更ではあるけれど、昨日と比べて随分と兄さまの表情が柔らかくなったように思う。
私が笑うようになったのと同時に、兄さまの表情からも固さが取れたのだろうか。
頭の中でそんなことを考えていると、再び私の顔を覗き込んでいたマリエラがこう言った。
「これからも、私どもに明るい笑顔を見せてくださいましね?」
慈愛を込めた柔らかい笑みとともに告げられたマリエラの言葉が嬉しくて、反射的に笑顔で頷き、続いてぎゅっと抱き着いていた。
「うん! ありがとう、マリエラ! だいすき!」
「ありがとうございます。私どもも、フローレンお嬢様が大好きでございますよ」
突然の私からの抱擁に驚くことなく、マリエラは自然と私を腕の中に受け入れてくれた。
そして、優しく私を抱き締めると、あやすように背中をポンポンと撫でてくれて、更には兄さまにぐしゃぐしゃにされてしまったボサボサ頭を丁寧に整えてくれたのだ。
「前髪を下ろされたことで随分と印象が変わりましたわね、お嬢様」
きちんと切った前髪についても触れてくれる。
「今までのキリリとした凛々しい表情のお嬢様も素敵でしたが、今の柔らかい表情のお嬢様も魅力的でございますよ」
なんと!
自分ではキツいだけの表情をした悪役顔だと思っていたのに、マリエラには『キリリとして』『凛々しい』表情のフローレンに見えていたらしい。
『キツいだけの表情の悪役顔』と『キリリとして凛々しい表情』なんて雲泥の差があるよ?
随分とまぁ主観と客観の差が出ているもんだ。
────う~ん……でもなぁ……
物は言いよう、とも言うし。
ホントは悪意があっての物言いなのに、幾重にもオブラートに包んだ上で、然も『褒めてますからね~』ってニュアンスで言ってくる性格が悪いヤツも世の中には存在するからなぁ。
だけど今のマリエラの表情を見る限り、悪意あっての物言いだとは絶対に考えられない。
寧ろ、本心からそう思って言ってくれてることに間違いはないと思う。
じゃなければ、こんな風に優しい笑顔で『魅力的だ』なんて言ってくれるわけがないんだから。
それでも言われた言葉にイマイチ自信が持てずにいるのは、この二年ほどの間のレミアとのあれやこれやで植え付けられたトラウマが影響しているからなんだろうな。
そう考えると、また胸の奥がもやっとした。
まるで中途半端な胸焼けみたいだ。
お腹はすいているというのにな。
……よし!
ここは直接マリエラ本人に訊いてその真意を確かめてみるべし、だ!
うだうだ考えてたって、その人の心が読み取れるわけでも何でもないもんね。
万能なエスパーじゃないんだから。
そうと決めたら私の行動は早い。
じっとマリエラを見上げ、素直に疑問に思ったことを問いかける。
ちょっぴり自信なさげなのは見逃して!
さすがにそこまで強気になんてなれそうにないから!
「……まえのわたし、りりしかったの?」
「ええ。しゃんと背筋を伸ばし、堂々となさっていたお姿はとても凛々しゅうございましたよ」
答えてくれたのがメリダだったので、反射的にメリダを見上げた。
その隣でメリダの答えを聞いていたマリエラも『同意だ』と言わんばかりに『うんうん』と大きく頷いている。
……ということは、だ。
前髪を上げてキツい印象の悪役顔だと思っていたフローレンの顔は、私以外の他の人からは『キリリとした凛々しい表情』に見えていたことに間違いがないことが確定したのだ。
「りりしい、わたし……」
「ええ、凛々しいお嬢様でございますよ」
────先入観と思い込みの効果ってマジでパネェ……
────超・超・超~~~~~悪影響じゃん……
思い込み、先入観、イクナイ。
気をつけよう、私。
これからは、先入観を持たず、思い込みで突っ走らないよう慎重になる。
ちゃんと学習するぞ、私は!
痛い目見たくはないからね!
……とまぁ、そんなこんなで前髪上げてオデコ全開だった私がキリリと凛々しい顔をしていたことが分かったわけですが。
今の前髪を下ろした私はそれとは逆の、柔らかくマイルドな表情に見えていると、こういうわけです。
つまりは。
あんまり『キリリ』として見えないってことでありまして。
厳しいことを言っても迫力に欠けるといいますか。
全体的にこう……まぁるいほわぁ~っとした感じになるんでしょうねぇ。
ぶっちゃけ今の私がキツい目つきを意識してキッと睨んでみても、ちっとも怖くはないし、キリリとした凛々しい私とは程遠いってことなんだろうと思いますよ。
公爵令嬢の威厳もへったくれもないってなもんです。
「レーン?」
「りりしいわたし……」
「ん? ああ、前髪を切る前のレーンのことだね」
「いまは、りりしくないわたし……」
「………………。別に……それでもいいんじゃないかな? 小さい今のうちは凛々しくなくたって構わないと思うよ?」
『凛々しくない私』という事実にちょっとだけヘコんでいたら、兄さまが微妙な間を空け、更には苦笑しながらそんなことを言った。
まぁ確かにそうかもしれないけどね。
ただ、昨日みたいなことがあったら……と思うと、やっぱり凛々しい方がいいんじゃないかなぁって思っちゃうじゃん。
睨んでもキツいことを言っても迫力がないんだったら、その場の雰囲気だけで押し負けそうだし。
兄さまから言われたことはド正論ではあるんだけど、それでもちょっとくらいはそのぅ……ヘコんでる私を気遣ってくれてもいいんじゃなかろうか!
変なところで鈍感さを発揮して私の思いをスルーしてくれちゃった兄さまにプチっとムカつき、思わず顔を見上げながらキッと睨んでしまった。
ただ、この身長差では見上げて睨んだところで、どう見てもただの上目遣いにしかならない。
そしてやっぱりここでも鈍感力を発揮した兄さまはこんなことを言う。
「ん? キリリとした表情を意識してみたのかい?」
苦笑しながらそう言われて、今度は優しい手付きで頭を撫でてくれた。
「今のレーンだと、そんな風に睨まれてもただかわいいだけだね。まるで仔猫が精一杯威嚇しているみたいだよ」
「!?」
なんですと!?
「まぁ坊ちゃま。そのように言ってしまってはお嬢様が気の毒でございますわ。お嬢様はご自分の凛々しいお姿を意識して目に力を込められているのでしょうし」
そうだよ、マリエラ。
マリエラの言うとおりなんだよ。
……でもね、兄さまって変なところで鈍くてちっともそういうところ、気づいてくれないの。
「ですが、睨まれてもかわいいという坊ちゃまの言葉には私も同意でございますわ」
前言撤回!!
マリエラ、あなたも空気を読んで……じゃなくって、私の気持ちを察してくれ!!!
っていうか、そこの主従!
『凛々しくない私』から『フローレン=威嚇する仔猫』に話題をシフトして盛り上がってんじゃないよ!!
────く~や~し~い~ぃ~~~~~~~!!!
またも胸の奥にもや~っとこみ上げたモヤモヤを感じながら、声には出さずに『むぐぐぅ……』と唸り唇をぎゅっと引き結ぶ。
そんな私を気遣うように、そっと優しく肩に手を置いたのはメリダだ。
「フローレンお嬢様」
「?」
困ったように眉を下げたその表情を見たことで、メリダだけが今の私の気持ちを察してくれていたことに気づく。
「何と申しますか、その……ロイアス坊ちゃまとマリエラは似た者同士の主従でございますから……」
「……そうだね、メリダ。いまのわたしのきもちをわかってくれない、あのどんかんなところとか、ホントにそっくりだとおもう」
言いながら私は段々とふくれっ面。
空腹のモヤむかに合わせて、更に気持ちのモヤむかが加わって、今ちょっと気分は最低だ。
モヤモヤって、輪っかみたいにくるくる回りながら連鎖してくるものなんだなぁ。
一から始まって動き出したらキリがないというか。
「メリダ」
「はい。何でございましょうか、フローレンお嬢様」
「おなかすいて、もやもやムカムカするの。はやくごはんたべにいきたい」
「そうでございますね。盛り上がっているお二人のことは放っておいて、私たちは食堂へまいりましょうか」
「うん、そうする」
未だ私の話題で盛り上がる主従を放置して、私はメリダと食堂に向かうことにした。
今はとにかくごはんが食べたい。
このモヤむかを解消するため~とか言って、ヤケ食い&ドカ食いをしないように気をつけよう。
……ああ、それと。
さすがに『威嚇する仔猫』発言にはちょっと傷ついたから、これからは前髪を下ろした私であっても『凛々しく威厳と迫力がある』私でいられるように、所作だとか立ち居振る舞いだとか意識的に気を遣うことにしよう。
あとは舌っ足らずなこの言葉遣いだな。
幼さゆえの滑舌の悪さのせいで、誰がどう聞いても『ひらがな発音』にしか聞こえていないだろうから。
これからは日課に発声練習も加えて、滑舌の悪さを解消しつつハキハキと喋れるようにならなければ。
……そのためにも必要なのは。
チラリと見上げると、ちょうど私を見ていたメリダと目が合った。
「きょうりょくしてね? メリダ」
「ええ、なんなりとお申し付けくださいませ、フローレンお嬢様。目指すのは『かわいらしさと凛々しさを併せ持った威厳ある令嬢』でございましょう?」
「まさにそれ~!!」
全部を言わなくても察してくれるメリダが好き!
さすが私の筆頭教育係!
────もう……一生ついていきます、メリダ!
────だから、これからも教えてほしいこと、いっぱいいっぱい私に教えてね?
これまで溜まった胸のモヤむかは、最後のメリダの言葉で全て帳消しになったも同然だ。
嬉しさに上書きされて、気分はかなり上々です。
単純でご機嫌な私は、ニコニコ笑顔でメリダの手を取って。
そして二人手を繋ぎながら、食堂までの道を歩いたのでした、まる。




