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我儘お嬢様は存在するのか、しないのか




~我儘お嬢様は存在するのか、しないのか~




笑ってくれた兄さまに笑い返したら、お母さまとヴェーダに叱られた。

歯を見せて笑うのは、貴族令嬢としては有り得ないことだと言われて。


分かってるし。

外じゃやんないし。


家の中だけ、それも兄さまだけに対しての反射的なやつだったんだから、そんな目くじら立てなくたっていいじゃん。

……っていうか。

子どもだったらこういう風に笑うのがフツーだと思うんだけど私間違ってる?



────笑ったら叱られるとか解せぬ……



でもそんなことを思ったのは一瞬だけだ。


あんな風に兄さまが笑ってくれたことが、ただただ純粋に嬉しいという気持ちはホンモノだから。

反射的に返した笑みが、おおよそ貴族のお嬢様らしくなくたって別にいいじゃないか。

だって、そんなお嬢様らしくない笑顔を返した私を見て、また兄さまは笑ってくれたのだから。


そんな感じで、叱られたにも関わらず、反省も後悔もしていない私。

一応反省しているフリはしているよ?

だって反省してないことがバレたらもっと叱られちゃうからね。

別に叱られることが怖いわけでも嫌なわけでもないけど、分かってることをいちいち叱られるって面倒じゃん?

それに、叱られているその間にどんどん減っていく時間がとにかくもったいない。

時間はもっと有意義に使いましょーよ。

……ってなわけで、形だけは反省しているフリをしているという状態です、まる。


これから兄さまは、お母さまと一緒にお母さまの部屋へ向かうらしい。

私には参加させてもらえない、大事な大事な話があるんだそうだ。

十中八九、内容は私のことなんだろうなと予想はできてる。

だけど、それが私の絵に関することじゃないなら別に同席させてもらわなくたっていいや。


結構ごねたつもりだけど、私の絵のことが話題に上がらないんだったらそれでいい。

そのあたりを妥協して引いた感じかな?

夕方まで兄さまと一緒に魔法を使いまくったことに関しては、後で兄さまと()()()()()()()()()だしね。

魔法うんぬんのことじゃないのは最初から分かってるから、別にそっちの心配はしてない。


「それじゃレーン、また後でね」

「はい、にいさま」

「お食事の用意が整うまでお父さまとゆっくりお話ししていらっしゃいな」

「はい、おかあさま」

「ふふっ。ちゃんとお返事できていい子ね、レーン」

「はい! いいこになります!」


笑顔のお母さまに優しく頭を撫でられて、私もニコニコ顔。

イイコイイコされるのは嬉しい。

だからいい子になるのだ、私は。


「おかあさま、にいさま。いってきます!」

「ええ、行ってらっしゃいな」

「ゆっくり父上と話しておいで」

「はい!」


ニコニコ笑顔のまま手を振って、お母さまと兄さまとはここでお別れ。

それから私は、ヴェーダに連れられてお父さまの部屋へと向かうのだ。


広いお邸のため、はぐれて迷わないよう、ヴェーダがしっかりと私の手を引いてくれているのがありがたい。

前世の記憶が戻ってからというもの、どうも私は、目に映るもの全てが物珍しく、つい色々なものに目を向けてはキョロキョロしてしまうのだ。

手を引かれていなかったら、知らない間に置いていかれてあっという間に迷子だ。


途中で兄さまが私を抱っこして移動したのもそのせいなんだろう。

手を繋いでいてもいちいち立ち止まってあれこれ見てたんじゃ時間だけが無駄に過ぎていくからね。

目的を果たす前にあっさりと時間切れになってしまうのが容易に想像できてしまったと思われる。

それだけ私は色々なものに目を向けてしまいすぎなのだ。


そしてそれは、()()()に限ったことではなかったらしい。

なんと、前世の記憶が戻る前のフローレン(わたし)もそうだったらしいのだ。


いや~……これにはびっくり。

知れば知るほど、どこからどこまでも、フローレンはまんまフローレン(わたし)だったという事実。

性質が似ているとかそういうレベルじゃない。

本当に、幼いフローレン(あのこ)の言動は、私の言動そのものと言ってもいい。


これは私の記憶にはほぼないことなんだけど、今から二年以上前に、家族で大きな美術館に行った際、たくさんの絵に夢中になった私は、いつの間にか繋いでいた兄さまの手を離してしまって迷子になったらしいのだ。

その後どうやって家族と合流したのかも分かんない。

まぁ二歳やそこらの記憶なんてほぼなくて当たり前だよね。

新しいことを次々と吸収していく頃だもん。

前のことなんて新しいことに塗り潰されて、あっという間に記憶の彼方に追いやられてしまったんだろうな。


……とまぁ、そんな感じでヴェーダから今よりももっと小さい頃のことを聞かせてもらったわけです。

それで、他のことに夢中になりすぎて迷子になったことがあるということを知ったんだけど。

ホント、そのあたりの記憶は全くない。

幼いフローレンが覚えていないんだから、当然のことながらその記憶を共有しているはずの私も覚えていないわけで。

『迷子になったこと自体が嘘なんじゃない?』と疑ってしまうレベルで覚えてない。

うっすらとも残ってない。

あ、これだけは言っておくけど、頭打ったせいでそのあたりの記憶が吹っ飛んだってわけでもないからね!?


「お嬢様は少し目を離すと、すぐに興味を持ってしまったものの方へと行きがちでしたからね」

「うぅ~……ごめんなさい」


ちっとも成長しないおバカでごめんなさい。

でも、自分の目でしっかり見ることって大事なんだよ。

色んな発見があるし、それだけ見ることで学べるものも多い。

だから、物だけに限らず、色んなものをフローレンは見てきた。

……()の、ことだって。

そう。

人のことも、じっと見てたんだよ。



────あれ……?



そこまで考えて、何かが引っかかった。

人を見て、それで、どうなったんだっけ……って。


一歩引いて、顔色を伺って。

そんな風にするようになったのは、あの不届きメイドのレミアから痛めつけられるようになってからだ。


でも。

人の顔色を伺うようになるよりもずっと前から、フローレンはずっと人を見ていた。

直接話しかけることまではしなくても、ただじっと見ていた。



────人見知り、だったっけ……?



どうなんだろう?

今よりもずっと前のフローレン(わたし)はどんな子だった?


ヤッバイ!

全然分かんないよ!


自分のことなのに……や、違う、自分のこと()()()分からないんだ。


昔からこう言ってた。

己のことは人に問え、と。


自分に見えない部分は人に見えてる。

だからこそ、自分がどうなのかなんて、それが見えてる自分以外の誰かに訊くのが一番なんだ。


……ただし、身内は除く。


フローレンに甘々の家族の目は、言っちゃ悪いけど当てにならん。

誰だって家族のことは贔屓目で見るもんだし、一番幼いという理由だけで『可愛い、可愛い』ってされるだけだからな。

そう言われることは嬉しいけど、純粋に『人から見た自分の印象』を知るのにそれはいらん付属物というものだ。


それと、気になることはまだある。

癇癪持ちの我儘暴君、小さな女王サマという印象が強かったフローレン(わたし)だけど、実際に他の人から見てもそうだったんだろうか。

あのレミアだけは『言うこと聞かない我儘お嬢様』だと声高にボロクソ言ってくれちゃってたけど、周りはそんな感じでもなかったんだよね。


私の場合は『悪役令嬢の子ども時代なんてそんなもん』という思い込みと先入観があったものだから、きっとそうなんだろうなと最初から決めつけてた。

だけど、実際のフローレンはそうだったんだろうかという疑問が次々と生まれてきたのだ。


癇癪持ちで我儘で、さながら小さな女王サマといったフローレンは当然ながら嫌われているものだと思ってた。

使用人からも遠巻きにされて、ヒステリー起こして泣き喚いても、泣き止むまで放置されるのが当たり前のように思ってた。

ご機嫌とりにチヤホヤされては我儘を増長させていくような悪循環生活が基本だとばかり思っていたのに。


なのに。

少しずつ、少しずつ思い出していったフローレンの記憶はそうじゃなかった。


優しくしてくれる使用人は多かった。

根気よく向き合ってくれる、専属侍女のメリダとエルナの姿がいつも側にあった。


言いたいことを抑え込むフローレン(わたし)

泣きそうになっても、必死にそれに耐えているフローレン(わたし)


思い込みと先入観で描かれた幼い悪役令嬢のイメージを崩す色んなフローレン(わたし)の姿が少しずつ、少しずつ浮かんでいった。


なんだろう?

この記憶がごっちゃに混濁してるような、妙な感じは。

フローレン(わたし)の記憶と、認識と、それから周りの人の反応とが、どれも思っているようなものとは違うというか。


さっきもお母さまは私のことをいい子だと言った。

ちゃんと返事ができていい子だと、確かにそう言った。


でも。

私の中では、言われたことに対して返事をすることは当たり前で。

それができたから『いい子』だって言われるのは何だか違う気がして。


私の知っている当たり前である何もかもが、この世界ではそうじゃないのかな、って。


だから。

こう考えるのはものすごく嫌なんだけど。

私が思う『このクソガキが!』って思えるような横柄な態度や振る舞いは、この世界では許容範囲内のフツーのことなのかもしれないって。

『きっとこうだったに違いない』と私が思い込んでいた、我儘暴君の小さな女王サマなフローレンも実際は存在していて、それもフツーと思われていたんじゃないかって。


だけど。



────だ~れもそんなこと、言わないんだよねぇ~……



思い込みや先入観があったとはいえ、確かに私の頭の中のどこかに、癇癪持ちで我儘で、小さな女王サマな暴君幼女がいたんだよ。



────ねぇ、フローレン

────本当のアンタは一体どっちなの?



私の頭の中に刻まれてる、テンプレ悪役令嬢のミニチュアバージョンのアンタと。

お母さまに『ちゃんと返事ができていい子ね』って頭を撫でられるアンタと。

キツイ言葉で使用人たちを諌めて『立派だった』と褒められるアンタと。


どれとどれが正解で、どれが間違いなの?

私、アンタのことはよく知ってるつもりでいたけど、それは全然違ったみたい。

知らないことの方が多いよ。


そもそもここは、本当にゲームの『恋メモ』と同じ世界で、あのシナリオのように動いていく世界なの?

何度も何度も、頭の中で『違う』と答えを出したことだけど。

それでも分からないことばっかりだ。


そんなことをうんうん考えながら歩いていたせいか、途中で何かに躓いた。


「あにゃっ!?」

「フローレンお嬢様?」


ガクンと傾いだ身体は、当たり前のように手を引いてくれているヴェーダにその衝撃を伝える。


「大丈夫でございますか?」

「だいじょうぶ……」


たぶん。

ツンっと躓いただけだし、ぶつけたりはしてないはずだ。


反射的に出てしまった妙な叫びを指摘することもなく私の身を心配してくれるヴェーダに、一応は無事であることを告げると小さく苦笑されてしまった。


「余所見をするのは危険ですけれど、考え事をしながら歩くこともまた危険でございますよ?」

「うぅ……ごめんなさい……」


そうだよね。

危ないよね。

だって余所見も考え事も、それをやっている最中は自分の足元とか全然見てないし。

手を繋いでいたら、自分だけじゃなくその人も一緒に巻き込んじゃうもん。


ヴェーダは大人だからたとえ私が躓いて転んでも、巻き込まれて一緒に転ぶなんてことはないだろうけど、これがもし同じ年頃の子ども同士だったら間違いなく二人揃って転んで地面とランデブーだ。


余所見、ダメ、絶対!

あ、考え事ももちろんダメ!


一人脳内反省会を繰り広げ、全面的に自分が悪いと結論を出す。

これからお父さまに会うのに、余計な考え事をして心配させるようなことがあってはならない。

何せ私はすぐに顔に出るからな!

そしてそれは今もです!


「そんなに唸って、一体何を考えていらしたのですか?」


叱るでもなく、咎めるでもなく。

優しくそう問いかけられて、私は思っていたことを正直にヴェーダに話すことにした。

だって別に隠すことでもないしね。

己のことは人に問え、だよ。


「ねえ、ヴェーダ」

「はい」

「わがままのきじゅんって、なに?」


そう訊いた瞬間、ヴェーダの目がスッと細められた。

一瞬だけ、ヴェーダの纏う空気がピリッと肌を刺すような、尖ったものに感じられたのはきっと気のせいじゃない。


「……あの者の言ったことでしたら気になさる必要はございませんよ」

「ヴェーダ」

「身勝手で、我儘で、ちっとも言うことを聞かない、ロイアス坊っちゃまの邪魔ばかりする生意気な子ども。そう言われ続けたことをずっと気にされていたのでしょう?」

「それは……」



────私じゃなくて、前世(わたし)の記憶が戻る前のフローレン(あのこ)、だったんじゃないかなぁ……



今の私だったらきっと、レミアからああ言われたとしても『まぁ将来はテンプレ悪役令嬢だからな』くらいの気持ちでいたかもしれない。

実際、テンプレ悪役令嬢になんかなるつもりはないけど。


「よいのです、お嬢様。何も仰らないでくださいまし」

「ヴェーダ?」

「あの者はお嬢様に対して散々な批難の言葉を浴びせたかもしれませんが、決してそのような事実はございませんからね?」

「え……?」


あるぇ~?

ヴェーダ、違うって言ってるよ?

レミアが散々私に言っていた、テンプレ悪役令嬢のミニチュア版とも取れるファクターがここでヴェーダに全否定されてるよ?

ど~ゆ~ことですかぁ~?



────ワタシ、オばかナノデ、ワカリマセン、エエ、何モ……



なんという認識違い!

私は、レミアから言われたまんまのテンプレ悪役令嬢ミニチュア版だと思ってたのに。

事実そんな感じの記憶が目覚めた時にあったし。

だから強ち間違いじゃないんだろうなとも思ってたのに。


違うんだって。

聞きました?


一体何がどうなってこうなったし。

もうね、大混乱。

正しいのはどれよ、って感じ。


「お嬢様は今よりもずっと幼い頃から賢くあられました。先ほど申し上げましたように、色々なものに目を向けてすぐにどこかへ行ってしまわれたり、少々お転婆なところは玉に瑕ではありますが、弁えるところはきちんと弁え、言われたことにはきちんと頷く聞き分けのいい子でございましたよ」

「わたし、いいこだったの?」

「ええ。もちろんでございます。幼いのにしっかりしていて、あまり甘えてくれないと奥様が零していらっしゃいましたから。母親としては、甘えてもらえないことを少々寂しく思っておられたのでございましょう」


……まぁ、確かに。

私の記憶の中のフローレンは、あんまりお母さまに甘えているところはなかったな。

それと、お父さま大好きな割には、お父さまにもあんまり甘えてなかった。

どっちかというと、ロイアス兄さまにベッタリだったからな。


お父さまは忙しい。

お母さまも同じく忙しい。

だからといって、じゃあ兄さまは暇なのかというと、そういうことでもない。


ただ、お父さまやお母さまと比べると、兄さまの方がまだ時間に余裕があって、何よりも、兄さまの方からもいっぱい構ってくれた。

だから自然とフローレン(わたし)も、兄さまの方にベッタリになっていったんだ。


だけど。

それも今よりもずっとずっと小さな頃のことで、つい最近のことではない。

今日ベッタリ構ってもらえたのは、本当に本当に久しぶりのことだったのだ。


……あ。

ヴェーダに言われて、もう一度よく思い返してみたら、思い当たる部分って結構ある。




お父さまは忙しいから邪魔しちゃダメ


お母さまはカイエンとお話ししてるから、たぶんお仕事だ

こっちも邪魔しちゃダメ


兄さまは……お勉強かな?

でも先生いない

終わったのかな?

話しかけても大丈夫かな?




そうだ。

見てたんだ。


その人が、その時、何をしていたか。

邪魔になるか、ならないか。

側に寄って話しかけても大丈夫なのか。


ちゃんとフローレン(あのこ)は見ていた。

そして、自分で考えて行動してた。

決して我儘を言ったり、無理を押し通したりしていたわけじゃない。



────ちゃんと、いい子じゃん……



なのになんで、目覚めた直後の私の頭の中には、テンプレ悪役令嬢のミニチュア版フローレンの姿が強く焼き付いていたんだろう?

それがいくら考えても分からない。

自分のことなのに。

大事なことなのに分からない。


……よし、訊こう!

己のことは人に問え、アゲインだ!


「あのね、ヴェーダ」

「何でございましょう、フローレンお嬢様」

「わたしね、きょうめがさめたとき、じぶんのことがよくわからなかった」

「ええ、伺っておりますよ。ご自身の名前も分からないようだったと。記憶が一部欠けてしまっているようだとの解釈でしたが、今は……そうでもなさそうでございますね?」

「……うん。なんかね、いろいろぐちゃぐちゃ。いっぱいこんらんしてる。ううん、こんらんしてた」

「どのようなことで混乱されたのですか?」

「え、っとね……その、えっと…………」

「言いにくいことでしたら、無理にお話しいただかなくともよろしいのですよ?」

「……ううん、そうじゃないの。じぶんでもよくわからないから、これをいって、ヴェーダがヘンにおもうんじゃないかな、って、おもって……」

「いいえ。本当のことをお話ししようとしているお嬢様のことを変に思うなど決して有り得ません。ですから、話せることでありましたら、遠慮なくこのヴェーダにお話しくださいまし」


気付けば歩みを止めて立ち止まっていた。

ちょうどお父さまの部屋の近く、私の描いた絵をたくさん飾ってあるあの廊下だ。


「わらわないできいてくれる?」

「もちろんでございます」

「あのね、ヴェーダ。わたしね。めがさめたとき、それまでのじぶんがこうだった、っておもわせるようなすがたをみたの。しんじられないくらいにわるいこだった。きにいらないことがあったら、あばれて、かんしゃくおこして、なきさけんで、それをとおまきにみてるしようにんのみんなにもいっぱいあたりちらしてた」

「! ……まあ、なんてこと」


私の言葉を聞いたヴェーダが『信じられない』と言わんばかりの驚きの表情を浮かべた。


「じっさいにね、そうだったんだっておもったの。ふつうに、これがわたしなんだって。なんのふしぎもなかった。それがあたりまえだとおもったから。でも。すごくはらがたった。ありえないって。じぶんのことなのに、こんなのっていやだっておもった。こんなじぶん、だいきらいだって、そうおもった」

「お嬢様……」

「だからね、こんなわるいこなわたしは、みんなにきらわれてるんだって、そうおもって。でも、ホントはきらわれたくなんかないの。にいさまのかおをみたとき、さいしょにそうおもった。にいさまにきらわれたくないって。みんなにもきらわれたくないって。わるいこになりたくない、いいこになりたいって」


ムカつくぐらいに有り得ない自分自身(フローレン)に腹が立った。

だから絶対に自分はそうはなるまいと、このまま悪役令嬢になんかなって堪るかと、そう思った。

真逆の自分を目指すのだと、いい子になるのだと、そう決意した。

 

だけど、何かが違うって。

前世の私の記憶が戻ってから、少しずつ時間が経っていくうちに『違和感』を覚えるようになった。


兄さまの、みんなの私を見る目が思っていたのと違ってた。

戸惑って、おかしいなって思って。

でもそれも、気付けば自然なことなんだとすんなり受け止めていた自分がいた。


「わかんないの。ホントのわたしが。みんなからきらわれてるわるいこがホントのわたし? それとも、いまヴェーダがいってくれた、ききわけのいいこがホントのわたし? ひいきのめでみないわたしは、ホントにききわけがいいこだった? ホントにわるいこじゃなかった?」


もうね、必死。

なんでこんな必死になるのか自分でも分からないくらいに必死すぎた。


よく分からないけど、大事なことだから知らなきゃいけないんだって、心のどこかでそう感じてた。


たぶん、フローレン(わたし)が悪役令嬢となる何らかのヒントがそこにある。

何となくだけどそんな気がした。


そして。

もしそれが当たっていたとしたのなら。

()()を跡形もなく壊すことで、作られたゲームシナリオのような未来を辿らずに済む。


ここは、ある種の分岐点だ。

知ることで、きっと何かが変わる。

逆に知らないままなら、気付かぬうちに流されて、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。


必死にもなるよね、そりゃあ、さ……


「フローレンお嬢様。お嬢様は決して悪い子などではございませんでした。誓って言えます。贔屓目になど見なくとも、オンディール公爵家に仕える誰もがそのことを知っております。しっかりと人を見て、弁えることのできる聞き分けのいい子ですよ、お嬢様は」


自他ともに認める、厳格者の代表とも言えるべきヴェーダが、優しく穏やかな笑みを浮かべながら、確かに私にそう言った。

まるで語りかけるように、静かに、ゆっくりと。


「何度だって申し上げますよ。お嬢様はとてもいい子です。誰が何と言おうといい子です。ですから、あの者の、レミアの言ったことなど気にしてはなりません」

「ヴェーダ……」

「……本当に。負の感情を伴う言葉というものはとんでもない凶器ですね。ここまで来てしまえばもう洗脳と言ってもおかしくはないでしょう。こんなにまでお嬢様の心を蝕んでしまうなど……」

「せん、のう……?」


ヴェーダから出た『洗脳』という言葉を耳にして愕然となった。

ほとんど呆けたように、その言葉を意味なく口にする。


洗脳。

刷り込み。


幼いうちは、スポンジのようにぐんぐん知識を吸収していく。

知識だけでなく、感覚や感情や、それに伴った言動まで、とにかく幅広いものを身につけていく。


ある意味、それが仇になった。

幼すぎたがゆえに、悪感情が込められたその言葉を、必要以上に受け止めすぎた。


だから。

幼いフローレン(あのこ)は、自分が悪い子だと思い込むようになった。

浴びせられた言葉のままの自分が、恰も本当の自分であるかのように強く思い込んでしまった。


そこに、その強い思い込みが残ったままの状態で、前世の記憶(わたし)が目覚めた。

悪役令嬢の子ども時代は、甘やかされて我儘放題で、テンプレ悪役令嬢のミニチュアバージョンで間違いないだろうという、先入観と思い込みを持った状態の前世の記憶(わたし)が。


その結果。

思い込みと思い込み、それから先入観とが掛け合わさったことで、目覚めた直後の私の記憶の中に、テンプレ悪役令嬢のミニチュア版がズラリと映像作品のように流れていった。



────なんだ……

────そういう、こと……



分かった瞬間、ボロっと涙が零れた。


「フローレンお嬢様!?」

「だいじょうぶ。へいき……」


安心しただけだから。

だから、平気。


目覚めた直後に見た記憶(あれら)フローレン(わたし)の姿は、全部間違いだった。

悪感情を込めた言葉を浴びせ続けられた結果、刷り込まれてしまった偽りの記憶だった。


フローレンは、ちゃんと、いい子だった。

あの子の言う通り、悪役令嬢なんてどこにもいないね。

これからだって、悪役令嬢なんて出てこない。

そんな風にはならないからね、私は。


「……ゴメンね、ヴェーダ。ありがとう」

「お嬢様」

「わたしがいいこだって。わるいこじゃないって。そうおしえてくれてありがとう」


泣きながら笑うというちぐはぐなことをする私を見て、珍しくヴェーダが困ったような表情で苦笑した。


「わたくしは本当のことしか申し上げておりませんよ? ですが、お嬢様が不安になるのでしたら、いつでも、何度でも聞かせて差し上げましょう。どんなにお嬢様がいい子でいらしたのかを。それこそ飽きるほどに延々と聞かせて差し上げますよ」

「ありがとう、ヴェーダ!」


零れた涙を拭おうとして、目元を擦ると、苦笑したヴェーダからやんわりと止められた。


「擦っては赤く腫れ上がってしまいますよ」


そう言って、優しくハンカチを当てて涙を拭ってくれた。


「ホントだね。にいさまにもおんなじこといわれた」

「まぁ。ロイアス坊っちゃまにまでそう言われたということは、今日のお嬢様は泣いてばかりいらしたのですね?」


うん。

ほぼ泣いてた。

それこそいろんな意味で。


「いっぱいないたけど。でも。つらくてないたわけじゃないからね?」

「ええ。ではそういうことにしておきましょうか」

「ホントだよ? うそじゃないからね、ヴェーダ?」

「ええ、ええ。分かっておりますとも」


分かってないよ!

ヴェーダ、絶対に信じてないでしょ!?


「うそじゃないもん!!」


『キーーーーーーーーーッ!』と叫ばんばかりの大声を出した私を、ヴェーダはやっぱり苦笑したまま見ている。

そのくせ、しっかりと『大声を上げてははしたないですよ』とお小言までくれちゃうんだから酷いよね!


少しだけぷりぷり怒った()()をした私の扱いなんてヴェーダは慣れたもので。

どんなに言葉を重ねても簡単にあしらわれてしまう。


でも。

指摘されたように大声を出した自覚はちゃんとあった。

ここはちょっと反省する。


だってここはお父さまの部屋のすぐ近く。

大きな声を出して騒いでたりしたら、具合の悪いお父さまがゆっくり休めないもんね。



────よし!

────お父さまのためにも黙ろうか、私!



そう決心するも、時既に遅し。


「急に賑やかになったと思ったら。レーンだったのかい?」

「…………あ」


なんと!

扉を開けて、お父さまが部屋から出てきてしまったのだ。


「おとうさま……」


思わず呟いたその言葉は、とてもとても小さな呟きだったはずなんだけど。

お父さまにはしっかりと聞こえていたらしく。

弱々しいながらも微かに微笑まれてしまった。



────ホントに、具合悪そう……



大声出して悪いことしちゃったな。

ゆっくりと休んでもらいたかったのに。


ロイアス兄さまとよく似た面差しの端正なお父さまの顔は、今は青白く辛そうな表情を浮かべていて。

そんなお父さまを見ていると、苦しんでいたあの時の兄さまの姿が重なって見えて。


なぜだか、胸の奥の方がぎゅうっと鷲掴みされたみたいに苦しくなった……─────











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