そして食堂は戦場になる……と、予想される 2(ロイアス視点)
~そして食堂は戦場になる……と、予想される 2~
決定的な証拠がない状態であの女を糾弾するのは難しい。
そう考えていたところ、それを押さえる役目を自分に与えてほしいとのエルナからの申し出。
非常に有り難いと思うと同時に、頼もしいとも思えた。
だが、エルナが言うには、その方法は確実に安全だとは言えないらしい。
なぜなら、いずれかの料理に何らかの異物を混入している現場を簡単に押さえられるような真似をすること自体がまずないと考えられるからだ。
もしそうでなかったのであれば、昨夜の段階で既にあの女は押さえられ、今日のことのような騒ぎは起きなかったかもしれないのだから。
標的とされている相手は仕える家の当主の娘。
そう易々と尻尾を掴ませることはしないだろう。
「一番確実なのは、給仕の直前に異物を混入しようとしている現場を押さえることですが、それはさすがに難しいと思われます。何せ、他の給仕担当の者の目もあるわけですから、そんな危険を犯してまで実行するとは考えられません」
「いくら忙しくしているとは言っても、誰の目にも止まらないというわけでもないものね。妙な態度や怪しい動きをしていると、意識するまでもなく自然と目に入ってしまうのよね、不思議なことに」
エルナの言葉を聞いて母上が納得したように呟く。
曰く、子どもの悪戯に通ずるものがあるらしい。
無意識のうちに働く一種の緊張感のようなものが、態度や行動、視線などに滲み出てくるのだとか。
「だからといって、行動を起こす前に押さえても意味はありません。文字通り何もやっていない状態でそれをしてしまえば、ただの言いがかりにしかなりませんからね。本当に心苦しいのですが、事が起きてからでないと押さえられない、というのが正直なところです」
「……事が起きてから、か。実際に被害を受けてからでないと言い逃れをされてしまう可能性があるからだな」
「その通りです。ですが、そうなってしまうと……」
「またフローレンお嬢様が、その料理を口にしてしまうことになる……」
「……なんてこと。さすがに昨夜に引き続き、今夜までもなんて。あの子をそんなかわいそうな目に遭わせるわけにはいかないわ」
僕だって同じ気持ちだ。
レーンに苦しい思いを味わってほしくなどない。
だが、あの女を確実に押さえるためには、レーンにまたあのような目に遭ってもらわなければならないという前提が必要となる。
守りたいと思った矢先に、危険な目に遭わせなければならないというこの矛盾。
本当に有り得ない。
同時に、こんな状況を作り上げることとなったあの女の過去からの言動が腹立たしくて仕方がない。
「……目を、瞑るしかないのかしら。ああ……でも、やっぱりレーンをそんな目に遭わせてしまうなんてことは、母親として見過ごせることではないわ」
昨夜のレーンの様子を見ているからこそ、母上の言うことはよく分かる。
「……なら僕が」
「ロイアス?」
「ロイアス坊っちゃま?」
「……お言葉ですが。ロイアス坊っちゃまが、ということは、ロイアス坊っちゃまが異物混入された料理をフローレンお嬢様の代わりに口になさるということでしょうか」
「そうだ。レーンには耐えられなかったかもしれないが、僕ならまだ幾分かマシかもしれない」
「それは……そうかもしれないけれど。明らかに害を為すと分かっているものを自ら口にすると言うの?」
眉を寄せながらそう訊ねてきた母上に頷きを返す。
「そうです。初めから害のあるものだと分かっている分、それが僕に来た方が対処がしやすいと思ったまでです。何も知らないレーンと違い、僕には知っている分の心構えがあります。例えそれで実害があったとしても、早い段階で適切な処置が可能なはずです」
「ロイアス……」
「ああ、そうだ。万が一、苦味調味料ではなく、本物の毒物が混入されていた場合は、即座に浄化魔法を行使しますので、それだけはご容赦を」
「それはもちろんよ。もし混入されたものが毒物だった時は、身体にどんな悪影響を及ぼすか分かったものではないもの。魔法の使用なんていくらでも許可しましょう。寧ろ、攻撃的な魔法でないのであれば、存分に使ってくれても構わないわ」
「ありがとうございます、母上」
昨夜と同じで、苦味にやられるだけならばまだいい方だ。
それがもし、毒物混入へと成り代わってしまったらと思うとゾッとする。
万全には万全を期しておきたい。
自衛が可能であることから、僕がやられる分は一向に構わないが、レーンに危険が向かうことだけは何としてでも避けたい。
だが、レーンの性格上、被害を受けるのが自分であろうが、自分以外の誰かであろうが、レーンが傷つくことに変わりはない。
だったらせめて、少しでもその傷を軽くしてあげなければ……と、そんな風にも思うのだ。
「……でも。ロイアスがレーンの代わりに異物混入された料理を口にするとなると、どのタイミングでレーンのものとあなたのものを摩り替えるの? 何らかの理由を上げたとしても、さすがにそれは不自然よ? 真っ先にレーンが『どうしたのか?』と疑いを抱くこと必至だわ」
確かに。
自分の前に出された料理を、突然僕が自分のものと取り替えたとなっては、そこにどんな理由を付けたところで不自然以外の何者でもない。
「大人に出すものと子どもに出すものとでは、辛味の点で多少の味付けの違いがあったとしても見た目はほとんど変わらないわ。取り替える意味が分からないもの」
「……やっぱりレーンが口にするしか方法はないのでしょうか。何が何でもそれだけは避けたいのですが、母上」
「それはわたくしだって同じよ、ロイアス。でもね? レーンに出された料理と自分のものを取り替えるという不自然な行為をどう説明するの? 先ほどのレーンの様子からもう想像はついているでしょうけれど、きっと言い逃れなどさせてくれないと思うわ」
「事前にこのことをお嬢様にお伝えするわけにもいきませんしね」
「ええ。知っていたら、間違いなくレーンは自分が口にすると言い張って譲らないわ。自分に向けられたものを他の誰かが被るということを非常に嫌がるでしょうから」
方向性は決まっているのに、それを踏まえる段階部分で躓くことになるとは。
どう転んでもレーンに被害が行ってしまうのは避けられないのか。
それだけはどうしても避けて通りたかったというのに。
「……二段構えで講じてはいかがでしょうか」
「エルナ?」
「二段構えとは?」
考えた末でエルナが口にしたのは、二段構えで対策を取るといったことだった。
「はい。ここでずっと考えていられる時間はありませんし、実際に起こった状況次第で違う対策を取る方が望ましいかと思いました。まずはロイアス坊っちゃまが仰っていた、フローレンお嬢様に出された料理とロイアス坊っちゃまの料理を取り替えるという点ですが、できなくはないと思います。ですが正直に申し上げますと、成功の確率は五分五分といったところです。できるかもしれないし、できないかもしれない。状況と運次第でどちらにも転ぶと言えます」
「根拠は?」
「はい。まず奥様が何度か仰られていたように、出された料理を取り替えること自体が不自然だからです。ただ……一つだけお嬢様が納得してくれそうな理由はあるのですが、その理由を以てしても取り替えられるかどうかは半々……それが、成功の確率が五分五分だと申し上げた大きな理由になります」
「全くのゼロ、というわけではないのね?」
「はい」
「だったら成功の確率が半々でも構わないわ。レーンが納得しそうだというその理由を教えてもらえるかしら?」
これは僕も母上に同意だ。
成功の確率が全くのゼロではないのなら、少しでも被害が出ない方向で事を進めていきたい。
この案を出してくれたエルナを見据えて頷き、話の続きを促す。
「理由は意外と単純だったりしますわ、奥様、ロイアス坊っちゃま。フローレンお嬢様は野菜が本当に苦手でいらっしゃいますので、料理に入っている野菜の量が多いことを理由に、少ない方を食べてもらうということにして取り替えてしまわれたらいいのです」
「……なるほど」
「その料理の野菜の量を基準にするのね」
「はい。ここでお嬢様が喜んで料理を取り替えてくだされば、お嬢様への危機は完全に取り除くことができますわ。ただ……」
「ただ?」
「一つ問題があるとすれば、お嬢様が取り替えずに頑張って自分で食べると言い切ってしまわれることですね。自分に出されたものは、どんなに嫌いなものでも苦手なものでも、頑張って最後まで食しておられますから」
「……その可能性もあるのか」
「エルナの食育の成果がしっかりと現れている証拠だけれど……」
「今回ばかりはそれが仇となってしまいそうです。それだけが心配ですわ」
「だが成功したとすれば、これが最良の手であることに間違いはないのだろう?」
「はい、その通りです。異物が混入された料理をフローレンお嬢様が口にすることはありませんし、逆にロイアス坊っちゃまがそれを口にしようとした際、間違いなくレミアは何らかの反応を見せるはずですから。レミアの標的はあくまでもフローレンお嬢様。それがまさかのロイアス坊っちゃまへなってしまうなど、あの者は考えもしないでしょうからね」
そう言って、エルナは現時点で想定されるパターンを挙げた。
一つは、異物混入された料理がレーンに出された時点であの女が何らかの反応を見せるパターン。
これに関しては、ただ出しただけの状態なので、この時点で反応を見せる可能性は薄いとのこと。
それは僕も考えた。
出しただけでは反応は薄いだろうと。
二つめが、異物混入された料理をレーンが食べた時。
この時が一番あの女が反応するだろうというのがエルナの見立てだ。
目論見通りに事が運んだのだから、当然のように勝ち誇った顔でレーンを見て嘲笑うだろうと。
そして三つめ。
これは、レーンが料理に手を付けることなく、僕がレーンのものと料理を取り替えたパターンだ。
これには必ず驚きを見せるはずだとエルナは言う。
先ほどエルナが言っていたのがこれだ。
取り替えた時点での驚きももちろんあるだろうが、更に僕がそれを口に入れたとあっては、その驚きは尋常ではないはずだと確信しているらしい。
聞くも不快だが、あの女は僕に対して異常なまでの執着を見せているため、僕に被害が行くことを避けたがっているに違いないと。
既にあの女自身が僕の害そのものになっているというのに、よくもそんなことを考えられるものだ。
これはあくまでもエルナの憶測ではあるが、強ち間違いでもないというのが頭の痛いところだ。
最後に、一番最悪のパターンだと言って挙げられたのが、異物混入された料理をレーンも僕も口にするというケースだ。
これは『ほぼないだろう』と思われるケースではあるが、万が一を考えて、こういうこともあるかもしれないということを念頭に置いてほしいとのことだった。
真剣な眼差しでそう告げられたことで、僕は再び『物事は常に最悪を想定して考え、それから行動に移しなさい』という父上の言葉を思い返した。
どのパターンも、有り得ないことではない。
だから実際に事が起きた際、速やかに最良の手で事態の収拾を図ることが重要だ。
その中でも、一番最悪のケースを予め想定しておくことで、虚を突かれることはなくなるはずだ。
『ああ、やっぱりこうなったか』という気持ちの余裕が、初動の遅れを取らずに済むということにも繋がる。
「挙げられたどのパターンも実際に起こり得ることだ。ならば、最初から最悪のケースを想定して構えるに越したことはない」
「……そうね。どのような状況になるかはその時にならなければ分からないもの。ならば、最初から最悪のケースが起きるかもしれないと思っていた方がいいわね」
「……はい。特に、レーンの出方が分からない以上はどうしようもありません。何だかんだでレーンは異物混入された料理を食べるだろうし、一番怖いのはそれを口にしても何も言わずに我慢し続けるだろうということです、母上」
「言葉には出ずとも顔には出るでしょうから、この場合はエルナの言う二つめのケースかしらね。どちらにせよ、レーンが異物混入された料理を口にすること自体、避けることが難しそうだわ」
深く溜息をついた母上を見て、やはりレーンが被害に遭ってしまうことを避けたいと思う気持ちに変化がないのだということが窺える。
そこに、まだ諦めたくなどないという気持ちがあるということも。
その気持ちは僕も同じだが、物事は常に最悪の事態を想定して動けという父上の言葉を念頭に置き、レーンが被害に遭うこともまた止む無し、という考えたくもないそれを、己自身を叱咤するように無理やり頭の中に叩き込んだ。
「理性と感情は別ですから、理解はできても納得はいかないと思います。私も色々と考えて口に出したことですが、そのほとんどが納得できていないものばかりです。それでも、納得できないからと足踏みをしていては本当に最悪の事態を招くだけで、何の解決も出来ないままに終わってしまいます」
「……そうね、エルナ。その通りだわ」
納得はできないが、それでも納得しなければいけない。
今の母上は、そんな風に葛藤しているようにも見える。
珍しく溜息が続いているのがその何よりの証拠だ。
「……それとですね。奥様、ロイアス坊っちゃま」
「?」
「何かしら?」
「あの者を押さえる役目をいただいたわけですが、そのやり方も私にお任せいただきたいのです」
「それは構わないけれど。何か思うところでもあるの、エルナ?」
「いえ。単純に、その時の状況に応じてやり方が変わるだけなので、場合によっては手荒になるかもしれないことをお伝えしておきたくて」
「手荒? エルナ、一体何をする気なんだ?」
不穏な一言が出たことに盛大な疑問が浮かぶ。
状況に応じてやり方が変わると言ったが、一体エルナはどんな状況下だった場合に手荒な手段に出ると言うのだろうか。
「それはその時のレミアの出方次第としか言いようがありませんね。仮にレミアが暴れたとした場合、力尽くで押さえ込む必要が出てきますでしょう?」
「……暴れたら、な」
「そんな感じで、いつ何時、何が、どのように起きるか分かりませんから? 臨機応変に対応させていただきたく思います」
「下手にわたくしたちが出てくると、逆にあなたがやりづらいということね?」
「失礼ながら」
「そういうことならエルナに任せるしかないな。僕たちが動くことで反って邪魔になるというのなら、それは避けなければならない。それがレーンのためにもなる」
「そうね。最優先にすべきはレーンの身の安全の確保ですものね」
ここでやっと母上も納得してくれたようだ。
自分たちが動くことで『レーンの身を守れないかもしれない』というある種の危険性が出たのだから、無理もない。
「それで、エルナ? 具体的に何をどんな風にするつもりなのかは教えてもらえないの?」
「極力不自然に見えないように対処したいので、できれば伏せておきたく思います」
「そう……予めあなたが何をやろうとしているのかが分かれば、わたくしたちもその後の対処を素早く行えると思ったのだけれど」
「……そういうことでしたか」
「ええ」
「………………」
母上の言葉を聞いたことでエルナが少しの間黙考した。
軽く握った拳を口元に当て、目を伏せている。
実際に事が起こった際のイメージでも描いているのだろうか。
「……では、一つだけ」
「ええ。一つと言わず、何でも言ってちょうだいな、エルナ」
自身の考えを話す姿勢を見せたエルナに対し、母上が急かすように軽く身を乗り出した。
その様子を珍しいなと思うも、エルナの考えを聞きたいのは僕も同じ。
急かしたくなる気持ちもよく分かる。
「本日に限り、食事の席でのマナーは大目に見ていただきたいのです」
「マナー違反や粗相があっても目を瞑れということね?」
「できればそうしていただきたく思います。まず、先ほどロイアス坊っちゃまが仰られていた、フローレンお嬢様とロイアス坊っちゃまの料理を取り替えてしまうこと自体が既にテーブルマナー違反となりますから。それをやることを前提にするのであれば、多少どころか、度が過ぎるマナー違反も見逃してもらわねばなりません」
「なるほど。料理を取り替えるのは単純にこうすれば……という思いつきからだったが、よくよく考えてみればとんでもないマナー違反だな。そこまでは意識していなかった」
それだけ、レーンのことばかりに意識が向いていた証拠だ。
「それと、事が起こった直後にレミアを押さえるにしても、悶着が起きて、一筋縄ではいかないと思います。食堂内で騒ぎとなるのは必至でしょうから、そのあたりも含めて不問にしていただきたいというのが私の考えです」
「それは使用人を含め、ということね?」
「はい。その時のレミアの出方にもよりますが、状況次第で最大級の粗相と言う名の騒ぎを起こし、それに乗じてしっかりと取り押さえるつもりでいます」
「……分かったわ。その時に何が起きても、わたくしたちは特に何の反応も示さず、マナー違反や粗相があっても見て見ぬふりをすればいいのね?」
「では、食堂に入る者全てに対しての周知が必要となるな。『今宵食事の席で何が起きようとも目を瞑れ』と」
「レミア以外の者に、ですわね。正確には」
「それとレーンにもだ。混乱させてしまうかもしれないが、全てはレーンのためだ。食事の席でレーンが戸惑っていても、僕たちは普段と変わらず平然としている必要があるな」
「では、奥様とロイアス坊っちゃまには、普段通りに平然としている演技をお願いしますね? 私も、レミアを押さえるために、精一杯それらしい演技をさせていただきますので」
────……ん?
────それらしい、演技……?
『それらしい演技』とはどういうことなんだ?
ニコニコと笑顔でそう告げたエルナを見て、一体エルナは何をするつもりでいるのだろうかと疑問に思ったが、当のエルナ本人はそれ以上は言うつもりはないらしい。
その時の状況で手法を変えるとだけ言って、そこで話を切ってしまったからだ。
こんな時に不謹慎ではあるが、その時が来てのお楽しみ、といった感じでこの話は終結した。
「でも本当にエルナ一人だけに任せてしまっていいの?」
「はい。寧ろ私だけにやらせていただきたいのです」
時々心配するようにこう問いかける母上に対し、エルナが返す答えは最初と同じで変わらない。
そんなエルナを見て、メリダもまた心苦しく思う部分があったらしく、自分にもできることはないかと訊いていた。
だが、メリダに対してもエルナの返答は変わらなかった。
「大丈夫ですよ、メリダさん」
「けれどエルナ。あなただけに大きな負担がかかってしまうのは……」
「本当に大丈夫ですから。逆に手伝ってもらうことでメリダさんを巻き込んでしまう方が申し訳ないです」
「エルナ……」
「寧ろ、一人で思う存分にやらせてもらいたいんです。何せ、奥様とロイアス坊っちゃま、双方の承認のもと、公然とレミアに対して盛大な仕返しができるんですから。こんなまたとない絶好の機会、逃すなんてもったいないでしょう?」
「まあ、エルナ……」
「日頃の鬱憤晴らし、させてもらえませんか?」
何かを含んだ笑顔で『ふふふっ』と声を立てて笑ったエルナを見て、これ以上言うことはないと言わんばかりにメリダが盛大な溜息をつく。
そんなレーンの専属侍女たちの様子を見ながら、母上がそれはそれはおかしそうに、クスクスと笑いながらこう言った。
「うふふ。いつの時代も女の争いというものは凄まじいわね」
「……………………」
母上。
思いっきり他人事のように言っていますが、その女の争い事の渦中に常に身を置いていると言っても過言ではないあなたがそれを言いますか。
それも、決して他者に蹴落とされることなどない最高峰の地位に名を連ねる、世の貴族女性から尊敬と畏怖の目で見られている一人だというのに。
「女同士の諍いに、他者の介入は無用よ?」
重々分かっております。
「だから今回のことはエルナに任せておけばいいわ。下手に手を出すと、逆にこちらが痛い目を見ることになるわ」
それも分かっております。
女同士の諍いや争いはそれだけ面倒なことが多いのだ。
そこに介入すれば、ただえさえ面倒なことが更に面倒になることは想像に易い。
介入した相手が男ともなると、場は余計に拗れるというものだ。
特に今回はあの女が中心となっている。
騒ぎが起きた時に僕が介入でもしたら事態はとんでもない方向に転がっていくことだろう。
言われなくとも、手出しはしない。
ただし、それはレーンが無事であればの話だ。
「大丈夫ですよ、ロイアス坊っちゃま。状況次第で取る手段は変わりますが、騒ぎを起こした後、瞬殺致しますのでご心配なく」
「? あ、ああ……」
今、瞬殺と聞こえなかったか?
それも清々しいまでの笑顔つきの、明るい調子で言われた気がしないでもない。
「まあ! 頼もしいわ、エルナ! ではレーンのことと、その後のレミアの対処と。どちらもあなたに任せるわね?」
「はい! 必ずや!」
笑顔のエルナに、同じく笑顔の母上が煽りとも言える激励を贈っている。
どうやら僕が聞いた『瞬殺』の言葉は、エルナの口から出たもので間違いはなかったらしい。
「こうしてはいられないわね! やるべきことが決まったからには、早速食堂へと向かって皆に根回しをしておかなくちゃ!」
「奥様。それはわたくしが」
「そう? ではお願いね、メリダ。特にヴェーダをしっかりと丸め込んでちょうだいな」
「かしこまりました。必ず」
「うふふ。本当にあなたたちは優秀で頼もしいわね。わたくしも頑張っていつも通りを装わなければ。ねえ、ロイアス?」
「……そうですね」
母上はいつも通りを装う演技などせずとも、そのままで十分なのでは?
……という言葉が出かかったのを辛うじて飲み込む。
口出し厳禁。
黙るが吉。
既にこの場から、女の戦場は始まっている。
エルナ然り。
メリダ然り。
母上は……言うまでもない。
この後。
食堂は荒れるどころの騒ぎではなくなるかもしれない。
大荒れの、大混乱が予想される……─────
それともう一つ。
当然のことながら、後に話す予定でいたあのことはこの時点では既に忘却の彼方。
僕がその話をきちんと聞くことができたのは、数日ほど日を跨いだ後のこととなる……─────




