どうやら私の魔力は異質らしい、……ですってよ? 2
~どうやら私の魔力は異質らしい、……ですってよ? 2~
兄さまからとんでも発言をかまされました。
『異質みたいだから』
異質……いしつ……イシツ……
────なんじゃそりゃ!?
────今私、サラッと『人間じゃないよ』認定されちゃった!?
そりゃ前世の記憶持ちの転生者な時点で普通じゃないことは認めるよ?
自分でだって、普通じゃないし異質なんだろうなぁ……って思ったこともあったよ?
でも、自分でそう思うのと、自分以外の誰かから言われるのとじゃ全く違う。
……主に、受けるダメージが。
しかもロイアス兄さまに言われたということが何よりも一番のショックだ。
嫌われたくないって、そう思ったからこそ余計に。
『異質で普通じゃない私は、妹としては見られない?』なんて、かなりマイナス方向な考えに至る始末だ。
「レーン?」
「………………」
ショックでフリーズ状態の私の顔は、兄さまにどんな風に見えているんだろう?
きっと酷い顔をしているんだろうなという想像は簡単にできる。
おまけに大泣きしたばかりだ。
目元も真っ赤になって、瞼も腫れて悲惨なことになっているだろう。
せっかくの美少女なのにゴメンよ、フローレン。
私のせいで、可愛い顔がとんでもなくぶちゃいく顔になってるよ、きっと。
「……わたし、おかしいんですか?」
「レーン?」
「だってにいさま、わたしのこと、いしつって……」
正確には『私の魔力が異質』って言われたんだけど、今の私は絶賛ネガティブタイムなう。
ショックだ。
どんな風に異質なのかが全く分からないから尚更に。
「ふつうとちがうといしつなんですか? ふつうだってよくわからないのに……」
そもそも魔力に関しての『普通の基準』が分からないのだ。
何の基準を以て異質とされるのかも分からない。
それを説明するとロイアス兄さまは言ってくれてるわけだけど、そのロイアス兄さまが言ったからこそ『異質』という言葉がグサグサ刺さる。
「わたしはふつうじゃないんですか?」
言ってもしょうがないことは分かってる。
転生者である私はきっと普通じゃないから。
でもそれ以外は普通だと思いたかった。
だからそう問いかけた。
「違うよ、レーン。言い方が悪かったかもしれないけれど、悪い意味で異質だと言ったわけじゃない」
「?」
「僕がよく知る一般的な魔力と比べると、レーンの魔力は質が異なるんだ。だから……」
「……いしつ?」
「そういうこと」
「……じゃあ、わたしはおかしくない?」
「おかしくはないよ。ただ、周りの同じ年頃の子と比べると魔力が高くて素質があるってだけで」
「……それはふつうですか?」
「そこに関しては普通じゃないかな。けれどそれはいい意味の『普通じゃない』であって、決して悪い意味で言ってるわけじゃないからね。高い魔力を持つ人物には限りがあるから。それは分かってくれるよね?」
「……はい」
ダメだな、私。
たったの一言、一単語に呆れるくらい踊らされてる。
日本語に長く慣れ親しんだ影響だな、きっと。
漢字はたった一文字だけでも色んな意味を含むから、表現の幅は広がるし、皮肉だとか嫌味とかで悪い方向にもたくさん使われていたこともあって、どうも悪い意味で受け止めることに慣れてしまっている。
単純な言葉の意味のままで読み解くことをすっ飛ばして勝手に深読みして。
それで悪い意味で捉えて落ち込むとかバカみたいだ。
兄さまに言われた『異質』の言葉だって、単純に『質が異なる』というそのままの意味で示されたものだったのに、勝手に異常だとか恐ろしいだとかのイメージを膨らませて悪い意味で捉えたのは私の方だ。
「……悪い意味ではないんだけれど、レーンがそういう風に捉えてしまうのならもっと別の表現がいいんだろうね」
「ロイにいさま……」
「他とは質が異なるレーンだけが持つ魔力。レーンだけの『特別』とでも言った方がいい?」
「! にいさま……!」
『特別』の言葉を聞いた瞬間、パッと気持ちが浮上した。
単純だと笑うなら笑えばいいさ。
長く日本人していた私にとっては、聞いてすぐに『いい意味』だと分かる言葉の方が受け止めた時に気持ちがいいのだから。
「それじゃ、レーンの魔力を引き出してみるよ?」
「?」
「実際に見てみた方が分かりやすいからね」
そう言われて、握られたままの左手を軽く掲げられました。
それと同時に兄さまの魔力による温もりに包まれたのが分かり、その一瞬後にクッと引っ張られるようにして、ほんの少しだけ私の魔力が抜けていきます。
ただそれは、先程とは違って『奪われる』という感覚は全くなく、ただ表面上に魔力を『引き出した』といった感じでした。
ふんわりと柔らかい光が、私の手と兄さまの手を優しく包み込んでいるようです。
「……うん。やっぱりまだ何にも染まっていない状態に近いな」
「どういうことですか?」
「レーンの魔力の属性が、まだ完全に定まっていないんだよ」
「???」
あれ~?
魔力の属性は生まれつき決まってるわけじゃないの?
オンディール公爵家の血筋だから、私の魔力の属性は水なんだと思ってたけど違うの?
だってゲームの設定でのロイアスの属性は完璧な水属性で、オンディール公爵家の血筋は水属性が多いとも言ってたじゃん!
私の考えていたことはしっかりと顔にも表れていたようで、兄さまに苦笑されてしまいました。
それから優しく頭を撫でてくれました。
「魔力の色で大凡の属性は判別できるんだ。今は引き出したレーンの魔力の色が、限りなく白に近い透明色なのは分かる?」
「はい」
「属性が定まっていない間の『素の魔力』は透明だったり、薄い白色だったりすることが殆どなんだ」
……ってことは、現時点での私の魔力は無属性だってこと?
でもさっき絵本にかけた封印魔術を解除した時の魔力の色は、暗めの黄色に銀色の粒子が散りばめられた感じだったよ?
まぁ……失敗してロイアス兄さまに助けてもらったわけだけど。
「……でもにいさま。さっきえほんからもどそうとしたわたしのまりょくにはいろがありましたよ?」
「そうだね。レーンの魔力がイメージした雷と結びついたからだと思うよ」
「ぞくせいがないのにかみなりにむすびつくんですか?」
「それはレーンのイメージと魔力の相性がよかったからこそ起きた現象だと言える。何度も繰り返すようだけれど、魔法の発動はイメージとセンスに大きく作用されるからね。それと、他とは違うレーンの魔力の性質も関係しているんだろうね」
「わたしのまりょく……」
「とりあえず、詳しい部分は専門の先生についてもらってから調べていくことになると思うから、今は深く考えなくても大丈夫だよ」
「ロイにいさま……」
不安が滲み出ていたのか、兄さまが今は深く考えなくていいと諭してくれた。
きちんと専門的に魔法を学ぶまでは分からないことだから、と。
「それで? レーンは自分の魔力をどの色で塗りたい?」
「!」
「属性が定まっていないから、魔力がどんな色かまだ分からないしね。仮の色ということでレーンの好きな色で塗る?」
私の好きな色、か……それなら。
「あかがいいです!」
「それじゃ、赤で塗り潰してもらっていいかな?」
「はい!」
赤は思い入れがある色だから。
前世の親友だったあの子が大好きな色が赤だった。
私の大一番の勝負時に『勝利のお守り』だと言ってあの子が貸してくれたネックレスの飾りも赤いルビー。
何かと私を助けてくれたあの子に繋がる色が赤だったんだ。
だから、私も気付けば赤が好きになっていた。
あの子の好きな色に私も染まりたかったのかもしれない。
そう遠くも感じない前世のことを思い返しながら、女の子の人型のワンピースを模した部分を赤い色で埋めつくしていく中、私はふとあることに気が付いた。
────そういえば、ゲームのフローレンも赤い色のドレスや宝飾ばかり身につけていたな……
彼女の場合は、赤が好きだからという理由ではなくて、自分を一番良く魅せる色が赤だったからにすぎない。
自分をよく分かっているからこそのチョイスで、抜群のセンスも持ち合わせていた。
だけど……
────それが理由で婚約者である俺様殿下の機嫌を損ねちゃったんだっけ……
……っと。
今はゲームのことはいいや。
兄さまに魔力のことを説明してもらってる最中なんだから。
突然に浮かんだゲームのことを頭から追い払うように軽く首を振り、人型の色塗りに集中する。
濃くなりすぎないように軽いタッチでササッと塗り潰した女の子の人型は、ほんわりと暖かみのある赤い色に仕上がった。
これで『私の魔力が100%の図』も完成です。
「にいさまできました」
「うん。僕もレーンも魔力が100%の状態だね」
「はい!」
それぞれの人型の間に兄さまが『魔力100%』と書き入れるのを見て頷きます。
「次は魔力が消費した図にしたいから、もう一つずつ描いてもらえる?」
「はい!」
言われるままに男の子と女の子の人型を横に描いていきます。
簡単な記号みたいな絵だけれど、やっぱり描くのは楽しいです。
ニコニコとご機嫌な笑顔の私を見て兄さまが苦笑したのが分かりました。
「本当にレーンは楽しそうに描くよね」
「はい。とってもたのしいですから」
もうね、色鉛筆握ってるだけでワクワクものなんですよ。
次は何を描けばいいのか、その指示を待つ間もワクワクします。
「それじゃ次は大きな魔法を使ったと仮定して、魔力をかなり消費した状態を表す図にしてもらうよ」
「はい!」
まず描くのは兄さまの図。
だから色鉛筆を黒から水色へと持ち替えます。
その間に兄さまが人型の間に『魔力20%以下』と書き入れました。
「足の方から少しだけ色を塗ってもらっていいかな。両方ともね」
「はい!」
指示の通りに、男の子の人型の足元から色を塗っていきます。
────20%よりも少ない魔力の量なら、膝よりも下の位置くらいでやめるのがちょうどいいのかな……?
大体の感覚で色を塗り、同じように女の子の人型も、ワンピースの裾あたりにちょっとだけかかる感じの位置で色を塗っていきます。
「これでいいですか?」
「うん、見やすくていいね。レーンの言う通り色があった方が分かりやすいよ」
えへへ~、兄さまから褒められました。
嬉しくてついつい頬が緩んでしまいます。
「この先は魔力が自然回復していく流れを説明したいから、また続きを描いてもらえる?」
「はい!」
いくらでもどんどん描きますよ!
また一つずつ人型を横に描いていきます。
「そうだ、レーン。僕の図の方だけ二つ描き足してもらっていいかな?」
「ふたつですね!」
言われるままに男の子の人型の方を二つ追加しました。
こちらだけまだ何も塗られていない人型が三つ続いている状態です。
この三つを使って魔力が自然回復していく流れを説明するのだと兄さまは言います。
「それじゃ続けて説明していくよ」
「はい」
「まず、魔力を大量消費したこの状態の身体は、早急に失った魔力を回復しようと努める」
そう説明しながら兄さまが指差したのは二つ目の人型です。
「どれだけ魔力を消費したとしても、魔力の残量が全体の50%以下になれば、身体はほぼ強制的に短時間で50%の状態にまで魔力を集中回復させるんだ」
……すごいな。
ほぼ空っぽ状態になっても一気に半分くらい回復させちゃうんだ。
「これに半分だけ色をつけて」
「はい」
今までの人型の間ではなく、男の子の人型の上に兄さまが『魔力早急回復』と書き入れます。
補足として『50%まで』との追加記入つきです。
それから三つ目の人型から四つ目の人型に向けて矢印を書き込みました。
「魔力が50%までの状態になれば、あとは緩やかに時間をかけて回復していく。けれど、決して100%の状態にはならないんだ。大体は80%から90%の間くらいまでかな。それ以上回復することはない」
その説明を受けて、四つ目の人型に色を塗るように言われました。
80%から90%の間くらいなので、人型の頭の下部分あたりで塗るのをやめました。
例の如く兄さまが、男の子の人型の上に『魔力自然回復上限』と書き入れて、補足の『80%から90%まで』と付け足します。
ふむふむ、なるほど。
魔力の回復はこういう仕組みで行われているのか。
────だけど……自然回復で100%にならないのはどうしてなんだろう?
四つ目の人型を見つめながらそんなことを思っていると、察したように兄さまからこう問いかけられました。
「どうして100%まで回復しないのか、って思ってるね、レーン」
「!」
まさに抱いた疑問そのままを言われて驚きましたが、その通りだったので頷きます。
分かりやすく顔に出ていたのかもしれません。
「一定量を超えて回復しないのにはちゃんと理由があるんだ。既にレーンは己の身を以て体験しているけどね」
「! ……さっきの!」
「そう。何らかの理由で、自分自身の魔力を引き戻さなければならなくなった時、魔力が100%の状態では身体が魔力を受け入れられなくなってしまうんだ」
「じゃあ……あのときのわたし……」
「既に魔力が100%の状態だったんだろうね。普通はどんなに魔力を消費しても、自然回復で100%の状態になることは有り得ない」
「だから、いしつ……」
そこが人とは違う、私の魔力が異質だと言われた理由……?
「あくまでも僕の推察だし、それが正解かはハッキリとは分からない。専門の先生がついてきちんと自分の魔力の性質を理解するまではね」
『あくまでも推察』だとロイアス兄さまは言う。
けれど私は、それが答えなんじゃないかと思っている。
それくらい兄さまから受けた説明が納得できるものだったから。
「説明に戻ろうか」
「はい」
そう言われて、ノートへと視線を移します。
「通常は起きてから魔力を消費することがなければ魔力は100%のままだけれど、一度でも魔法を行使すれば大体はこの状態になる」
兄さまが指差したのは四つ目の人型です。
「そこから更に魔法を行使して魔力が消費されていくと……」
今度はペンを持って、四つ目の人型から矢印を二本描き出しました。
一つは三つ目の人型に、そしてもう一つは二つ目の人型へと向けられます。
「大量の魔力を消費した場合がこの二つ目の状態だね。それから、少量の魔力消費で余力がある場合がこっち」
とんとん、とそれぞれの人型をペンで指し示しながら説明が入ります。
「どちらの場合も、最初に説明した通りの流れで魔力は自然回復していくんだ」
魔力は、使っては回復し……というのを繰り返していくものらしい。
だけどどんなに自然回復を待っても100%にはならないんだとか。
「100%にするにはどうするんですか?」
「一晩寝ればいいんだ。起きた時は魔力が100%の状態に満ちているからね」
まるでRPGの宿屋で回復システムだな。
これほど分かりやすい例はないかもしれない。
つまりは魔力を使い尽くしたとしても、一晩寝て起きれば全快しているわけだ。
「これが僕の場合……というより、一般的な魔力回復の流れなわけだけど」
「わたしはちがうんですね」
「そうだね。レーンの場合は……回復速度が異常なくらいに早いと思われる。それと……」
「それと?」
「通常では有り得ないことだけれど、自然回復で魔力を100%の状態にしているみたいだ。それも緩やかにではなく、急激に」
兄さまが言うには、身体から魔力が失われたと同時に一気に回復に向かったんじゃないか、ということだった。
確かに封印魔術を使った時、魔力が絵本に流れ込んだ直後は軽い脱力状態になった。
でもすぐにそれも治まったから特に深くは考えてなかった。
もしこの脱力が魔力の大量消費を示していて、治まったことが魔力の回復によるものだったとしたなら、異常な早さの回復力というのも納得できる。
だけど……
────それが他の人と私が違う理由にはならないよね……
────命の危険を感じるレベルの問題でもないだろうし、急激に全てを回復する意味ってあるのかな?
そんなことを考えながらふと思った。
本当に、命の危険を感じたんじゃないか……って。
魔力を生命力と履き違えて、身体が本能的に危険を感じた。
だから短時間で一気に100%の状態にまで回復するに至った……とか?
────まさか、ね……
そんな危険があったなら、まず兄さまが黙っていない。
そんな風に思ったのはたぶん私の気のせいだ。
うん、そういうことにしておこう。
どこか引っかかるものを覚えながらも、私は無理やり自分をそう納得させることにしたのだった……─────