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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第五章 終わりと始まり
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第五章4 蟻地獄

 彼女を形容する言葉を探すとするなら、何になるのだろうか。

 容姿端麗、絶世の美女、傾城の美姫。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、なんて言葉もある。

 だがそのどれも、彼女の美しさを表すには至らない。他の誰かに当て嵌まる言葉では、到底彼女を称える言葉にはなり得なかった。


 彼女の名は、ヤシロサクラと言う。この世全ての美を集めて人の形に押しこんだら彼女になると思ってもらえば、大体合っている。心臓の弱い男は見るだけで昇天の可能性があるので注意されたい。


 そんな彼女でさえ、高校生である以上『イマジン鬼ごっこ』から逃れることはできなかった。

 触れただけで人間が消え去ってしまうという、恐ろしい鬼ごっこ。最後の一人になるまで続く命懸けの戦いに、多くの人間が倒れていった。


 しかし彼女はその持ち前の美貌と才能で、ここまで生き残ってきた。

 彼女の為に命を投げ出す男はごまんといる。それを彼女はよく理解していて、そして躊躇なく利用するのが彼女の人間性だった。

 それは正に、稀代の悪女といった風格である。人間性そこを差し引いても彼女に心酔する人間が後を絶たないのだから、もうどうしようもなかった。



 目の前で吠え猛る彼――ネヅツヨシもその一人だ。

 吹き荒れる本の嵐の中、彼は縦横無尽に駆け回っている。

 単純な自己強化の能力の彼は、元々高い身体能力を更に高めている。無軌道に動き回る本たちを掻い潜るのも、彼にとっては容易い事だった。


 彼が相手取っているのは、一見すると頼りなさげな男だ。身体は細く背は低く、眼鏡も知的と言うより貧弱な印象を強めている。

 しかしここまで勝ち残っている以上、見た目通りの弱い人間ではなく、何かしらの強みを持っている。ツヨシを相手にして未だに健在なのが、それを証明していた。


「うおおおおっ!」


 ツヨシは雄叫びを上げ、眼鏡の男に向かって右手を突き出す。


「直線的な動きだね。対処しやすくて助かるよ」


 しかし眼鏡の男は、最小限の動きでそれを躱す。

 ツヨシも反応して追撃をかけるが、それらも全て躱されてしまう。

 男は大して素早く動いている風にも見えないのに、攻撃は全く当たらない。

 どころか、飛び回る本にすら彼は一つも当たらないのだ。まるで、これから来るものを全て事前に知っているかのような動きである。


 男が右手を振り、ツヨシはそれを紙一重で躱して距離を取る。

 やはり素早くないのに、その攻撃はギリギリでしか躱せない。


「ちっ――」


 不可解な現象に、ツヨシが苛立たしげに声を上げる。

 そして仕切り直し、再び男に近付こうとした時――


「そこまでだ」


 凛とした声と――男が、降ってきた。


**************


 ――実は、一度やってみたかった。

 そんな事を思いながら、ユウは落ちていた。


 三階に居た彼は、『潮の広場』の吹き抜けを一直線に、一階に向けて落ちていく。

 ショッピングモールの吹き抜けを飛び降り、戦いに身を投じる。男なら一度は憧れたことのあるシチュエーションではないだろうか。


 落下しながら、襲い掛かってくる本たちを聖剣で斬って捨てる。本を斬るという行為に若干心が痛まないでもないが、襲ってくるのだから仕方がない。


「そこまでだ」


 そのまま戦う二人の男の間に着地し、ユウはそう言い放った。自分でも格好つけ過ぎかなと思うが、その台詞がなんだかしっくり来たのだ。

 それに遅れて、ユウに斬られてバラバラになった本の残骸が降り注ぐ。

 二人の男は、驚きを持ってその光景を見守った。


 そしてユウは、何の前触れも無く動いた。眼鏡の男に急接近し、剣を振り抜いたのだ。

 ユウは空中で、どちらが厄介そうか当たりを付けていた。結果として、能力の分からないそちらの方が危険だと判断したのだ。


「良い判断だね――でも、やっぱり直線的だ」


 しかしそれすらも、眼鏡の男は避けて見せた。そのまま数回に及んで、ユウの剣と男の身体がすれ違う。


「予知でもしてるような動きだな」


 ユウは一旦距離を取ると、そう呟く。


「うん、まあ似たようなものだね」


 眼鏡の男は、否定するでもなくそう答えた。上から見ていて気付いたが、彼の動きは初動が早過ぎる。動き自体が緩慢でも攻撃を躱せるのは、そういう理由だ。

 もう一方の男は動き自体が速く、おそらく単純な自己強化型の能力。だが、それならば今のユウは容易に対処できる。


「おいアンタ、俺に味方してくれるのか?」


 そしてその男の方が、ユウにそう訊ねた。


「今のところな。アイツの能力は分かるか?」


 それであっさり信じはしないだろうと思いつつも、ユウは正直に答えて質問を投げ返す。


「いや、分からない。けど、どうも動きを先読みされている気がする」


 しかし男はあっさりと信じた様子で、ユウの問に素直に答える。

 ――能力の選び方と言い、ミコトレベルの単純さだな。

 ユウは心の中でそう思いつつも、今は説明の手間が省けたことを喜ぶことにした。


「そうだな……よし」


 そして方針を決め、呟くと即実行に移す。


「エクスカリバー!」


 唐突な当たり前のぶっ放しエクスカリバー。できるだけ挙動を少なく、眼鏡の男の右腕を斬り落とすつもりで。


 しかし彼はやはり先んじて動いており、光の斬撃は彼の横を通り過ぎていった。


「うわ、本当に出た。すごいな」

「それはこっちのセリフだ。今のも先読みしたのか?」


 珍しい物を見て面白がっている風な彼に、ユウは呆れにも近い感情でそう問いかける。


「うん、何かを撃ち出す時の構えだった。後はちゃんと見てれば、狙いどころは分かるよ。まさか本当に何か出るとは思ってなかったけど」


 「カッコいいねえ、それ」と目を輝かせる彼に「まあな」とユウは返す。

 しかし、内心は割と焦っている。今のをあっさり躱されるとなると、彼を気絶させたり捕まえたりするのはかなり難しい。

 だが同時に、彼の台詞が一つヒントにもなった。


「うーん……アンタ、名前は?」


 と、ユウはこちらに居る方の男に声を掛ける。

 初対面の、現状味方してくれている人間に対してタメ口かつアンタ呼ばわり。普段ならしないことだが、なんだか彼に関しては別に構わない気がした。


「ん? ああ、ツヨシだ。アンタは?」


 やはりというか、彼も気にする様子なくそれに答える。


「ユウだ。ちなみにあの人はアンタの仲間? この本はあの人の能力ってことでいいのかな」

「おう」


 離れた位置に居る、本の渦の中心に居る女性を顎で示してユウが訊ねる。

 ツヨシは頷いてそれに答えると、数秒うっとりした目を彼女に向けた。どうやら、彼が頑張る理由はそれらしい。


「そうか……眼鏡の相方は? 見てないのか?」

「ああ、それはもう倒した」


 もう一つ気になる点を訊ねると、彼は何でもない風にそう答えた。


「……そうか」


 ユウは思うところがあったが、今は一番・・厄介であろう男を倒すことに集中する。


「よし、じゃあツヨシ。五秒稼いでもらっていいか?」

「余裕すぎるな」


 そしてユウが頼むと、ツヨシは力強い声で答えてくれた。

 彼が前に踏み出すのを見て、ユウは横へと駆け出す。


 眼鏡がユウの狙いに気付いて駆け出すが、ツヨシによって阻まれたのが横目で見えた。

 そのまま風のようにユウは走り、広場の目の前にあった店に入っていく。


 これまた有名なチェーン店の本屋――だが、本棚の中身がすっからかんだった。おそらくというか間違いなく、外の本はここから来ているのだろう。


 ユウは並び立つ本棚の一つに回り込むと、剣を引いて構え全神経を集中した。

 目を閉じて視覚を遮断し、聖剣が引き上げてくれる他の感覚に身を委ねる。すると聴覚が、触覚が、嗅覚が、外で戦っている二人の位置を正確に知らせてくれる。


 ――そこだ。


「エクスカリバー・ミニマム!」


 勝手に技名を付け、ユウはその場で突きを放つ。

 迸る光はユウの狙い通り、真っ直ぐな筋となって障害物を突き抜けた。


 見るまでも無く、強化された聴覚がうめき声を拾い上げた。凝縮された光の一撃は、狙い違わず眼鏡の膝を撃ち抜いたようだった。

 ツヨシを巻き込まず、かつ男の機動力を削ぐ一撃。それが彼に当たったのは――


「お前が先読みできるのは、目に見えている物だけ――そうだろ?」


 だから、死角からの攻撃は避けられない。おそらく少しでも攻撃の予兆が見えたら躱せるのだろうが、障害物をぶち抜く一撃は完全に目視不可能だ。


「待て、ツヨシ! ソイツを消すな!」


 そしてユウは叫びながら、店を飛び出す。

 このゲームで、隙を見せた敵を消さないという選択肢は基本的にあり得ない。怪訝な顔をするツヨシだが、一応止まってこちらの言うことを聞いてくれるようだ。


「再生する前にとりあえず気絶させる。ちょっと退いて――」


 二人の近くに駆け寄ったユウがそう言うが、それは途中で途切れた。

 何故なら――


「今のを防ぐのか。本当に強いな」


 隣に立ったツヨシが、唐突にユウに向かって右手を突き出したからだ。

 歯を剥いて語る彼の右手を剣で防ぎながら、至近距離で睨み合う。


「どうして、とか聞いてみてもいいか?」

「ふん、分かってるんだろ? 元々俺らはグルなんだよ。逆に、何で気が付いたのか教えてほしいもんだ」


 答を予測済みの問を投げたユウに、ツヨシは予測通りの言葉を返す。

 そう、ユウはある程度この事態を予測していた。彼らが戦っているフリをして、他の参加者の乱入を待っているということを。

 自作自演の戦闘に巻き込み、油断したところを叩く――蟻地獄のような汚いトラップだな、とユウは思う。本の渦がそのイメージを持たせたのかもしれない。


 その罠が分かった理由はいくつかあるが、例えば――


「お前がまだ消えてないからだよ。あんな雑な戦い方、眼鏡が本気なら二秒でやられるわ」


 ツヨシに向けてそう指摘し、挑発的な笑みを投げてやった。

 彼はユウの狙い通り苛立ち、剣を掴む右手に力が入るのが分かった。


「眼鏡。お前の能力は、目に入ったものの次の動きを予測するとかだろ」

「頭も良いんだね。そうだよ」


 そんなツヨシを無視して眼鏡の男に向かってそう投げると、彼は痛みに顔をしかめながらも変わらない調子の声で答える。


「『高速演算』。触れた人間を天才にする能力と思ってもらえれば合ってる。見えた物全ての動きを計算できるけど、君の言う通り見えてなければ計算もできない」


 ご丁寧に説明まで付けてくれたお蔭で、正確にその能力を把握する。

 このゲームにおいて、自身の能力を明かすことは基本的には下策中の下策だが。


「油断が過ぎるんじゃないか、とか思ったか?」


 ユウの思ったことを、ツヨシが先に口にした――その頬を、ニヤリと釣り上げて。


「そうだな」

「ツヨシ!」


 ユウはそれに答えつつ、素早くツヨシを蹴り飛ばした。手加減しなかったので、血反吐を吐きながら彼は遠くへ吹き飛んでいく。

 挙動を読んでいたらしい眼鏡が叫んでいたが、彼も動けなかったので当然どうしようもない。


「で、もう一つ言っておくとだ」


 そしてユウはそう言い放ち――不意にその場で振り返ると、何も無い空間に剣を振り抜く。

 しかし剣は何かを捉え、鈍い音を立ててそれ・・を打ちのめした。ドサリという音がユウの足元から聞こえ、眼鏡が唖然としてそれを見ている。


「な――」

「お前らの油断の原因も分かってたよ」


 ユウは今しがた自分が打ち倒したものを足蹴にしながら、そう言ってのけた。


「いつから……!」

「最初から。透明になるだけ・・の能力で隠れたつもりになってるなんて、それこそ油断が過ぎるって話だ」


 眼鏡が歯を食いしばって訊ねるが、答えるのすら馬鹿馬鹿しい。

 こちとら、認識不可能な相手と戦った経験があるのだ。しかも今のユウは、聖剣による超感覚状態。見えない人間が居ることくらい、手に取るように分かる。


 そしてこれが、ユウが彼らの企みに気付いた最大の理由だった。

 ユウはこの広場に降り立った瞬間から、その存在に気が付いていたのだ。だから、「眼鏡の相方は」という問に即座に「消した」と答えたツヨシの言葉が、嘘だと分かっていた。

 そこまで分かれば、残りを推理するのはそう難しくない。


「化物め……!」


 遠くでツヨシがそう呻くのを聞き、ユウは驚く。

 まさかこのゲームで、その言葉を自分に向けられる時が来るとは。今まで目にしてきた『化物』たちのことを思い浮かべ、ユウはふっと笑う。


「まさか。俺は化物の真似をしてるだけの、ただの人間だよ」


 本物の化物たちと比べたら、ユウなど足元に及ぶべくもない。彼らの強さを真似できる能力を、たまたま持っていただけだ。

 そして言いつつ、足元で気絶している見えないもう一人を、脚に力を込めて滑らせる。


「ミコト、足元に左手を着け!」


 丁度そのタイミングで、エスカレーターをえっちらおっちら駆け下りてきたミコトが現れた。

 ミコトが反射的に指示に従って、顔をしかめる。目に見えない、なんだかぐにっとする何かに触れたら、そんな顔にもなるだろう。


 だが、顔を上げたミコトと目を合わせるだけで、彼はユウの意図を理解する。


「『強制退場』」


 その一声で、そこには一人の男が現れた。退場が成立し、能力が解除されたのだ。


「さて、これで三対二。そっちのお姉さんも、いい加減真面目に戦うのかな?」

「えっと、ユウくん? これどういう状況?」

「相手は四人パーティー、うち一人はお前が退場させたソイツ! 以上!」


 カッコよく挑発を決めたと思ったユウだったが、状況を掴めていないミコトの気の抜けた問に邪魔されてしまった。

 投げやりにまとめて説明するが、ミコトは首を捻るばかりだ。


「あそこで倒れてる眼鏡、見えてる物の動きを先読みする能力。あっちで呻いてるヤツ、あれは単純な強化型脳筋プレイ。で、あの女だけ能力不明。この本を操ってる模様」


 仕方なしにミコトの元まで歩み寄り、簡単に相手の紹介を済ませる。


「で、戦ってるフリして他の参加者を誘き寄せてたって訳らしい。今から倒します。質問は?」

「ありません!」


 状況とやることをはっきりさせると、ミコトは大きな声で返事をした。元気が良くて大変よろしい。


「……何をしているんですか?」


 そんな中、女がふと声を上げた。その声は静かなのに、聞く者を竦み上がらせるような何かを持っている。


「勝手にやられていいなんて、私は言っていませんが。いい加減、その目障りな男を消してくれるかしら」

「すっ、すみませんサクラ様!」

「今すぐに!」


 その声に、男二人は慌てて立ち上がる。

 二人とも、怪我は癒えきっていないはずだが。


「何だ、あれ」

「お姫様? っていうか、女王様?」


 ユウが薄気味悪さからそう声を上げると、ミコトは益体も無いことを口にする。

 しかし案外、的を射ているかもしれない。彼らは、女王に傅く兵士。女王の為なら痛みも何のその、軽々と限界を突破する――そんな気がした。


「第二ラウンド開始か――気を引き締めていくぞ、ミコト」

「了解!」



 もしかすると、強敵なのかもしれない――。

 ユウは気合を入れ直すと、聖剣をしっかりと構え直した。

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