第五章3 受け継いだ力
ずっと、考えていた。
「『強制退場』には先がある」――ユウキが遺した、その言葉の意味を。
『強制退場』――触れた参加者を『イマジン鬼ごっこ』から除外する能力。
それに先がある、とはどういう意味なのか。
きっかけは、第四ゲームの終わり際だった。
エイタたちが隠していた、大量の『宝』の山。あれを見た時のアカリとリョウカの発言が、ミコトの中にあった引っ掛かりを自覚させた。
「コピーとかじゃないもんね……」
「ヨリミチさんの能力なら機能までコピーされてるだろうけど……」
ヨリミチの、『コピー』。
その言葉で、ミコトは未だに解決していない疑問があると思い出したのだ。
あれは第三ゲーム終盤。茫然自失となっていたミコトが、アカリによって自分を取り戻した後のこと。その時襲い掛かってきていたのは、マナカ兄弟だった。
弟のキヨフサの能力は『針小棒大』、触れた物体の大きさを自由自在に変える能力。
そして、兄のヨリミチの能力が――『大同小異』といって、触れた物体と全く同じ物体を創り出す能力だった。
最初は巨大化したキヨフサの攻撃を受け、結果ミコトが退場させることで倒した。
しかし、そこで奇妙な出来事が起こったのだ。
退場したはずのキヨフサが、跡形も無く消えたのである。
その時消えたキヨフサは、実はヨリミチの能力で創られたコピーだった。
その後直接ヨリミチと対峙した時も、彼の創り出したコピーを退場させる度、それは消え去っていた。
しかし結局、その理屈は判明していないままだ。
例えば、ミコトの能力が正常にヨリミチに発動していたとしよう。
退場させた人物の能力と、それによって生み出された物は、その瞬間に消え去る。それは今までの戦いから分かっていることだ。
しかしだとすれば、その瞬間に触れていない方のヨリミチが消えなければおかしい。そして残るのは、退場したヨリミチが一人のはずだ。
つまりあの時、ミコトの能力は正常に働いていなかった。いや、イレギュラーな働き方をしていた、と見るべきだ。
ヨリミチの能力で創り出されたコピー。それは『どちらも本物』だと、彼は言っていた。
しかし逆に言えば――『どちらも偽物』だとも言えるのではないだろうか。
リョウカが片方の彼の動きを止めた時、もう一人の彼は意図的に止められた自分を消し去っていた。それはつまり、その瞬間にそちらを『偽物』だと決めたということだ。
ということは。
ミコトが退場させていたのは、『偽物』のヨリミチだ。
最初に退場させたキヨフサももちろん、『偽物』のキヨフサだったことになる。
『コピー』の方を退場させると消える――その事実が意味するところは。
そこまで考えて、ミコトは一つ、自分の大きな見落としに気が付いたのだった。
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「いやあ、そもそも、前提が間違ってたんですよ」
ミコトは目の前の大きなロボットを見上げながらそう話しかけた。話が通じるようには見えないが、独り言のようなものなので問題は無い。
「僕の能力は、参加者にしか効かないものだと思ってた。だけど、そうじゃないとすれば?」
ミコトは、自分の能力を『触れた参加者をゲームから除外する能力』と認識していた。
そもそも、その認識がおそらく間違っていたのだ。
ロボットは、歩きながら喋るミコトを他所に、軽快なステップを踏み始める。
重たい金属音を立てながら、軽やかに右へ左へ。
「例えばハナちゃんの能力だって、ハナちゃん自身『人を元気にする能力』だと思ってた。でも第二ゲームで、ハナちゃんは人じゃないものに能力を使ってる」
あの時は、能力で生み出された生き物に能力が発動したのだ。それが勝利に繋がりもした。
つまり、本人がどう能力を定義しようとも。
何かに触れた時、能力は常に発動できるのだ。そして、それに見合った効果をもたらす。
ミコトは尚も喋りながら、一歩ずつロボットに近付いていく。
「ハナちゃんの能力は、物に使っても意味が無いかもしれない。でも、僕の能力を物に掛けたら――さて、どうなるでしょう」
ミコトがニヤリと笑ってそう言った瞬間、ロボットは素早く動いた。
射程圏内に入ったミコトに対し、鋭く踏み込んで拳を振り下ろしたのだ。
「――『強制退場』!」
ミコトは叫びながら、ロボットと真っ向から打ち合うように左手を突き出す。
質量の差はそのまま破壊力の差。受け止められるはずはない。
だが――
「――こうなるんですよ」
次の瞬間、ミコトに触れた拳が消え去った。
後に残されたのは、空中に浮かぶUFOキャッチャーの筐体である。
つまり――ミコトが物に能力を発動した場合。
それに掛けられていた能力が消えるのだ。能力によって創り出された物であれば、それそのものが消え去る。
左手の能力は、『イマジン鬼ごっこ』特有の――象徴と言うべきものだ。それの対象になった物体は、一時的にこの鬼ごっこに『参加している』と言える。
だから、それが『退場』するということは、能力の影響から逃れるということに他ならない。
これが、ユウキの言っていた『先』。
彼から受け継いだ、武器と能力。エクスカリバーが『最強の矛』だとするなら――『最強の盾』となる力だ。
「……って、」
と、上を見上げていたミコトは、一つの事実に気が付く。
『退場』した結果、頭上三メートルに放り出されたUFOキャッチャー。それは当然、落下する。
その下に居る人物、それはミコト。
――あ、やばい、死ぬ。
「『エクス』……」
しかしその時、横から足音と声が聞こえた。
「『カリバー』!!」
そして次の叫びと共に――横から光の奔流がUFOキャッチャーを飲み込んだ。
ユウキが使っていた、聖剣の名を叫びながらの光る斬撃。
ユウの放ったそれは、UFOキャッチャーを跡形も無く消し飛ばしていた。
ミコトはだらだらと額から流れる冷や汗を拭い、ユウに感謝を告げる。
「あ、ありがとうユウくん……あの男の人は?」
「のした」
そして訊ねた疑問に、ユウは一言であっさりと答えた。彼の来た方をチラと覗いてみれば、男は哀れにも気絶して転がされていた。
「うわお」
「今のうちにさっさと退場させとこう」
「大丈夫なの? 治るまで待った方が……」
「大丈夫、軽い脳震盪だ。感覚が研ぎ澄まされてるから相手の状態まで手に取るように分かる」
軽いやり取りで、改めて聖剣の能力が反則級だと思い知らされる。確かにユウキもガンガン敵を気絶させて退場させていたが、あれはそういう確信の元でやっていたのだと今さら理解した。
そして納得したミコトは彼に歩み寄り、無事に退場を成立させた。
「――これでよし」
立ち上がったミコトが、そう言った時。
「セツナから離れて!」
高く鋭い声が響き、ゲームセンターから人が飛び出してきた。
女性だ。おそらく、今退場させた男の仲間。
その手にはハサミが握られており、叫んだ彼女はそれをミコトたちの方に放り投げる。仲間が気絶していたら、当然助けに入るだろう。
山なりに飛んだそれは、しかしその頂点で急旋回して速度を上げた。
そして真っ直ぐに、ミコトの心臓目掛けて空気を切り裂く。
「ユウくん!」
「任せろ」
ミコトが助けを求めると、ユウは聖剣でその攻撃を容易く跳ね返した。しかし――
「!」
ハサミは空中で不可解な挙動を取った挙句、再びミコトに向かって突き進んでくる。
「ちっ!」
ユウが何度弾いても、ハサミは何度もミコトを襲う。今のユウならひと思いに叩き斬ることも可能だが、それでも追尾が止まらない可能性もある。
「ちょ、待ってください! 誤解です!」
ミコトは何とか攻撃を止めてもらおうとするが、彼女は必死で聞く耳を持っていないようだ。
こういう時こそ――
「ユウくん、叩き落とせる!?」
「今、やろうと、思ってた――とこだ!」
ミコトの注文に、ユウはすぐに答えた。
一言ごとにハサミを弾き、最後の一撃で地面に叩きつけた。
そして再び動き出す前に、ミコトがそれを捕まえる。
「『強制退場』!」
能力を発動すると、ハサミはピタリと動きを止めた。
当然だが、現れた女性の能力で動いていたらしい。どんな能力か知らないが相性抜群、ミコトにとっては格好の実験台だ。
「待った! 話を聞いてください!」
驚きを浮かべつつもすぐ次の攻撃の準備をする彼女に、ミコトは両手を上げてそう叫んだ。
その声が通じたのか、はたまた動きから戦意の無さを察したのか。
次の物を投げようと振りかぶっていた彼女は、怪訝な顔でこちらを窺った。
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何とか事情を説明して納得してもらい、ミコトは無事に彼女も退場させることができた。
第五ゲーム初戦は、ユウキから受け継いだ力を発揮した、二人の文句なしの勝利だ。
「さて、次だけど――」
「『潮の広場』に行こう!」
ユウの言葉を遮って、ミコトはそう提案した。
戦いの前に見たスキャンの結果で、そこが戦闘中だと分かっていたからだ。一刻も早く行って、戦いを止めなければ。
「ユウくん?」
しかし、ユウがきょとんとした表情を浮かべているのを見てミコトは首を捻る。
彼なら当然、同じ結論に辿り着くと思っていたのだが。
「ああ、いや、基本的には賛成だけど。お前もしかして、umi以外見てないんじゃないだろうな」
「う……だって、十五秒しかないし……」
ユウにそう訊ねられれば、ミコトは言葉も無い。実際、十五秒でマップの端から端までチェックする余裕はミコトには無かった。
「確かに『潮の広場』では今、誰かが戦ってる。でも――アウトレットの方で、凄い勢いで点が消えてた」
「え……」
そんなミコトに、ユウは衝撃の事実を告げた。点が消えるということは、取りも直さず人が消されていると言うことだ。
その重大な事態を見落としていたという事実に、ミコトは思わず言葉を失う。
「あの速さは、まず間違いなくツカサだと思う」
「そんな……じゃあ、どうする?」
ユウの不思議そうな顔はそういう理由だ。ミコトがそれを見ていたなら、間違いなくそちらに行こうと提案しただろう。
そして聞いてしまった以上、どちらに行くべきかミコトは思い悩むことになる。
「いや、ミコトの言う通り『潮の広場』に行くのがベストだ。ツカサの相手をしてたら、その間に他の参加者はほとんど消えてるよ。だったら、先にそっちを退場させておく方がいい」
しかしユウは、揺ぎない口調でそう答えた。
彼の言うとおり、ツカサとの戦いには全霊を以って臨む必要がある。おそらく今までで最も激しい戦いになるのは間違いなく、長期戦になる可能性も高い。
「幸いツカサはyama方面に進んでるみたいだったから、まだかち合う心配は薄いしな。リョウカたちに連絡して『潮の広場』に向かおう」
「……わかった。急ごう!」
ユウの中では『ツカサとの戦闘に横槍を入れられるのはまずい』という打算的な思考もあったが、それはミコトの知らないことだった。
彼の提案に納得したミコトは頷いて答え、二人は『潮の広場』へと走り出した。
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『潮の広場』に辿り着いて最初に見えたのは――大量に飛び交う本だった。
小説、漫画、写真集、週刊誌、参考書。ありとあらゆる種類とサイズの本たちが、広場を縦横無尽に旋回しているのだ。
下の方では、どうやら誰かに向かって飛びかかっているらしいものも居る。
「どういうことだ?」
左手の能力は、触れた物体にしか働かない。となると、この本たちが奇怪な鳥のように飛び回っていることの説明が付かない。
一つ一つに能力が掛かっているとするなら、本と同じだけの人間が居ることになってしまう。
もう第五ゲームにもなるというのに、まだまだ未知の能力が出てくる。人間の想像力は十人十色だなと、自分の身に害がなければ感動すらしそうなものだが。
「うわっ」
隣でミコトが情けない声を上げ、自分に向かって飛んできた本からのけぞって逃げる。
うっかりすると激突されそうになるので、おちおち考えることもできない。
「よっ」
考えているだけでは埒が明かないので、ユウは自分に向かって飛んできた本を聖剣で叩き落とした。
「ミコト、コイツを退場させてみてくれ」
「あ、うん」
ユウの手の中でバサバサと暴れるそれを、ミコトは言われた通り退場させた。
だが――
「――どういうことだ?」
本は一瞬沈黙したものの、すぐに元気に暴れ出した。手を離すと飛び去って、そのまま群れに戻っていく。
「ユウくん――」
「ああ、分かってる」
それがどういう現象か、まだ何も分からない。
だが、今こうしている間にも下では戦いが起こっているのだ。未知の能力が相手でも、行くしかない。
「最悪全部吹っ飛ばせばいいしな」
「なんか考え方雑になってきてない?」
ユウの言い草に、ミコトはもっともなツッコミを入れる。
「でも、そうだね。防御は任せて」
しかしその後、ミコトはやる気に満ちた笑顔でそう言った。
役に立てることが嬉しくて仕方がない、という様子に、ユウは薄く微笑んで頷く。
「ああ、任せる。――よし、行くぞ!」
ユウの合図と共に、二人は次の戦いへと身を投じた。




