表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
80/103

第四章21 最後まで

 しばらく経った後、落ち着いたマレイは四人から少し離れた場所に座り込んでいた。

 ただし、落ち着いたと言うよりは『落ち着かせた』と言うのが正しい。


 本来であればそっとしておいて、好きなだけ泣かせてやりたいところだ。しかし、ゲームはまだ終わっていない。幸いにも当たりに人の気配は無いが、他の参加者が来たら戦闘になる可能性が非常に高いのだ。

 そんな状況に、退場したマレイを――泣いている女の子を置いていくことなんて、できるはずもなかった。


 だからアカリの能力で、彼女を元気付けてもらったのだ。アカリの能力を以てしても中々泣き止まなかったのが、彼女の悲しみの深さを物語っていた。


 こういうとき、アカリが居て良かったとミコトは思う。

 ミコトにできるのは、参加者を退場させることだけだ。退場させたその後で、ミコトがその人にしてあげられることは何も無い。たとえその人が、どれだけ心に傷を負っていたとしても。


 普段はあまり出番はない。しかし、ここぞというときに役に立つ、誰よりも優しい能力。

 彼女が居なかったら、ここまで戦ってこれなかっただろうとミコトは思う。


「……ごめん」


 マレイは不意に、ぶっきらぼうにそう言った。膝を抱えたまま前を向いているので、一瞬誰に向けての言葉か分からなかった。


「八つ当たりして。痛かったでしょ……?」


 続いた言葉で、それはどうやらユウに向けられたものらしいと判明した。

 ミコトがちらりと窺った彼女の表情は気まずそうだし、気恥ずかしそうだ。


 何しろ、喚き散らしながら馬乗りになって散々殴った挙句、その胸で滾々こんこんと泣き続けていたのだ。それはもう、乙女としては恥の極致だろう。


「いえ……怪我はすぐに治りますし」

「美少女に馬乗りされるなんて、ある意味ご褒美ですしね」


 やはり気まずそうに、気恥ずかしそうに答えるユウの横から、リョウカがじっとりした視線と共にやけに冷たい言葉を投げた。

 よく聞けば、その言葉は敬語に戻っている。『これはもしや』とミコトの下世話な部分が心の中でむくりと首をもたげるが、追求したい衝動をどうにか堪えきった。


「まあ、そういうことでひとつ。……そんなことより、いい加減ゴールしよう。いつ誰が来たっておかしくないんだから」


 しかしユウはそれに頓着する様子も無く――内心はどうか知らないが、少なくとも外聞は保って――、適当に流すと話題を変えた。

 横でリョウカが若干むすっとした顔をしているのが、ミコトにはよく分かった。


「マレイさん、もう動けますよね? ここから離れて、どこか屋内に避難しておいてください。もしかすると、次の戦場はここかもしれないので」

「うん、分かった」


 ユウの言葉に、マレイは素直に頷いて答えると立ち上がった。それを確認して、ユウはミコトたちを振り返る。


「じゃあ、俺たちはゴールしよう。最初はミコトからで、次は――」

「ユウくんだよ」

「ユウくんだね」

「ユウだよ」


 三人が揃って、ユウの言葉を遮った。第三ゲームでも似たようなやり取りがあったなあと、ミコトは少し笑う。


「お前ら……今度は下手したら、俺がゴールした瞬間に消えるかもしれないんだぞ?」


 ユウは若干呆れた様子で、三人にそう言い含める。

 確かに、今回は六十四人がゴールした時点で残りの参加者は消えてしまう。もしミコトやユウが六十四人目だった場合、二人がゴールした瞬間に消えてしまう可能性があるのだ。


 しかし誰も結論は変えず、分かってるとばかりに頷いた。


「ユウくんが居なきゃ戦えないって、前にも言ったでしょ?」


 ミコトは再び、ユウに向かってそう告げる。


 もちろん、ミコトが一番守りたいのはアカリだ。だが、アカリと二人きりではまず間違いなく勝ち残れない。

 それはアカリだってきっと分かっていて、彼女がそれを望まないことをミコトも分かっている。

 アカリはミコトに助けてほしい訳ではない。ミコトを助けたいのだ。たとえ戦えなくとも、力は無くとも。

 彼女は、そういう人間なのだ。


「うんうん。それに消えちゃっても、ミコトくんが一番になって助けてくれるでしょ? 確かに、少し怖いけど……信じてるから」


 ミコトの思った通りの言葉を、アカリは口にする。その期待は重たいが、むしろ力の湧く重たさだった。

 真っ直ぐに信頼の眼差しを向ける彼女と目を合わせ、ミコトは力強く頷く。


「うん。そのためにも、ユウが行ってくれなきゃ困るよ」


 そしてリョウカは、ユウを見ながらそう言った。そこにはアカリの目と同じく、絶対的な信頼の光が宿っていた。


「……そうだな」


 ユウは何とも言えない表情を浮かべ、それだけを口にした。照れているのか、居心地悪そうに身じろぎして。



「よし。じゃあミコト、行ってくれ」


 ユウはそう言うと、ミコトの背中を左手で軽く叩いた。ミコトはそのまま数歩前に進み出て、像の前に立つとそれを見上げる。


「――みんな!」


 と、不意にマレイの声が響く。ミコトが振り返ると、彼女は全員に向けてこう言った。


「絶対、ユウキを――みんなを助けて」


 それを聞いて、全員が厳かに、力強く頷いた。

 言われるまでも無い。ここまで来たら、最後まで勝ち残るしかない。そして、願いを叶えるのだ。


「それから、あのスカした野郎を……思いっきり、ぶん殴っといてよね!」

「はい、必ず!」


 気丈にも笑みを浮かべながら、マレイはそんなことを言ってみせた。殺すでも、消すでもなく。

 その気概に応え、ミコトも柄にもなく気を張った声を出す。


 そして、像に向き直ると――ゆっくりと手を触れた。

 全身がぼうっと光り、身体が徐々に薄くなり始める。


「それじゃあ、みんな――また後で!」


 白んでいく視界の中、ミコトは仲間たちにそう言った。

 定員の六十四人という数字に、一抹の不安は残る。だが、きっと大丈夫だと言い聞かせて。

 それから――


「マレイさん! あなたたちと会えてよかった!」


 ミコトは消えゆく直前、そう言い残した。

 ユウキが残した言葉は、ミコトの中で今、一つの希望となって燃えている。

 この炎が本物なら――ミコトは次のゲームも戦い抜けると、そう思った。最後の最後まで、彼はミコトの力となってくれたのだ。

 それを少しでも、マレイに伝えたかった。


 マレイがその言葉に、再び少し目を潤ませる。

 しかし間違いなく、笑顔を浮かべたのを見ながら――ミコトの視界は、真っ白に染まっていった。


*************


 その後、少し躊躇いながらユウが続いてゴールを果たした。


「大丈夫、みたいだね……?」

「うん……」


 しばらく不安げに顔を見合わせるアカリとリョウカだったが、二人の身体は依然として存在していた。アカリはそこで、ほぅっと一息吐いた。


「じゃあ、次はアカリだね。ミコトのことを考えるなら」


 先んじてそう言ったのはリョウカの方だ。性格的にどちらも先を譲るのは明白だったが、彼女の方が一歩早かった。


「――ううん。先に行くのはリョウカちゃんだよ」


 だが、アカリはゆるゆると首を横に振るとそう告げた。


「気にしなくても、戦力的にはユウが居れば十分だよ。それよりも、ここからは気持ちの方が大事だと思う」


 リョウカはそれを、これからの戦いを考えての言葉と受け取ったようだった。確かに、客観的に見ればリョウカの方が戦力としては大きい。

 もちろんそれもあるが、アカリの真意はそこには無かった。


「違うの。ミコトくんは、もう私が居なくたって大丈夫」


 ミコトは、過去と向き合った。向き合って、そして前を向いたのだ。

 彼はアカリを守るために戦うと、そう言ってくれた。

 しかし、それはきっかけに過ぎなかった。彼はもう希望を、意志を、覚悟を、自分の腹にしっかり落とし込んでいる。


「でも――ユウくんには、リョウカちゃんが必要だよ」

「え……?」


 アカリが続けた言葉に、リョウカが疑問の声を上げた。


「ユウに……私が……?」


 困惑して――しかし、少し顔を赤らめて。

 訊ねるリョウカに、アカリは頷いて答えた。


「うん。じゃないと、なんか……ユウくんが、どっかに行っちゃう気がしたの」


 根拠は無い。確証も無い。

 だが、何故か強くそう思ったのだ。ユウはまだ、何かを抱えている――そんな風に。


「それは……分からなくは、ないかな……」


 すると、リョウカもそう言った。そうでないかと思っていたが、やはりリョウカも薄々勘付いていたらしい。


「何かはっきりとある訳じゃなくて……上手くは、言えないんだけど……」


 アカリと同じように、リョウカもモヤモヤした何かを感じているらしかった。


「こういうとき、便利な言葉があるよ」


 言い淀む彼女に、アカリは悪戯っぽく笑いかける。


「なに?」


 訊ねられ、アカリは渾身のドヤ顔を決めた。


「女の勘、ってヤツだよ」


 一瞬、ポカンとリョウカはアカリを見た。

 しかしすぐに、ふっと表情を緩め笑い出した。


「――そうだね。二人分の女の勘だもん、きっと当たってるよ」


 そうして二人で、ひとしきり笑った後。


「だから、ね? 先に行って」


 真剣な眼差しで、アカリはそう言った。

 その表情には決意が表れていて、リョウカは彼女の言い分を認めた。


「……分かった」


 そう答えると、像の元へ歩み寄る。


「じゃあ……行くよ」

「うん」


 リョウカが最後にそう言って、アカリは答を返す。

 そして、リョウカが像に触れた。


「アカリ――また、あとで」

「うん」


 消えゆくリョウカの言葉に、同じ答を繰り返す。アカリは、ここで消えたとしても構わないとさえ思った。何故なら、もう全てを仲間たちに託してある。

 だから、笑顔で見送った。薄らいでいくリョウカの姿を見つめ、穏やかな気持ちで。


 ――そして、リョウカは完全に消え去った。



「――……消えない」


 そこから、たっぷり十秒は固まっていた。

 だがアカリの身体には何ら異変はなく、今尚しっかりと存在していた。


「よかったじゃない」


 二人のやり取りをずっと黙って見守っていたマレイが、不意にそう言った。


「……はい」


 消えなかったのはもちろん嬉しいが、覚悟を決めていただけに拍子抜けではある。

 そんな微妙な心境が顔に出ていたのだろう、マレイが呆れ顔で話しかけてくる。


「もう、ちゃんと喜びなさいよ。これでまた、ミコトと一緒に居られるでしょ?」

「……はい!」


 そう言われて、単純なアカリはあっという間に喜びを溢れさせた。その分かりやすさに、マレイも思わず笑みを漏らす。


「ほら、早く行ったら? 待ってると思うわよ」

「はい、ありがとうございます! マレイさんも、気を付けてくださいね!」


 優しい声で背を押してくれるマレイに、アカリは感謝を告げた。

 そして待ちきれず、すぐに像に手を押し当てる。こうなると、一秒でも早くミコトに会いたくて仕方が無かった。


「――ハナちゃん!」


 と、身体が薄らいでいく中、マレイの声が聞こえて振り返る。

 すると彼女は、優しげな表情で、でも悲しげに目を潤ませて。


「アンタは、最後までミコトの傍に居るんだよ!」


 ――そう言った。

 それは彼女が果たせなかった願いで、どうしようもなく溢れた思いで。

 アカリには、それを叶えるチャンスが与えられたのだ。


「――はい!」


 彼女の分まで、なんて、おこがましいけれど。

 絶対に離れまいと固く決意し、凛とした声で返事をした。


 満足げに微笑むマレイの姿が最後に映り――アカリの視界は、白く埋め尽くされた。



 ユウキの言葉は、ミコトの胸に。マレイの言葉は、アカリの胸に。それぞれ希望を灯してくれた。

 最後まで力になってくれた、二人の思いを引き継いで――


 ミコトたちは、第四ゲームを勝ち抜いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ