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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章20 激闘の果て

 劇的な戦いには、劇的な決着が待っているものだ――多くの人はそう思うことだろう。激しい戦いの末、お互いの死力を振り絞り、最後の最後、僅かな差で勝利を勝ち取る。


 だが、現実は非情だ。どれほどの力を持っていようとも、どれほど素晴らしい戦いをしようとも。

 たった一つのミスが、たった一手の悪手が、たった一瞬の逡巡が。

 驚くほどあっさりと、劇的な戦いの幕を引くこともあるのだ。


 だからそれは、決して珍しいことではないのかもしれない。

 誰もがそれを、望まなかったとしても。


***********


 ゴールの前、ミコトたちはただひたすらに待っていた。ユウキがツカサを倒し、あるいは振り切って、ミコトたちの前に現れるのを。


「もしツカサが来たら――」

「馬鹿なこと言わないで、ユウキが負ける訳ないでしょ」


 ユウは最悪の事態を想定し、その場合の話をしようとした。しかしその言葉を、マレイが有無を言わさぬ口調で否定する。


「万が一の話です。もし――」

「万が一なんて無い。ユウキはいつだって最強なの」

「――もしそうなったら、全員すぐにゴールしてください」


 頑なにその想定を拒むマレイを押し切って、ユウはその先を全員に向かって告げた。

 ユウキを信じるのは構わないし、ユウだって勝ってほしいと本気で思っている。しかし最悪の事態になったとき、全員がやられてしまったら、ユウキに合わせる顔が無い。


「……」


 マレイは不機嫌な顔で黙り込み、気まずい沈黙が訪れる。


「ねえ、あれ――!」


 一番初めに気が付いたのはアカリだった。彼女が指を差した先、目の前の交差点の向こう側。


 そこには、男が居た。右手に剣を持ち、ゆっくりとこちらに歩いてくる男。


「嘘……」


 呟いたのはマレイだ。その声は――絶望に彩られていた。


「なんで、その剣を……!」


 その声に続くように悲嘆な問を投げたのはミコトだ。


 マレイの創り出した、荘厳な聖剣――それは半ばで折れ、男の右手に力なく収まっている。


「ツカサ――!」


 ユウが、男の名を口にした。


 こちらに向かって歩いてくるのは、ツカサだった。ユウキが持つはずの剣を、その成れの果てを手にして。


「全員ゴールに――」

「ああ、焦らなくていいですよ。僕は今、とても戦う気にはなれないんです」


 すぐに思考を切り替え、想定していた最悪の事態に対応しようとしたユウ。

 しかしその指示を言い切る前に、ツカサは五人の目の前に現れていた。


「――っ」


 ユウは喉を詰まらせて身を固めた。下手に動けば全滅――しかし、彼はこちらを攻撃する素振りが全くなかった。


「彼は本当に強かった。そしてとても仲間思いで、清く正しい心の持ち主でした。彼に敬意を表して、貴方たちは見逃してもいいと思っています」


 ユウキは、手にした剣をそっと丁寧に地面に置くと数歩下がった。

 その手つきからは彼のユウキに対する敬意が滲み出ていて、本心からそう言っているのだと分かる。


「どういうつもりで――?」


 しかし、リョウカは警戒に満ちた声で問いかける。

 見逃す理由など特にないはずだ。本当にツカサがユウキを尊敬したとして、結局勝ち残れるのは一人だけ。いずれ消す相手なら、ここで消さない理由は何なのか。

 その問に、ツカサは素直に回答を寄越す。


「理由は二つあります。一つは、このゲームの勝利条件はもう満たしたからです」


 言いつつ、ツカサはポケットから宝を取り出してみせた。ユウキは三つの宝を持っていたはずで、つまり全てを彼が奪ったということだ。


「もう一つは――」

「嘘よ! ユウキが負けるはずがない!」


 続けて語ろうとするツカサを、悲鳴のようなマレイの声が遮った。


「ユウキはいつだって馬鹿みたいに強くて、馬鹿みたいにお人好しで……馬鹿みたいに、いつも私の傍に居てくれた……アイツが私を残して居なくなるなんて、そんなことあるはずない!」


 マレイは悲痛で沈痛な、心を切り裂くような声で、ユウキを思って叫ぶ。目の前の男の言葉を否定しようと、あらん限りの声を振り絞り、その目に涙を浮かべながら。

 彼女のことを、彼女とユウキのことを、ミコトたちは深くは知らない。それでも、彼女の思いはひしひしと、それこそ痛い程に伝わってきた。


「そうです。まともに戦っていたら、彼は勝利し、僕は負けていたでしょう。それが、もう一つの理由です」


 ツカサはマレイと真正面から向かい合い、彼女の目を真っ直ぐに見て、その叫びに静かに答える。

 その表情には勝利した喜びは欠片も見えず、彼もまた悲しみを覚えているようにすら見えた。


「言わばこれは――贖罪です。僕も自分で驚きました。こんな――」


 そして宝をしまうと、自分の顔に左手で触れ――


「こんな酷い手を使って勝利してしまったんですから。自分がこんなにずる賢いだなんて、全く知りませんでした」


 続きを語る声は――本来の声よりずっと高い、女性の声で発された。


「……!」


 全員、声も出なかった。

 視線の中心に居るツカサ。だかそこにあるのは――どこからどう見ても、マレイの姿だった。


「変身……?」


 アカリが呟いたその言葉が答だろう。

 彼は自身に能力を使い、『マレイに変身せよ』と命じたのだ。傍から見たら、全く違いなど見当たらない。本人と向き合い悲しげな表情をしてる様は、本当に同じ人間が二人居るとしか思えなかった。


「汚ぇ……」


 気が付くと、ユウはそう吐き捨てていた。


 誰が見ても明らかだったであろう、ユウキの最も大切に思っている相手。

 戦いの最中にその相手に化けられたら、誰だって動揺する。その隙を衝かれ、ユウキはやられてしまった――そういうことだ。


「自覚しています。僕は本当に、信じられない程卑怯な手を使いました。だからここで貴方たちを見逃して、少しでも罪の意識を軽くしたいところです」


 ツカサは変身を解き、ユウの呟きにそう答えた。

 だが、彼の表情は悲しげでも、言い種は自分本位なものだった。


「自分の言い訳のため……?」

「ええ。僕は僕の為に貴方たちを見逃す……そう言った方が、信じられるでしょう?」


 そこに言及したのはリョウカで、ツカサはもっともらしい言葉でそれに答える。


「そんな……」


 そんなやりとりがまるで聞こえていないマレイは、呟きと共に膝から崩れ落ちた。


 ユウキは負けた。よりにもよって、マレイへの思いを利用されて。

 その事実が、マレイの心を粉々に砕いたようだった。彼女は跪き、ぼろぼろと大粒の涙をこぼした。

 呆然自失とは、こういう状態を指すのだろう。彼女の瞳は何も映さず、耳に入る音は全て通り過ぎていく。ただ悲しみだけが、彼女の全てを支配していた。


「マレイさん、でしたか。貴方には特に申し訳なく思います。貴方とユウキさんの絆を利用……いえ、悪用したわけですから」


 そんな彼女を見て、ツカサは正しく「どの口が」という台詞をのたまった。しかしそれも、悲嘆に暮れるマレイにはたった一言しか届かなかった。


「ユウキ……」


 その一言だけを呟いて、彼女は顔を上げた。その視線は地面に置かれた剣に、続いてツカサへと向けられる。そして――


「うああああっ!」


 雄叫びを上げ、マレイは唐突に駆け出した。折れた聖剣を拾い上げ、憤怒の形相を浮かべてツカサに向かって突進する。


「――っ!」


 しかしその突貫は、ユウが伸ばした棒によって遮られた。足を取られ転がるマレイを、ユウ以外の全員が呆気に取られて見ていた。


「行ってくれ。この人は俺が止めておく」


 そのまま接続を変化させ、ユウはマレイを縛り始めた。


「ユウ!?」

「ユウくん!?」

「今戦ったら負ける! みんな抑えてくれ!」


 全員が口々に戸惑い叫ぶ中、ユウは言い聞かせるようにそれを上回る音量で叫んだ。


「テメェふざけんな、放せ!」


 マレイが口汚くユウを罵るが、それも致し方ないとユウは甘んじて受ける。しかしそれでも、ここでツカサと戦うことだけは避けたかった。


「さあ、早く行ってくれ」

「……分かりました」


 ユウが急かすと、ツカサは頷いて歩みを進めた。


「待て! このクソ野郎!」


 マレイの罵詈雑言をしっかりと聞きながら、ツカサは立像の前に立った。


「……そうですね。それでも――」


 マレイに言葉を返しながら立像に触れると、その姿はぼんやりと輪郭を失い始める。


「僕には、叶えたい願いがある」


 段々と存在が薄まる中、ツカサはハッキリとした声でそう告げた。


「殺す……! 絶対……絶対、殺してやる……!」


 怒りに醜く顔を歪めながら、マレイは消え行く男にそう叫んだ。彼は最後に悲しげな表情を浮かべると、やがて完全にその姿を消し去った。



「……ミコト、マレイさんを退場させてくれ」

「はぁ!?」


 ツカサが消え去ったのを確認すると、ユウはミコトにそう頼んだ。マレイは苛烈に反応し、拘束を解こうと暴れ出す。


「ユウくん……でも……」

「ふざけんな! アイツは私が殺す、邪魔するな!」


 戸惑うミコトの声に、マレイの怒鳴り声が重なる。ユウはその声を受け止めると、静かな声で続けた。


「だからですよ。……分かるだろ、ミコト。頼む」

「……うん」


 後半をミコトに向けると、ミコトもその意図を理解したようだった。

 激しく暴れ、喧しく喚くマレイの傍にしゃがみ込むと、ミコトは彼女に左手で触れる。


「やめ――」

「『強制退場』」


 最後の拒絶の声も空しく、ミコトは能力を発動した。

 彼女が握りしめたまま離さなかった聖剣は音も無く消え去り、彼女の退場が成立したことが傍目にも分かった。

 アカリとリョウカが目を背ける中、ミコトが立ち上がると彼女は徐々に大人しくなっていく。


「なんでよ……私は……」


 マレイは、力なく掠れた声を発する。ユウは彼女の拘束を解き、彼女の傍に膝を着く。


「すみません。でも、こうするしかなかった――ユウキさんのためにも」


 そして、伏し目がちに彼女にそう告げる。だが、その言葉にマレイが再び怒りを爆発させる。


「アンタがっ……アンタにユウキの何が分かるって言うのよ!」


 痛切な声で叫びながら、マレイはユウに向かって思い切り殴りかかった。その拳はユウの頬を捉え、勢い余って二人とも倒れ込む。


「ユウくん!」

「いい、止めるなミコト。これくらいはされて当然だ」


 駆け寄ろうとするミコトを制止しながら、ユウは拳で血を拭って起き上がる。どうやら口の中が切れたらしい。


 その間にマレイも起き上がり、再びユウを殴ると彼に馬乗りになる。

 ミコトもアカリもリョウカも、マレイを止めるのを堪えてその様子をじっと見守る。


「ユウキは私の全てだった! アイツが居ない世界でなんて、生きてる意味が無い! だからアイツの仇くらい討ってやるって、それでやられたって全然構わないのに……! なのに、なのにアンタが!」


 一言ごとにユウを殴りつけながら、マレイは叫び続ける。

 だが、殴られているユウよりも、殴っているマレイの方がよほど痛々しい顔をしていた。顔を歪め、涙を零し、張り裂けそうな声を上げ。


「だからですよ」


 徐々に力を失っていく拳を受け止めながら、ユウは静かに繰り返した。


「確かに俺たちは、貴方たちのことをよく知りません。それでも、お互いをすごく大切に思ってるってことくらいは分かります」


 やがて殴るのを止めたマレイに向かって、ユウは語りかける。慎重に感情を抑えた、しかしマレイを思い遣る口調で。


「だから、マレイさんの怒りもある程度は分かっているつもりですし……刺し違えてでもアイツを殺したいって気持ちだって理解できる。でも……」


 ユウだって、そう思ったことがある。エイタの正体が判明した時には、本気で殺したいと思った。


「そんなこと、ユウキさんは望まないはずです。マレイさんが消えてしまうことも……誰かを消して、殺してしまうことだって」


 ユウには、自分とマレイの姿が重なって見えた。あるいは、ミコトと。

 瑞生の『命を大切にしてほしい』という言葉が蘇る。ユウキは間違いなく、命を大切にしたいと思っていたはずだ。でなければ、『強制退場』なんて能力は選べない。


「ユウキさんは、誰も殺さないためにあの能力を選んだ。それはミコトを見てきた俺には分かります。それで、それはマレイさんのためなんじゃないですか?」


 ここからは、ユウの完全な憶測だった。だが、ユウは直感的にそれが正しいと分かっていた。


「誰よりも強く、誰よりも正しく優しく。マレイさんが思うユウキさんであろうと――そういう人物で居続けようと、あの人はそう思っていたんじゃないでしょうか」


 自分の大切な人のため、その人に誇れる自分でありたい。そう思うのは自然なことだ。

 結局、人を変えるのは自分ではなく他人だ。誰かのためでこそ、人は自分を変え、強くなるエネルギーを持てる。


「だから……あの人に助けられた俺たちは、貴方を止めなくちゃならなかった。そうでないと、それこそユウキさんに合わせる顔が無い」


 語るべきことを語り、ユウは口を閉じた。

 その上で、マレイは震えている。涙がユウの頬に落ち、温かくて冷たいそれはゆっくりと伝って地面に浸み込む。


「分かってるわよ、そんなこと……」


 マレイはそう呟くと、ユウの胸に頭を落とした。


「ユウキ……ユウキ……!」


 そして、彼女はユウキの名前を呼ぶ。何度も何度も、どうしようもなく震える声で。

 ユウは彼女の熱い頭を乗せたまま、静かに彼女の声を聞き続けた。



 おそらくこのゲームにおいて、最も激しかったであろう戦いは。

 悲しみと絶望だけを残して、余りにもあっけなく幕を閉じたのだった。

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