第四章19 合図と衝撃
十分ほど走った頃だろうか。普段なら短いと感じられるくらいの時間だが、今のミコトたちにとってはようやく、という心境だった。
「見えた! レオンだ!」
ミコトが前方を見て、息を切らしつつも叫んだ。その視線の先には、見たことのあるロゴマークが大きくその存在を主張している。
「ああ、だけどゴールはまだだ。ここらのどこかにあるはずだけど……」
ユウがそれに反応し、宝を再び握りしめる。
「方向はこのまま真っ直ぐだ! 急ぐぞ!」
ユウの叫びに、全員疲れた身体に鞭打って速度を上げる。
レオンスプリングタウンは、日本最大のショッピングモールだ。『アウトレット』、『umi』、『yama』という三つの施設が隣接しており、それらをまとめた呼称である。
umi、yamaの二つの専門店街に挟まれる形でアウトレットが配置されており、三つはそれぞれが連絡通路で結ばれている。
アウトレットを頂点とした直角二等辺三角形をイメージすれば、おおよそ配置としては正しい。
ミコトたちが走ってきた方面から最初に見えたのはumiで、今現在はumiとアウトレットを結ぶ通路と平行に走っている状況だ。
「無駄にデカいな……流石日本最大ってところか」
ユウは走りながら感想をこぼす。だが、今はその大きさが恨めしい。この中のどこかにゴールがあるのは間違いなさそうだが、それがどこかを探すのが大変だ。
「あ、アレじゃない!? なんかぼんやり光ってるよ!」
と思った矢先、アカリが唐突に明るい声を上げた。
彼女が指差す先に目を向けると、そこはどうやらアウトレットの正面入り口のようだった。そして言う通り、その辺りが微かに明るい。
分かりやすいゴールが見えれば気合も入り、すぐにそこまで辿り着いた。
意外にこぢんまりしているんだな、というのがミコトの抱いた印象だ。
交差点の一角にあるそこは、雨避けの屋根に『SpringTown OUTLET』と書かれた、正門と言うには作りが簡素すぎるものだった。ゲートもあるにはあるがこれまた非常に簡素な作りで、閉まっていても乗り越えようと思えば乗り越えられそうな高さしかない。
据え付けられた屋根の奥は、二階建ての吹きっ晒しの店たちが真ん中の通路を挟んで更に奥まで続いているようだ。
そして、光の正体は屋根の手前にある立像だった。どうやら鳥を象っているらしいそれは、なんだかよく分からないパーツを寄せ集めて造られているようで、その全体がぼんやりと発光しているのだ。
全員立ち止まるとそれを見上げ、まじまじと観察を始める。
「これがゴールか?」
「あ、ここ見て。何か書いてある」
ユウの何となしに呟いた言葉に答えるように、リョウカがその像の一点を指差して声を上げた。
「なになに? ……『宝を三つ以上所持した状態でこの像に触れろ』、だって」
マレイがそこに近付いて、記された文章を読み上げた。
「決まりだな、これが今回のゴールだ。周りに人影はなし。順位も俺が今一位だ」
ユウがギリギリまで像に近付くと、宝を見てそう言った。
「後は、エイタが隠した宝を見つるだけだ」
「でも、隠したってどこに……?」
ユウが次の行動を示すと、ミコトは首を捻る。
エイタがここで奪ったであろう、大量の宝。それが近くに隠されているとして、見つけるのは至難の業と思われた。少なくとも、ミコトはどこから手を付けていいか分からない。
「たぶん、アイツと俺の思考パターンは割と近い……不本意だけど」
と、ユウは少し考え込むような素振りをしながら声を上げる。辺りをぐるりと見回し、思考を巡らせているようだ。
「つまり?」
「俺が隠しそうな場所に、アイツも隠したかもってこと。俺なら……」
アカリが問いかけると、ユウはそれに答えてピタリと動きを止めた。
向いているのはアウトレットの方で、不意にユウは歩き出す。
「こっちだ。この場所がゴールなら、アウトレットの中が精神的な死角になるはずだ」
喋りながら一直線に歩いて行くユウに、全員が慌てて付いて行く。
「精神的なシカク……?」
「つまり、ゴールの向こうに宝があるなんて思わないよね? ってことだね」
ユウの言っていることがイマイチ理解できていないミコトの呟きに、リョウカが噛み砕いて説明した。
確かにとミコトは思いながら、辺りを見回して宝を探しているらしいユウに倣って視線を彷徨わせる。
「俺だったら……あまり奥の方には隠さない。宝を一個も持っていなかったんだから、いざという時すぐに取り出してゴールに向かえる場所……」
ぶつぶつと呟きながら思考するユウは、唐突に立ち止まった。
「あれか……?」
そして彼の視線の先には、木製のベンチがあった。複雑に折れ曲がった形をしているそれは、真ん中に大雑把な円形の穴が空いていた。穴の差し渡しは、一メートル強といったところか。
「え、そんなところに……?」
アカリが信じられないという声を上げる。ミコトも同感で、覗き込むだけで見つかってしまうようなところに大事な宝を隠すとは到底思えなかった。
「そもそも奥まで探しに来るヤツなんてそう居ないからな。これくらいで十分隠してることに……ビンゴだ」
しかし、自信たっぷりに覗き込んだユウはそう声を発した。
驚きながらミコトも駆け寄って覗き込むと、彼の言う通り、そこには大量の宝が無造作に詰め込まれていた。
「すご……これ、全部本物の宝?」
隣でマレイが同じように穴を覗き込み、驚嘆の声を上げた。その数は、パッと見ただけで数十個は下らない。
「ああ。一体何人消したんだか……」
「コピーとかじゃないもんね……」
マレイの声に、ユウが苦々しげに答える。アカリも悲しげな声を出し、そのうちの一つを手に取って握りしめた。
すると、宝は機能を発揮してゴールの方角と順位を示す。それは、紛れも無く本物の宝であるということの証左だった。
「ヨリミチさんの能力なら機能までコピーされてるだろうけど……あれは一つしか作れないし」
リョウカが補足のように思い付いたことを口にするが、
「あ……」
――それが、ミコトの記憶を微かに引っ掻いた。
「ん、どうしたミコト?」
「いや……ちょっと」
ユウが声を掛けてくるが、ミコトの頭の中はそれどころではなかった。今生まれた引っ掛かりについて、頭が激しく動き出している。
「宝も見つけたし、ここまで来ると順位の表記も大して当てにならない。さっさと合図を打ち上げたいけど……いいか?」
しばらく待ってくれたらしいユウが、もう一度ミコトに話しかけた。その声でようやく思考から抜け出すと、ミコトは慌てて答える。
「あ……うん。それは全然大丈夫。ちょっと、思い出したことがあるだけだから……」
「じゃあ、行くぞ」
ユウは若干疑問の残る顔だったが、そう言うと能力を発動した。
地面と棒で接続すると、それを折り曲げてぐんぐん上へ伸ばす。
「全員、目を閉じて」
最後にそう言うと、天高く伸びた棒が煌々と光を放った。
**************
――埒が明かないな。
ユウキはそう思った。今現在、彼の周りに人影は無い。だが、彼は猛攻に晒されていた。
「!」
ユウキは唐突に身を捩らせる。するとそのすぐ脇を、高速で飛来した何かが掠めて行った。それは地面に突き刺さると、剣呑な音を立てて大きな穴を空ける。
さながら対物ライフルのような攻撃は、もちろんツカサによるものだ。
彼は接近戦が不利と見ると、すぐさま瞬間移動を繰り返して距離を取った。そしてそこから延々とこの攻撃を繰り返してきている。
ユウキの強化された視力でも見当たらないことを考えると、相当に離れたところから撃ってきているらしい。それでも過たず正確にユウキを狙って来るのだから、やはり彼の能力は厄介だ。
しかし、ユウキはその狙撃も躱せる。聖剣によって研ぎ澄まされた感覚は、音速で飛来する弾丸ですら容易に感知できた。
とは言え、狙撃はユウキが次の行動を起こせない絶妙な間隔で行われている。狙撃と回避の繰り返しで、埒が明かないというのはそういうことだった。
この状況はしかし、ユウキにとって最悪ではない。彼は時間を稼ぐ側なので、膠着状態はむしろ歓迎すべきものだ。一発でも避けそこなえばハチの巣だろうが、今の所ヒヤリとする場面も無かった。
しかし、ものの数分で状況は変わった。
ユウキから見て北の方角で、突如眩い閃光が空を照らしたのだ。考えるまでも無く、ユウの言っていた『合図』だろう。
であれば、長居は不要だった。ユウキはこの猛攻をどうにかして、ユウたちの元へ向かう方法を考える。
逆にこれはチャンスでもある。これだけ離れていれば、その分ツカサに追いつかれにくい。
「……よし」
考えは、割とすぐにまとまった。このペースの、そしてこの長距離の狙撃だ。着弾を確認する前に次の弾を撃ち出していることだろう。つまり――
「剣士としては、あまり褒められたものではないけど――!」
ユウキは狙撃が飛んで来る方向を見定め、感覚を研ぎ澄ませて半身に構える。
飛んで来る弾を察知し、左脚を大きく横に踏み込み――
「そこだ!」
聖剣を両手で握り、横薙ぎに大きく振り抜いた。
美しいバッティングフォームによるフルスイング――剣道でも何でもないし、剣をバットのように振り回すなど剣士としては恥ずべき行為だろう。しかし実利優先、躊躇なく振るったそれは過たず弾丸を捉えた。
そして跳ね返された弾丸は、既に放たれていた次の弾丸に正確にぶち当たった。
これで、一発分の猶予が生まれる。それだけあれば、ユウキがその場から離脱するには十分だった。
次の弾丸を後方に置き去りにし、ユウキは合図が上がった方向へと駆け出した。
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「はは、本当に人間を辞めた動きだ」
ツカサは思わず呟いた。
飛んで来る弾丸を打ち返し、あまつさえ別の弾丸に当てる――イチローも裸足で逃げ出す反射神経と精密さだ。
彼――確か、ユウキと呼ばれていたか――は、先ほどの光を見てそちらに向かったようだ。戦いの前の会話からすると、あちらにゴールがあり足止めは完了したということだろう。
「逃がしませんよ」
ツカサは狙撃を中止すると、瞬間移動でユウキを追いかけはじめた。瞬間移動の距離に限りがあるのは、数少ない制約の一つだ。これが女神がツカサに課すことのできた、精一杯の『バランス調整』なのだろう。
女神の言う『バランス調整』は、あくまで相対的な物だとツカサは理解していた。同じだけの想像力を有する者が相対した時、能力の優劣によって差が付かないようにするためのもの。
だが、ツカサの想像力はどうやら常識外れだった。それが『絶対支配』の能力を正真正銘の『何でもアリ』の能力にまで押し上げているのだ。
だから、ユウキに追いつくのはそう難しくなかった。とは言え彼も常識外れの速度で走っているため、多少時間は掛かったが。
視界にユウキを捉え、ツカサは最後にもう一度瞬間移動をすると地面に手を着く。
そして能力を発動し、彼の行く手を阻むように巨大な壁を形成した。
ただ地面を押し上げるだけでは、彼は手にした剣でいとも容易くそれを斬り捨てるだろう。だから想像力をフル動員し、超硬質な壁へとそれを創り変える。
硬質化された壁は、一撃だけユウキの斬撃に耐えた。だがその壁面は大きく抉れ、次の一撃には耐えられそうにない。
相変わらずの出鱈目な力に内心舌を巻きつつも、ツカサはその一撃の隙に次の手を打つ。
もう一度壁を斬りつけようと振りかぶったユウキに向けて、まずは地面を鋭く隆起させて妨害とした。しかしそれは案の定、彼の剣の一撃で砕け散る。
「要するに、剣を振らせなければ良かったんですね」
ツカサの狙いは、それを砕かせることだった。何度も彼を攻撃し、何度も打ち砕かせる。その破片は、徐々に足元に積もっていく。
「!」
遠目に、ユウキが虚を突かれた表情をするのが見えた。
ツカサは地面を大きく揺らし、その破片を彼に向かって跳ね上げたのだ。
足元を揺らす衝撃と破片による目くらまし。さしものユウキでも、一瞬の隙が生まれる。
その隙を待っていたツカサは、素早く地面を従える。地面はその形状を変化させ、ユウキに纏わりつくように這い回る。
そして地面は間もなくユウキの全身を覆い、等身大の立像が完成した。
どれだけ凄まじい膂力を持っていようとも、どれほどの剣技を使いこなそうとも、そもそも動きを封じられれば意味が無い。
「これほど苦戦したのは初めてです。ですが、これで終わりですね」
頭だけは覆っていない。それは慈悲などではなく、最後に右手で触れる部分を残すためだ。
ツカサは勝利を確信し、ユウキに話しかけながら近付いていく。
しかし、正面に回り込んだところでツカサは意表を突かれた。
「本当にそう思うのかい?」
ユウキはその表情にはまだ余裕の笑みを浮かべ、そんなことを言ってのけたのだ。
虚勢やハッタリには見えないそれに、ツカサが不安を抱いた瞬間――
「な――!」
一瞬にして、ユウキを覆う岩の拘束が消え去った。
そして、逆に生じた隙を衝かれる。勝利を確信し油断したツカサに向かって、ユウキの左手が伸び――
「くっ」
間一髪のところで、瞬間移動が間に合った。身を反らした不格好な体勢での移動。余裕も何もあったものではなく、背中には冷たい汗が伝った。
「何をしたんですか……?」
必要以上に離れた位置から、思わずツカサは問いかける。
剣を振るった様子も無ければ、膂力で無理矢理拘束を破った風でもない。一瞬にして彼を覆う岩が消え去った――それこそ、跡形も無く。
「残念ながら、それは流石に教えてあげられないな」
「まさか――能力を詐称していたんでしょうか」
彼の能力は『強制退場』、触れた人間をゲームから除外する能力だと言っていた。
もしこの現象が能力によるものなら――実際それ以外には考えようが無かったが――、彼は涼しい顔をして、非道な嘘を吐いていたことになる。
「いやいや、僕の能力は間違いなく『強制退場』さ。嘘なんか吐いていないとも」
彼は尚も涼しい顔でそう答えるが、それを信じられるはずも無く、ツカサとしてはただ警戒を強めるしかない。
「さて――奥の手も使ってしまったし、そろそろ決着と行こうか」
そしてユウキは剣を構え、そう言い放った。
「……いいでしょう。貴方がどんな手を使おうが――」
ツカサは自分の身体に左手を宛がい、そして深呼吸をする。心を落ち着かせ、そして思いを馳せる――自分の願い、その一点に。
「その全てをねじ伏せて、必ず勝ちます」
決意と覚悟を固め直し、ツカサはユウキを真正面から見据えた。
戦いが始まっておよそ二十分――決着の時が近付いていた。




