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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章18 最強vs最強

 ホシカゲユウキ。剣道界でその名を知らぬ者は居ない、高校生一の実力を持つ剣士である。高校に入ってから出た大会は軒並み優勝、三年連続で全国一位という正真正銘の天才だ。


 生まれ持った剣才に研鑽を重ねた彼は、このゲームにおいても剣を使う。しかもその剣は、マレイの能力によって創られた聖剣。持つだけで膂力や感覚が増強され、人の道を踏み外したような力を手に入れることができる。


 最強の剣士が振るう、最強の剣。純粋な戦闘力で言えば、彼が最強と言っても差し支えないだろう。



 対するサカキバラツカサは、ごくごく平凡な男子高校生だ。基本的には礼儀正しく大人しい性格の彼はしかし、その『能力』と、想像力のみが常識を大きく逸脱していた。


 『絶対支配』――触れた物を完璧に従え、本来は不可能な事柄ですら実現する能力。正に『何でもアリ』というその能力を、無敵の力に変える類稀な想像力――想像を信じ込む力、と言い換えてもいい。


 それが、彼がユウキと拮抗する所以――最強の能力である。



 だからそれは正しく、二人の最強の、二つの最強の戦いである。

 果たしてどちらが勝利するのか――それは、女神にすら分からない。


**************


 金属音が鳴り響く。何度も何度も、激しくぶつかり合う音だ。片方が生身の人間であることを考えると、その事態は異常なのだが。


 ユウキは剣を振るう。自分の身を守るために。

 対するツカサは瞬間移動を繰り返し、その度に右手を伸ばす。彼を消して勝利するために。


 右から、左から、前から、後ろから。

 時に上下にすら揺さぶりをかけるツカサだが、その全てが防がれている――もっと言えば、徐々に斬られている。

 身体を硬化しているのでうっすらと血が滲む程度だが、そうでなければ今頃全身なます斬りになっているだろう。


 本当に一瞬で移動しているにも関わらず、全ての攻撃を正確に弾き返し、あまつさえ反撃の余地すら生まれきているユウキの反射神経と正確性は、最早変態的とすら言えた。


「少し芸が無いんじゃないかな。たとえ一瞬で移動できたとしても、それをコントロールする君の反射神経が追い付いていない。動きが素人で、視線から全部先読みできるしね」


 その上、ツカサに対して指摘すらし始める始末だ。並の人間ならそれこそ一瞬でやられる戦法も、彼の前では形無しである。


「いくらスピードの出るマシンに乗っても、乗り手がポンコツじゃ宝の持ち腐れということだね。それじゃあ、いつまで経っても僕は倒せない」


 にこやかに例え話まで持ち出す彼に、ツカサはしかし表情を崩さない。


「やけに煽りますね。じゃあ例えば、こんなことをしてみても無駄なんでしょうね」


 彼もまたにこやかなまま、そんなことを言って行動パターンを変える。

 背後に瞬間移動して右手を伸ばす、ここまでは一緒だ。そこへ更に、追加で右脚による蹴りを繰り出した。


「そうだね。君の手足が八本あったところで、全部正確に防ぐ自信があるよ」


 言葉通り、その攻撃もユウキは見事に防いで見せた。

 踊るように流麗な動きで、ツカサの右手と右脚、ついでに首筋に一撃ずつ正確に斬撃が加わり、三か所の薄皮に切れ目が入る。


「どうだろう。もしこれが君の全力と言うのなら、投降を勧めるけれど」


 一度距離を取ったツカサに対して、ユウキはそんな言葉を吐いた。


「今さら説得なんて、また不可解なことですね。諦めるくらいなら、こんなところまで来ていないと思いますが」


 ツカサもそれに答え、二人の会話が始まる。ツカサの言う通り、第四ゲームにもなって説得に応じる人間はほとんど居ない。

 それでもユウキは、説得を試みることをやめようとは思わない。それが彼の信念だった。


「もし投降してくれれば、君は消えずに済む――と言っても?」

「それはどういう意味でしょうか? ここで見逃してもらったところで、どの道全員消えてしまうはずでしょう」


 ユウキの言葉に、ツカサは至極当然な疑問を口にする。


「僕の能力の話さ。そう言えば、まだ説明をしていなかったと思ってね」


 ユウキがそう言うと、ツカサの眉がぴくりと動いたのが分かった。このゲームにおいて、自分の能力を明かす人間はそうは居ないだろう。


「それは驚きですね。てっきり、その剣が能力だと思っていましたが」


 案の定ツカサは食い付いてきた。戦うにしても仮に投降するにしても、ユウキの能力を知ることに損は無いのだから当然だ。


「ああ、これはマレイ……あの、金髪の女の子の能力だよ。僕自身の能力は、『強制退場』と言うんだ」


 ツカサの疑問に答えつつ、ユウキは自分の能力を明かす。


「『退場』、ですか?」

「ああ。このゲームを抜けて、ただの人間に戻れる。当然ルールは適用されなくなるから、勝ち上がらずとも消えないはずだ」


 問い返すツカサに、ユウキは説明を返した。もしユウキの言葉を信用してもらえるなら、『消えない』ということは彼に伝わっただろう。


「なるほど。もしそれが本当なら、確かに消えずに済みますね」

「ああ。どうだろう、投降する気になったかな」


 無事に意図を理解してもらえたらしいが、果たして彼はその上でどうするのか。

 期待と言うには薄すぎる、一縷の望みを持ってユウキは再度訊ねる。


「はは、分かっていると思いますが、投降はしません。僕は『願いを叶えるために戦っている』と言ったはずです」


 そしてやはり、ツカサは投降を拒否した。なんとなく分かってはいたが、彼は既に『生き残る』以外の目的を見出している。


「やっぱり、そこを譲る気はないんだね。命あっての物種、という言葉もあるけど?」


 おそらくもう交渉の余地は無いだろうが、それでも最後に問いかける。

 ユウキは『これが最後通告だ』という思いで、ツカサをひたと見据える。


「命より大事なものもある、とも言いますよ。それは貴方も同じことかと思いますが」


 そしてツカサは、尚も拒絶の姿勢を示した。交渉決裂、説得失敗だ。

 その言葉と意志は、ユウキにも通じるものがある。彼もおそらく、何か大切な物の為に戦っている――そんな気がした。


「ああ――だからこそ、お互い全力で戦うしかない。そういうことだね」

「ええ、そういうことです」


 そして、戦闘は再開された。ユウキの言葉に答えて吐いた台詞、それと共にツカサは地面に手を着いたのである。


 次の瞬間、隆起した地面がユウキを貫こうと四方から襲い掛かる。

 ユウキはそれを一撃ずつで粉々に砕き、地を蹴ってツカサに向かって飛び出した。


 接近するユウキを阻まんと、目の前の地面が波打って身の丈を超す壁を形成する。

 分厚く固いその壁を、しかしユウキは豆腐のように一刀両断にしてみせた。切り取られた上半分を蹴り飛ばし、腰くらいまでの高さになったそれを踏み越え、ツカサに向かって更に突き進む。


 だがツカサの妨害はまだ終わらず、ユウキが乗り越えた先の地面がびっしりと棘で覆われていた。丁度壁が死角となって、ユウキからは見えなかったところだ。


 ユウキはそれを物ともせず、強化された肉体で以て踏み潰す。アスファルトがバキバキと砕ける音を聞きながら、一歩で棘のトラップ地帯を抜け出した。


「はは、人間を辞めたような動きですね」


 ツカサは己の身を瞬間移動させ、近くの建物の上へと避難する。ツカサから見ても、ユウキは全く以て化物のような強さだ。


「目的のためなら、それも止む無しさ」


 言いつつ、ツカサはその場で剣を大きく袈裟切りに振り抜いた。

 きぃんと甲高い音が響き――斜めに切り取られた建物が、ツカサを乗せたままずるりと滑り出す。


「当たり前のように斬撃が飛ぶなんて、まるで漫画のキャラクターのようですね。じゃあ、これはどうです?」


 ツカサは再び瞬間移動でそこから離脱し、切り取られた建物の下半分に左手を着く。

 そのままオーバースローで投げ飛ばすように手を振ると、それに従って建物の巨体が本当に宙を舞った。


「ふっ――!」


 短く鋭く息を吐き、ユウキは目にも止まらぬ速さで剣を振るった。

 宙を舞い彼に向かって飛んで来る建物は、二つになり四つになり、どんどんと細切れになる。

 そして最後に剣を一振りすれば、細かい石片となった建物はユウキを避けるように辺りに降り注いだ。


「これが最後です。斬れるものなら斬ってみせてください」


 建物が無くなってがら空きになった土地を、ツカサは瞬間移動で更に距離を取る。

 そして地面に手を着くと、今までの比ではない現象を巻き起こした。


 波だ。辺りを問答無用で呑み込み押し流す、大地の大波。それは途轍もない質量を伴ってユウキに向かって押し寄せる。


「――この剣は正義の刃、悪を切り裂く絶対の力……」


 ユウキの呟く詠唱に従い、刀身に光が収束する。迫る脅威をひたと見据え、しかしユウキはゆっくりと剣を振りかぶり――


「エクスカリバー!!」


 叫びと共に振り下ろされた剣から、眩い光が放たれた。それは黒い石塊の波と真っ向からぶつかり合い、その全てを飲み込んで迸る。


 光が轟々と駆け抜けたその後には、剣を振り下ろした体勢のユウキと、地面に手を着いたままのツカサだけが残されていた。二人の周囲は、何も無い更地――否、消し飛ばされた質量の分だけ窪んだクレーターの様な地形となっていた。


「もう天変地異の強さですよ、それは」


 立ち上がりながら、呆れたような声音でツカサがそんなことを言った。地形が変わるような戦いは、この『イマジン鬼ごっこ』においてもそうは起こらないだろう。


「君が先にやったことだろう。僕一人に責任を押し付けるのはいただけないな」


 ユウキも真っ直ぐに立ち直し、そう反論する。


「これは失礼。でも、お蔭で貴方の強さは理解できました」

「それはどうも」


 拍子抜けするほど素直にツカサが謝罪と賛辞を述べ、ユウキは軽い調子でそれに答えた。

 ここまでの戦いは五分と言えよう。ユウキの戦闘力とツカサの想像力。真っ向からぶつかり合って、それは互角と思われた。


「だから――こうすることにします」


 次なる一手を打ったのは、ツカサだった。

 自分の身体に左手を当て、一歩を力強く踏み出す。


 次の瞬間、ツカサはユウキの目の前まで移動していた。だがそれは能力による瞬間移動ではなく、ただの踏み込みによる跳躍だ。

 そしてユウキに向かい右手を突き出すが――その速度は、先ほどとは比べ物にならない。


 ユウキは剣でそれを弾くが、続けてツカサの左脚が振り上げられる。剣で受けるのは間に合わず、ユウキも脚を上げてそれを防御する。

 ツカサは素早く左脚を引きながら、右脚で軽く跳躍する。勢いそのまま、ユウキの顎目掛けて右脚を振り上げた。


 ユウキは鋭いその蹴りを上体をのけ反らせるように跳躍して躱す。そのままバック転の要領で左手を地面に着いて距離を取ると、鋭い踏み込みで強烈な突きを繰り出した。


 ボッと空気がひしゃげる音が鳴るほどの威力だ。当たれば周囲の肉ごと風穴が空きそうなそれを、ツカサは大きな跳躍で躱した。

 そのままくるりと空中で反転し、がらあきのユウキの頭に右手を振り下ろす。


 ユウキは潜り込むように身を低くすると、その上を滑らせるように剣を振り抜いた。

 半月のような軌跡を描いた剣とツカサの右手がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。二人は攻撃の勢いのまますれ違い、立ち位置を逆転させて再び向かい合った。


「貴方の強さをイメージして、肉体を強化してみました」


 ツカサは、急激に上がった身体能力の種明かしをする。

 彼はここまでの戦いで観察したユウキの強さを、そのまま己の物としたのだ。


「なるほど。さっきより確実に強くなっているね」


 拮抗していた想像力に、ユウキ自身の膂力が追加された。それは確実にユウキの危機のはずだが、彼はそれでも尚不敵に笑う。


 そして、剣を大上段に構えると詠唱を開始した。光が収束し、聖剣に力が満たされていく。

 応えるようにツカサは右手の拳を引き、集中力を高める。その手には聖剣と同じように光が集まり、解き放たれる時を待っている。


「エクスカリバー!」

「ふっ!」


 ユウキは剣を振り下ろし、ツカサは拳を突き出す。

 迸る光は二人の中心でぶつかり、辺りを埋め尽くして視界を真っ白に染め上げた。激しい衝撃と風が駆け抜け、クレーターはさらに一段その大きさを拡張する。


 光が虚空に消えると、剣を振り下ろしたユウキと拳を突き出すツカサが睨み合っている。二人とも五体満足で、目の奥には爛々と戦意を宿していた。


「だけど――それでも、僕には勝てない」


 そしてユウキが、ニヤリと笑ってそう言い放った。


「――!」


 ツカサは言葉も無く目を見開く。ぷっという小さな音が鳴り――右の拳から血が噴き出したのだ。

 このゲームにおいてはすぐに治る小さな傷。だがそれは、全く互角のはずのユウキに打ち負けたことを示していた。


「おかしいですね。貴方と力を揃えたはずなんですが」


 右手に付いた傷をしげしげと眺めながら、ツカサは不思議そうな声で呟く。


「コピー系の能力は破られるものと相場が決まっているのさ。攻略法を聞いたことがないかい?」


 その様子を眺めながら、ユウキはそうツカサに語りかける。


「攻略法、ですか」


 彼は顔を少ししかめてこちらを見ると、そう声を発した。

 「ああ」とユウキはそれに答え、ぴたりと剣で彼を指しながらこう言い放った。


「君が僕と同じ強さになると言うなら――今この瞬間、僕がさっきまでの僕より強くなればいいだけだ」



 二人が戦い始めておよそ十分。

 最強と最強の戦いは、まだまだ続く。

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