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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章16 最強の敵

 改めて、ビョウドウインエイタという男の話をしよう。

 彼は由緒正しきビョウドウイン家の次男として生まれ、出来損ないの兄の代わりに次期当主としての期待を一身に背負って育てられてきた。


 その人生は順風満帆、その才覚は空前絶後。世界を裏から動かしてきたビョウドウイン家を受け継ぐに相応しい人物に、齢十五にして成長しきっていた。

 現代の日本において、彼を脅かす存在など居るはずもない。


 イマジン鬼ごっこに巻き込まれたこの状況でも、彼は変わらず彼らしく、他を圧倒する強者であり続けてきた。

 ゲームも終盤、彼は全てを勝ち残り、ビョウドウインの名を歴史に刻む大役を担う――


 その、はずだった。


*************


 路地裏を走りながら、エイタは考えた。何故、こんなことになっているのかと。


 順調だったはずだ。快調だったはずだ。

 作戦はいつだって完璧で、計画はいつだって完全だった。


 それが何故――何だって、無様に逃げ惑うことになった。



 表通りにまろび出る。その瞬間、聞き覚えのある声で名前を呼ばれたのを察知した。


「ああ? ……ちっ、よりにもよってテメェらかよ」


 そして顔を上げた先、こちらを睨み付ける一団を見ると、苦りきった顔で苛立ちを吐き出す。


 ――らしくない。こんなのは全く以て俺らしくない。


 余裕が無いのだ。いつも顔に貼り付けていた余裕の笑みすら作れず、口から零れる声には焦りが色濃く滲む。

 それが分かってしまうが故に、更に苛立ちは募るばかりだ。


「一体どういう――?」


 一団の一人――背の低い男、ユウだ。彼がそう声を上げるのだが、そんなものこっちが聞きたい。


 ――ああ、本当に、全く以てらしくない。

 らしくないのだから――形振り構う必要も無い。


「お前ら全員手伝え! アイツは本物の化物だ、俺一人・・・じゃ勝てない。このままだと、間違いなくアイツが優勝する!」


 プライドも何もかなぐり捨て、エイタは負けを認め、助けを乞う台詞を口にした。最優先事項は生き残ることだ。それくらいの割り切りができなくては、ビョウドウインの名が廃る。


「な――」

「ふざけるな!」


 しかし唐突な命令に、当然の如く苛烈な反応が返る。ユウは驚きに言葉を失い、ミコトは怒りの拒絶を口にする。

 ――当然だ。逆の立場なら俺だってそうする。


 だが、そうも言っていられない状況なのだ。だからエイタは、ミコトは一旦無視して、ユウだけを見据えてもう一度言葉を発した。

 ここはお前の領分だ・・・・・・・・・と。


「ユウ、お前なら分かるだろ! 俺がここまで言う相手がどれだけヤバいか! ミコトを何とか黙らせろ!」


 その言葉に、ユウがぎりりと歯を食いしばるのが見えた。こちらを凝視する瞳から、彼の考えが透けて見えるようだった。


 ――コイツを許すことはできない。だが、コイツの言うことを無視することもできない。


 彼の中の葛藤が、逡巡が、エイタには手に取るように分かった。そして、どういう結論を出すのかも。


「――状況は! お付のアイツはどうした!」

「ユウくん!?」


 そして予想通り、彼は情報を請求してきた。直感でエイタの言うことが正しいと分かるが、その判断を後押しする材料が欲しい。結論を保留にするという結論だ。

 ミコトが横で信じられないものを見るようにユウを見ているが、それも想定通り。


「トワはやられた」

「――!」


 ひとまず、一言で済むそちらの問に答を返す。ユウたちの顔には驚きが浮かんでいたが、それはエイタとしてはどうでもよかった。


「それで敵は――」


 肝心なもう一つの問、今の状況と相手の情報を喋ろうとするエイタだったが、それは叶わなかった。


「ちっ……早ぇんだよ畜生!」


 通りの向こうから、ソイツ・・・がやって来たのが見えたからだ。

 早いと言いつつ、しかし彼はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる――余裕たっぷりに。


「おや、なんだか沢山人が居ますね。その人たちもお仲間ですか」


 穏やかで丁寧な口調で、ソイツは語りかけてくる。

 ――胸糞悪い。その余裕は、本来俺のものだ。


 だがそこに頓着する余裕すら、今のエイタには無い。

 だからエイタは、方針を変更した。


「――そうだ!」

「はあ!?」


 協力を要請する暇がないなら、無理矢理巻き込む。

 ミコトが声を荒げすごい顔でこちらを睨んでいるが、それはどうとでもなる。


「なるほど、それは大変ですね。七対一というのは流石に厳しい」

「白々しい……!」


 ソイツはどこまでも余裕を崩さない。言っていることとは裏腹に、表情も口調もまるで崩れない。

 それは強者のみに許される態度で、腹立たしさを言葉にしてぶつけるくらいしか、今のエイタにできることはなかった。


 そう、ソイツは――このイマジン鬼ごっこにおいては、正真正銘の化物だった。


*************


 時間は少し遡る。


 エイタとトワは第三ゲームと同じく、早々にゴール付近まで辿り着いていた。もちろんやることは、次のゲームに向けた口減らしだ。


 二人の、特にエイタの能力は、奇襲でこそ力を発揮する。今回のような遭遇戦なら、相手に気付かれる前に近寄って消せばいいのだから流れ作業の如しだ。


 しかし次のゲームもそうとは限らない。例えば、一対一の真っ向勝負になる可能性も否めないのだ。

 そうなれば対策を講じることも可能になる。それを理解しているから、エイタがこの機会を逃すはずがなかった。


 そこからずっと、順調に事は運んでいた。ゴールに辿り着いた敵をトワが引きつけ、エイタが消す。

 第三ゲームより戦場が広大なぶん、一気に敵が集まることもほとんどなく、訪れる敵を確実に消していった。宝もすぐに抱えきれない程集まった。


 そして――ソイツは唐突にやって来た。



「なるほど、面白い能力ですね。姿を消しているんですか」


 ソイツはトワに向かってゆっくり歩きながら、そう声を掛けた。

 男だ。街中ですれ違っても、何の印象も残らないような男。中肉中背、男性として平均的な長さの黒髪、顔に特徴的なパーツもなく、立ち居振る舞いも居たって普通。


 切れ者という雰囲気も、強者の貫禄も感じられない。

 だが、その態度には余裕が――否、平凡が溢れ、命懸けのゲームの最中だという感覚がまるで感じられない。


 男の台詞それ自体は、多少この場を観察していれば吐ける台詞だ。現に、第三ゲームではユウも言い当てている。だから、それだけなら特別賢いという訳でもない。

 ただ――その後の行動には、度肝を抜かれた。


「差し支えなければ、能力の名前を教えてもらえますか。ええ、貴方・・に訊いてるんです」


 彼はなんと――真っ直ぐにエイタを見据え、そう問いかけてきたのだ。

 まるで、見えているかのように。


「ハッタリか――?」

「いえいえ、見えていますし聞こえていますよ」


 思わず呟いた疑念は、次の彼の言葉にあっさりと否定された。どうやら本当に、エイタの存在を認識している。

 ――あり得ない。『影の王インビジブル』は認識を不可能にする能力だ。

 ただ透明になっているのなら、それを察知することも可能かもしれない。しかし、エイタの能力はそういう次元にはないのだ。


「やけに驚いていますね。もしかして、『絶対に見つからない』という能力なんでしょうか」


 追い打ちをかけるように、彼はそう続ける。表情すら読まれて、エイタは驚愕に揺れる。


「図星ですか。しかし、だったら驚くことはないでしょう。『絶対に見つからない能力』が存在するなら、『絶対に見つける能力』も存在する。そういうことですよ」


 彼は事も無げにそう言う。だがそれはおかしい。


「そんな能力で、ここまで勝ち上がってきたってか? 冗談も休み休み言え」


 仮に彼の能力が『完璧な索敵』という、自己強化型能力だったとしよう。

 その能力だと戦闘力は皆無だ。あるいは彼自身が元々優れた膂力やセンスを持っているなら話は別だが、とてもそうは見えない。


 もしくは、ここまで隠遁・奇襲の一手で勝ち上がってきたという可能性。現実的ではないし、だとすればここでエイタたちの前に堂々と現れた意味が分からない。


「しかし事実、僕には貴方が見えいてるし話ができている。そこで呆けている彼女と違ってね」


 彼の言うことは紛れも無い事実で、ここまでしっかりと会話が成立している。そして彼に示されたトワはと言えば、エイタの言葉が聞こえないので訳が分からないという表情を浮かべていた。


「ちっ――トワ! やれ!」


 エイタは能力を解除し、トワに大声で指示を飛ばす。

 トワは最早反射に近いスピードでその指示に従い、手に持った物に能力を発動する。


 そしてそこから、大量の水が発射された。第三ゲームで島の半分を更地にした攻撃だ。いきなりこれを撃たれれば、未知の能力を持つ敵だろうと関係ない。


 トワの能力は『武器化フルアーム』と言う。触れた物体を、その特性を受け継いだ武器に変える能力だ。

 例えば島で使っていた、伸縮自在で電撃を放つ棒状の武器。あれは女子高生御用達の『自撮り棒』である。先端部に電気を集めれば、その熱で物を焼き切ることも可能という優れもの。


 そして今使ったのは――目薬。

 トワの能力に掛かれば、大量の水を放ちその水圧で一切合切を薙ぎ払う、広範囲掃討用の武器に早変わりだ。



 エイタの目の前で、彼は押し寄せる水流に飲み込まれた。威力は十分、生身では耐えようのない衝撃が彼を襲ったはずだ。


「は――」


 しかし、エイタは自分の目を真剣に疑う羽目になる。

 そこには――


「ふう……水も滴るいい男、というヤツですか」


 全身ずぶ濡れになりながらも、その場から動きすらしなかった男が――無傷で立っていた。


「馬鹿な――」


 あり得ない。エイタの頭に浮かんだのは、そんなありきたりな言葉だけだった。

 だが、そんな感想を抱いている暇は与えられなかった。


「では、こちらの番です」


 男がそう言うと同時――その姿は、一瞬にしてトワの前に移動していた。



 そして、為す術無くトワは消えた。



「これで一対一ですね」


 あまりにもあっけなく、あまりにも平凡に。

 男が伸ばした右手によって、トワは消え去った。男はここに至っても何でもない顔をしていて、そしてやはり平凡で。

 それが心底、怖ろしかった。


「お前、何者だ……? 何なんだ、お前は……!」


 エイタは自分の声が震えていると気付き、自分の恐怖を自覚した。もしかしたら、人生で初めてかもしれない。

 未知への恐怖。分からないものに怯える、なんてことは。


「僕ですか? 僕は――」


************


「――僕はサカキバラツカサと言います。どこにでも居る、ありふれた男子高校生です」


 唐突に名乗りを上げられ、ミコトたちは困惑した。しかも、『ありふれた男子高校生』と来た。

 エイタが恐れる相手が、平凡な人間のはずがないというのに。


「僕の望みはただ一つ。勝ち残って、願いを叶えることです」


 彼、ツカサは全員からの怪訝な――エイタだけは怒りの――視線を受けて、尚も自分語りを続ける。表情も口調も、ずっと穏やかなまま。


「だから、別に皆さんと戦いたい訳じゃない。皆さんが勝ちを譲ってくれさえすれば、戦う必要はないんですが――そうもいかないでしょうね」


 ツカサの言葉は、どれ一つとってもごく当たり前のことだ。ここまで勝ち残っている人間は大なり小なり『願い』を意識しているはずで、生き残りたいというのも当たり前。

 勝ちを譲るというのも、この第四ゲームにおいてはそのまま消失と同義だ。勝ちを譲る訳が無い。


「何を当たり前のことを――」


 ユウがそれを指摘すると、彼は一つ頷いて更にこう続けた。


「そう、当たり前のことです。なので――僕は、これから皆さんを脅そうと思います」


 それまでと変わらない口調で、意味も無く朗らかな微笑で、ツカサはそんなことを言ってのけた。

 彼以外の全員の顔に緊張の色が浮かぶ。


「結論から言えば――皆さんは僕に絶対に勝てない・・・・・・・ので、大人しくやられてください。戦うとなると、どうしたって痛い思いをするでしょう。それは不要な苦しみだ。僕は皆さんを苦しめたい訳じゃないんです」


 ツカサの口からさも当然のように発された言葉は、しかしどこまでも不遜な言葉だった。

 『絶対に勝てない』。その自信はどこから来るのか。普通に考えて虚仮脅しにすらならない言葉なのに、どう見ても彼は自分の言葉を信じて疑っていないのである。


「何なのアンタ。七対一どころか、一対一だってユウキが負ける訳ないじゃない」

「そう言ってくれるのはありがたいけど、少し黙ってようかマレイ。向こうの言い分も聞かないとね」


 どっこい、こちらサイドにも居た。自分じゃなく相方を信じきっている人物が。

 そしてユウキの方も、ミコトたちほど危機感は持っていないらしい。エイタを知らないのであれば、ミコトたちも同じ気持ちだっただろうが。


「ええ、聞いてください。僕の能力は『絶対支配』。触れた物を意のままに操る能力です」


 そして『脅し』としてさらりと明かされた彼の能力は、ミコトたちの脳に浸透するまでに時間が掛かった。その間に、彼は更に『脅し』を続ける。


「分かりやすく言いましょうか。例えば今、僕が誰かに触れて『死ね』と言えば、その人は死にます」

「――は?」


 その言葉に、ユウは完全に面食らった。


「ううん――それはあり得ない。だって、『参加者は絶対に死なない』。そういうルールなんだから」


 そう、リョウカの言う通りだ。そんな横紙破りが存在したら、このゲームは成り立たないはずである。このゲームの根幹を成す三つのルール――それは絶対不動のものとして存在しているはずだ。


「何事にも例外はあるものですよ。それによく考えてみてください。一度死んで蘇れば、このゲームでは『死んでない』ことになるんです」


 それには、ミコトもユウも、アカリもリョウカも覚えがあった。

 第一ゲーム。キタネの能力によって、タイジュは爆発四散しているのだ。それも二度。全身粉々に砕け散って『生きている』とは、流石に言えないだろう。

 タイジュも、その間の記憶は無いと言っていた。つまり正確に言えば、『死ぬけど復活する』というのがこのゲームのルールなのだ。


「あれ? じゃあ別に大して脅しになってないよね? 死んじゃうのは怖いけど……」

「それに、それって触られなければ問題ないですよね……?」


 アカリが、そしてミコトが疑問を口にする。

 この二人ですら指摘できるほど穴がある『脅し』。そこだけを切り取って見れば『ただの口から出まかせ野郎』なのだが――


「やっぱりそう思いますか。『何でもあり』を伝えるには分かりやすい例だと思ったんですが……どうも駄目ですね。僕は説明が下手でいけない」


 ツカサはそう言って、あっさり『脅し文句』を放り投げた。

 彼はどうにもアンバランスだ。冷静で理知的に話してるように見えてその実、話は今一つ分かり辛い。

 頭が良いようにも見えなければ膂力があるようにも見えず、さりとてエイタの態度は彼の強さを物語っている。


「百聞は一見に如かずと言いますし、実際に見てもらった方が早いですね」


 しかし、その一言が分水嶺だった。


「例えばほら、こんな風に。『一瞬でここに行け』と自分の身体に命じてみました」


 その声は、ミコトたちのど真ん中――ここまで乗ってきた車の上から聞こえた。

 ミコトは自分で、あっという間に血の気が引いていくのが分かった。今彼が、そこではなく自分の隣に来ていたら。


「それから、こういうこともできますよ」


 彼はそう言いながら地面に降りて手を着く。

 そして――


「かっ――」


 ミコトたちと少し離れた場所から、声が聞こえた。

 声と――ぐちゅり、という嫌な水音。


 視線を向けた先――エイタの身体を、隆起したアスファルトが刺し貫いていた。


「え――」


 ミコトは思わず間抜けた声を漏らす。他の五人も、多少の差はあれ驚きは同じだった。

 似たような攻撃を、ミコトは見たことがある。第二ゲームの最初だ。地面の形状を変化させたのだ。


「すみません。でも、貴方は既に一度僕を攻撃しています。だから文句は受け付けません。殴っていいのは、殴られる覚悟のある人だけですから」


 そしてミコトたちが固まる中、ツカサは悠々と歩いてエイタに近付く。


「てめ、ぇ……」


 エイタは、恨めしげな視線でツカサを睨み付ける。

 だが――それだけだ。


「そん、な……」


 ミコトは、愕然と声を上げる。


 その視線の先には、ツカサが居る。そして、ツカサしか・・居ない。



 ビョウドウインエイタ。

 瑞生の代わりに生き長らえた、ミコトたちの因縁の相手。

 ミコトたちが出会った中で、おそらく一番賢く、一番厄介だった敵。


 ミコトが自らの手で退場させると、そう決意していた男――




 ビョウドウインエイタは、消えた。

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