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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章15 因縁

「それじゃあ……本当にいいんですね?」


 ミコトは、遠慮がちにそう訊ねた。


「うん、お願い」


 答えるのは、ミコトに手を取られて微笑むウタネだ。

 気持ちの良い答にしかし、ミコトは尚も躊躇って後ろを振り向く。そしてリョウカと目が合い、彼女が頷いたのを見てようやく踏ん切りがついた。


「では――『強制退場』」


 きん、と能力が発動し、ミコトは握っていた左手を離すとその手でウタネの右手に触れる。

 問題なく、間違いなく退場が成立していた。


「おおー。ありがとう、ミコトくん」


 彼女はミコトの肩やら腕やらをぺしぺしと叩き、退場した事実を実感して声を上げる。

 そしてにへら、とミコトに笑いかけた。


「どういたしまして。あ、もう怪我しても治らないから気を付けてくださいね」

「了解です!」


 ミコトがそれに答えつつ助言すると、ウタネはピッと敬礼して元気に答える。


 ――もし違う出会い方をしていたら、仲良くなれたんだろうな。

 ミコトはそんなことを思った。



 ミコトたちは全員、橋の上に集まっていた。そこでリョウカとウタネから二人がどうすることにしたかを聞き、今しがたウタネを退場させたところだ。

 ミコトとウタネが向かい合い、その少し後ろにユウ、アカリ、リョウカが、そこからもう少し後ろにユウキとマレイが居て、その様子を見守っていた。


「これからどうするんだ?」


 ユウがミコトの横まで歩み寄り、ウタネに向かって問いかける。


「んー……とりあえず、寝る。ホームセンター探してベッドで」


 「疲れちゃったし」と答えるウタネに、「自由か」とユウはツッコみつつ、


「でも、屋内に入るのは賛成だよ。外だと問答無用で襲われたりするかもしれないから」


 と、さりげなく助言した。ウタネが頷いて「そうする」と答えると、そこで話題は途切れた。


「……じゃあ、そろそろ行くね。皆はあんまり、ゆっくりしてられないもんね」


 そうして、ウタネは別れの言葉を口にする。

 彼女の言う通り、ミコトたちは急がなければならない。そうでなくとも、今回の一件で時間を食ってしまっているのだ。


「リョウカちゃん、最後に何か言わなくていいの?」

「……」


 アカリがリョウカに問いかけると、リョウカは一瞬躊躇った後、無言でウタネの前まで進み出た。

 いろいろな言葉や思いが、リョウカの中を駆け巡る。しかしもう、必要なことは全て伝えてあった。


「……元気で」


 だから結局、そんなありふれた言葉と共に手を差し出した。「リョウカもね」と言いながら、ウタネはその手を取ってしっかり握りしめる。


「……約束、忘れないでね」


 そしてウタネは、何とも言えない表情でそう告げた。


「それはこっちのセリフ。約束をすっぽかすのは、いつだってウタネなんだから」


 そんなウタネに、リョウカはおどけてそう答えて見せる。つられてウタネも、「そりゃそうだ」なんて言って笑った。


「それじゃあね」


 最後にそう言い残し、ウタネはくるりと背を向ける。

 橋を歩いて行くウタネを、ミコトたちは全員で見守った。


 その背が見えなくなるまで、彼女は一度も振り返らなかった。



「本当に、良かったの?」


 一番悲しげな表情をしていたアカリが、リョウカにそう訊ねる。


「はい。言いたいことは、全部言えましたから」


 そんなアカリを他所に、ウタネは晴れ晴れとした様子で、穏やかな微笑みを浮かべた。


「……そっか。よかったな」


 その表情を見て、ユウは心からそう言えた。彼女はようやく、自分を縛る過去を乗り越えられたのだ。


「……ユウ」

「ん?」


 と、リョウカが不意に名前を呼ぶ。そして更に不意打ちに、


「ありがとう。全部、ユウのお蔭だよ」


 にっこりと笑って、そう感謝を告げた。

 ウタネと一緒に戦うことを認めてくれたことも。病院で二人が話す時間をくれたことも。あの時、ウタネを追うように言ってくれたことも。そして――信じた通り、助けに来てくれたことも。


 ユウのお蔭で、ウタネと向き合うことができた。過去と向き合うことができた。

 それ以前に、そもそもユウが居なかったらここまで勝ち残って来れなかったというのもある。


 だからリョウカは、その言葉に全ての感謝を込めた。


「あー……うん、まあ、あれだ。どういたしまして」


 今までに見たことのないリョウカの笑顔に、ユウは完全にどぎまぎした。

 なんとかそう返すと、思わず目を逸らす。


 ――っていうか今、敬語じゃなくなってたな。

 そこに気が付いて、ユウはさらにドキリとするのを感じた。


「そう言えば、ユウくんも良かったね」

「な、何が?」


 と、ミコトが唐突に声を掛けてきて、ユウは今度はぎくりとする。よもや、リョウカに見惚れていた事がバレたのではと。

 しかし、ミコトの意図は違うものだった。


「ほら、落っこちそうな女の子を助けられたじゃないですか。崖からじゃないけど」

「あ、確かに!」


 ミコトがそう言って、アカリも思い出したように声を上げる。


 ――そう、そう言えばそんなことをユウは言った。『接続』の能力を選んだ理由について訊かれて、ユウはそう答えたのだった。

 本来は、ユウが女の子の手を握って助けるのが思い描いていた絵面なのだが――細かいことを差し置けば、確かにユウはそれを実現したことになる。


「……そうだな」


 ユウはくつくつと笑ってそう答える。冗談半分で口にした願望だったが、まさか本当にそんな状況になっていたとは。

 それに、ミコトもよくそんなどうでもいいことを覚えていたな、と。


「何の話?」

「あ、そっか。リョウカちゃんはあの時まだ居なかったね。実は――」


 リョウカが疑問符が飛び回る表情で横から訊ね、ミコトが説明を始める。


「へえー……ユウも意外と、子供っぽいところあるんだね」

「良いでしょ、別に」


 ニヤニヤとからかう様にユウを覗き込むリョウカに、ユウはふいっと視線を逸らしておざなりに答える。


「うん」


 しかし、視界の端でリョウカがあっさりそう言ってにっこり笑うものだから、ユウは結局またドキリとせざるを得なかった。


「あれ? っていうかリョウカちゃん、さっきから敬語じゃないよね?」


 そして、アカリがそこに遅ればせながら気が付き驚きの声を上げる。


「あ、本当だ! どうして?」


 ミコトも言われてようやく気付き、リョウカに訊ねる。


「あ、本当だ。なんでだろ? あ、敬語の方が良かったですか?」


 ところが、当のリョウカすら無意識だったらしい。ユウなど、一言目から気が付いていたというのに。


「そんな訳ないでしょ。まあ、いろいろ吹っ切れたってことじゃないの」


 ユウとしては敬語も悪くなかったが、本人が自然に喋れるのが一番に決まっている。

 理由だってどうでもいいだろうと、ユウは適当にそれっぽいことを言った。


 とは言え、吹っ切れたのは確かだろう。それは彼女が再び歌えたこともそうだし、川に流れてしまったマフラーを「別にどうでもいいですよ」とそれこそ水に流していたくらいには。


「そっか。まあ、そうですよね」


 ミコトはユウの言葉をあっさり呑み込むとそう言った。彼らしいことだが――


「そう言えば、ミコトも時々敬語が混じるよね。どうして?」

「そう言えば。なんかもう当たり前になってたけど」


 リョウカがそこに気が付いて疑問を差し挟む。確かにその通りだと、アカリも同意の声を上げた。

 ミコトはどれだけ仲良くなった相手でも、ときどき冗談でもなしに敬語が混ざることがある。


「あ、そうですね。それはたぶん――」

「ただの習慣でしょ。ミコトの父親に会ったことあるけど、たぶん皆会ったららびっくりするよ。喋り方がまんまミコトだから」


 しかしその答は至ってシンプルで、ミコトの代わりにユウが説明してみせた。

 その昔ユウがミコトの父親と会った時、それは驚いたものだ。ミコトの何とも言えない低姿勢な喋り方を、大の大人がそのまま喋っているのだから。


「そうなんだ。『三つ子の魂百まで』って言うもんね」

「長年の謎が解けたよー。すっきり!」


 リョウカもアカリも、納得の声を上げた。口調一つ取っても、人にはそれぞれ事情やルーツがあるものだ。


「さて……そろそろ口を挟ませてもらっていいかな?」

「っていうか、いつまでくっちゃべってんのよ! いい加減出発するわよ!」


 と、遠慮がちにユウキが、意気軒昂にマレイがそう声を上げた。

 無駄話が長引いて、マレイは怒り心頭のようだ。


「「「「すいませんでした!」」」」


 慌てて四人は、綺麗に敬語で謝罪を揃えた。


************


 急いでゴールに向けて出発した六人だっだが――それまでと一転、快適な旅が始まっていた。


「科学の力ってすげー……」


 そんな小学生みたいな感想を、力なくユウは呟いた。

 もろもろの事情を鑑みた結果――なんと、ユウキの運転する車に乗っているのだ。ルールにも『乗り物は禁止』などとはどこにも書いていなかったが、かなり意表を突く発想だ。

 ユウキはもう十八歳で、運転免許を取得していたのである。ちなみに車は適当な民家から鍵ごと拝借した。



 現在、ミコトたちの一行が持っている宝の数は十二個。ユウキたちは、最初から五つ――島にあった全ての宝を持っていた。それに加えて、ミコトチームが獲得した宝が四つ。ユウチームは三つだ。


 つまり、宝をあと六つ集めた上で、ゴールまで辿り着く必要がある。

 そしてゴールの位置は、ユウが目星を付けていた。


「うん、やっぱりそこで間違いないと思う」


 ユウは地図をぐりぐりといじり、そう声を発する。今までの移動の途中や、ミコトたちが確認した矢印を地図で引っ張って確認してみたのだ。

 そして大体の位置が分かり、ゴールになりそうなところに目星を付けたところ――


「レオンスプリングタウンか――あり得る話だね」


 埼玉県は越谷市にある、日本最大規模のショッピングモールである。そこがそのまま次の戦いの舞台になるというのは、大いに考えられる話だ。

 ショッピングモールを貸し切っての鬼ごっこ――こんな状況でなければ、中々に胸躍る話だが。


「万が一違っても、その近くであることは間違いないんだよね。なら、とりあえずそこを目指せばいいんじゃないかな」


 口を挟むリョウカの言う通り、細かい位置は向こうに行って矢印を確認すれば問題ない。どちらにせよ、ミコトたちの居る場所はまだまだ遠い。この分なら、すぐに辿り着けそうではあるが。


 だが、順位の方は上がっていた。ほとんど停滞していたにもかかわらず、車で出発する段階で順位は七百四十二位。前に確認した時が二千位台だったことを考えると大躍進である。


「この上がり方、やっぱりゴール付近で何か起きてると見るべきだろうな」


 進んでいないのに順位が上がるということは、先に居る人間がどんどん減っているということだ。それはつまり、ものすごい勢いで人が消されているということである。

 そんなことになるのは、間違いなく人が集まるゴール付近だけだろう。


 ちなみにユウキが車移動を提案した背景にはそれがある。

 彼は道すがらできるだけ多くの人を退場させて行くつもりだったのだが、そういう状況なら早くゴールに向かうべきと判断したのだ。


「ゴール付近……」


 ユウの推測に、ミコトは険しい顔でそう繰り返す。

 否応なしに蘇るのは、第三ゲームの記憶である。そこには当然、あの男・・・の姿がチラつく。


 ビョウドウインエイタ――彼も当然、このゲームに参加している。そして彼ならば、やはり前回同様ゴール付近で待ち構えている可能性が高い。


「安心しろミコト、次会ったら絶対に決着を着ける。それに今はユウキさんも居るからな、負けやしないよ」

「ああ、全力で力になるとも」


 そんなミコトに言い聞かせるように、ユウは前向きな言葉を掛ける。ユウキも、力強い声でそう答えてくれた。


「うん――次は絶対勝とう」


 リョウカは過去に決着を着けた。次は、ミコトとユウの番だ。

 ミコトは頷き、そう決意を口にした。


**************


 車は道路を快調に飛ばし、一時間ほどで目的地の近くまで到達していた。他の車も人も居ないので、快調なのは当たり前だが。

 その過程で、順位はもう二桁に突入していた。


「すごい! これなら、本当に次のゲームに進めそう」

「まあ、あと宝を六つ集めなきゃだけど。この面子なら、ゴール前で六人退場くらいは余裕だろ」


 アカリが嬉しそうに声を上げ、ユウも頷いてそう続ける。

 だが――突然状況に変化が訪れた。


「!」

「うわっ!」


 ユウキが、突然急ブレーキを踏んだのだ。全員が前のめりに突っ込み、前の座席にぶつかったりして声を漏らす。


「ちょっとユウキ、何――」

「あれを見てくれ」


 文句を言うマレイの声を遮り、ユウキは前方を指差した。


「な――」

「なんだありゃ――」


 全員から、口々に驚きの声が上がるが、それも当然だ。

 ユウキが指を差した先では――建物が大きくうねって、まるで生き物のように動いているのだから。


「もうゴールも近い。車を降りよう」


 ユウキの短い指示で、全員が車から降りてそちらを窺う。車に乗っていては、いざというとき行動を起こせないからだ。

 その直後、激しい音がミコトたちの耳に飛び込み、建物はうねったそのまま倒れ込んだ。

 ものすごい衝撃が大地を揺らし、暴風がミコトたちの居る所まで駆け抜けてくる。


「一体何が――あれも能力なのか?」


 ユウはそう口にしてみるが――能力のスケールが大きすぎて、いまいちピンと来ない。ユウは自分の能力も大概何でもありになってきたことを自覚しているが、それでも建物一つを丸々どうにかするほどではない。


「他に考えられることはないけど――! 誰か来る!」


 と、相槌を打つユウキが鋭い声で警告を発した。

 そして彼の言う通り、その視線の先の路地から一人の男が駆け出してきた。


「な――」

「あれは――!」


 ユウが、続いてミコトが驚愕の声を上げる。それは、駆け出してきた人物に対する驚きだった。


 チャラチャラとした長めの茶髪、耳に光るピアス。

 着崩した制服はところどころが破け、その表情に以前のような余裕は見受けられない。


 噂をすれば影、とはよく言ったものだ。

 ここで会ったが百年目――と言うには、些か再会が早過ぎるが。

 ミコトたちを打ち負かし、第三ゲームを勝ち抜いた男。瑞生の代わりに生き残った男。


「ビョウドウイン、エイタ――!」


 ミコトは、低い声でその名前を口にする。



 ミコトとユウ、二人の因縁の相手は――どうやら窮地に陥って、ミコトたちの前に現れたのだった。

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