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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章11 痛恨

 逃げた男を追ったユウは、リョウカと違い着実に距離を詰めていた。どうやら、素の身体能力は男よりユウの方が上らしい。


 男の能力は攻略済みで、電撃という攻撃手段をユウは得ている。近付けさえすれば、勝算は十分にあった。


 しかし――


「まあ当然、そうなるよな……」


 前を走る男は、突然近くの建物の壁に向かって突進した。左手の能力を発動した男は、吸い込まれるように壁の中へと消えていく。

 物をすり抜けられる能力があるなら、当然そういう逃げ方をするだろう。


 立ち止まり建物を睨みつけて、ユウは思考する。


 ――どうする。追いかけて中に入るか、それとも建物を回り込んで反対側を見張るか。あるいは、一切無視してリョウカの方を追いかけるという選択肢もある。


 そもそも、奴らは何故二手に分かれた。リョウカがウタネを追うことは向こうだって分かっていたはずだから、一対一の状況を作りたかったのだろうか。

 だとすれば一対一の方が彼らには勝算があるということになる。それなら――


 ユウは踵を返し、リョウカたちが向かった方角へ駆け出す。


「――そういう訳じゃないのか」


 数メートルを駆け抜けたところで、ユウは急停止する。後ろを振り返っても、男がユウを追ってくる気配は無かった。

 つまり、ユウがどうするかは関係なく、男には二手に分かれた別の意図があるということだ。


 ユウは地面に手を着き、能力を発動した。

 棒を伸ばしどんどん上へと身体を運ぶと、高くなった視界で辺りを見回す。

 すると、先ほどの建物の反対側に男を発見した。どうやらそのまま建物を素通りしたらしい。


「どこかに向かってるのか――?」


 追いかけるユウを振り切ろうとする動きだ。何らかの目的意識を感じる行動に、ユウは疑問を呟いた。

 ユウはそのまま棒を操作すると横へ伸ばし、建物の屋上へと降り立った。反対側の端へと走り、そこでまた能力を発動する。


 ――向こうが建物をすり抜けて逃げるなら、こっちは建物の上を飛び回って追いかけるだけだ。

 能力を次々に発動し、ユウは建物から建物へと移動を続ける。



 そして男の上空へ追いつくと、そこから急降下して襲い掛かる。

 棒を巧みに操作して落下エネルギーを制御、そして接続を解除して硬貨で武器を創り出す。


 男はぎりぎりのところで、こちらに気が付いたようだ。振り返り、ユウの振り下ろす武器を見て――


 ぎぃんと、甲高い金属音が鳴り響いた。


 ユウは自分の武器が弾かれる感覚を得て面食らう。見れば、男はその右手に包丁を握っていた。


「さっきの建物の中から――!」


 なるほど、普通の武器で対抗すれば電撃を食らわずに済む。見た目に反し、男は中々に頭が切れるようだった。ユウの攻撃への対策を講じ、建物に入った際に包丁をくすねてきたのだ。


 驚くユウを見てチャンスと思ったのか、男はそのままユウ目掛けて包丁を突き出す。

 ユウもそれに反応して武器を振るい、再び金属音が鳴り響いた。


 そのまま二度三度とお互いに武器を振るっての打ち合いが続く。そして四度目のぶつかり合いで、ユウが仕掛けた。


「!」


 ぶつかり合った瞬間男は違和感を覚えたようだが――もう遅い。

 男の包丁はユウの棒にぴたりと貼り付き、動かせなくなっていた。即座に左手で棒に触れに掛かる男の反応は素晴らしいものだったが、


「無駄だよ」


 ユウはニヤリと笑い、棒を振り抜いた。男の能力によってすり抜けたそれは男に当たることはなかった。

 だが、そこには包丁が貼り付いたままだ。


「すり抜けても、磁力は有効みたいだな」


 武器を失い飛び退いた男に、ユウは種明かしをする。


 ユウは『接続』を、強力な棒磁石に変えたのだ。包丁は磁力によって、その中心へと吸い寄せられる。強力な磁力で引っ張ることによって、ユウは男から武器を奪うことに成功した。


「ちっ」

「待て!」


 男は状況不利と見ると、舌打ちと共に即座に逃げに走った。ユウは叫び、その背中目掛けて――奪った包丁を投げつける。


 しかしそれは、こちらをチラリと見た男に躱された。やはり、かなり手強い相手と言わざるを得ない。

 ユウもまた舌打ちをして男の後を追い、再び追いかけっこが始まる。



 ユウとしては、早々にリョウカの元へと向かいたかった。彼女はウタネを消すと言っていたが、果たして本当にそれを実行できるのかは疑問だ。

 しかしウタネの方は躊躇いはしないだろう。何しろ既に二度、リョウカを殺そうとしているのだから。

 その意識の差が、土壇場で決定的な差になることは想像に難くない。


 そして――できれば消してほしくない、というのがユウの本音だ。それはミコトとの約束もあるし、彼女自身のことを考えてもそうだ。

 親友を消す――殺すことは、彼女の心にどれだけの傷跡を残すのか。


 最初に会ったときは、『人形のようだ』などという感想を抱いたものだ。だが、今のユウは知っている。彼女が心優しく、温かい感情を持つ人間だと。

 だからこそ、彼女の心を深く傷付け汚してしまうような、そんな経験をさせたくないと思った。


 ――一度は頼んでおいて、白々しいな。

 ユウの心中にはそんな自嘲が込み上げる。一度自分の都合で殺人を押し付けた身だ。実現こそしなかったが、その事実は変わらない。

 だが、今ユウが抱える思いもまた、確かなものなのだ。


 どちらにしても、リョウカを助けに行くのがベストだった。最悪なのは、彼女がウタネに消されてしまうことなのだから。

 しかし、男を放置してリョウカの元へ行くのも難しい。彼は明らかに何かを企んでいる動きで、それを放っておけば自分やリョウカが危険に曝されることになる。


 問題なのは、男を拘束するのが難しいという点だ。彼の能力は拘束を抜けるのに最適で、確実に左手を封じなければ簡単に抜け出されてしまう。

 隙を衝いてそれを行うことは難しい。となれば、何らかの方法で意識を奪い、その間に拘束をするしかない。


 幸い、電撃という攻撃手段をユウは持っているが――それも向こうにバレている以上、警戒も対策もされるだろう。先ほどの包丁がいい例だ。

 かと言って、それ以外に有効な攻撃手段も思い付かない。男の警戒を掻い潜って攻撃を当てるしかないが――どうしたって、時間的にも難易度的にもハードルが高い。


 ユウは走りながら視線を落とし、自分の右手を見つめる。


 ――最悪の場合。

 リョウカが既に覚悟した以上、そしてユウもそれに協力すると約束した以上、その選択肢も当然考えなくてはいけない。

 ユウが手間取って、その隙にリョウカがやられました――などということになれば、ユウは後悔してもしきれない。



 ともかく、男をどうにかしてリョウカの元へ向かう。

 そんな焦りと、煮え切らない、右手という選択肢への迷いが良くなかったのだろう。



 男は再び能力を発動し、民家の塀へとその身を滑り込ませる。

 ユウは塀に手を着いてひらりと飛び越えると、その後を追いかけた。


 飛び越えた先は庭だった。その片隅には小石が敷き詰められた場所があり、男はそれを見ると一目散に突っ込む。


 いつだったか、同じような行動を見た――第一ゲーム、キタネの行動だ。

 それを思い出したときには、やはり男はキタネと同じ行動を取った。

 即ち、握りしめた小石に能力を発動し、こちらへ放ったのだ。どれに能力が効いているのかは、全く分からない。


 そして次の行動も同じ――男はそれを囮とし、本命の攻撃を繰り出す。

 庭に掛けてあった物干し竿を掴み、それをユウ目掛けて構えて突っ込んできたのだ。


 ――やられた。

 キタネの攻撃との最大の違いは、それが防御不可能という点だ。あのときは小石を弾いた上で、本命の爆弾を回避できた――結果は躱しきれていなかったが。


 しかし今回は、小石を弾くことができない。彼の攻撃は、全ての防御をすり抜けるのだ。しかも、当たり所によってはそのサイズですら致命傷になりかねない。


 小石の散弾と突き出される物干し竿。全てを回避するのは不可能だった。

 絶体絶命という状況の中で、既に凝縮されていたユウの思考はさらに凝縮され、本能の領域で身体が動く。


 それは、自らの命を守ることへの本能だった。このゲームでは、どれだけ傷付けられても死にはしない。その事実は既にユウの骨の髄まで浸み込んでいて、それが次の行動を決定付けた。


 回避しきれない攻撃の中――ユウは、前へと踏み出したのだ。


 小石がバラバラと身体に当たるのは全て無視した。身体に抵抗なく侵入してくる物干し竿すらも無視した。

 そして前に踏み込んだユウは、左手に構えた刃を全力で振り抜き――


 男の右腕、その前腕を斜めに斬り落としたのだった。

 斬り落とされた部位は地面にどさりと音を立てて落ち、剥き出しの断面からは血が一気に溢れ出す。撒き散らされた鮮血が、ぼたぼたと辺りを赤く染める。


 そして次の瞬間、実体を取り戻した物干し竿がユウの体内を蹂躙する。筋肉が、脂肪が、骨が、内臓が押し退けられ、ひずみに耐え切れなくなった肉体が崩壊する。

 身体の内側から破壊される異常な感覚。込み上げる嘔吐感にそのまま従うと、ユウの口からは血塊が零れ落ちた。


「ぐっ――」

「あ゛あっ――」


 男とユウが、同時に苦痛に声を漏らす。


 ユウの身体は物干し竿に貫かれ――それは後ろの塀に突き刺さっていた。これをどうにかしない限り、ユウは動けない。

 片や男は、唯一の決定打となる右腕を失った。ユウはその場から動けずとも右手は動く。つまり、不用意に近付けば男の方が危ない。

 右手を防ぐには右手しかない。それがこのゲームにおける、最大のセオリーだった。


 要するに、この戦いは膠着状態に陥った。どちらもお互いを攻められないのだ。

 だがそれは――ユウにとって敗北を意味していた。


「ちっ……土壇場でなんて判断しやがる」


 男は苦痛に塗れた顔で右腕を拾い上げながら、ユウを睨み付けそう呟く。


「回復を待ってる時間は無ぇ……後で消しに来てやるから、覚えてろよ」


 ユウの予想外の行動と自らが負った痛手に、男は怒りを露わにそう発した。

 悔しげな顔で踵を返すと、男はユウを置いて走り出す。そして反対側の塀に能力を発動すると、その中へと消えて行った。


「待、て……」


 もちろん、ユウにそれを追いかけることはできない。力なく声を発することしか、ユウにできることはなかった。

 消されることは回避できた。だが、男を逃がしてしまった。それはユウにとって、敗北でしかない。


「くそ……」


 『時間が無い』という発言からも、男がウタネと示し合わせて何かを企んでいたのは明白だ。つまりユウは、みすみすその計画を実行させてしまったことになる。

 断腸の思いを――今は実際、腸の一部に穴が開いているだろうが――、ユウは言葉に乗せて吐き出す。


 しかし、そんなことをしている暇すら惜しい。ユウは朦朧とする意識の中、頭を無理矢理回転させた。まずは身体に突き立ったこいつを何とかしなければ話にならない。


 意識はどんどん薄くなり、回転させた頭も油断するとすぐに動きを止めそうになる。このまま意識を失うと、無限ループだ。

 棒が突き刺さったままでは、傷が回復しない。失血で意識を失い、目を覚ましてもまた同じことを繰り返すだけだ。

 まずは棒を引き抜く。そう決めて、ユウは『接続』を変化させる。


 硬貨と自分の左手を、細く頑強なピアノ線で繋ぐ。それを物干し竿に巻きつけると、右手で硬貨を持ちぐっと引っ張る。


 物干し竿はあっさりと切断され、ユウの身体の前面のすぐ近くに断面が出来た。


「せえ、のっ……!」


 痛みを無理矢理抑えつけ、ユウは一歩を踏み出した。

 前に出る身体が、物干し竿をずるずると滑り抜ける。接している面が痛みに悲鳴を上げ意識を奪い去ろうとするが、構わず一息に前へと進んだ。


 そしてユウの身体は、物干し竿の呪縛から解放される。倒れ込みそうなるが、そんな暇も無い。再び『接続』を変化させ、ユウは自分の身体を縛り付けて止血を図った。


「ははっ、ざまあみろ……」


 男は、戻ってくるまでユウが動けずにいると思っているに違いない。

 だがユウは解放された。傷を負ったが、自由に動けるのだ。


「待っ、てろ、リョウカ……」


 どくどくと、開いた穴から血が流れ出るのを感じる。傷が大きい。止血の効果が十分に得られていない。

 だが、早くリョウカの元へ向かわなければ。無理矢理に更に一歩踏み出すと、力を失った脚はユウの身体を支えてはくれなかった。

 ぐしゃりと潰れるように、ユウはその場に倒れ込む。


「くそ、動けよ……」


 次いで、脚だけでなく全身から力が抜けていくのを感じる。

 倒れている暇など無い。早く、リョウカの元へ向かわなければ。焦る思考に反して、身体と意識はどんどんと減衰する。


「俺が……」


 ユウの脳裏に浮かぶのは、リョウカ。その姿が、瑞生とオーバーラップする。

 今、守りたいと思ったリョウカ。昔、守れなかった、助けられなかった瑞生。


「助けるん、だ……」


 果たしてそれは、どちらを思って発された言葉だったのか。



 遂に意識を失ったユウには、分からないことだった。

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