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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章2 爆弾魔、再び

 『二度あることは三度ある』と言う。だとすればこの状況も、また訪れると言うのだろうか。全く以てそれは御免こうむりたい。


 ミコトは今、走っている。いや、このゲームが始まって以来走っている時間は結構多い。だから『今も』と言った方が正確だろう。

 そして、その隣にはアカリが居る。彼女もまた走っている。いや、少し前を走る彼女に必死で追いすがっている、と言った方がこれまた正確だろう。


 さて、では何故二人して走っているのかと言えば、現在進行形で敵から逃走中なのだ。それもまあ、いつものことではある。


 二度あることは三度ある。冒頭の言葉通り、何から逃げているか、そこを絞って見ればこれは二度目の逃走だ。


 では、何から逃げているのか?



「うわっ!」

「ミコトくん!」


 風に煽られて・・・・・・転びそうになったミコトは、思わず声を上げる。アカリの気遣う声が聞こえるが、幸い走行は継続中だ。


 そうしてる間にも、それ・・はミコトたちを打ち倒そうと、吹き飛ばそうと・・・・・・・飛んで来る。

 放物線を描き飛んできたそれは光を放ち、音を轟かせ――爆風・・を解き放つ。



 そう、二人を追いかけて来るもの。それは――『爆弾』である。


「だから、良い子はマネしないでねって何回言ったら!」

「本当だよ! 危険なんだから!」


 再三の誰に向かってか分からない警告を愚痴るように発しながら、ミコトとアカリは逃げ惑う。


 第一ゲームで大苦戦した、『爆弾』の脅威。

 二度目のそれに遭遇したのは少し前に遡る。


**************


 四人の作戦会議が終わってから、およそ三十分くらい経とうという頃。

 体力とミコトに会いたい気持ちに物を言わせて歩き続けていたアカリは、集合場所まであと一キロと少し、というところまで来ていた。


「うん……道、間違えてないよね。あとちょっと!」


 アカリにとって幸いなことに、ここまでの道は大きめの道路を辿ってこればよかったし、誰にも会うことなく進んできている。このまま順調に進めば、すぐにミコトに会える。それはアカリにとってあらゆる意味で喜ばしいことだ。

 だが――


「!」


 アカリの耳が、微かな物音を捉えた。アカリもこれで、ここまでの戦いを乗り越えてきた一人だ。流石に警戒心は強くなっている。


「あっちの方から、何か……」


 アカリは今、丁度交差点の真ん中に居た。音が聞こえた気がしたのは、今の進行方向から見て右側の道だ。

 音の感覚は遠かった。つまり、それだけ大きな音が出ていたということで――


「誰か、戦ってる……?」


 その可能性が、一番に考えられる。


「どうしよう……」


 アカリは迷う。ユウから合流を最優先にしろとは言われているが、他の参加者の様子を探れるのであれば探ってほしいとも言われている。


「あ……音、近付いて……」


 悩んでいるうちに、先ほどは微かだった音が、よりはっきりと聞こえてくる。音の正体はまだ判然としないが、明らかに近付いてきているようだ。


 今考えられる最悪の状況は、この音が戦闘音で、アカリがそれに巻き込まれることだ。


「やっぱり、ミコトくんとの合流を急いだ方がいいかな……?」


 だが、ミコトが到着するまでどれくらいかかるかはまだ分からない。下手をすれば、集合場所にこの音の元凶がやって来る可能性もある。

 そうなると、ミコト共々窮地に立たされることになりかねない。


「それだと、ミコトくんに無茶させることになっちゃうかも」


 第三ゲーム、血まみれで倒れるミコトの姿が、アカリの脳裏をよぎる。

 アカリの能力では、ミコトを戦闘面で補助することはできない。アカリができるのは囮になることくらいで、それも相手次第では全く無意味かもしれない。


 逆に、アカリがここで音の原因を突き止めておけば。

 仮に戦闘中だったとして、それならばむしろアカリが気付かれる可能性が減るというものだ。そして、こちらからは見つけやすい。何しろここまで届く音を立てながら戦っているのだ。


「何が起こってるかだけ把握して、その後ミコトくんと合流すれば!」


 もし戦闘が長引いていれば、その不意を衝いて退場させることもできるかもしれない。そのためにも、人数や大体の場所は把握しておいたほうがいい。それが、逆に奇襲をかけられることを防ぐことにも繋がる。


 ――すごい、今の私冴えてる!


 自画自賛しながら、行動の方針を切り替える。

 くるりと向きを変え、音の方へと歩き出す。


 しかし結局、それはやめておいた方が良かったのかもしれなかった。


***************


 音の発生源を求め、アカリは慎重に進んで行く。音は断続的に聞こえるため、聞こえた時に方向と距離感を微調整しなければならない。

 しかし、確実に近付いてきてはいる。


 そして半ば確信する。音の正体は――


「これ、爆発だよね……」


 随分昔に感じるが、一応、今日聞いたことのある音だ。たぶん間違いないだろう。

 左手の能力は、各自の希望に沿って決める。だから同じような能力があったとしても不思議ではない。

 そして当然、思い起こされるのは第一ゲームのことだ。キタネとの戦いでは、ミコトとユウが身体を張ってくれた。アカリはただ、言われるがままに走り回っていただけだ。


「今度は、私が――!」


 思い出した事実に再度奮起し、アカリは音源探しを再開する。

 辺りは住宅街だ。塀を乗り越えて適当な家に失礼すれば、アカリならすぐに身を隠せる。


 聴覚を頼りに角を折れ、どんどんと細い路地に入り込んでいく。その度に大きくなる音に、アカリの心拍数もどんどん上がっていく。

 もし先に見つかったら。あるいは、爆弾がいきなりこちらに飛んできたりしたら。


 掻き立てられる嫌な想像を頭を振って追い払い、耳に全神経を集中する。

 そうして何度目になるか分からない爆音を聞き取り――そちらに目を向けて、気付く。


 目の前にはT字路があり、突き当りには民家が密集している。その向こうに、白い煙がうっすらと立ち上っているのだ。

 アカリは意を決し、T字路へ突撃する。そしてそのまま勢いをつけて塀をよじ登り、目の前の民家の狭い庭に降り立った。


 後ろのT字路以外は、全て別の民家に囲まれている。植木もあるし、これなら煙の上がっている方向からは見えないだろう。

 安全を確認しつつ、アカリは庭の奥へと進んで行く。奥にある別の民家との柵を慎重に覗き込み、こちらも植木のお蔭で目立たないことを確認。そのまま乗り越える。


 姿勢を低く保ちながら、そちらの庭も進んで行く。反対側の端が狭い道路に面しているのが分かったが、それを隠すように植込みがある。

 素早くその影に身を潜ませると、そこから様子を窺った。


 目の前は、先ほど見えた道路。それを挟んですぐ、小さな公園がある。ブランコと滑り台が各一ずつしかない、本当に小さな公園だ。


 そしてその更に向こうは、小高い丘のようになっている。白煙の発生源は、おそらくその上。当然ここからでは様子はほとんど分からない。


 ――どうしよう、もっと近付いた方がいいかな。

 そう悩んでいた矢先。


 一際大きな爆発音が聞こえ、丘の上にあった家の一つが吹き飛んだ。

 ここまで振動が伝わってくるほどの威力、赤い爆炎もはっきりと見えた。


 そして事態は、それで終わりではない。


 突然、目の前の公園に――人が降ってきた・・・・・のだ。


「っ……!」


 アカリは思わず声を上げそうになるが、咄嗟に口を塞ぎ声が漏れるのはなんとか防いだ。


 そこに居たのは、セーラー服を着た一人の少女だった。

 降ってきたとは言うものの、着地は軽やかで怪我も無さそうだ。おそらくは、あの爆発から逃れるために飛び降りてきたのだろう。炎と煙が立ち込める丘の上を睨みつけているのが、その証拠だ。


 アカリはすぐに、サダユキを思い出した。身体能力の強化――それなら、あの高さから飛び降りても平気だろう。当たっているかどうかは分からないが、そこは今気にするところではない。


 では何を気にしなければならないか。それは、少女の目線の先に居るであろう、爆弾魔の方だ。


「!!」


 少女の視線を追っていたから――アカリも、気付くことができた。

 燃え盛る丘の上から、何かが飛んできたのを。

 そしてそれは――真っ直ぐ、アカリの居る辺りに落ちてくる。


 それを察した瞬間、アカリは隠れているのも忘れて全速力で駆け出した。庭を来た方向へと引き返し、その場から離脱する。

 背後で何かが炸裂する音を聞き、熱がアカリの背中を炙るのを感じる。庭の奥まで走りきってから振り返れば、アカリの隠れていた植込みがごうごうと炎に包まれていた。


 ――しぬかとおもった。


 何時間か前にも口にした気がする台詞を心の中で呟きながら、バクバクと心臓の鼓動をうるさく感じる。


 しかし、状況は刻一刻と変化している。その後も、似たような炸裂音があちこちで鳴り続けていた。


「くっ、囲まれた……!」


 炎の向こうから、そんな声が聞こえた。つまり、爆弾魔は少女を取り囲むようにこの火を放っているということだ。


 ――どうしよう。


 状況は予断を許さない。爆弾魔の攻撃は見境が無く、最悪辺り一帯を火の海にしかねない。

 一歩間違えれば巻き込まれる可能性が非常に高く、すぐにでもこの場を離れた方がいい。


 だが、まだ爆弾魔の顔すら見ていないのだ。危険な相手だからこそ、顔くらいは把握しておきたい。そうでなければ、わざわざ危険を冒してここまで来た意味が無い。


 なんとか回り込んで、丘の方に近付くしかない。

 今、爆弾魔の注意は炎に囲まれた少女にしか行っていないはずだ。民家の陰を進んで行けば、気付かれはしないだろう。


 そう腹を決めて、アカリは元来た道を引き返す。隣の民家の庭を抜けてT字路まで戻る。

 道なりに進んで途中で曲がれば、大回りであの丘に近付けるはず。


 そう踏んで走り出した矢先――


「!?」


 轟音が鳴り響き、アカリの身体と、辺り一帯をまるごと揺るがすような衝撃が襲ってきた。

 慌てて公園の方に目をやると、アカリと公園を隔てていた二軒の民家のうち、一軒が完全に吹き飛び、もう一軒も半ばほどまで崩れていた。


 音と状況から見て――爆弾魔は、炎で取り囲んだ範囲全てを吹き飛ばすような爆弾を放ったようだった。


 唾をゴクリと飲み込み、しかし意を決してアカリは進行方向を変える。

 半ばまで吹き飛んだ民家、その庭にもう一度入り、壁伝いに慎重に歩く。

 そしてその陰から、公園の方をそっと覗きこんだ。


 そこには、何もかもが吹き飛び、見晴らしのよくなってしまった空間があった。

 そこに居た少女は――と、その空間に目を走らせて。



 身体のあちこちが足りない、少女の身体の残骸を目にした。


「ひっ――」


 息を呑み、引き攣った声が思わず上がる。慌てて口を塞ぎながら、壁の陰に引っ込み――壁を背に、腰が抜けたようにへたり込む。感覚が遠のき、視界がぼやけ、音が遠くなる。

 一介の女子高生が見るには、余りにも悲惨な映像だった。


 そして、ガタガタと震えが襲ってくる。何のことはない、恐怖が自分の身体を震わせているのだ。あんなものを見てしまったら、誰だってこうなるだろう。

 パニックに陥りかけたアカリだが、震える左手をなんとか自分の胸に宛がう。


 そして、自身に能力を発動する。


 弱った精神を回復させると、いくらか落ち着きを取り戻せた。心臓は未だに痛い程に鳴り続けているが、思考と感覚は少しクリアになる。

 そのクリアになった感覚に、不意に聞こえる音があった。


 炎まで吹き飛び、静かになったその何も無い空間に、足音が響いたのだ。

 震える身体と力の入らない脚に無理矢理言うことを聞かせると、アカリは再び壁から視線を覗かせた。


 そこには、一人の男が歩いてきていた。状況から見て、爆弾を投じた人物だろう。

 アカリがへたり込んでいる間に、丘を降りて来たに違いない。


 ――どうしよう。助けないと、あの子が。


 そんなことを考えて、助ける方法など無いことに気が付く。

 アカリに特別な能力は無い。あの男を退場させることも、拘束することも、引き止めることすらアカリにはできない。


 男は静かに、少女へ一歩ずつ近付く。


 今のアカリにもしできることがあるとすれば――あの男を消すこと。

 だがそれでは、何の解決にもならない。消える人間が変わるだけだ。



「……ごめんなさい」


 聞こえないように、しかし口に出して、無声音でアカリは彼女に謝罪する。


 ――私は、あなたを助けられない。


 それが、動かしようがない事実だった。

 だからアカリは謝る。謝ることしかできないから。謝って、そして――せめて、見届ける。目を逸らさずに。


 そして余りにもあっさりと、男は少女に触れた。

 何の躊躇もなく、軽く挨拶をするかの如く。


 その一動作だけで、少女の存在全てが消え去った。


 アカリは、唇を噛み締める。

 千切れそうなほど後ろ髪を引かれる思いだ。細切れになったような断腸の思いだ。

 だが、今すぐ、ばれないようにここを立ち去るしかない。踵を返し、物音を立てずにその場を後にしようとした、そのとき。



 ポーン。



 静かすぎるその場に、軽快な電子音が響いた。


 ――私の馬鹿。


 それは、アカリの携帯が発した音だった。誰かがメッセージを送ってきたのだろう。

 そしてその音は当然、男に聞こえたはずだ。


 誰が悪いかと言えば、当然アカリが悪い。隠密行動を取るときに携帯をサイレントにしていないなんて、呆れて物も言えない。


 男の視線がこちらに向いている――気がする。

 壁に貼り付いて隠れているが、男は絶対にこちらに来る――と思う。

 なら、悩んでいる時間は無い。


 決める必要があるのは、方向、そしてタイミング。

 その方向は、自分の来た方向に引き返す、ということですぐに決まる。


 ――逃げる。逃げて、ミコトくんと合流する。

 それしか、彼をどうにかする術は無い。


 そしてタイミングは図らずも、分かりやすい合図がやってきた。


 再び、アカリのケータイがその存在を主張したのだ。

 試合開始のホイッスルを聞いた時のように、アカリは即座に臨戦態勢に入り――なりふり構わず走り出した。


 駆け出すアカリは、塀を乗り越えて道路に出たところで、一瞬だけ視線を後ろに向ける。

 その一瞬で、男と目が合ったとはっきり分かった。後はもう、全力で走るしかない。


 来た道を記憶を辿りに引き返し、アカリは走る。

 スタートで差はついている。だが相手は男で、その体力は未知数。いくらアカリが体力に自信があるとは言え、高校生ともなれば男女の差は大きい。


 しかも――


「うううう! だから遠距離攻撃は卑怯だって!」



 時折後ろから聞こえる爆発音が、アカリを追い立てる。やけっぱちに叫びながら、アカリは走り続けるのだった。

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