第四章1 見えた終わりと見えないゴール
訪れるのが四度目となる、真っ白な空間。そこに居るのは、決まってたった二人の人物。
「正直、驚いているわ」
即ち、自分と――自分に話しかけてくる金髪の女性、女神だ。
「そりゃ、どうも」
女神の方を向きもせず、そう短く返す。
「また、勝ち上がらせるなんてね。本当に大したものだと思うわ?」
女神はそう彼を褒めるが、彼は特に反応を示さない。ただ疲れたようにため息を吐くだけだ。
「つれないのね。それにしても、何故あなたはそんなに回りくどいことをしているのかしら」
そんな彼に、女神は根気強く話しかける。
「……さあ、なんでだろうな」
その質問に、彼はそれだけ返した。女神と会話をする気があまりないというのもそうだが、本当に分からなかったから。
――確かに自分は今、回り道をしているのかもしれない。本当に成し遂げたいことを考えれば、今やっていることはほとんど無駄なこととも思える。
だが、今やっていることも、彼にとってまた大切なことだとも言える。その目的は、そう――
「強いて言えば――言い訳、かな」
「――そう。人間っていうのは面倒なものね」
訊いておいて、女神はつまらさなそうに相槌を打つ。彼女からしたら、全く理解できないことなのかもしれない。
「そうだよ。神のくせに、そんなことも知らなかったのか?」
口の端を少し歪めて笑い、彼――ユウはそう言った。
女神が彼を見て少し面白そうな顔をした後、白い空間は唐突に終わりを迎えた。
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「また勝ち上がったのね。呆れたわ」
開口一番、これである。
女神との対話のための空間である、この真っ白な世界。四度目となる訪問に、ミコトが言われた台詞だ。
「何故かしらね。特別に頭がいいわけでも、優れた身体能力を持つわけでも、何かに秀でているわけでもないあなたが。その能力で、ここまで勝ち上がるなんて」
訊ねているというより、独り言のように呟く女神。
「それに――なんだか、顔つきが変わったようだし」
つと視線を引き上げ、ミコトを値踏みするように見つめながらそう言う。
その視線を真っ直ぐ受け止め、微笑みさえ浮かべるミコトは女神の疑問に答える。
「みんなのお蔭ですよ」
ただ、それだけ。
ここまでミコトが勝ち上がってこれたのは、支えてくれた仲間たちのお蔭だ。
「そう。それもまた、一つの強さなのかもしれないわね」
女神はミコトから視線を外すと、何も無い空間の果てを眺める。
「面白いわね。勝ち残るのはあなたか、それとも――」
それとも何なのかは、聞くことができなかった。
女神が手を大きく広げ、一つ拍手を打ったから。
次のゲームが、始まる。
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教室、体育館、そして島。戦いの舞台はどんどん広くなっている。
なら、次は一体どうなるのか。島よりも広い戦いの舞台があるとすれば、それは――
「――知らない街だ」
辺りを見回すと、そこはどうやら住宅街のようだった。日本のどこかであることは間違いなさそうである。
ミコトは今、さほど広くない交差点のど真ん中に立っていた。ミコトの住む町ではあまり見かけないコンビニがまず目に入り、道路を挟んでその反対側に団地の一部が見える。
団地によくある狭い公園がその手前にあり、誰一人居ないその場所はひどく寂しい感じがした。
ぐるりと回って後ろを見れば、そちらには一軒家が軒を連ねている。しかしもちろん、そこにも誰一人として生活している気配は無い。
とりあえずコンビニに入るか公園のベンチに座るか悩んだ後、公園の方を選択した。なけなしのお金は全て学校に置いて来ており、コンビニに入っても何も買えないからだ。
もっとも、誰も居ないからいざとなれば拝借できるだろう。幸い飲まず食わずでも死なない身体になっているから、盗みを働く必要はないが。
「ふう――またバラバラでスタートか……」
公園のベンチにゆっくり腰掛けながら、ミコトは思わずため息を吐いた。木製のベンチがギシリと軋み、それがやけにうるさく聞こえた。
第三ゲームと同じく、周りには誰も居ないようだ。おそらく、また同じような遭遇戦になるのだろう。
敵に出くわす前になんとか合流できればいいけど、などと考えていたら――
「さて、それでは。第四ゲームのルールを説明しましょう」
「うわあ!」
急に隣から声が聞こえ、ミコトは思わずベンチから転がるように離れた。
「あら、そんなに嫌がることないじゃない」
見れば、口を尖らせながら不服そうな声を上げる女神がそこに居た。先ほどまでミコトが座っていたすぐ隣に腰掛けている。
「ほら、こちらに来て座って頂戴?」
ポンポンと自分の隣を叩いて示す女神に、ミコトは一瞬ためらったものの大人しく従うことにした。そうしないと話が進まなさそうだったから。
それに、女神の考えていることや行動は大体意味が分からないし、一貫性が無いようにも見える。考えるだけ無駄なのだろう。
「第四ゲームのルールはこれよ」
ミコトが座ったのを確認し満足げに頷くと、女神は二人の目の前の地面を指差した。
すると、敷き詰められた砂利が独りでに動き出し、徐々に文字が浮かび上がってくる。
『強盗競争ゲーム』
『①宝を三つ持ってゴールに辿り着いた参加者の勝利』
『②勝ち上がれるのは先着六十四人』
『③勝ち上がれなかった参加者は、消える』
「勝ち上がれなかった参加者は、消える」
ミコトは、浮かび上がった最後の一文を声に出した。
これまでとは明確に違う、厳しい条件だ。
「ええ――つまり、六十四人の勝利者が出た段階で、残りの参加者は全員消滅が決定する」
ここまでのゲームは、その中で誰かに消されない限り消えることはなかった。お互いに消し合うことを促進するルールはあったが。
だが今回は、問答無用で消失が訪れる。
「……このゲームの参加者は、何人なんですか?」
地面に書かれたルールを睨み付けたまま、ミコトは訊ねる。
「およそ五千人よ。これは、現在生き残っている参加者の数と同じだわ」
「五千人……!」
女神の答に、ミコトは様々な驚きを覚えた。
まず、五千人という人数の多さ。今までの戦いの相手は五十人を超えることはなかったから、一気に百倍だ。
逆に、その人数は少ないとも言える。生き残った参加者が、もうそれだけしか居ないのだ。
そして、五千人の参加者に対し、勝ち上がれるのはたったの六十四人。上位約一パーセントの狭き門だ。
「そして、ゴールから百キロメートル以内のどこかがそれぞれのスタート位置よ。それは完全に運次第ね」
スタートに関しては、第三ゲームとほぼ同様の条件だ。アトランダムに配置され、場所のわからないゴールを目指す。細かい計算は置いといても、半径百キロの円なら五千人でもそう密集していないはずだ。
「ゴールはどこなんですか?」
と、そこで気になった点を訊いておく。第三ゲームのときは、『島の中央』という一応の目安があった。だが今回は、『ゴール』とだけ記載されていて場所のヒントは一切無い。
しかし訊ねた途端に女神がニヤリと頬を歪め、ミコトは嫌な予感に襲われる。
「今回のゲームでは、『宝』を握ると、ゴールの方角と現在の順位が分かるようになっているの。順位は直線距離の近い順だから、そこまで正確ではないけれど」
「な――」
果たして、女神は最悪の答を返した。
第三ゲームを勝ち抜いた参加者は、ほとんどが宝を持っているのだろう。
『だろう』というのは、ミコトにはそれを知る術が無いからだ。ミコトは『最後の一人』の枠で勝ち上がっており、そのとき宝は手にしていなかった。
台座にはめ込んだ宝は参加者と共に消えていたし、一緒にスタート地点に転送されているに違いない。だから、ほとんどの参加者は宝を一個持った状態からのスタートになる。
どころか、エイタのように宝を複数持って勝ち上がった参加者もある程度居ておかしくない。
そうなると現状、ミコトを含めた『最後の一人』の参加者たちは、それだけでハンデを背負っていることになる。
いや、ミコトだけではない。ユウもアカリもリョウカも、全員ヨリミチの能力でコピーした宝で勝ち上がった。彼が退場した今、誰も手元に宝を持っていない。
勝ち上がるには、宝を三つ集めなければならない。
そしてゴールを知るにも、宝を持っていなければならない。
つまり、ミコトたちはスタートの時点で一歩――いや、もっと大幅な遅れを取ってしまっている。目の前の女神のにやけ面はそういうことだろう。
「さて、それでは――第四ゲームを始めましょうか」
思い悩むミコトを一通り堪能したらしい女神は、そう言うと唐突に立ち上がった。
「え、ちょ――」
「三、二、一――」
考えもまとまらず、どうすればいいか途方に暮れているミコトを嘲笑うように女神はカウントダウンを開始する。
「待っ――」
「ゼロ」
制止の声も空しく、第四ゲームが開始された。
宣言が終わり、女神の姿は見えなくなる。
「どうしよう……」
第三ゲームのように、とりあえずゴールを目指すということはできない。何しろ、その場所が全く分からないのだから。
辺りには当然誰も居ない。ここがどこかも分からない。完全に混乱していると――
「あ……」
携帯の振動が、その存在を主張してきた。
「そっか、ケータイは使えるんだった」
第三ゲームで発覚した事実、通話も地図アプリも使用可能だ。
振動の正体はメッセージアプリ『MINE』。グループ通話が可能な優れもので、ユウがミコトたち四人のグループ通話を開始させたらしかった。
『全員揃ったな。とりあえず、今からどう動くか話そう』
受話器から聞こえてきたユウの声が、ミコトを落ち着かせた。
「便利な世の中だ……」
『ミコトくん、何か言った?』
「いえ、何でも……」
『それで、どうしましょうか』
『そうだな、まずは――』
文明の利器のありがたみを感じながら、ミコトたちは作戦会議を開始した。
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結論から言えば、『とりあえず集合する』ということになった。
ゴールが分からない以上それは当然だと言える。もっと言えば、ミコト以外は『退場』をさせられないのだから当然でしかない。
流れとしては、まずミコトとアカリ、ユウとリョウカの2人組で合流し、その後全員で集合する。
何故かと言えば、全員の現在位置を見るとそれが一番安全で速いと判断できたから。位置情報も当然送れる。そう、MINEならね。
その位置情報によれば、ミコトが今居るのは神奈川県川崎市の北の方だった。そしてそこから十キロほど北西に行ったところにアカリ。ユウとリョウカもお互いの距離が十キロ程度で、そちらは東京の八王子近辺――ミコトの現在地からおよそ三十キロほど離れている。
『集合が最優先。でも、他の参加者を見つけたらできるだけ様子を探ってほしい』
『探るって言うと?』
ユウの伝達事項に、アカリの声が問い返す。
『とりあえず、進行方向だけでも知っておきたい。方角だけでも参考になるし、何人か調べられたらゴールの位置も特定できるかもしれない』
単純な話、二人の進行方向を地図上で調べれば、その交点がゴールになる。もっとも、ゴールの方角に真っ直ぐ向かえるとは限らないから、実際はユウの言う通り何人かの情報が必要だろう。
『理想は宝を奪えることですけどね』
『まあそうだな。ミコトなんかは特に、チャンスがあったら狙ってほしいけど……』
そこにリョウカが割り込んで、最も手っ取り早い方法を示す。ユウもそれに同意は示しつつ、しかし言葉尻を濁す。
「もちろん、退場させられる人がいたら退場させるよ。そしたら宝を貰えばいいよね」
名前を出されたミコトは、そこは当然やる気でいた。そもそもミコトの行動原理はそれなのだ。
『いや……うん、そうだな。ただし、合流するまでは絶対に無茶しないこと。相手が一人で、かつ奇襲を掛けられる状況じゃない限り手出しは禁止な』
ユウは諦めたようにそれを認める発言をしながらも、しっかりと釘だけは刺した。
ユウとしては、できるだけリスクのある行動は避けてほしいのだろう。
「わかってるよ」
『……』
ミコトが素直にそう返事をすると、何故かしばらく沈黙が返ってくる。
「ユウくん?」
『いや、やけに物分かりがいいなと思って』
ミコトが名前を呼ばわると、ユウは沈黙の理由を述べた。
確かに、今までのミコトだったらそこで必ずごねていただろう。目の前の誰かを見捨てるような行動を、ミコトは取りたくなかった。いや、取る勇気が無かった。
「僕は弱くて、できることは限られてるから。優先順位を間違えちゃいけないと思ったんだよ。僕が居ないと、みんなが困るんだよね。だから、無茶はしない」
ミコトが居なければ、ユウもアカリもリョウカも、戦えないのだ。
いや、戦うことはできる。できるが――その場合、相手を消すことになる。それは、ミコトが絶対に避けたいことの一つだ。
それにミコトが本当に守りたいのは、現状その三人なのだ。だから、四人が揃うまでは絶対に無茶はしない。してはいけない。
「だから――もし、目の前で誰かが危なくなっていて、でも僕じゃ助けられないとしたら。それは僕が背負っていく」
見捨てる。それは簡単なようでいて、実は一番難しいことだ。
ミコトは知っている。誰であっても、その人を大切に思う人がいるということを。
だからもし、誰かを見捨てなければならない状況になったとき。
ミコトは、そのことをしっかり分かった上で、それでも自分の大切なもののために、その人を見捨てるのだ。
「五千人の参加者が居て、六十四人しか勝ち上がれなくて、残りは全員消えてしまう。四千九百三十六人を助けるなんて不可能だって、僕でも分かるよ。でも、だから……僕は助けられなかった全ての人に謝って、それでも勝ちたい。先に進みたい」
ミコトが言いたいことを全部言い終わるまで、三人は黙って聞いてくれた。
『そうだな。それに、そう悲観したものでもないし』
『ええ。逆に言えば、このゲームを勝ち上がりさえすれば、残りは六十四人しか居ないんですから』
『本当に、一番になれるかも! ううん、なれるよ!』
そして、ミコトを勇気付ける言葉をくれる。
「うん……うん、そうだね! 本当に、もう見えるところまで来てるんだ」
遠く思えた、ミコトの目標。『最後の一人になって、全員の命を救う』――それが、本当に叶えられるところまで来ているのだ。
『そのためにも、今は合流を急ごう。何しろ最低でも十二人は退場させて、宝を貰わないといけないからな』
『そうですね。四人揃えば、戦うこともできます』
『うんうん! っていうか、早く会いたいし!』
方針は決まった。一刻も早く集合し――勝利を目指す。
『じゃ、合流場所はそれぞれで確認。定期的に連絡は飛ばすから、そのとき状況を教えて』
「了解!」
『了解です』
『はーい』
ユウの短い指示を最後に、グループ通話は終了した。
その後アカリに連絡を取って合流場所を確認し、久地という駅に決まる。
「――よし!」
やるべきことが決まって、ミコトは改めて気合を入れ直す。
第四ゲーム――五千人のうちの、六十四人になる。当然だが、これまでで一番厳しい戦い。正に正念場というやつだ。
だが、歩き出したミコトの気持ちと足取りは軽い。見えた希望に手を引かれ、仲間の声に背中を押され。
絶対に勝ち上がると強く心に誓い、ミコトは突き進み始めた。




