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第三章12 橘瑞生②

 小学校二年生、冬。瑞生と出会っておよそ一年半。

 あれ以来よく三人で遊ぶようになり、結もその生活に慣れたころだ。三人にとって、いいことがあった。


 瑞生の体調がかなり安定しているので、一時的に退院できることになったのだった。もちろん薬や検査は欠かせないが、それでも病院から出られるというのは嬉しいことだ。


 時期は冬休み真っ只中、瑞生は「学校に行ってみたかった」とぼやいていたが、命と結からすれば丸一日瑞生と遊べるということで願ったり叶ったりだった。


 そして、冬休みと言えばクリスマスである。その年のクリスマスは瑞生の家に泊まって、みんなで楽しくパーティーをしようということになった。


「命くん、結くん! いらっしゃい!」


 二人で玄関の呼び鈴を鳴らすと、中から嬉しそうな顔をした瑞生が勢いよく扉を開けた。ちょっと息を切らして顔が上気しているのを見るに、パタパタと駆けて来たようだ。


「こら瑞生、あんまり走っちゃいけないよ」

「いらっしゃい、命くん、結くん」


 後ろから瑞生の両親が歩いて来て、二人を出迎える。


「こんにちは!」

「こんにちは」


 命と結が挨拶を返していると、瑞生が待ちきれないようにぐいと二人の腕を引っ張る。


「今、クリスマスツリーの飾り付けをするところだったの! 二人も手伝って!」


 楽しそうに喋る瑞生に引っ張られながら、二人は部屋へと案内される。

 玄関では、ついて来ていた命と結の親が、瑞生の両親と挨拶を交わしていた。まあどうぞ、なんて声を背中に聞きながら、結たちは居間へと入った。


「うわあ、すごい!」

「立派なツリーだね」


 そこには、三人の身長よりも大きなモミの木――と言っても流石に作り物だが――が、置いてあった。飾り付けはまだ途中なので、クリスマスツリーにはなりきれていない。


「でしょ! さあ、綺麗に飾り付けするよー」


 ふん、と鼻息も荒く腕まくりする瑞生はやる気十分だ。その瑞生の指揮の下、三人の飾り付け作業が始まった。


 意外に手先の器用な命は、椅子の上に乗って実際に飾りを木に括り付ける作業。

 結は瑞生の言った飾りを箱の中から見つけるのが抜群に速く、それを命に手渡す係だ。

 そして瑞生は、一歩後ろから全体を見てバランスを取りつつ、命と結に指示を飛ばす。


「命くん、そっちの赤い玉はもうちょっと右がいいな。うーん、あとちょっと……そう! 結くん、次は銀色の小さめの玉ね」


 中々のこだわりを見せる瑞生は、さながら匠。細かい指示や、時にはやり直しを要求し、納得いくまでじっくりと飾り付けを進める。

 そして、最後に大きな星をてっぺんに取り付け――


「「「できたー!」」」


 たっぷり一時間半掛けて、ようやくモミの木はクリスマスツリーへと変貌を遂げた。三人とも達成感のままにそう叫び、大きな声が綺麗に揃う。


 色とりどりの丸や星のオーナメントに、チカチカと光るイルミネーション。それらが絶妙な距離感と配色で飾り付けられ、どこからどう見ても立派なクリスマスツリーだ。

 苦労した甲斐あって、ちょっと自慢できるレベルの仕上がりだと結も思った。


「あら、とっても綺麗ね」


 三人の声を聞きつけて様子を見に来た瑞生の母親が、ツリーを目にして素直にそう感想をこぼした。それを聞いた三人は誇らしげに顔を見合わせ、中でも瑞生はとびっきりの嬉しそうな顔だ。


「お疲れさま。お夕飯まではまだ時間があるから、もうちょっと遊んでてね」


 瑞生の母は穏やかに微笑むと、そう言い残してキッチンに戻っていった。


「だって。何しよっか」


 一仕事終えた顔の瑞生は、その場にぺたんと座り込むと二人に向かってそう訊ねる。


「人形遊びか、お絵かき?」

「それじゃいつも通りだなぁ……せっかくおうちだし、クリスマスだから、いつもと違うことしたいなー」


 結がいつもやっている遊びを提案すると、瑞生はそう言ってちょっと不満げな顔をする。瑞生にしては珍しい反応だが、言われてみればその通りだと結も思う。


「あ! そう言えば瑞生ちゃんち、ピアノあったよね?」


 と、命が思い付いたとばかりに明るい声を出す。


「うん、あるけど……入院してから一回も弾いてないから、全然弾けなくなっちゃったんだ……」


 それは肯定しつつも、瑞生はそう暗い声を出す。入院をしてるとそういうこともあるんだと、結も思わず悲しくなってしまう。


「大丈夫だよ、結くんが弾けるから。弾いてもらってみんなで歌おうよ」

「え、そうなんだ?」


 そう言えば瑞生には言ってなかったなあと思いながら、結は頷く。実は結は幼稚園の頃からピアノを習っていて、簡単な曲なら歌いながら弾いたりもできる。


「へー、びっくり! 聞いてみたいな!」

「わかった、じゃあそうしよっか」


 瑞生が明るい声と表情を取り戻したのを見て安心し、結も笑顔でそう答える。


 それからピアノの置いてある部屋まで移動すると、結の演奏に合わせてクリスマスソングを何回も歌った。

 赤鼻のトナカイ、あわてんぼうのサンタクロース、ジングルベル――。一通り歌うと、一周して同じ曲をもう一回ずつ歌う。


 幸いなことに、三人とも歌うのは好きだった。命はちょっと音程を外しがちだがご愛嬌。結もそれなりに上手かったが、とりわけ瑞生の声が一際綺麗だった。

 結なんかは時々聞き入ってしまって、自分の歌が疎かになるくらいだ。


 そんな幸せな時間をしばらく過ごしていたら、四度目のループに入った辺りで夕飯の準備が整いお呼びがかかった。


「ありがと、結くん! すっごく楽しかった!」

「うん。瑞生ちゃんの歌、すごく上手だね」

「うんうん! 結くんも上手だけど、瑞生ちゃんの声すごく綺麗だよね!」

「命くんは音外しすぎだけどねー。でも、ありがと」


 口々にそう感想を言い合って、お互い照れくさそうに笑顔を交わす。


 その後居間に戻ると、豪華な料理が所狭しと並んでいた。クリスマスらしく大きなチキンまであり、全員腹の虫が大きく鳴き声を上げる。


「「「いただきまーす!」」」


 またも綺麗に揃ったその声と共に、楽しい夕食のひと時が始まった。


***************


 夕食が終わり、デザートにはもちろんケーキ。

 ただしホールではなく、それぞれ別の味のケーキだ。命はショートケーキ、結はチョコレートケーキ、瑞生はスフレのチーズケーキだ。


「瑞生ちゃん、チーズケーキなんだね。でも、ちょっとクリスマスっぽくないような……?」


 命が瑞生が食べているそれに目を止めると、そんなことを口にした。


「あ、うん。ショートケーキとかだと、あんまり体に良くないんだって」

「あ……そうなんだ……」


 あっさり答える瑞生に、命はちょっと気まずそうにそれだけ返す。

 確かに、夕食も美味しかったけれど全体的に薄味だった気がした。

 さっきのピアノといい、事あるごとに病気の影がちらつくのはやはり仕方のないことなのだろう。


「でも全然平気。私チーズケーキ大好きだから」

「うん、おいしいよね。チーズケーキ」


 落ち込む命を気遣ってか、瑞生は明るい声でそう話す。それに乗っかって結も明るく同意を示し、場の空気を取り戻しにかかる。


「うん、そうだね」


 二人の言葉を受けて、命も笑顔でそう言った。



 そんな一幕がありつつ、いよいよ本日の締め。

 クリスマスと言えば、そう、プレゼント交換である。


 普通はもう少し人数が多く、一人一つ持ってきたプレゼントをランダムに交換するものだ。

 だが今回に限っては三人しか居ないので、三人が二つずつ用意してランダム要素はなし。


「えへへ、楽しみ。誰からお披露目にする?」

「あ、じゃあ僕から行きましょうか」


 瑞生が顔がにやけるのを抑えられずにそう言うと、命が一番に手を挙げた。

 そして背中に隠し持った包みを二つ取り出すと、結と瑞生にそれぞれ手渡す。

 渡された二人はそれを受け取ると、その場ですぐに包装を解いた。


「おおー」

「命くんっぽいね」


 中身は、どちらもぬいぐるみだった。

 結の方は、誰でも知っているであろう全然猫に見えない猫型ロボット。

 瑞生の方は、女の子に人気の可愛いキャラクターのものである。


「ふかふか。かわいいー」


 もらったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる瑞生の様子は小学二年生の女の子に相応しく、とても可愛らしい。

 結の方はと言えば、


「なんで僕はこれなの? いや、もちろん好きだし嬉しいけど」


 やはりふかふかの抱き心地を堪能しながらも、疑問を口にする。


「いやあ、結くんは僕にとってそんな感じの存在なんですよ」


 いろんな受け取り方ができそうな言葉ではあるが、まあ「頼りになる人」くらいの感覚で合ってるだろう。なるほどと思いつつ、改めて「そっか、ありがとう」と返しておく。


「じゃあ、次は僕の番かな。命くんはこっちで、瑞生ちゃんはこれ」


 水色の包みを命に、ピンクの包みを瑞生にそう言って手渡しつつ、内心ドキドキの結である。

 何しろ、誰かにプレゼントを渡すなんて初めての経験だったから。


「僕のは……おおー! ありがとう結くん! さすが僕の好み分かってるねえ」


 結が命に渡したのは、やっぱり同じ猫型ロボットの文房具セットだ。

 そして、


「わー、きれい……ありがとう、結くん!」


 瑞生に渡したのは、カラフルな色鉛筆である。

 三人で遊ぶときは絵を描くことも多く、中でも瑞生は絵が上手だった。

 それに、絵を描いている時の瑞生の横顔がとても楽しそうで見ていてこっちも楽しくなる、というのもある。


 ちなみに命へのプレゼント、キャラクターのチョイスは命が好きだったからだが、文房具だったのは瑞生のプレゼントを選んだとき目に入ったからだった。

 それはもちろん結だけの秘密だが、まあ結果命も喜んでるし問題ないだろう。


 そして最後、瑞生からのプレゼントである。


「えっと……私はあんまり遠くに出かけられなくて、二人みたいにお店の商品じゃないんだけど……」


 そう前置きして、小さな包みを取り出した。


「今日、お母さんに教えてもらって、頑張って作ったんだ。おいしく出来てるといいんだけど……」


 手渡されたその中身は、手作りのクッキーだった。


「今食べてもいい?」

「うん、いいよ」


 命が訊ねると、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめて瑞生は頷いた。


「じゃあ、いただきます。……うん、おいしいよ!」

「うん、おいしい」


 ちょっと固めな仕上がりではあるものの、しっかりバターの味が効いていて美味しかった。


「よかったぁ……初めてだったからすっごく不安だったの」


 安心したようにため息を吐く瑞生に、二人は笑って「おいしいよ」と改めて言った。

 命はけっこうな勢いでバリバリ食べているが、結は残りはまたゆっくり食べようと袋の口を縛る。



 そんなこんなで無事にプレゼント交換も終了し、本日のイベントは終了。

 その後はお風呂に入って歯を磨いて、三人で同じベッドに入る。


 思ったより疲れていたようで、ベッドに入るなり眠気が襲ってくる。

 しかし、唐突に右手が握られて、結はびっくりして横に居る瑞生を見た。


「どうしたの?」


 向こう側で命も同じように瑞生を見てそう問いかけているのを見るに、おそらく真ん中で寝る瑞生が命と結の手を両手で握ったのだろう。


「えへへ……二人とも、今日はありがとう。すっごく楽しかった」


 どちらを見るでもなく天井を向きながら、瑞生は二人にそう話しかけた。

 にっこりと言うよりは顔がにやけるのを抑えられないというその表情は、本当に幸せそうに見えた。


 思えば普段遊んでいるとき、瑞生は楽しそうにはしているものの、どこか静かな感じがあった。

 病院で遊んでいるせいもあるのだろうが、やはりどこか楽しみ切れない部分があったのではないかと思う。それが、瑞生が時折ちょっと大人らしく見える一因なのだ。


 しかし、今日の瑞生は年相応にはしゃいでいて、本当に心の底から楽しそうだったのだ。


「うん。僕も楽しかった。ありがとう瑞生ちゃん」

「そうだね。今日、三人でいっぱい遊べてよかった」


 だから、命も結も心の底から思ったことを口にした。手をぎゅっと握り返すと、瑞生も握り返して更に顔を綻ばせる。


「ふふ、でもまだ明日もあるもんね。今日はもう寝なくっちゃ」

「そうだね、明日は公園に行くんだもんね!」


 瑞生がそう言うと、命が明日の予定を思い出して声を上げる。

 普段出かけることの少ない瑞生にとって、友達と公園で遊ぶというのは本当に滅多にない体験だ。もちろん激しい運動はできないが、散歩するだけでも新鮮でさぞ楽しいことだろう。


「楽しみだね――おやすみ、命くん、瑞生ちゃん」

「うん――おやすみ」

「おやすみ」


 そうして明日のことに思いを馳せながら、三人は眠りに就いたのだった。


*****************


 しかし、結果として公園に行くことはできなかった。

 翌日目を覚ますと瑞生の体調が悪くなっていて、熱を測ったら三十八度もあったのだ。おそらく、昨日の疲れが出てしまったのだろう。


「ごめんね、命くん、結くん……」


 赤い顔を布団から少しだけ出しながら、瑞生は申し訳なさそうにそう言う。


「ううん、仕方ないよ」

「うん……でも、公園行きたかったなあ……」


 結は瑞生に気を遣ってそう答えるが、命は正直な言葉が漏れる。まだ子供だし仕方がないところだろう。


「もう、命くん、そんなこと言っちゃだめだよ。瑞生ちゃんが一番行きたかったんだから」

「あ……そうだよね。ごめん」


 しかし、その場でそうたしなめてしまう結もまた子供だった。謝る命に、瑞生はさらに申し訳なさそうな顔をしてしまう。


「ほんとにごめんね。二人だけでも行ってきて?」

「いや、でも……」


 悲しそうにそう告げる瑞生を置いて遊びに行くのは、命にとって相当嫌なことのようだ。

 尚も食い下がる彼に、瑞生は首を振ってダメ押しにもう一度言葉をかける。


「カゼ、移しちゃったら悪いし。お願い」

「……ほら、命くん。無理させちゃダメだよ。行こう?」


 瑞生の言葉を後押しするように、結も命に言い聞かせる。実際、命も結もここに居たって何の役にも立たない。


「うん……」


 しょんぼりとそう返事をした命を引っ張って、結は部屋の外へと歩き出す。

 と、命は突然立ち止まって振り返ると、


「次は、絶対いっしょに行こうね!」


 力強い声で、そう言った。


「……うん! 約束!」


 瑞生もそれに応えて、身体の辛さを忘れたかのように元気な声を出す。

 それを見届けてようやく、二人は瑞生の家を後にした。



 しかし――その約束は、最後まで果たされることはなかった。

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