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第三章11 橘瑞生①

 いつもお読みいただきありがとうございます。この話を含めて6話過去編が続きますが、その前に警告(?)とお願いをば。

 まず、ここまでの話とずいぶんテイストが違う話になります。読まなくても話の流れは理解できると思いますので、どうしても肌に合わないという方は読み飛ばしてくださって構いません。もちろん、読んだ方がより話を楽しめると思って作者は書いておりますが。

 そして、話の中に心臓病の女の子が出てきます。しかし、心臓病に関しては、これを書くにあたって少し調べた程度の知識しか持ち合わせておりません。ですので、おかしい点があったら遠慮なく指摘していただければなあと思います。


 なんだか言い訳がましいことをつらつら書きましたが、引き続きお付き合いのほどよろしくお願いします。


2018/10/8 白井 直生

 狭く、薄暗い小屋だ。雑多に物が散らばったその中で、ユウたちは浅い息をしているミコトを見守っていた。


「ミコトくん……」


 アカリがその身を案じるように、小さな声で呟く。


 エイタとトワがゲームをクリアした後、ユウたちは一度隠れることにした。負傷し気絶したミコトを守るためだ。

 エイタを待ち伏せした小屋に戻り、中に入って扉に『完全停止』を掛けている。ひとまずの安全は、これで確保できているはずだ。


「小屋の扉に隙間もあるし、血はそっから入って来るだろ。時間は掛かるだろうけど、いつかは治るよ。最後の宝も俺たちが持ってるから、残ってる参加者もそう派手な動きは起こさないと思う」


 そんなアカリを安心させるように、ユウは優しく声を掛ける。アカリもそれを聞いて、目に浮かべた涙をぐいとこすりながら頷く。


「それにしても驚きました。ミコトがあんなに取り乱すなんて……」


 と、横からリョウカが口を挟む。

 先ほどまでのミコトの乱心ぶりは、この短い時間しか共に過ごしていないリョウカにすら驚きをもたらした。

 ユウと違い、冷静な人物という訳ではない。だが、穏やかで優しいミコトのイメージからは想像も付かない行動と様相がそこにはあった。


「ああ、そうだな……」


 ユウも言葉少なにそれに同意を示す。自分も冷静さを失いかけた手前、気まずい物があるのだろうか。


「ユウくん」


 そんなユウを呼ばわって、アカリが居住まいを正す。

 用件の察しはつく。だから、ユウもまた姿勢を正してそれに応えた。


「あの……もし嫌じゃなかったら、だけど。その、『瑞生ちゃん』のことを、教えてくれないかな?」

「そうですね、私も気になります。なんでミコトが、あんなにも命を大切にしているのかも含めて」


 二人の問は、ユウにとってはできるだけ答えたくないものであり――しかし、ユウが話さなければならないことだった。

 共に戦う仲間として、この事実をずっと隠したままという訳にはいかない。それは、ユウにも分かっていることだった。


「――俺が彼女に出会ったのは、ミコトよりも後のことだ。だからそれ以前のことは知らないし、その後のことも俺の主観でしか語れない」


 だからユウは、意を決してそう前置きし、彼女――橘瑞生の話を始めたのだった。


*************


 ユウが彼女と出会ったのは、ミコトと仲良くなってしばらくしてから。小学校一年生の夏のことだ。

 命と遊ぼうとすると『ごめんね、予定があるから』と言われることがけっこう多く、気になって訊いてみたのだった。


「うーん。結くんならいいかな」


 命は少し考えた後、そう返事をすると結をある場所まで引っ張っていったのである。

 何がなんだか分からないまま連れて行かれ、辿り着いたのは病院だった。それも、ちょっと遠くにある大きい病院だ。


「いつもここに……?」


 ポカンと口を開けそう問いかけると、「うん、そうだよー」と軽い調子で命はずんずん進んで行く。慣れたその様子に本当によく来ているんだなあとぼんやり思うが、置いて行かれたらまずいので慌てて結は彼を追いかける。


「結くん、ちょっとここで待っててもらえるかなあ?」

「いいけど……」


 そして、とある部屋の前で止まった命がそう言うので、結はよく分からないまま頷いて答える。

 命はにっこり笑うとドアを開け、中へと入って行った。何やら話し声が聞こえたかと思えば、すぐに再び扉が開かれた。


「どうぞ、結くん。入っていいですよ」


 顔をひょっこり突き出した命は満面の笑みで、結は命が開けたまま待っているドアへと入った。


 テレビなどで多少見たことのある、一般的な相部屋の病室だ。ベッドが四台、入口から見て近い左側に二台、右側にも二台。

 奥には窓があって、夏の熱すぎる日射しを和らげるように薄手のカーテンが掛かっていた。


 パタパタと歩く命について行くと、右側の奥のベッドに辿り着いた。患者同士を隔てるカーテンは隣のベッドとの間にのみ掛かり、部屋の中心に向かっている面は開け放たれていた。


「あ、あなたが命くんの新しいお友達?」


 その前に立った途端、そう訊ねる声が聞こえた。

 ふわりと吹いたそよ風のような、か細くて柔らかな声。それは耳に心地よく、しかし確かに結の心を揺らした。

 惹かれるように視線を送ると、ベッドに腰掛け、ヘッドボードにもたれかかる少女が目に入った。


 小さな顔に大きな丸い瞳。黒い髪は短く整えられ、さらりと流れて柔らかに、開いた窓から忍び込む風になびいている。

 可愛らしい薄い水色のパジャマに包まれたその身体は異常なほどに肌が白く、病室の壁に溶け込んでしまうのではないかと思うほどに儚げだ。


「命くんのお友達の、橘瑞生です。よろしくね」


 しかし、ニコリと笑うその顔が、心地いい声を紡ぐその唇が、彼女の存在を強く結に焼き付けた。

 差し込む日射しに照らされたその姿は、微かに光っているようにも見えた。


「……結くん?」

「あ、……信藤結です。よろしく」


 数秒間固まった結に命が首を傾げて訊ね、慌てて結は自己紹介を返したのだった。


**************


 命の話によれば、彼女、橘瑞生は心臓が悪いそうだ。詳しい話は当時小学生だった彼らには分からなかったが、それでも分かることはあった。


 彼女が入退院を繰り返さなければならないこと。

 薬を飲んだり運動ができなかったり、普通の人と同じようには暮らせないということ。

 そして――放っておいたらいつかは死んでしまうということ。

 彼女の病気は簡単に治るものではなく、最終的には心臓移植に頼るしかない、というのは後から聞いた話だ。


 命と瑞生は親同士が知り合いだったらしく、幼稚園に上がるよりも前からいっしょに遊んでいるそうだ。瑞生の病気が四歳で発覚してからは、こうしてよく病院に遊びに来ているらしい。


「いやあ、お母さんから、『あんまり人に言わないでね』って言われたんだけど……」


 というのが、今まで結に黙っていた理由のようだ。


「命くんが一番仲のいいお友達なんでしょ? だったらいいよ」

「うん! ありがとう、瑞生ちゃん」


 笑顔でそうやり取りする二人はとても楽しそうで、本当に仲が良いんだなあと結は思う。


「それで、今日は何して遊びましょうか?」

「そうだねえ。あ、結くんは何がいい?」


 自己紹介も終わったところで、命が待ちきれないようにそう訊ねる。瑞生は少し考えた後、結に話を振った。


「えっと……いつも何して遊んでるの?」


 と言われても、もっぱら男友達としか遊んだことのない結にとっては難しかった。女の子って、何して遊んでいるんだろう。


「んーとねぇ。いつもは、絵を描いたりお話したり、お人形で遊んだりしてるよ!」


 逆に問い返した結に、瑞生は指折り数えながらそう答える。


「あ、僕お人形遊びの続きやりたいなあ!」


 と、命が横から話題を掻っ攫っていった。


「結くんもそれでいい?」

「あ……いいけど、どうやってやるの?」


 律儀にそう確認してくる瑞生だが、初めましてな相手の上にそれが女の子と来れば、結にとって断るのは不可能だった。

 だから頷きはしたものの、実際やったことのない遊びなのでそれは訊くしかない。


「えっ、したことない?」

「うん……」


 驚いて訊き返す命に、結はなんとなく申し訳ない気持ちでそう返す。


「じゃあ最初は見てて。分かったらいっしょに遊ぼ?」


 そう言って優しく笑いかけてくれる瑞生はなんだか大人っぽく見えて、同い年なのにお姉さんのように感じた。結が素直に頷くと瑞生も頷き、命は嬉しそうに近くの戸棚を開けてごそごそと漁り始めた。


「えっと、前はどんな話だったっけ?」


 人形を取り出している命に瑞生がそう訊ねると、せかせかと動いていた命は一瞬固まり、


「前はね、リカちゃんが王子様に決闘を申し込んだところだったよ!」

「リカちゃんとってもオテンバだね!?」


 そして答えた命に、結は思わずツッコんだ。やったことがないとはいえ、おそらく普通の人形遊びでそうはならないだろうということは分かる。


「悪魔に憑りつかれた王子様を助けるためには、仕方なかったんだよ……」


 ベッドの上の机に登場した王子様の人形と悪魔のぬいぐるみを手で振りながら、瑞希はちょっと悲しそうな顔をする。感情移入が素晴らしい。


「なんか、すごいんだね……」


 壮大だとか独創的だとかそういった語彙は当時の結には無かったので、そんな感想しか言えなかったのは悔やまれるところだ。


「『くっくっく……面白い。もし俺様に勝てたら、王子様の体は返してやろう』」


 他の人形やらぬいぐるみやらを机の上に並べ終えた命は、瑞生から王子様と悪魔を受け取ると唐突に人形遊びを開始した。


「『あなたみたいな卑怯者には負けないわ! えーい!』」


 それに動じることなく、瑞生はノリノリでそう声を上げると人形を動かす。

 しばらく、「『やあっ』」とか「『とおっ』」とか掛け声を上げながら人形がぶつかり合う。


「『王子キーック!』」

「『リカちゃんパーンチ!』」


 どうやらお互いに必殺技を出したらしいところで一旦そのやり取りは終わり、


「『ふふふ……なかなかやるな。だが、そんなものでは俺様は倒せないぞ』」

「『くぅっ……あと一息なのに! 誰か、誰か一人でいい、私に手を貸してくれれば!』」


 ちら。

 何やら台詞を喋った後で、息の合った動きで二人が結の方を見た。


「あ、えっと……『あ、悪魔め、そこまでだー』」


 二人の求める視線になんとか応えようと、結はそこら辺にあった犬のぬいぐるみを引っ掴んで参戦した。棒読みなのはご愛嬌だ。


「『ポチ!? 生きていたの!?』」

「『馬鹿な、貴様は先週崖から落ちて死んだはず!』」

「え、死んでたの? あ……『運よく下に木が生えていたんだ。それがクッションになって助かったのさ』」


 適当に選んだ犬が既に死んでいたというまさかの事実に驚きつつも、命の親切な説明を受けてなんとか死亡説を否定した。


「『よーし。行くよ、ポチ!』」

「『うん!』」

「『ふん、そんな犬一匹増えたところでどうした!』」


 そして、再び掛け声とぶつかりあいの時間。そのやり取りを一通り楽しんだ後、


「『くっ、やるな。だがここまでだ……王子キーック!』」

「『リカちゃんパーンチ!』」

「『ポチアターック!』」


 命と瑞生が必殺技を唱え、結も考えておいた必殺技を叫んで、三人の人形がぶつかり合う。


「『ぐああああ! ま、まさか、この俺様が負けるだなんて!』」


 そして、命は王子の人形をその場に横たえ、悪魔のぬいぐるみをちょっとへこませながらそう言った。どうやら、瑞生と結――もとい、リカちゃんとポチの勝利である。


「『さあ、約束よ! 王子様の体から出て行って!』」

「『そうだそうだ!』」


 ここまで来ると結も結構慣れてきて、合いの手なんかを挟んだりする。


「『くっ、仕方がない。だが覚えていろ。俺様はいずれ、再び貴様らの前に立ちはだかるであろう……』」


 負け惜しみの台詞を吐いて、「『さらばだ!』」と命は悪魔のぬいぐるみを隠した。


「『うーん……ここは……?』」


 そして、手を戻した命はそう言って王子を復活させる。


「『王子様!』」

「『大丈夫ですか?』」


 王子の安否を確かめるリカちゃんとポチ。


「『リカちゃん、それにポチ……そうか、君たちが僕の体から、悪魔を追い払ってくれたんだね?』」


 王子は二人に気付いてそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。


「『ありがとう。二人のお蔭で、僕は正気を取り戻せた。すぐに城に戻って、宴にしよう!』」

「『ええ! 王子の復活をお祝いして!』」

「『みんなも喜ぶよ!』」


 元気にそう声を上げる王子に、リカちゃんとポチも喜んでそう答える。


「『いや……もちろん、それもあるけど。この宴で祝うのはそれじゃないよ』」

「『と言うと?』」


 結はもうかなり興が乗っていて、命のその台詞に率先して質問をぶつける。


「『新しいお姫様の誕生を祝う宴さ。ようやく言える……リカちゃん。僕と、結婚してください』」

「『ええ……! 喜んで!』」


 ――すごい、命がイケメンだ。

 思わず素に戻って驚いた結を他所に、王子とリカちゃんはくっついて歩き出す。結も慌てて、ポチにそれを追わせるのだった。


***************


 その後も、結婚式やらお祝いの宴やらを楽しく三人で演じて過ごした。やってみたら意外に楽しいものなんだなと思っていたら、「あっそろそろ帰らなきゃ」と命が声を上げた。


「あ、もうそんな時間なんだ。残念だけどまた今度だね」

「うん。楽しかったー」


 瑞生とそう言葉を交わしながら、命は慣れた様子でテキパキと人形を片付けていく。こういうところは案外しっかりしている命である。


「結くんも、楽しんでくれた?」

「あ……うん。楽しかった」


 にっこりと訊ねる瑞生に、結はそう答える。その顔には、普段よりもちょっと明るい笑顔が浮かんでいた。


「よかった。また来てくれたら嬉しいな」


 それを見た瑞生はさらに頬を上げて笑い、その周りがちょっと明るくなったようにすら結には思える。


「うん、また来るよ」

「いやあ、これからは、三人でいっぱい遊べるね」


 明るい声音でそう返す結に、命も嬉しそうに声を上げた。



 これが、結と瑞生との、最初の出会いの一日だった。

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