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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第二章 犠牲と勝利
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第二章14 嘘の代償

 ミコトたちと戦うにあたって、サダユキが示したルールは三つだ。


『①お互いに右手は使わない』

『②サダユキを退場させたらミコトたちの勝ち』

『③ミコトたちを全員気絶させたらサダユキの勝ち』


 五対一な上に圧倒的にミコトたちに有利なルールである。

 しかも戦いの場を舞台の上に限定しており、それも数で勝るミコトたちの利になる。逃げるスペースが少ないからだ。


「本当にいいんですか?」


 余りにも有利過ぎて、ミコトは思わずそんなことを口走る。


「ああ、構わない。実戦に一番近い形式だろう」


 答えるサダユキは余裕綽々で、それだけ自分の実力に自信があるのだろう。


「さて、ルールに不満が無ければすぐに始めよう。時間が勿体ないしな」


 そう言って構えるサダユキは、見ただけで隙が無いと分かる。


「わかりました。……じゃあ、この小銭が地面に落ちたらスタートで」


 代表で返事をしたユウは、全員の準備が整ったのを確認して小銭を取り出す。

 サダユキが頷いたのを確認すると、それを高く放り投げ――


「!?」


 ――地面に小銭が落ちると同時に、ミコトが崩れ落ちた。

 ミコトの隣にはいつの間にかサダユキが現れており、彼の左の拳がミコトを打ちのめしたと分かる。


「まずは一人。これでしばらく、俺の敗北も無い」


 静かなサダユキの宣言で、全員が彼の実力を再認識したのだった。


*************


 戦闘は、終止サダユキのペースで進んだ。あっさりと全員が気絶させられていないのは、タイジュのお蔭だ。

 彼だけは、サダユキでも打撃で気絶させることは出来ない。かと言って気絶させることが不可能かと言えば、そんなことはなかった。


 タイジュの能力は、自分に対するダメージを無効化する。しかし力は受けるので、例えば首を締められたらそれはダメージとして無効化されることはない。

 純粋な物理現象として、タイジュの脳に行く血液が滞るだけだ。それを続ければ、いずれは失神するだろう。


 だが、それには時間が必要だ。他の四人を全員気絶させた状態でなければ、さすがにその時間は確保できない。

 ならばと先に他を狙えば、タイジュが絶妙に妨害をするのだ。彼無くしてこの戦闘は成り立っていないだろう。


 サダユキの厄介なところは、もちろん全てなのだが、特にスピードだ。

 全速力の移動は目で追うのがやっとで、不意を衝かれればミコトの二の舞である。


 だからタイジュは彼の目の前に陣取り、他の仲間に直線的に近付けないように立ち回っている。

 それでも時々横を抜けられるが、その余分な一動作のぶんで皆なんとか反応しているというのが現状だ。


「ぐっ――」


 ユウは歯を食いしばり、何とか痛みを堪える。

 サダユキの蹴りを腕で防ぎ、ぎしぎしと骨が軋む音が聞こえるようだ。

 しかしサダユキは容赦なく次の攻撃に移り、左の拳がユウの顔面目掛けて振りかぶられる。


「ちっ」


 しかしそれを振り抜く前に、横からアカリが飛び込んでくる。飛び込みながら放たれた蹴りを、サダユキは構えた左腕を下げてガードした。

 着地した彼女にその体勢のまま詰め寄ると、左手の裏拳を叩きこむ。


「うぅっ――」


 容赦のないその一撃を両腕で防ぐアカリだが、思わず苦鳴が漏れた。

 そんな彼女に止めを刺さんと、サダユキは右脚を大きく振るい側頭部に狙いを付ける。


「よいしょお!」


 しかし、その蹴りはアカリの後ろから飛び込んできたタイジュが代わりに引き受けた。

 蹴りを途中で止められたサダユキは、片足立ちで隙だらけだ。戦線復帰したユウがその左脚に狙いを定め、思い切りローキックを放つ。


 だが、その攻撃はその体勢のまま跳び上がったサダユキに回避された。


「今だ――!」


 如何に化物染みた身体能力を持っていようと、空中で身動きが取れないのは一緒だ。

 その隙を見逃さず、背後からリョウカが急襲をかける。

 がら空きの背中に向けて左手を伸ばし――


「ふっ」


 掛け声とともに振るわれた左腕に、彼女のその手は払いのけられた。

 手加減一切無しの拳が、リョウカの前腕の骨を砕く。


「うあっ――」


 痛みに言葉にならない声を上げ、リョウカが後ろに数歩たたらを踏む。

 次の標的を彼女とし、着地したサダユキは追い打ちを掛けるべく一歩踏み出す。


「どっせい!」


 しかし、その動きを読んだタイジュがサダユキの背中にタックルをぶちかました。

 さしものサダユキも、タイジュの巨体にぶつかられれば吹き飛ばされる。

 しかし難なく受け身を取ると軽々と身を回し、軽業師のような身のこなしで四人から距離を取った。


「ハヤミさん!」

「大丈夫です……こんなの、すぐに治りますから」


 アカリの案じる声に、痛みで顔を歪めながらも気丈にリョウカは答える。


「さすが、根性あんな。でも治るまでは下がっとき。ミコトもそろそろ起きるころやろ」


 リョウカに称賛の言葉を掛けつつ、タイジュが全員の前に出る。


「う――」


 そして噂をすれば、ミコトが声を漏らして起き上がるところだった。


「起きたか、ミコト。やれるか?」

「ごめん、いきなりやられて。大丈夫」


 ユウが声を掛ければ、ミコトを頭を振って意識をはっきりさせながらそう答える。


「しかし――マジ化物やな。どうやったら勝てるんやて、ユウ!」

「シンプルに強いからな、作戦もクソもない。何か仕込もうにもその隙は与えてくれないし」


 苛立ちを言葉に乗せるタイジュに、しかしユウは実になることは何も言えない。

 しかも――


「おまけに、休む間も与えてくれないと来た!」


 再びサダユキがこちらに迫り、攻撃を開始する。


「とにかく、こっちはミコトかリョウカの左手が触れれば勝ちなんだ! 全員踏ん張ってくれ!」


 サダユキの攻撃を躱したり防いだりしながら、ユウは捨て鉢にそう叫んだ。


***********


 痛みは、人の神経を、心をすり減らす。

 度重なるサダユキの攻撃に、ミコトたちは追い詰められていく。攻撃を防ぐたび、身体は悲鳴を上げる。


「ぐうっ――」


 何度目になるか分からない防御で、ミコトの腕は痣だらけだ。痛みに涙目になりながら、しかし直撃を避けるために腕を犠牲にする。

 しかしその抵抗も空しく、振り抜かれた左腕がミコトを再び気絶させた。


「ミコトく――」


 余計な声を上げる暇も与えられない。

 ミコトに気を取られたアカリもまた、サダユキの前に沈む。


「くっ」


 そして次の瞬間には、彼はユウの目の前だ。

 地面から棒を伸ばしてそれを盾にするが、彼の強烈な蹴りであっけなく砕かれる。

 そのまま命中した攻撃は、威力が削られているにも関わらずユウの身体を軽々と吹き飛ばした。


 さらにサダユキは淀みなく動き、タイジュのもとへ。


「うおっ」


 彼の左腕を左手で掴むとそのまま背負って投げ飛ばした。

 背中から地面に叩きつけられたタイジュにダメージは無いものの、予想外の攻撃に身体は反応できない。


「遅いな」


 再び背後から奇襲をかけるリョウカの左手をあっさり躱すと、サダユキはそのまま拳を突き出す。

 リョウカはかろうじてそれを躱すが、いつ直撃してもおかしくない攻撃が乱れ飛ぶ。


「ハヤミさん、自分を固定しろ! そうすれば負けは無い!」


 吹き飛ばされたユウが、遠くからそう叫ぶ。


 確かに、それを実行すれば負けることはない。何度気絶させられようとも、一人でも残っていれば勝負が終わることはない。

 ともすればルールの抜け穴のようなリョウカの存在だが、彼女はそれを実行しようとはしなかった。


 ――何故だ。何故彼女は言う通りにしない。


 ユウは焦燥感と共に彼女を睨む。

 いつ当たるかもしれない攻撃に晒されながら、それを実行すれば負けることはないと言うのに。


「あ――」


 その答は出ないまま、決定的な隙が彼女に生まれた。

 リョウカは、足がもつれて後ろに倒れてしまったのだ。その隙を見逃すはずも無く、サダユキの拳が彼女の頭部に迫る。


 しかし、それでも尚、彼女は自分を固定しようとはしなかった。


「リョウカ!」


 タイジュが叫ぶのと同時、彼女の頭は打ち抜かれる。


 ――しかし、何も起こらない。


 駆け寄ったタイジュが、リョウカを左手で触っていた。

 彼は自らの能力を使い、リョウカをかばったのだ。


「ナカタさ――」

「後は、任せたで」


 ほんの短い時間しかなかったはずだ。

 しかし、リョウカの耳に、彼が確かにそう言ったのが聞こえた。


 次の瞬間、タイジュの側頭部をサダユキの裏拳が捉えた。

 能力をリョウカに使った彼は、為す術も無くその攻撃を受け入れる。


 だが、その一動作の隙で。


「――見事だ」


 無敵になったリョウカの左手が、サダユキの身体に届いた。


*********


 リョウカが嘘を吐いているのは、最初からなんとなく分かっていた。

 根拠と言われればいろいろ出てくるが、最初はただの勘だ。

 なんとなく、彼女の能力は説明通りのものではない、と。


 勘でない理由と言えば、彼女が頑なに自分を固定しようとしないのが分かったから。


 例えば、ツトムの射撃。

 自分の身体を固定すれば当たっても問題ないというのに、彼女はわざわざマフラーを固定し、その陰に隠れていた。


 他にもおかしな点は山ほどある。

 『落ちそうになったら自分を固定すれば』と言った棚登りの時も、彼女はそれを否定した。

 普通、固定したらその場で止まるだけのはずで、落ちる速度がそのままというのは不可解だ。


 更に言えば、アオカが固定された時もそうだ。

 いくらなんでも、彼女が動き出すまでに時間が掛かりすぎている。

 あれはおそらく、彼女が状況を・・・理解できなかった・・・・・・・・のだ。


 つまりリョウカの能力は、物体の位置を固定しているだけではない。

 おそらくは、触れた物体を完全に止めている・・・・・・・・

 だから自分に掛けると――おそらく、永遠に解除できない。



 ユウの叫びに彼女が答えなかったことで、タイジュの推測は確信に変わった。

 だから、彼女を助けるためにはあれしかなかった。


 そして、それで良かったとタイジュは思っている。

 ここで自分が気絶しようとも、無敵の効果は続く。キタネ戦で実証済みだ。


 最初からそうすればよかったと思うほどにベストな選択である。

 彼女が無敵になれば、締め落とされる心配もない。その間に左手で触れるくらいできない訳がない。


 だから、後は彼女に託した。

 リョウカならやり遂げてくれると、確信があったから。


 その思いを込めた言葉は果たして、彼女に届いたかどうか。

 薄れゆく意識の中、タイジュにはそんなことは分からなかった。

 だが、届いたと思うことにした。

 だって、彼女はきっと――。


************


「ナカタさん!」


 サダユキが完全に固まったのを確認し、リョウカは声を上げながら彼に駆け寄った。


 彼の行動は、リョウカの嘘を見抜いていたとしか思えない。

 それほど彼の行動には迷いがなく、それはリョウカが自分に能力を使えないことを理解していなければあり得ない。


 だが、彼はリョウカが嘘を吐いていると分かった上で、リョウカを助けたのだ。

 『後は任せた』と、手放しで信頼する言葉を口にして。


 そんな彼の言葉に、リョウカは戸惑った。

 何故、そんな風に自分を信頼してくれるのか。

 迷いなく人を助けられるのか。――自分の体を張ってまで。


 彼が起きたら、聞いてみたいと思った。


 ――もし、彼がそれに答えてくれたなら、できるかもしれない――もう一度、誰かを信じることが。


「――え?」


 しかし、彼にそれを聞くことは出来なかった。







 タイジュは、目の前で突然消えた。

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