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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第二章 犠牲と勝利
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第二章15 理由

 人間は、いや生物は、いつも死と隣り合わせだ。今この瞬間にも、何らかの理由で命を落とすかもしれない。

 それは命を持っているなら逃れようのないことで、だからこそ命は尊いのだ。


 しかし、可能ならばその死は、大切な人たちに見守られて、惜しまれながらもたらされるべきだろう。

 自分の人生を全うするその瞬間は、その人の人生の集大成なのだから。


 だが、現実は誰もが大往生を遂げられるわけではない。

 志半ばで倒れることも、何事も為せぬまま息絶えることもある。

 誰かに看取ってもらえるかすら、その人の運次第、運命次第。


 ――それでも。


 彼の死を見届ける責任が、ミコトにはあったと思う。


*********


 消失だ。


 まったく訳がわからなかった。唯一戦っているはずのサダユキは停止していて、それは彼のお蔭で。

 安全になったはずのその場所で、彼と勝利を分かち合うはずだった。


 しかし、彼は居ない。どこにも居ない。


 何が起こったかなんて分かりきっている。だがそれを認めたくなくて、他の理由を探してしまう。奇跡を願ってしまう。


 そんな願いを、嘲笑うかのように。


「そんな――」


 リョウカの視界が、突然低くなった。


『④ただし、味方が一人消えると、チームメイトの身体のサイズが半分になる』


 そのルールが適用されたのだ。

 つまり、疑いようも無く、一分の隙も無く。



 タイジュは、消えてしまった。



「ハヤミさん!」


 視界がぼやけ、音が遠くに聞こえる中、ユウの叫び声が彼女を現実へと引き止める。

 乱暴に目元を拭えば、焦点を取り戻した視線の先に二人の男が居た。

 そのうちの一人はリョウカに飛び掛かってきており、その表情は焦燥と興奮、そして恍惚の色を伴っている。


 一瞬のうちに、リョウカの脳内を思考が暴れ回った。


 ――こいつらのどちらかが、ナカタさんを消した。襲い掛かってくる。右手を防がないと。こいつらのせいで、ナカタさんが。この人殺し。こんな奴ら、消えてしまえば――



『後は、任せたで』

『生きてりゃいいことあるからな』



「――!」



 そして、リョウカは。


 飛び掛かってきた男の右腕を。



 ――左手で、掴んだ。



「『完全停止』!」


 そして、自分の能力の本当の名前を口にする。

 触れられた男は動きを止め、ぴくりとも動かなくなった。


 だが、敵はもう一人居る。

 動かなくなった相方の横を通り抜け、リョウカへと襲い掛かってくる。


 一度に能力を発動できるのは、一つの物体のみだ。

 今のリョウカに、彼を止める術はない。


「まさか生き残りが居たとは……すまない」


 しかし、男の右手がリョウカに届くことはなかった。

 彼女が能力を発動したことで自由になったサダユキが、リョウカに襲い掛かる男を手刀一発で気絶させたのだ。


 そして、敵を制圧したその後には沈黙が訪れる。

 ――余りにも悲痛な沈黙が。


「う……」


 その沈黙を、ミコトの呻き声が終わらせた。

 頭を振って起き上がるミコトに続き、アカリもゆっくりと起き上がる。


 目を覚ました二人は状況を見て困惑を浮かべる。


「えっと……これは、どういう状況ですか?」

「……! た、タイジュくん、は……?」


 ミコトが疑問の声を上げる横で、アカリがその事実に気が付く。

 そして、恐怖を顔に浮かべながら問いを発すると――


「――ごめんなさい」


 静かに、リョウカの声が落ちた。


「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 私の、せいで。私のせいで、ナカタさんは……!」


 ぽろぽろとこぼれ出す涙を止めることも拭うこともせず、リョウカは頭を抱えて言葉を喚き散らす。

 その言葉の意味はミコトたちには分からない。

 だが、たった一つ――一番知りたくなかった事実だけが伝わった。


「タイジュくん、が?」

「消え……たの……?」


 涙を滂沱と流すリョウカは、その問には答えられなかった。

 しかし彼女が答えずとも、それはもう否定する要素が無かった。


 サダユキの身体が、自分たちよりも一回り大きい。

 そして、見知らぬ男が二人。


「すまないが、ミコト。とりあえずこの二人を退場させてくれるか。一人は気を失っているだけだ、すぐ目を覚ますかもしれん」


 目を伏せ、サダユキが静かにそう言った。

 ミコトは、すぐにその言葉に従った。

 動いていれば、その分何も考えずに済む。倒れている男に駆け寄り、左手を伸ばす。


「別に、消しても構わんが。その選択は、いつもお前の手の中にある」


 不意に、サダユキがそうこぼした。

 こちらを見ず、しかしミコトの心を揺さぶるその言葉は、どういう意図を持っているのか。

 ミコトの左手が、触れる直前で止まる。


 そして、サダユキを、ユウを、アカリを――リョウカを見る。


「――いいえ」


 答はすぐに出た。

 ミコトは一言発すると、迷いなく左手で男に触れる。

 きん、と頭で音が鳴る。退場した男は、自分たちより遥かに大きくなった。


「ハヤミさん」


 そしてもう一人の男の前に行くと、動かない彼を見てミコトは少女に呼び掛ける。


「……はい」


 顔をこちらに向ける彼女と、ミコトはまっすぐ目を合わせる。

 男に左手で触れ、びくともしない身体を感じ。


「……ありがとう」


 ――彼を、消さないでいてくれて。

 その選択肢は、彼女にもあったはずなのに。

 思い留まってくれた彼女に、ミコトは心からの感謝を口にした。


「――!」


 ミコトの言葉に、彼女は顔をくしゃくしゃに歪める。

 やがて唇を引き結ぶと、強く顎を引いた。


「――『強制退場』」



 そして、戦いは終わる。ミコトたちの勝利という形で。

 ――余りにも大きな犠牲と共に。


************


 今日何度目かの沈黙が、ミコトたちの上に横たわっていた。

 痛ましい静寂の中、時折リョウカが鼻をすする音が空気を震わせる。


「あの……」


 沈黙を破ったのはユウだった。静かに言葉を発し、サダユキの方を見る。


「俺たちの勝利条件は『ヒヨシ先輩を退場させること』だったと思うんですが。どうしますか」

「……!」


 言われてみればその通りで、ルールに従うならまだ決着は着いてないことになる。

 一気にミコトたちに緊張が走るが――


「横槍が入ったのだから話は変わってくるだろう。あれが無ければ俺は確実に負けていた。それで勝ちを主張するほど、愚かではないつもりだ」


 サダユキのその言葉で、張り詰めた空気は弛緩する。


「それに、お前たちの覚悟はちゃんと見させてもらった。あそこであの二人を消さないのは立派だったよ」


 サダユキがそう続けると、ミコトとリョウカの顔が一段暗くなる。


「すまない、余計な事を言った」


 二人の様子を見て謝罪を告げると、サダユキはおもむろに立ち上がった。

 そしてくるりと踵を返すと数歩歩き、


「……こんな状況だが、友人を悼む時間くらいはあって然るべきだろう。他の生き残りが居ないかどうかは俺が見張ってておくから、心の整理がついたら声を掛けてくれ」


 四人を気遣う言葉を残して、話が聞こえないくらいの距離を取った。


 サダユキの配慮に感謝しつつ、ミコトはタイジュのことを想う。

 今日出会ったばかりだというのに、彼の存在はミコトの中で驚くほど大きくなっていた。


 大きい背中に大きい声。にやりと悪人面で笑う顔は少し怖いが、根は優しく頼りになる。

 ミコトの、ミコトたちの窮地を幾度となく救ってくれた――。



「私の、せいなんです」


 やがて、リョウカがぽつりとそうこぼした。


「……どういう、意味?」


 再び口にされたその言葉の真意を、アカリが問いかける。


「私はずっと……皆さんに嘘を吐いていたんです」

「……嘘?」


 目を伏せ訥々と話すリョウカに、ミコトが訊き返す。


「はい。皆さんに話した私の能力……あれは、嘘なんです」

「能力が? でも、実際に……」


 リョウカの能力が発動する場面を、ミコトたちは何度も見ている。

 少なくともミコトには、彼女の説明通りの能力に見えていた。


「まるっきり違うって訳じゃないんです。ただ、一つだけ皆さんに知られたくなくて、少し嘘を混ぜました」


 疑問符を浮かべるミコトとアカリ。ユウは既に分かっているのだろう、表情を動かさずにリョウカの言葉を待っている。


「私の能力の本当の名前は、『完全停止』。触れた物体を、その瞬間に完全に止める能力です」


 震える声をどうにか抑え込み、静かにそう告白した。


「えっと……それって、『物体固定』とはどう違うの?」


 その言葉だけでは理解できないであろうことは想定済みだ。

 予想通り投げられたアカリからの質問に、リョウカは用意していた回答を返す。


「『完全停止』で止まるのは、位置だけじゃありません。状態、エネルギー、時間――あらゆるものが、触れたその瞬間で止まるんです」

「――つまり?」


 まだ分かっていないミコトとアカリに、最後の説明を加えようと息を吸い込む。


 ――怖い。

 これを知った時、彼らがリョウカをどうするのか。恨まれ、罵られ、責められてもおかしくない。


 その恐怖を飲み込み、リョウカは言った。それは、彼女が言わなければならないことだったから。


「人間に使った場合、意識も思考も完全に止まります。だから、自分に掛けたら二度と解除出来ません――それが、私が皆さんに隠していたことです」


 そう、それが――タイジュを死に追いやった嘘。

 そして、リョウカの犯した罪。


「それが、タイジュくんが……消えてしまったことと、どう関係が?」


 言い淀むミコトの問は、リョウカからすれば自らの罪を詳らかにせよという無慈悲な問だ。ミコトにそんなつもりがないことは分かっているが。 


「……私の嘘を、ナカタさんだけは見破っていました。その上で彼は、私をヒヨシ先輩の攻撃から守るために自分の能力を使ったんです。それで――」

「それでタイジュが代わりに気絶して、その隙に乱入してきたあいつらに消された。それが全てだ」


 リョウカの答を、ユウが無感情な声で掻っ攫っていった。突き放されたのか、それとも気遣って代わりに話したのか。

 じっとユウの横顔を見つめるが、リョウカには何も読み取れなかった。


「それって――」


 ミコトがそう切り出し、リョウカは身を固くする。

 何と言われても仕方ない。それだけの事をしたと、リョウカは思っていたから。


「ハヤミさんのせいじゃないですよね?」

「――え……?」


 ミコトの言葉に、信じられない心持ちで顔を上げる。


「別にハヤミさんが嘘を吐いてなかったとしても、同じことになったと思いますよ?」


 困ったような顔でそんな言葉を吐くミコトに、アカリも横で頷いている。


「いや、皆さんがこのことを知ってたら……」

「それも考えて作戦を立てた? それは無理だよ。結局各自で対処しろって話だ。知ってたって、あの状況じゃ俺は助けに入れなかっただろうし」


 ――そんなことはない、悪いのは自分だ。

 リョウカのその考えを、ユウは論理的に否定する。

 だが、そんな言葉でリョウカは納得できない。していいはずがない。


「でも、じゃあ……誰が悪かったて言うんですか? 少なくとも、私は嘘を吐いていた。皆を騙していた。その私が悪くないって言うなら、一体誰が――」


 駄々をこねるように言い募るリョウカを――


「誰も悪くないんだよ」


 ユウの断定が、止めた。

 感情の籠らないそれは、しかし優しくリョウカをあやすかのように。


「ハヤミさんのせいでもなければ、ヒヨシ先輩のせいでもない。俺たち全員があの二人の存在を見落として、たまたまあの二人が狙ったのがタイジュだった。でも、あの二人だって悪くない。生き残るために必死なのは全員一緒だ」


 ユウはただひたすら、静かにリョウカに言い聞かせる。


「そんな……そんなことは分かってます! 他の参加者を消した人は退場させて、仲間がやられたからあの二人を消すなんてことは間違ってる。だから私はそうしなかった。でも、それなら――誰も悪くないなら、なんでナカタさんは消えなければならなかったんですか!?」


 自分が悪いと白状しても、責められることを怖がるくせに。

 責められなかったら今度は責めろと我儘を撒き散らす。


 一体自分が何をしているのかも分からないまま、抑えようのない気持ちに任せてリョウカは言葉を吐き続けた。


「消えなければならない理由が無いなら――ナカタさんが消える必要なんてなかった。消えていいはずがない! 消えるんなら――」


 ――消える理由があるとするなら。

 ――それは、仲間に嘘を吐き、騙していた。


「私が、消えればよかった……」


 消え入るような言葉を吐き出し、リョウカは俯いた。

 その視線の先、床に雫が落ちたのを見て、今さら自分が泣いていることに気が付く。


 リョウカのその言葉を最後に、再び四人の間に沈黙が訪れる。

 それぞれがそれぞれに、次に選ぶべき言葉を探していた。


「ハヤミさん」


 最初にその答を見つけたのは、ユウだった。


「タイジュはあの時――なんて言ってた?」


 唐突な問にリョウカが顔を上げれば、ユウは真っ直ぐにこちらを見ていた。


「気絶する直前。俺には聞こえなかったけど、何か言ってるように見えたから」


 そう言われて、リョウカは安堵する。

 やっぱり、勘違いじゃなかったんだと。

 あの時、彼はリョウカに向かって。


「『後は任せた』――って」



 そう口にした途端、リョウカの目から再び大粒の涙がこぼれた。


 ――そう、そうだ。あの時、彼は私を責めるでも、罵るでもなく。


 ただただ、信頼の言葉を。


「私……」


 ――私には、そんな資格なんて無いのに。


「私は、誰も信頼していなかったんです。だから、嘘を吐いた。自分の弱みになる事実を隠して、生き残ることだけを考えて」


 そう、リョウカは誰も信じていなかった。

 誰も信じていない自分が、誰かから信じられていいはずがない。そのはずなのに。


 それでも信じてくれた、彼ならば。

 そして、その彼が信じた仲間たちならば。


 ――もう一度、信じられるのだろうか。


「――そんな私を、皆さんは信じられますか……?」


 問いかけた言葉は、三人に向けたものだった。しかし、リョウカの瞳は真っ直ぐにユウを見る。

 ミコトとアカリは、何の迷いも無く信じていると言うだろう。そういう人たちなのだ。


 だが、ユウなら。

 彼が認めて、信じてくれるなら。


 答を待つリョウカに、果たしてユウは告げる。


「タイジュが信じたんだ。なら、俺も信じられる。他に隠し事があるなら、今のうちに全部言っといてくれると助かるけど」


 理屈っぽいようなそうでないような、そんな答だった。

 なんだかそれが妙に可笑しくて、こんな場面だというのにリョウカは苦笑してしまう。


「じゃあ……少し、昔話を聞いてくれますか」



 ――この際だから、一切合切吐き出してしまおう。自分の心の内を曝け出して、見せびらかして。

 そうすれば、何かを変えられるかもしれない。



 そんな想いで、リョウカは静かに語り始めた。

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