表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第五章 終わりと始まり
100/103

第五章19 女神の気まぐれ

 真っ白な空間だ。

 もう何度となく訪れた、女神との対話のための空間。

 ここに今、何故自分が呼ばれたのか。それは、さっぱり分からない。


「単なる気まぐれよ、カシワデミコトくん」


 ミコトの名を呼ばわりその思考に答えたのは、女神のそんな言葉だった。


「とりあえずほら、見て頂戴」


 そして彼女が指を差す先には、ユウの姿があった。ユウと、彼に向き合うもう一人の女神。


「ユウくん!」


 思わずそう叫ぶミコトだが、彼は全く反応を示さない。


「ああ、こちらの姿も声も、向こうには届かないわ」


 その理由に女神が言及し、ミコトは彼女に視線を向ける。


「一体、どういうつもりですか」

「そうね――サービスのようなものよ。彼の選択を見届けてもらおうという、貴方へのサービス」


 何故こんなことをするのか。その問に対する答は、ミコトの納得いくものではなかった。

 そんなことをして、女神に何の得があるというのか。今まで散々ミコトたちを振り回しておいて、サービスだなんて言われても戸惑うしかない。


「ほら、始まるわよ」


 しかしそんなミコトの疑問は、女神の言葉と、喋り出したユウの声で中断された。


*************


「優勝おめでとう」


 女神が、ユウに向かってその事実を静かに告げた。


「浮かない顔ね。今から、どんな願いでも叶えられるというのに」


 きっとユウは、正にそのせいで浮かない顔をしている。

 しかしその気持ちを知ってか知らずか――きっと知っている気がする――、女神は愉しそうに言葉を続けた。


「さあ。あなたは何を願うのかしら」


 その問に対する答は、二つに一つ。


「親友の思いを取って、このゲームで失われた命を蘇らせる?」


 ミコトが託した、世界を救う願いか。


「それとも、自分の思いを取って、彼女を――大事な大事なあの子を蘇らせる?」


 ユウ自身がずっと抱えてきた、瑞生を救うという願いか。


 きっとユウは、選ぶことができなかったのだろう。

 当たり前だ。ミコトが彼の立場でも、やっぱり選べなかっただろうから。


 だから、彼はミコトと戦った。

 ミコトを消して勝っていたなら、迷うことはなかっただろう。

 ミコトに消されて負けていたなら、それはそれで良かったと思っているに違いない。


「くそっ! なんで……! なんでだ! どうしてお前はこんなゲームを始めた!」


 ユウは苦しそうに、そんな問を吐き捨てた。


 それは、ミコトも知りたいことだった。

 女神がどうして、このゲームを始めたのか。


「いや……そもそも、お前はいったい、何者なんだ――?」


 ――そもそも、女神は一体何者なのか。


「……そうね。優勝した貴方にくらいは、教えてあげましょう」


 苦しそうなユウをやはり愉しそうに眺めながら、女神はそう言った。

 チラリと自分の横に居る方の女神に目線を送るが、彼女は首を竦めるような動きをしただけだった。別に、ミコトも聞いても構わないらしい。


 ――そして、女神が告げたのは。


「私は、人々の思い描く運命の女神。気まぐれに人の運命を弄ぶ――そのためだけに、生み出された女神よ」


 そんな、訳が分からない言葉だった。


 かろうじて、気まぐれという部分にだけ思い当たる。

 彼女の言葉や行動に一貫性がないと感じたこと。そこには合点がいった。

 だが、それ以外は意味が分からない。


「そんな……そんな神がいてたまるか! 神様っていうのは……っ」


 ユウはそう叫び、ハッと何かに気が付いたような顔をする。

 そしてミコトも同じように、気が付く。

 神様とは。その定義を、ミコトは知らなかった。

 神とは何か。何のために生まれて、何を為す存在なのか。


「人に信じられ、人の思いが生み出す存在。それが神よ。私もその中の一柱に過ぎない」


 やがて女神が告げたのは、そういう自己定義だった。


「人の思いが……生み出す……?」


 神が存在して、人が存在するのではなく。

 人が存在するから、神が存在する。

 女神は、そう言っているのだった。

 なら、この女神は――


「ええ。――私は、人の『ある思い』が生み出した神」

「ある、思い――?」


 ミコトには、見当が付かなかった。

 一体、どういう思いを抱けば、こんな神が生まれてくるというのか。


 そして――


「『何か、自分の人生を変えてくれる出来事は起こらないだろうか』」


 女神が語った、その言葉に。


「――俺、なのか……?」


 ユウが愕然と声を上げ、ミコトは息を呑んだ。

 それはつまり、ユウがそういうことを思っていて。


 この女神を生み出したのが、この惨状を引き起こしたのが。

 ユウのせい、だと言うのか。


「それは、そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわ」


 しかし女神は、その問に曖昧な言葉を返した。


「人ひとりの思いの力なんて、高が知れているもの。貴方一人の思いに、神を生み出すような力は無い。それくらい、分かるでしょう?」


 その説明を聞き、ミコトは納得よりもまず安堵した。

 ユウだけが原因ではない。その事実に。

 しかし、それはつまり――


「でも、それが集まれば。合わされば。束になれば」


 一人の思いの力は小さい――しかし、多くの人間が、同じ思いを持っていたなら。


「それは、世界を変える大きな力になる。……善悪を問わずにね」


 ――そういうことだ。


「だからこれは、決してあなた一人の思いの結果ではない。でも、あなたの思いの結果ではある」


 「そういうことよ」、と女神はユウを一瞥した。

 そして、心底愉快そうに、どこまでも愉しそうに、大きな声で笑い出す。


「笑ってしまうわよね。『本当の自分はこんなもんじゃない』なんて、どこまでも傲岸不遜な。そのくせ、肝心な部分は神頼みという、呆れるほど他力本願な。そんな思いを抱いている人間が、世界を変えるくらい――神を生み出すくらい、沢山存在しているなんて」


 ミコトには、全く笑えなかった。

 ただ、悲しみだけが胸の内にある。

 ユウが、そんな風に考えていたことに。同じようなことを考えている人間が、掃いて捨てるほど居たということに。

 何より、ユウのその思いにずっと、気が付けていなかったことに。


「そのお陰で、私が生まれた。だから私は、その願いを叶えただけ」


 ユウの元へ、女神はスルリと歩み寄る。

 そして彼の耳元で、囁くように問いかける。「ねえ?」と、親しみを込めて。


「――間違いなく、人生は変わったでしょう?」


 女神の言うとおり、多くの人間の――いや、おそらく参加者全員の人生が、大きく変わった。もちろん、ミコトもだ。

 しかしそれは――


「……」


 そして、沈黙がしばらく続いた。


「……さて。そろそろ聞かせてもらえるかしら。――貴方の願いを」


 その沈黙を破り。

 女神はいよいよ、選択を迫った。


「俺は……」


 ミコトは、固唾を飲んで彼の言葉に耳を傾ける。

 彼が、どういう答を出すのか。それを見届ける義務が、ミコトにはあると思ったから。


「……俺は確かに、思ってたよ。『何か、自分の人生を変えてくれる出来事は起こらないだろうか』。そう思ってた」


 やがてユウは、訥々と語り出した。

 ゆっくりと、自分の思いを確かめるように。


「だって、そうだろ。そんなの、誰だって多かれ少なかれ思ってるようなことだ。しかも俺は……」


 そうかもしれない。

 自分の人生に不満があるかと言われれば、確かに多くの人が首を縦に振ると思う。

 そして、不満という点で言えば。


「俺には、瑞生が居た。瑞生を失った悲しみが、助けられなかった悔しさが。俺の中にはずっとあったんだ」


 失われた命はどうにもならない。

 自分ではどうにもならない、決して消え去ることのない不満。


「当たり前の日常が幸せ。瑞生はそれを教えてくれた。でも、そこから瑞生が居なくなったら――俺にとって、もうそれは当たり前の日常じゃない。幸せだとは、どうしても思えなかったんだよ」


 ――知らなかった。

 ユウがそこまで、瑞生を大切に思っていたなんて。


「だから、俺は俺が嫌いだった。瑞生の思いを踏みにじって生きる、そんな自分が」


 ――知らなかった。

 ユウが、そんな風に考えていたなんて。


「変われるものなら変わりたかった。でも、それは俺には不可能に思えて。だから、自分を変えてくれるきっかけが欲しかったんだ」


 ――知らなかった。

 結局ミコトは、何も知らなかったのだ。

 彼も一人の悩める少年であったという、その事実すら。


「でも――それは違ったんだな」


 と、ユウが唐突に言を翻す。


「人生を変えるのは――人を変えるのは『何か』じゃない。いつだって、自分じゃない『誰か』なんだよ」


 そして彼が口にしたのは、そんな言葉だった。

 彼が今誰を思い浮かべているのか、ミコトには分かるような気がした。


「俺の中で、瑞生への思いは何も薄れちゃいない。ずっと変わらず、胸の中に有り続ける。でも」


 それはきっと、これからも変わらない。

 瑞生は大切なままで、ユウの、そしてミコトの心のどこかに、ずっと居続ける。

 それでも、


「その思いを抱えたままでも――他の誰かを、大事に思うことができるんだな」


 ミコトが、アカリという大切な人を得たように。

 ユウもまた、彼女・・のことを大切に思えたのだ。

 それはミコトにとって、たぶん何よりも嬉しいことだった。


「だからきっと、これから。これから俺は、幸せだと思える。きっと、当たり前の日常も愛していける。俺の人生を、きっと変えてくれる人が居るから」


 今まで出会った、多くの人が。

 これから出会う、沢山の人が。

 きっと、ユウを、ミコトを、変えてくれるから。


「だから、願うよ」


 ユウは、堂々と声を発した。

 それはきっと、彼の偽りのない本心。


「このゲームを通して、失われた命。その全てを、取り戻したい」


 それが、今のユウの願い。そして、アカリの願いであり、リョウカの願いであり、きっと瑞生の願いでもあり。

 ミコトが彼に託した、大切な願いだった。


「……本当に、いいのかしら?」

「ああ。それが事の発端の一人である、俺の責任でもあるからな」


 女神の問にも、ユウは冗談めかして、軽口すら叩いてみせる。揺るぎない答を返す。

 だが――


「いえ――そういうことではないのよ」


 そう言って、女神は愉しそうな顔で笑った。


*************


 そして女神が告げたのは、この世界の真実だった。

 曰く、


「ここは言わば、元の世界から見れば、精巧に造られた模造品に過ぎない。もちろん、貴方自身も。――ただの、複製なのよ」


 全てが偽物。複製された贋作。


「それでも貴方は、同じ事を願うのかしら。一番大切な人を生き返らせるのを諦めて。どこの誰かも知らない、ただの偽物でしかない、その他大勢の人間を生き返らせる。その決断が、できるのかしら?」


 その上で女神は、改めて問を投げた。

 この上なく、愉しそうな表情で。


「……」


 ユウは黙り、考えているようだった。

 そんなユウをいざなうように、女神は語り続ける。


「別にいいじゃない。この世界の人間が消えたって、元の世界の、オリジナルの人間たちは元気に暮らしているんだもの。だったら、ここで好き勝手に生きたっていいじゃない。元の世界の自分のぶんも。ね?」


 それは一見すると、正論にも聞こえる。

 元々無かったものが消えたところで、何も問題はないだろうと。


「さあ、願いを変えるなら今しかないわよ? 最後にもう一度だけ、訊いてあげましょう」


 女神は優しく、とろけそうなほど甘い声で囁く。


「貴方は、何を願うのかしら?」


 完璧な言い訳で塗り固めた、甘い甘い誘惑を。

 しかし――


「――愉しそうで、何よりだよ」


 ユウはそう言って、それを鼻で笑い飛ばした。


「でもな、それは間違ってる・・・・・


 笑みを消した女神に向かって、更にそう言い切ってみせる。

 それはミコトと同じ結論で、きっと瑞生も同じように言うに違いなくて。


「たとえコピーだろうと、偽物だろうと。この世に存在した時点で、それはもう生きてるってことなんだよ」


 ユウが同じようにそう言ってくれたことが、ミコトにとって救いとなった。


「だから、同じなんだ。コピーだろうが何だろうが。俺たち・・・にとっては、全部同じ『命』なんだよ」


 黙り込む女神に向かって、ユウは静かにそう結んだ。


 ――ああ、僕とユウくんは、ちゃんと分かり合えていたんだ。

 更に――


「それに――思い出したんだ」


 ミコトが一番、分かり合いたかったことを。思い出して欲しかったことを。


「瑞生の最後の言葉。今まで忘れてたなんて、瑞生に怒られるかもしれないけど」


 彼はちゃんと、思い出してくれたようだった。


「『楽しかったよ』。……『二人とも・・・・ありがとう』、『楽しかった』。アイツは、そう言ったんだ」


 不意に、ミコトの目から涙がこぼれた。


 ――ああ、本当によかった。僕はちゃんと、伝えられたんだ。


 ミコトが、全てを懸けて伝えたかったこと。それが間違いなく、彼に伝わっていたんだと分かったから。

 ミコトはそれが、涙を流すほどに嬉しかったのだ。


「俺はずっと、瑞生に何もしてやれなかったと思ってた。――けど、違ったみたいだ」


 そう、それは違う。

 瑞生は間違いなく、幸せな人生を送った。たとえ短かったからって、それを幸せじゃなかったという権利は、誰にもない。

 そして彼女は、それをミコトとユウのお陰だと、そう言ってくれていたのだ。


「楽しかったって人生を終えた人を叩き起こすなんて、それこそ酷い話だ。そう思わないか?」


 そう言って、ユウは微笑んだ。

 全く以て、その通りだ。彼女の幸せな人生を、二人が喜ばなくてどうする。


「だから、俺の答は変わらない。最後にもう一度だけ言ってやるから、耳かっぽじってよく聞け」


 そしてユウは、ニヤリと笑って。

 女神に向かって宣言した。


「このゲームを通して、失われた命。その全てを、取り戻したい。それが、俺の願いだ」


 訪れた沈黙の中、ミコトの心は静かに、晴れやかに凪いでいた。

 誰かを信じ、願いを託し、そしてそれを受け取ってもらえた者だけに許される、満ち足りた静寂。自分がこんな気持ちになれる日が来るなんて、ミコトは思っていなかった。


 やがて、その沈黙をスルリと抜けて。


「――ふふ。人間って、本当に面白いわね」


 女神は楽しそうな――今までとは違い、そこに幸せを含んだ笑顔で。

 可笑しそうに、そう言った。


 そして、その表情を引き締めて。


「願いは聞き届けられました。女神の力を以て、貴方の願いを叶えましょう」


 慈愛に満ちた眼差しで、ユウに向かってそう告げた。

 その表情は、その仕草は、頭の上から爪先まで、正真正銘の、女神の風格を備えていた。


 しかしすぐ、元の彼女に戻って。


「大人の居ない世界で生きていくのは大変でしょうけどね。まあ精々、頑張るといいわ」


 そんなことを宣って、やっぱり愉しそうに笑ったのだった。


「はは、大丈夫だよ」


 と、ユウの言う通りだ。

 もう彼女を恐れたり、苛立ったり、その言葉に怯む必要は無い。

 何故なら――


「――皆が居るからな」


 ミコトとユウ。それにアカリもリョウカも。これから先にはタイジュだって、ユウキだって。


 そして最後に、彼は「それに」、と一言置いて。


「俺たちは高校生だ。どうせすぐに、大人になるんだから」


 ユウはそう言って、曇りの無い笑顔を浮かべた。

 その笑顔は、見ているミコトまで笑顔になるくらい、とても良い笑顔だった。


*************


「……どうして、僕にこれを見せてくれたんですか?」


 ミコトは穏やかな気持ちで、女神にそう問いかけた。


「言ったでしょう。単なる気まぐれよ」


 女神は真意を覆い隠す微笑を湛えたまま、そう繰り返す。


「そうですか……ありがとうございます」

「別に、感謝をされる筋合いは無いわね」


 少なくともミコトは、見れて良かったと思う。

 だから感謝を告げたが、女神にはそんな風にあしらわれた。


「さて。貴方の望み通り、彼は願いを叶えた。大事な幼馴染みを諦めて、他の全員を救った」

「……はい。でも、諦めたっていうんじゃなくて」


 そして語り出した女神に、ミコトは少し反論する。

 諦めるという、後ろ向きな感情では決してない。


「生き返る必要なんかないって、気が付いただけですよ」


 瑞生はいつでも、心の中に居る。なんて、ありきたりだけれど。

 間違いなくそうだと、ミコトには思える。きっとユウもそう思ったから、あの願いを口にできた。ミコトは、そう信じている。


「そう。それじゃあ、そんな貴方にもう一つ、気まぐれな問いかけをしてあげましょう」


 そんなミコトに――女神は、大きくその表情を歪めてそう言った。

 それはやはり、人の運命を弄ぶ気まぐれな女神の顔だ。


「貴方の願いも、一つだけ叶えてあげる。そう言ったら、何を願うかしら?」


 そして彼女が告げたのは、そういう意地の悪い問だった。


 何かと引き換えではなく。

 何でも一つ、願いが叶うとしたら。それでもミコトはそれ・・を願わないのか、と。


「いえ、言い方が悪かったわね。貴方の願いを一つだけ、本当に叶えてあげましょう。そうじゃないと、貴方の本音が引き出せないもの」


 そして女神は、あろうことかそう告げた。

 本当に、願いを叶えるのだと。

 「だからもし、」と彼女は続けて、


「もし彼女を生き返らせるというなら。どちらの世界でも、好きな方を彼女が生きている世界にしてあげる。そこでまた、彼女と一緒に生きていけるわ」


 ミコトの背中を押すように、そう言った。

 今なら、何の代償も無く。瑞生を生き返らせることができるのだと。


「――さあ。貴方は、何を願うのかしら」


 そして女神は、選択を迫った。

 問われたミコトは――


「じゃあ……だったら……」


 少しだけ考えた後、すぐに願いを口にしたのだった。


*************


「……本当に、そんなことでいいのかしら」


 呆気に取られる女神が、ミコトにそう念を押した。


「はい」


 だがミコトとしては、何も迷う必要が無かった。

 なんなら、これ以上は無い最高の願いだとすら思っている。


「神に掛ける願いとしては、あまりにもささやか過ぎるのではないかしら」


 だが、女神は不満げな表情でそう口にする。

 それは、確かにそうかもしれない。

 何でも叶えられる願いに対して掛けたのは、願わずとも叶うこともあるような、そんなささやかな願い。

 だが――


「それくらいで、いいんです。だって――」


 確かに、ここで願えば何でも叶えられるのかもしれない。

 しかしそれでは、面白くない。


「自分たちで頑張るから、いいんです。神様に頼り切っちゃったら、それはもう自分の人生じゃなくなっちゃいます」


 足掻いて、藻掻いて、苦しんで。

 それを乗り越えるからこそ、人生は面白く、やりがいがある。

 そしてミコトは、「あっ、」と思い付いて。


「人が生きると書いて、人生と読む。これ、名言じゃありません?」


 ものすごいドヤ顔で、そう言った。

 個人的には決まったと思っているが、傍から見たらどうかは考えないでおこう。

 そして、そんな自分の考えは置いておいて。


「それに、僕の人生じゃない・・・・・・・・ですからね。そんなに大きくいじったら、怒られちゃいますよ」


 ミコトは、そうぶっちゃけて笑った。

 そっちが、願いがささやかになった一番の理由だった。


「――ふふ、本当に面白い」

「え?」


 そんなミコトを見て何事かを女神が呟いたが、ミコトには聞き取れなかった。


「いいえ、何でも。……分かりました。では、改めて」


 訊き返すミコトを置いて、女神はそう言って表情を変える。


「願いは聞き届けられました。女神の力を以て、貴方の願いを叶えましょう」


 再び女神らしい表情で、彼女はそう告げた。


 そして、ミコトの視界が徐々に白に塗り潰され始める。

 女神の姿が、徐々に背景に溶け込むように。


 その最中さなか、女神がふと元の表情に戻って。


「とは言え、かなり力が余ってしまうのよね」


 そんなことを呟く。

 そして――見る者をドキッとさせるような色っぽい顔をして、こう言った。



「だから――気まぐれで一つ、サービスしてあげるわ」



 その言葉を最後に、問いかける暇も無く。

 ミコトの視界は、再び白に埋め尽くされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ