表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
一章・鉄の王編
56/72

鉄の王

誤字修正しました。  4/20

「小僧が逃げるつもりならばこいつはワシが貰うが、構わんな?」


 上空から降ってくる言葉は間違いなく老人の声。しかしそこに篭った命の新鮮さは、死が近づいている者が出せるそれではない。

 何故か若々しいその声は、まるで少年のまま年を重ねたような、ある種の違和感が存在している。


「クソ爺!? 何時から居やがった!?」


「そこの坊主が腕を落とされた辺りからかの。……まあ、そんなことはどうでも良いか。ワシが言いたいのは、お前たちが逃げるようだからこいつは貰うと言う事だ。別に同意を求めているわけではない。唯の確認だ」


「そういう所が気にくわねぇっつってんだろうが、ああ?」


「ならここでやるのか? ワシは構わんが、そっちの坊主は限界ではないか?」


「あ? ……おい!?」


 何かに押し潰されているせいで状況を見ることは出来ないが、聞こえる声からは獣人族の青年がかなり焦っているのが理解できる。そしておそらくだが、限界だと言われた坊主と言うのは炎帝の事だろう。

 だが……誰と会話しているのかが分からない。


 そんな事を考えている内に、ようやく体の動きを抑え込んでいた何かを食いきり体が自由になる。


 そして後ろを振り返る事でようやく俺を押さえ込んでいた何かの正体を知る事ができたのだが……俺を押さえ込んでいた何かは、凄まじい大きさの鉄の腕であった。

 人間五人を纏めて握り潰すことが出来そうな、巨大な腕。

 それが鈍い光沢を放ちながら大地に突き刺さっている。


「なるほど、思った以上に硬いな。まさか鎧にすら傷が付かぬとは思わなかった」


 俺はその声が聞こえた方……空中に向かい見上げるように視線を上げる。

 その視線の先に居たのは生きる活力に満ち、常に腹を空かせた肉食獣の如き眼光を持った大男であった。そして色の無いくたびれたような髪を持っているくせに、老人らしい所は声と髪の色しか見当たらない。


(こいつ……なんだ?)


 宙に浮く男を見上げながら、男を無視して炎帝たちを狙うかどうかを考えていると何故かアリエルが驚いたような声を出した。

 しかし俺にはアリエルが何故驚いているのか理解できない。


 宙に浮くなんて魔族以外あり得ないのではないか。


(死者の都に竜が近づいてきている、と。私はそう言っただろう?)


 ああ、言ったな。


(……こいつがそうだ)


 ……何?


(火山竜と飛竜、そして別の何者かの力……三つ分すべての力をこいつが持っている)


「ならば、これはどうだ?」


 どういう事だ、と。

 そう問いかけようとした時、足が地面に沈み込んだ。

 視線を下に向けると先ほどまで土であったはずの地面が煙を上げながら赤熱していた。そして水を超える粘度を持つ液体のような何かになり足に絡みつき動きを阻害している。


 しかし膝辺りまでが沈みこんだ時、周りのそれが全て黒い岩の大地に変化した。

 地面にはいくつもの亀裂が走り、亀裂からは黒い霧を噴出している。

 足の周りにへばり付くそれを力任せに破壊し、一歩を踏み出すことでようやく体全てを地面から出す事ができた。


「……なるほど、そちらの悪霊も木偶ではないと言う事か」


(……レクサス、手を貸そう)


 アリエルが自分から手伝うと言うなんて珍しいな。

 今までは基本的に傍観だったのだが……


 ……もしかして、こいつはアリエルが手を出すと言うほど強いのか?


(今の業で確信した。……こいつ、何故かは分からんが【火山竜】の力を使っている。そしておそらく、空を飛んでいるのは【飛竜】の力だ)


 ……つまり、どう言う事だ?


(こいつは何らかの手段で竜の力を取り込んでいる、と言う事だ)


 竜の力を取り込んでいる? それは、かなりやばいんじゃないのか?


(力の大きさは、どうとでもなる程度だ……それより、こいつの目が気に入らん。私を餌か何かとしてしか見ていない目だ。今までどんな雑魚をどうやって取り込んだかは知らんが……あまり、竜を舐めない事だな)


 何時もアリエルが巻きついている左腕から、何か大きな力の波動のようなものが溢れ始めた。

 脈打つ心臓のように鼓動を刻み、一度の脈動ごとに空間が湿っていくのが理解できる。

 そしてその鼓動に呼応するように空を黒い雲が覆っていき、ポツポツと降り始めた雨は一瞬で視界を覆い隠す豪雨へと変化した。雨は炎帝の出した炎を消し、メディアが降り積もらせた雪を押し流し、死者の都本来の不毛の大地を剥き出しにする。

 しかし、視界を覆い隠しているほどの大雨でありながら敵の位置ははっきりと理解できる。

 まるで体が水になり、その水の中に水ではない何かがあるような異物感があるのだ。


(レクサス……合わせる場面では合わせる故、今回は自由にやらせてもらうぞ?)


 一瞬での天候の変化に呆気にとられていると、アリエルが俺にそう語りかけ――凄まじい轟音と共に地面が揺れた。


 視界は、未だに悪いまま。だがしかし、何が起こったのかは手に取るように理解できる。

 空間を支配する水が目に変化したように。雨の中に存在する空白が、先ほどまで上空から俺たちを見下ろしていた人型の何かが地面を抉りながら大地に叩きつけられている事を俺に伝えてきている。そして俺がそれを理解した瞬間……水飛沫を上げて大地が裂けた。


 いつの間にか浮かんでいた巨大な水球から続く一本の亀裂は、どこまでも続いているのではないかと錯覚してしまうほど大きい。

 少なくとも俺の理解できる範囲……雨が降っている場所にはその端が無いのは確かである。


(外したか)


 状況が全く理解できない中、アリエルの声を聞き自分を取り戻す。

 雨が伝えてくる感覚の中に存在する人型は健在であり、凄まじい勢いでこちらに向かって水の中を疾走していた。


 近い、と。


 本能が訴えかけてくるその感覚に合わせるように、とっさに腕を交差させる。


 するとその動きに一瞬遅れる形で腕に凄まじい衝撃が走った。

 しっかりと大地を踏みしめた防御の上からでも耐え切れぬその衝撃は、地面を削り後退することでようやく消滅する。凄まじい力だ。


「無傷で防ぐか! 思い通りにならないのはずいぶんと久しぶりの感覚だぞッ!!」


 交差した腕の向こう側に、先ほどまで宙に浮いていた男が見えた。

 そこでようやく視界で見た感覚と雨の中に存在する人型が完全に一致する。何となく予想できていたが、やはり雨の中に存在していた空白はこの男だったのか。


 答えを照らし合わせるその思考すら置き去りにし、視界に映っていた男が一瞬で消える。しかし空間その物が【目】となっている今の俺には、男が背後に移動しただけと言う事が簡単に理解できた。

 腰に差したままの剣の鞘を手に取り、鞘に怨霊を纏わせ振り返る勢いを利用して巨大な黒い剣を横に薙ぐ。


 しかし男はそれを空を走る、などと言う意味の分からない芸当で回避して見せる。そして鏡の悪魔が武具を作り出す時のように、巨大な剣をいつの間にか手に持っていた。


 視界に納めているはずなのだが何も考える事ができず、ただその光景が流れていく。


 思考が追いつかず体が反応しない。


 そんな俺を守るように、足元に溜まった水が分厚い壁となって俺と男の間に現れる。

 しかしそんな物は関係ないとばかりに何の抵抗も無く水の壁を切り裂き、重厚な一撃がジズドの上から俺の体を叩いた。


 足元から硬い何かが砕けるような音がし、視界が一段低くなる。

 しかし体が地面に沈もうが、当てれば勝てる。

 その思いと共に黒い霧を纏った剣を無造作に振り回す。


 俺のその思いに反応するように地面に埋まった足から溢れた黒い泥が大地を侵食し、急速に俺の領域を広げていく。俺の傍に存在していた光沢を放つ腕が黒く変色し崩れ去り、それを飲み込んだ黒い泥はその量を一瞬で倍増させ壁のように大地を覆う。


「ワシをやるには少し薄いなぁあッ!!」


 しかし俺の必殺は、唐突に現れた巨大な鉄の剣によって防がれた。

 大地を侵食する黒を阻む様に、鋼鉄の楔が大地に突き立てられる。黒の侵食はそこで止まり、見えない壁に阻まれるように先に進む事無く溜まり続けている。

 その見えない壁を押し破ろうと力を込め、それに対抗するように剣が水を蒸発させながら赤熱しようとした時――再度大地が裂けた。


 粘つく黒い泥も、赤熱した鋼鉄の楔も。それを支える大地ごと消し飛ばした一撃。その一撃の残滓を見ることが出来たが、その正体は大量の水だった。

 水球から発射された水は、音さえ置き去りにし大量の水飛沫と共に大地を消し飛ばしていた。


(よく避ける)


「硬い上にどの攻撃も凄まじい必殺性だな。だが……」


 声が聞こえた方に視線を動かそうとし――背後から何かがぶつかり動きを止められた。


「……少しばかり、力押しが過ぎるのではないか?」


 さらに数度、何処からとも無く衝撃を受ける。

 水が支配する空間には確かに何かが存在している。

 だが、その何かが分からない。見ることが出来ないのだ。何処を見ても雨が降り止まぬこの空間には何の変化も無い。


 ……

 …………もう、この程度の攻撃は無視するか。


 全身を子どもに叩かれるような、痛くも無い一撃など避ける必要など無いのではないか?

 そもそも衝撃を受けているだけで傷らしい物はない。この攻撃の正体を探るよりはこれを起こしているやつをやってしまった方が良いだろう。

 俺はそう判断を下し大地を蹴った。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 強い、と。

 当初の目的などとっくに思考から無くなっており、内心の興奮を表に出さぬよう勤める。そしてそれ一色に染まっている思考は倒すためだけに強敵の情報を吟味し続けている。


 こうも力押ししか能の無い手合いは出会ったことが無い。

 ……そして唯それだけでありながら、この敵は今まで出合った敵の中で最も強い。

 どのような理屈なのか、堅牢な守りは弱点など無いのではないかと疑ってしまいそうになるほどひたすらに硬い。

 攻撃は全て一撃必殺。最も軽い黒い泥の攻撃以外、軽く触れるだけで消し飛ばされてしまいそうだ。


 敵の能力を探るため、軽く挑発しながら空気を固めて発射する。

 そう。先ほどからやっている事は至極簡単、空気を固めて飛ばしているだけだ。

 しかし、唯それだけとは言えその一撃は必殺だ。そこそこの強さの魔族だろうが、風穴ぐらい簡単に開ける事ができるのだが……こいつには全く効いていない。


 そんな事を考えながら、やつの頭上高くに存在する水の球体に一瞬だけ目を向ける。その大きさはまだまだ小さい。

 ……おそらくだが、あの馬鹿みたいな威力の水撃はまだ撃てないはず。

 次の水撃までにやつの弱点を探り当て、水撃をかわして勝負に出る。


 そう判断を下し、意識して冷静に勤めながら丁寧にやつの全身を攻撃する。

 完璧な防御など存在するわけが無い。どこかに穴があるはずだ。


 そんな事を考えていた時、この悪霊は大地を蹴り前進を開始した。

 するとそれに合わせるように、体から立ち昇っていた黒い霧がその量を増す。黒い霧で体全体を埋め尽くし、手に持った鞘に纏わり付くそれは触れれば死ぬ巨大な柱を振り回しているのと替わらない。

 一歩踏み出すたびに跳ね上がる透明な水飛沫が黒く染まり、やつの体に鎧のように纏わりついていく。


 厄介この上ないが、やっていることは唯の前進だ。脅威には程遠い。


 そう判断し先ほどより大量の空気を固め悪霊に放つ。

 これでもうしばらく足止めは可能――


「ほう……」


 ではなかったか。


 空気の砲弾など最初から存在しないとでも言わんばかりに、攻撃がやつに届く前に消滅する。

 いや、より正確に言えばあの黒い霧に当たった瞬間こちらの力が散らされた。

 原理はやはり、分からない。

 あの黒い霧が何なのかが理解できない。

 攻撃に回せば必殺。防御に回せば攻撃全てを弾き、散らす。補助としてならば大地を削り、【場】を侵食する猛毒であり……それでいてあの黒い霧は意思を持った怨霊でもある。


 何が共通している? 何処に同じ法則性がある?


 振り抜かれる巨大な死の柱を回避し、やつを周りの空間ごと全力で押し潰す。

 地面が悲鳴を上げて一段下がり、その中心に存在するやつも足を地面にめり込ませた。

 ……だが、それだけ。

 やはりと言うべきか、やつ自身には効いている様子が一片たりとも存在しない。

 沈んだ足の周りの地面は黒い泥へと変化しており、そこを掻き分けるように進む様は多少歩きにくくなっただけだ、と。言外にそう言われているようだ。


 まだ距離がある。

 そう思いやつを注意深く観察していると、やつが唐突に剣を振り上げた。

 何をするつもりだ?

 攻撃一つ取っても見逃せない。

 その動きを潰さなければ泥沼のようにこちらが不利になり、身動きが取れなくなったところでやられるに決まっている。


 体が硬くならぬ程度に構え、剣が振り下ろされる瞬間を注視する。

 そしてやつの剣が振り下ろされた瞬間――地面を割りながら斬撃が飛んだ。


 一本の黒い線を残しながら、必殺を予感させる黒い斬撃が迫る。

 速度自体はそう早くないが、念のため余裕を持ってその攻撃を回避した――瞬間、まっすぐ飛んでいた斬撃がどす黒い地竜に変化した。


 急激にその姿を変化させ、俺目掛けて喰らい付く。

 しかし、やつから離れた怨霊一体など何の脅威も無い。

 そう判断を下し怨霊の周りの空気を固めようとした時、何かに貫かれたような痛みと共に腹に違和感を感じた。

 そしてその瞬間、血が内側から出て行こうとするような感覚と共に激痛が走った。

 痛みにより集中が固めようとしていた空気と共に散っていく。そして動きも僅かに鈍り、大口を開けた地竜の前で僅かな間だが無防備を晒してしまう。だが――


 竜との間を区切るように、分厚い鉄の盾を作り出し攻撃を弾く。

 できるだけ攻撃以外では見せたく無かったが、やつの一撃は全てが死を予感させる。こればかりは仕方が無いだろう。


 状況の確認のために痛みを感じた腹に視線を落とすと、そこには既に何もなかった。しかし傷跡に残る魔力は間違いなくあの竜の物だ。

 ……竜の割には細かいことができるものだ。


 そう思考が出来たのも一瞬。

 嫌な予感に駆られてその場から一気に離脱する。するとその動きに一瞬遅れ、先ほど作り出した分厚い盾が紙でも切り裂くようにあっさりと両断された。

 その勢いのまま巨大な黒剣は音も無く大地に叩きつけられ、黒い飛沫を上げながら大地を侵していく。黒に侵された大地からは黒に染まった怨霊が新たに生まれてきている。


 この状況の変化に合わせ、再度視線を一瞬だけ上に向ける。

 水球は確実に大きくなっている。そろそろ次が飛んで来てもおかしくはない。


 ……


 考えることが出来るのはここまでか。

 ここまで見た限りではだが、やつの防御も攻撃も底が見えないほどの大量の魔力に支えられているとしか考えられない。

 そしてその予想が当たっているのであれば、こいつの防御に穴は無い。

 防御を抜く方法は何とかその分厚い鎧を削り取り、守りが薄くなった箇所に攻撃を叩き込むしかないだろう。


 やつの必殺を掻い潜り、こちらの攻撃は必中させる。

 終わりが見えない暗闇の中、細い糸の上を踏み外す事無く進んでいかなければいけないのだ。

 暗闇の先には巨大な怪物がいるだけかもしれない。しかし勝つためには無意味かも知れぬその行為を延々と繰り返すしかないのだ。


 ……


 誰かに……何かに挑む戦いなど、何時以来だろうか。

 ……簡単に思い出せないほど昔であった事は間違いないだろう。


 ああ、最高だ。これだから戦いはやめられん。


 魔力で固めた巨大な鋼鉄の剣を手に取り、全力で地面を蹴った。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ちょろちょろと逃げ回って鬱陶しい、と。

 そう思った瞬間、男は巨大な剣を手に取り一気に肉薄してきた。

 そして、手に持った巨大な剣が振るわれたのだが……俺が理解できたのはそこまでだった。


 体に何かがぶつかり、その衝撃で大きく吹き飛ばされる。

 そして男は吹き飛ばされた分の距離を縮め、再度剣を振るい……俺は再び吹き飛ばされた。


 剣撃が早すぎる。

 体の動きを追うので精一杯だ。


 体の左右から衝撃が同時に襲い掛かっている。

 そう感じてしまうほどこの男の剣撃は早い。そして、それほどまでに高速で剣を振るいながら同時に何かをやっている。

 明らかに剣が届かないであろう背中側からも衝撃を受けているのだ。そのせいで下がろうにも下がれない。

 前からは剣撃で押し込まれ、後ろからは正体不明の攻撃を受けているこの状態は完全に挟まれているとしか言えない状況だ。


 苦し紛れで剣を振るおうとするが、この男は腕を動かすことも無く俺の攻撃を何らかの手段を使って腕が動き出す前に後ろに弾いてくる。怨霊を呼び出そうとしてはいるのだが、何かに押さえつけられたように黒い泥から出てくることが出来ないようだ。しかも怨霊の鎧の上から大量の攻撃を浴びせていながら、こいつの剣は一向に壊れる気配が無い。


 ……


 ああ、厄介だ。

 厄介すぎて腹が減ってきた。


 何度目になるか分からぬ衝撃を体に受け、その衝撃ごと絡め取るように怨霊を呼び出す。

 もう、狙いを定めるなどと言う事はやっていない。

 右から衝撃を受けたから右側を食っただけだ。唯それだけの事だが、しかし効果はあったらしい。

 体を叩いて衝撃が来なくなっている。

 そう思ったが――


「甘いぞぉオッ!!」


 食ったはずの右側が、硬い何かに叩かれていた。

 金属同士をぶつけたような音と共に、先ほどまでの剣撃を超える衝撃が体を襲う。あまりの衝撃に軽く地面から持ち上げられ、体が宙に浮く。

 そしてそこに再度攻撃を叩き込まれ大きく後ろに吹き飛ばされた。


 その際、一瞬だけやつの腕が見えた。

 先ほどまでの鍛えられた肉体ではなく、鈍い光沢を放つ鋼鉄の腕。肩から先が全てそれに変化している。


「腕一本で勝った気になるな、だったか? なるほど、よく理解できるぞ。腕一本で貴様をやれるのであれば、安すぎると言うものだッ!!」


 隠せぬ歓喜を孕むその言葉と共に、やつの力が膨れ上がる。

 大地が融解し、赤熱した泥へと変化していく。

 それが意思を持つように大地を侵食しながら俺に迫ってきた時……三度、大地が裂けた。


 一瞬で五本。

 攻撃の残影すら残さず大地が抉られる。底の見えぬ大地の傷跡は竜がつけた破壊の爪痕に他ならない。しかし――


「……終わりだ、悪霊の王」


 どの様な方法で今の一撃をかわしたのか、やつは何事も無かったかのように正面に現れていた。

 絡め取られるように巨大な鋼鉄の腕に掴まれ、握り潰すように圧力を受けながら俺は宙に持ち上げられる。

 力が今までとは桁違いだ。ジズドが嫌な音を上げている。巨大な壁に挟まれたように、指一本すら動かす事ができない。

 鋼鉄の腕から逃れようと食おうとするのだが、全く食う事ができない。まるで底無しの池の水を飲み続けているようだ。食って食っても底が見えない。


 ……確かに、どうやら終わりのようだ。



 木の実を握りつぶした時の様に、俺の足元から凝縮された一滴の黒い雫が大地に落ち――黒が一瞬で大地を侵した。



 巨大な鉄の重さのせいなのか、やつの足は一瞬で膝まで沈んだ。これでもう、逃げられまい。


<やれ>


 巨大な餌場と化した黒い泥沼から、様々な形をした大量の怨霊が溢れ出す。

 飢えた肉食獣が唯一存在する餌を求めるように、俺を持ち上げている男に殺到する。


「……届かなかった、か」


 男はこの状況にある種の諦めを滲ませた声を発したが……その声とは裏腹に、男には怨霊たちの攻撃が通じていない様に見える。間違いなくやつを削っているはずなのだが、削った端から一瞬で再生している。

 生み出した鋼鉄が悪霊たちを弾いているが……まあ、それも無駄な足掻きだろう。

 やつの力が減っていき、俺の力が増えていく。

 力関係は凄まじい勢いで拮抗していき、先ほどまで弾かれていた怨霊はやつが生み出した鋼鉄を突破できるようになっている。俺を握る鋼鉄の腕も、先ほどまでの力強さが感じられない。


 鋼鉄の拘束を力任せに振り払う。

 するとやつの鋼鉄の腕は崩れ去り、金属で出来た肩から先が消滅した。


 やつは、何も言葉を発さない。まだ逆転を狙っているのか。それとも、諦めただけなのか。


 一瞬だけそんな事を考えたが、どうせ答えなど出ない。

 そう判断して全力で地を蹴る。

 男に殺到する怨霊を突っ切り、やつの体の中心目掛けて腕を突き出す。


 体の動きが思考を超えてしまった。そう思ってしまうほど、俺が思考した一連の動作は速かった。


 腕が体を貫く。

 体の中心から広がるように、男が黒く変色していく。


「……ふ……かわせぬ、か……このワシに……鉄の王に、勝ったのだ……誇れよ、悪霊の王よ……」


 男は最後にそう言い残し、黒い泥となって大地に沈んだ。








ご意見、ご感想、誤字脱字など気軽にご報告ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ