横槍
遅れてしまいました。申し訳ありません。
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ありえない、と。
鬼族の首が地面に落ち、白を染めるその光景を見た私はそう思った。
この男は強い。しかも鬼族の中で見ても飛びぬけて強い。
故に私たちを集める事ができたのだ。
そして、そんな男だからこそ手を出さなかったと言うのに……
……手を出すことは出来た。
お互いの陣営の中心で争う両者は完全に無防備を晒しており、敵の王種も手を出してくる気配は無い。
援護をするなら今しかない、と。
そう思いはしたのだが……お互いの距離が近すぎる。どちらか片方だけを狙うのは不可能だった。
その時、私は二つの行動を取れた。
すなわち……二人とも消し飛ばすか黙って見守るかだ。
しかし私は二つあるはずの選択の一つをすぐさま切って捨てた。
何故なら、この男は強いのだ。
敵の王種が控えている中、彼を失うのはありえない。そして、彼ならば勝つだろう、とその確信もあった。
……しかし予想と現実は食い違い、結果は見ての通りだ。
敵の主力は未だ無傷でのまま健在であり、こちらは主力を失った。
白い壁となって迫り来る悪霊は雑多ではあるが、その数は目を離すまいとしていた悪霊の王種を見失うほどとにかく多い。
……押し返す事は可能だろうが、その隙を突かれてしまえば死ぬだろう。
しかし逃げ出すわけにもいかない。背を見せればより早く死ぬだけだ。
僅かな諦めが心に浮かび、その場しのぎとして固めた魔力を放とうとした時……凄まじい音と共に空間が爆ぜた。
肌寒かった空気を上書きするように暖かい空気が肌を撫でる。深紅に燃え上がる炎が白を侵し、吹き飛ばした空間に赤い花を咲かせていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地竜たちをぶつけている間に死霊兵に紛れてこいつらをやるつもりだったのに、俺の考えは一瞬で潰されてしまった。
周りに存在する死霊兵たちが一瞬で消滅するほどの、凄まじい炎。
魔力の篭っていたはずの外套を一瞬で焼き払い、その下に隠れた俺の顔とジズドが熱せられた空気に触れる。外套を失い姿を晒すと同時に突き刺さるような視線を感じた。
「…………」
そちらに視線を向けると炎帝がこちらを睨んでいる。
その目にあるのは……怒りの感情だろうか。
先ほどテオと呼ばれた女性が意識を飛ばした時とはまた別の怒りがその瞳に宿っているような気がする。
戦いの最中であるのにそのように意識をそらした時、俺は急に体を押されたような衝撃を受け一歩ほど後退してしまう。
「……これでも軽い、か。確かに厄介そうじゃのぉ」
そんな事を口にするのは立派な木の杖を持った老人だった。
何をされたかは分からないが、先の口ぶりからするに何らかの攻撃を行ったのは間違いない。
「攻撃するなら一言くらい言ってくれない?」
「……口に出したら避けられるだろうが」
「ならもっと分かりやすく言いましょうか、炎帝さん? 気持ちは分かるけど、あなたまで先走ったら最悪全滅よ?」
「んなこと分かってる。あのままじゃやられてたから仕方なく、だ」
「そう。まあ、分かってるならいいけど」
「……前は俺が入って、他は決めといた通りにやる。王種のあんたらもそれでいいか?」
事前に何かを打ち合わせしていたのだろうが、さすがにそれを再確認させるわけには行かない。
逃げる算段ならそう問題はないが、こちらを倒す算段であれば大問題だ。
<これ以上喋らせるな>
敵の主力は消えたのであれば畳み掛けてしまったほうがいい。
そう判断し再度死霊兵たちに命令を下す。
命令を下したせいだからなのか、俺の体からはいつかの魔族との戦いの時のように黒い霧が体から立ち昇る。そして俺の思いに答えるように、一度は動きを止めた死霊兵たちが前進を再開する。
死霊兵の体からも僅かに黒い霧のような物が立ち昇っており感じる圧力が増している。
動きも僅かに早くなっているようだ。
「アリス! さっさと押さえろ!」
「分かってるわよ……竜の牙よ。我が敵を噛み砕け」
金髪の女……アリスの声に答え竜牙兵が姿を現す。
俺が死霊兵を呼び出した時のように、どこかに繋がっている空間から次々と現れているようだ。
数は……今呼び出している数でも二、三十ほどは存在している。まだまだ増えているようだし向こうの備えも十分と言う事か。
竜牙兵が炎帝の前に進み出、前進を続ける死霊兵と衝突する。
竜牙兵は死霊兵の振るう剣を盾で防ぎ、棒に近い形状の長い槍で反撃をしているのだが……そのような戦い方など、この場では無意味だ。
竜牙兵との間に存在する死霊兵すら踏み潰し地竜の死霊兵が暴腕を振るう。
一列に並び盾を前に出して防ぐが、衝撃は殺しきれず大きく吹き飛ばされ竜牙兵が後退する。
そして、砕けた死霊兵の欠片は竜牙兵の群れの中に消え、僅かな間を置き黒い霧と共に再生した。
武器は再生していないため素手のままだが……黒い霧に包まれたその手が触れた竜牙兵は崩れるように形を失う。盾の後ろから……背中から攻撃された形になった竜牙兵の一体が崩れ、決壊した川のように一気に陣形が破壊される。
……思っていたより楽に片が付きそうだな。
(……竜牙兵の力も早さも、数を揃えられるという意味では良い方だが、あの程度の数ではな。さすがに少なすぎる)
この程度ならどうにでもなるか。
後は見ているだけで――
「……燃やし尽くせ。炎海」
終わるだろう、と。
そんな事を考えたのだが、それは許さぬと言わんばかりに先ほどよりも大きな炎が空間を埋め尽くしていた。
竜牙兵も死霊兵も燃やしつくし、白い雪を蒸発させて紅蓮に染まる炎が空間を支配している。
雪の変わりに炎が足場となり、雑魚は要らぬとばかりに猛り狂っている。
「……やっぱり、これでもまだ足りねぇか」
炎が支配する空間で燃え尽きなかったのは俺と鬼族、二体の地竜のみ。
鬼族の方は問題ないようだが、地竜の方はどんどん溶けていっており……こうして現状を確認している間に燃え尽きてしまった。
死霊兵たちは再生してはいるのだが、形を取り戻そうと小さな固まりになった端から炎に焼かれて燃え尽きている。これでは再生は不可能だ。
……戦えそうなのは俺と鬼族だけか。
……
やはり、炎帝だな。
やつをやればどうにでもなる。
広域を薙ぎ払う事もできず、死霊兵に蹂躙されるだけだ。
人間以外の動きが気になるが……あちらは鬼族に任せてしまおう。先の戦いで見せた戦闘力ならどうとでもできるだろう。
人間は俺がやる。他はお前がやれ。
鬼族にそう命令を下し、地を蹴ると同時に剣に怨霊を纏わせ長大な凶刃を形成する。
踏み込んだ勢いのまま横薙ぎの形で剣を振るった。
全員を二つに切り裂ける長さであったはずだが、一人にも当たる事無く後ろに飛んでかわされてしまう。
その際追撃を防ぐつもりなのか、炎で作られた槍を数本投擲され爆発が起こり視界を潰される。
普通であればそれでも十分なのだが……俺にはそれでは通じない。
誰一人切り裂けなかった凶刃は、血の代わりとでも言わんばかりに炎を飲み込み空間ごと切り裂いてる。炎が支配する空間に走った一本の線は支配する場所の空白であり――
<さあ、そこが開いたぞ>
何もなかったはずのその空間が俺の呼びかけに応えて一瞬で黒に染まり……次の瞬間、黒が弾けた。
先ほど燃え尽きた死霊兵たちが、黒い人型となって溢れ出す。
炎に侵された白ではなく、何者にも侵されぬ黒となって先ほど以上の殺意を持って宙を駆ける。
「下がってろ! 絶対俺の前に出るなよ!?」
餌を求める魚のように、怨霊の半数以上は炎帝とテオと言う女性に向かっている。次いで老人、一番少ないのはアリスという女性だ。
テオを庇うように炎の壁を展開し、空間を支配している炎を操り戦う姿はとても英雄的だ。
しかし……骨は燃やす事ができても怨霊は燃やす事ができない。
唯の炎ではない燃え盛る業火は振るわれる度に怨霊を退けているようだが、回避する事も出来ずそんな事を繰り返せば消耗するだけだ。
そんな事を考える余裕さえ持ちながら、炎帝の隙を観察していると地竜の突進をさばき切れなかったのか僅かに動きが鈍った。
<囲め>
怨霊たちにそう命じると共に再度剣を振り下ろす。
その一撃を回避しようと空いている空間を探すように視線を動かしたのが分かったが、回避先は既に封じている。空間が見つからなかったのか、地面を転がり回避しようとするがもう遅い。
炎帝の片腕を切り落とし、テオを守る炎の壁を切り裂き地面に大きな亀裂を刻む。
剣の周りに存在した怨霊の凶刃が亀裂の中に溜まっていき黒い泥へと変化し……黒い水溜りとなった泥から人型の怨霊たちが噴出した。怨霊は地面を駆けながらその姿を巨大な犬のように変化させていき、鋭い牙で炎帝の喉笛を食い破り止めを刺そうとしている。
……体を焼きつくされた怒りがこちらにも伝わってくるようだ。
片腕を失いながらも炎を操り盾のように変化させ怨霊の一撃を防ぎ、炎帝の周りの空間が燃え上がる。炎を恐れる獣のように、その炎から逃れるように怨霊が距離を取るが……その怨霊と入れ替わるように俺が前に出、怨霊を退けた炎を完全に無視して炎帝目掛けて剣を突き出す。
……腕を落とされても粘るのには驚いたが、これで終わりだ。
しかし俺の突き出した剣が炎帝に届く前に、何かがぶつかったような衝撃を受け剣が弾かれた。
何が起こった、と。
反射的にそう思い、何か考える前に視界を動かしてしまう。
視線の先には険しい表情をしながらも、怒りの感情を瞳に宿した老人がいた。どのような方法を用いたのか、老人の周りにいる怨霊は完全に動きを停止させられている。
だが、脅威は感じない。やはりやるべきは炎帝だ。
そう判断し炎帝を食おうと手を突き出そうとし――柔らかな光と共に巨大な炎の柱が空間を薙ぎ払った。
「片腕落としたぐらいで、もう勝ったつもりかよ?」
俺を挑発しているのは、土を固めたような酷い顔色をした炎帝。
炎の壁の向こう側にはテオと呼ばれている女性が炎の翼を生やし、祈るような姿で無防備を晒している。
翼から剥がれ落ちた炎のような羽は炎帝の切り落とした腕へと向かっていた。すると目に見えて滴り落ちる血が少なくなり、何となく炎帝の顔色も良くなっている気がする。
……これが癒しか。
以前見た回復魔法よりは即効性があるようだが……誰がどう見ても強がりだ。しかしそれでも注意を俺に向けようとするのは、テオがそれほど大事だと言う事だろうか?
そんな事を考えていると、背後から衝撃を受けて吹き飛ばされた。
何かが俺の体に張り付いているようで体が重い。体を押さえるように張り付いている腕は骨であり、俺の動きを拘束しているのが竜牙兵なのだとすぐに理解できる。
……食おうとしても中々食えないのは、これが特別製だからなのだろうか?
「馬鹿やってんじゃないわよ!! 鬼族もやられてるから前衛が足りない状態であんたまで怪我したんだから逃げるしかないでしょッ!?」
そう声を張り上げたのはアリスと言う女性だ。
炎帝の腕が切り落とされたから逃げるつもりか。
……まあ、当然か。
俺たちを抑えることが出来そうな鬼族は早々に退場。炎帝が変わりに前を勤めていたが、こちらもこれ以上の戦闘は不可能。鬼族と戦っている連中も……有利とは言いがたい。
向こうも炎を操り鬼族を燃やし尽くそうとしているようだが……雑魚を燃やす目的であろうこの炎では火力が足りていないのだ。
緩急をつけながら高速で動く鬼族を捉えることが出来ているのは獣人族の青年と土人族の老人のみであり、他の二人は狙いを絞りきれていないように見える。……大きな一撃を打ち続けているのには驚かされるが、その攻撃が当たっていないのであれば二対一と変わらない状態だ。
……その様な状態で戦った所で勝ちは薄い。それどころか全滅だってあり得る、と言うことだろう。
「分かってるから、さっさと逃げる準備しろ。どの道、誰かがこいつ抑えなきゃいけねぇだろうが」
「あいつに張り付いてるやつは特別製だからしばらくは大丈夫よ」
「最初から、そう言えよ」
「あんたもでしょうが」
……どちらも最初から逃げるつもりだったのか。
「なんでもいいから打ち合わせ通りさっさとやれッ! 俺とおっさんは逃げらんねぇッ!!」
そんなやり取りを見ている間にアリスの言葉に大声で反応したのは獣人族の青年であった。
鬼族を相手にしながら返事まで返すとは……意外に余裕があるようだな。
しかし……逃げるつもりか。面倒な。
逃げるのであればこれ以上戦う必要はないのだが、気軽に戦えると思われても気分が良いものではない。鬼族はやったが……せめてあと二、三人は消してしまいたい。そうすればしばらくは手を出そうとは思わないだろう。
そう思い動きを邪魔している竜牙兵の腕を食おうとした時……何故か鬼族が大きく吹き飛ばされた。
その光景が理解できず、皆の動きが一瞬止まる。
しかし獣人族の青年だけは次の瞬間には我に返り、両脇に有翼人と女を抱えると一瞬で戦闘域から離脱すると、そのまま一息でアリスの傍に移動する。
土人族の老人は、それに一瞬遅れる形にはなるが十分に早いと言える速度で同じようにアリスの傍まで移動した。
……こうして比較してみると、獣人族の青年の速さは凄まじいな。二人を脇に抱えてこれなのだから、この青年がいなければもっと早く決着が付いていたかもしれない。
「なんかよく分からんが、助かった。爺さん頼む」
「……できん」
「……は?」
「先ほどから発動しようとしているが、転移できん。何かに阻まれて術が形にならん」
「おいおい、前回はそれで逃げれたんじゃなかったのかよ?」
「前回は通じたはずなのじゃが……」
「ッ! 壊された!? さすがに早すぎない!?」
……何がどうなっているのかは知らないが、どうやら今すぐ転移を発動する事はできないようだ。
アリスが言ったように、俺の動きを止めていた竜牙兵は既に崩れている。
「クソが! おい爺さん、ここは俺が何とかするからあんたらは何とかして転移を完成させろ! 土人族のおっさんは鬼族のあいつを警戒しといてくれ。あれで終わるなんてありえねぇ」
……けが人である炎帝を置いて逃げれば追うつもりはなかったのだが、どうやら皆で助かる道を選ぶようだ。獣人族は仲間意識が強いと聞いた事があったが、どうやら噂は本当だったようだな。
「ラアァッ!」
話しかけておきながら土人族の返事を聞く事もなく、気を吐くような声と共に衝撃が走った。
体が倒れそうになり足を踏ん張るが、そこを狙ったように体が蹴り上げられ再度体を衝撃が襲う。
何が起こったのか分からない。とにかく敵を視界に納めようと顔を動かすが、何時体勢を整えたのかも分からぬ内に体制を整えており胴をすさまじい力で蹴り飛ばされ……吹き飛ばされた先にある炎が猛り狂いながら俺を狙う。
その炎は水ではないかと錯覚してしまいそうになるほど重く、俺を拘束するように自在に形を変えていく。間違いなく食ってはいるのだが、他の魔術を食う時よりも時間がかかってしまう。
拘束はあまり時間をかける事無く敗れたのだが、その間に再び距離を取られてしまった。……一瞬で無効化しなければこの速さ相手には厳しいか。
「チッ。馬鹿みたいにかてぇな。……つうか、お前大丈夫なのかよ?」
「足止めぐらい、手伝わせろ」
「はッ! やっぱいいな、お前。人間にしとくのがもったいねぇぜ」
さすがに二人揃えば面倒だな。
何とかしたいが……吹き飛ばされた鬼族は戻ってくる気配がない。一体どこまで吹き飛ばされたんだ?
……まあ、別にいいか。
攻撃が当たらないから面倒だが、近づいて怨霊を呼び出せばどうにでもなるだろう。
そう結論を下し地面を蹴った。
――その瞬間、俺を押し潰すように凄まじい重さの何かが上空から落下してきた。
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中途半端になってしまい申し訳ないです。




