氷の世界
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アリエルが言っていたように吹雪を待ってから山を登る。
この体じゃなければ絶対死んでいただろうな。
しばらくの間頂上に向かい進んでいると吹雪が収まってきた。
吹雪が収まりその代りに視界に氷でできた森が映る。
花、木、草でさえすべてが氷でできている。
花は降っている雪が触れるとその雪の分だけ大きくなっていく。
だが膝下くらいの大きさになるとさらさらと崩れていき小さな芽になるということを繰り返しているようだ。
木は大きくならず氷の葉の上に雪が積もっているようだ。
そのまま積もると雪の重さで折れてしまいそうなものだがいつまで見ていても折れることはない。
すごい硬さである。
そう思い木を見ていると氷でできた大きな鳥が視界に映った。
鳥が一度羽ばたくと大した風圧でもないのに氷の木の枝が揺れる。
枝から落ちた雪は地面に落ちるのかと思ったが地面に落ちず空中で一か所にまとまり雪の鳥になり飛んで行ってしまった。
それを見ていると氷の鳥もどこかに飛んで行ってしまった。
『擬似的な生命の創造、一つ一つの草ですらまったく同じものを並べているわけではない細かさ、そしてそれを可能にしているであろうこの【場】の創造。すごすぎて少し気になるから見に来ようと思ったのが恥ずかしいぐらいのできですよ』
(確かに思った以上の出来だな。これほど印象に残ればここに門で飛ぶこともできるだろう)
ジズドは感心しアリエルも満足そうである。
だがそう思えるほどにここはすごい。
きれいだな、とかすごいなという感想以外が出ない。
とにかく奥に進もう。
これほどの場所がこの森だけで終わっていることはないだろう。
森を進んでいくが驚きの連続だった。
雪でできた鹿がいる。氷でできた熊がいる。これほど寒いというのに川は少しも凍っていない。そしてその川を泳ぐ魚は当然のように雪や氷でできている。
見れば見るほどここがすごい場所だということが分かる。
だが俺は生き物を食ってばかりだからなのかここの森はうまそうに思えない。
なんというかジズド風に言うならばこの森は命の匂いがしないのだ。
「今回はずいぶんとゆっくりしていますね?」
そんなことを考えながら川を見ていると声をかけられる。
川の向こう側から声をかけられたようだが。
「あら、だんまりですか?もしかしてそれでうまく隠れているつもりだったのかしら?らしくないと言いますか…とうとう頭の中まで腐ってしまいましたか?」
そういい姿を現した女は誰も踏んだことない新雪のような白くどこか柔らかそうに感じる肌と色素など最初からないかのような目に痛いほどの白い髪をした長髪の女だった。
身に纏う服はある種の侵しがたい高貴さを持ったような、意志の強さと潔癖さを思い浮かべる白、女が手に持つ氷の杖が氷という透明に近いはずの色だというのに透明という色と錯覚してしまいそうなほど白で統一された女だ。
しかし同じ白という色でもこれほど受ける印象が違うものなのだな。
「以前と比べてもなお濃く、深くなったなったその匂いは私の世界には合いませんよ?いいかげん諦めて欲しいのですが…まあそれも今回で終わりです」
何のことかまったくわからないが女が攻撃してくるつもりなのは間違いなさそうだ。
どうしてこうなったのか展開についていくことができない。
女が氷の杖を一振りするとゆっくりと降っていたはずの雪が止み女の周りに腕ほどはありそうな大きさの氷の槍が現れる。
すると女の意志に従うかのように何の呼び動作もなくこちらに向かい飛んでくる。
飛んでくる速度はそこそこ速いが避けられないほどではない。
避けてさっさと逃げることにしよう。
そう思い避けようとするがいつの間にか足が凍りついており動くことができなかった。
足が動かないなどと思っていなかったせいで前に倒れこみ両手を突く形で前のめりに倒れるが急に倒れたことで不格好になったが氷の槍は避けることができた。
「…見るに堪えませんね。あなたほどの騎士がこの程度でそれとはずいぶんと無様ですね。力を求めすぎて深みにはまりましたか?」
(この女お前を誰かと勘違いしているようだな)
そんなこと言われなくとも分かっている。
問題はあの女をやるか逃げるかだろう。
最初は逃げようと思ったがこいつ一人だけのようだしあの程度の攻撃なら俺には通じないだろう。
やってしまうのもありかもしれないな。
「…これだけ話しかけて返事すらない、その程度の氷の拘束を破る術すら使えない、身のこなしも並み。もう私の知っているあなたではないということですか」
勝手に話が進んでいく。
拘束は破ろうと思えばいつでも破れるんだが…自分の世界に入ってしまったのだろうか?
「あなたが私を手に入れるために不死者になったこと。毎年のように私を己のものにしようとここに攻め込んでは逃げ帰ることを繰り返したこと。思い返せばこの変化のない完成した世界の中での唯一の変化だったのかもしれませんね」
不死者?悪霊ではなく?
たしか不死者は生きているころに己の体に術を懸け死ぬことで人間の体と意志を持ったまま年老いなくなるとか言われている禁忌だったはずだ。
禁忌とは言うが結構な数が存在しており行くところに行き金を払えば五人に一人は不死者になれるとか言われていたな。
寿命で死ななくなるだけで首を刎ねられるとか心臓を潰されるなんてことになれば死んだり意志を保てなくなったりするから名前の通り不死身というわけではないらしいが。
まあ結局は死んでいるわけだから悪霊と似たようなものだ。
それで俺と勘違いしたわけか。
「今思えば私はあなたのことが好きだったのかもしれません。だからこそこうして毎年あなたがやってくるのがわかっていて結界を閉じなかった。…まあもはや関係のない話ではありますね」
一人で勝手に盛り上がって愛の告白まで始めやがった。ふざけているのだろうか?
そう思っているとその思いに応えるように体に力が張り骨から黒い煙が立ち上り体の周りに怨霊どもが現れ出す。
目の前で生きることに対する希望をあふれさせているこの女を殺そうという思いが俺にまで伝わってくる。
どうやら告白を聞いて怨霊どもは完全にやる気になったようだ。
「…なるほど…もう怨霊に食い殺されていましたか。ならばせめて私の手で終わらせましょう」
女が杖を大きく振ると女の後ろと俺の頭上に氷の槍が大量に現れる。
先ほどの攻撃の比ではない。
もはや槍という点の攻撃ではなく面の攻撃。
「さようなら」
女がもう一度杖を振ると頭上の槍と女の背後の槍が同時に襲いかかる。
上から降る槍は女の背後から俺めがけて飛んできた槍を破壊しなが地面を削る。
女の背後から飛んできた槍も上から降る槍を破壊しながら周りにある氷の木や舞いあがった破片をより小さく砕いていく。
お互いの槍はお互いを破壊しながら攻撃範囲にあるすべてを凍らせ、削り、砕いていく。
俺は反射的に顔を両手で覆うがこの攻撃から逃れることはできない。
だがそれだけだった。
ジズドはもちろん俺自身にも傷はついていない。
まあそもそも俺に攻撃が届いていないのだから当然と言えば当然だが。
「え?」
はじめて女の表情が崩れる。
先ほどの話の流れからするとおそらくこの攻撃はこの女の最高の技なのだろう。
そして女の言う不死者は女より弱い。
ならば当然この攻撃を受ければ生き残れないだろう。
まあ俺には届かなかったという話だ、別に珍しいことではない。
己こそが絶対強者と信じるものが多い魔族は己と相手の力を測ることをしない。
だから強いというのにこんな風に不意を突かれてやられることが多いのだ。
女が呆けた一瞬で自分でも驚くほど跳ね上がった身体能力で一気に接近し女を殴り飛ばす。
そう殴り飛ばしたのだ。
移動は目的の場所まで跳躍したことしかわからなかったし、ただ殴っただけで女がとっさに展開した氷の防壁を砕き魔力で編んだ結界ごと女を殴り飛ばしたのだ。
食うも食わないもあったものではない。
あれでは良くてひき肉だろう。
そう思いながら女が吹き飛んだ方向に歩いていくとなんと女はけがらしい怪我もなく生きていた。
よく無傷で生きていたものだ。
俺と同じよう見た目に似合わないようほどの硬さなのだろうか?
「ぐ…それがあなたの力ですか…そこまで堕ちてまで私がほしいというのですか?」
口は動くが体は動かないようだ。
まあ無事なだけでも十分すごいと思うが。
しかし怨霊どもがやる気だったので勢いでこの女をやろうとしたがこの女をやってしまえばこの世界がどうなるかわからない。
俺はうまそうに思わなかったが美しいのは確かだ。
ジズドやアリエルは気に入っていたしわざわざやってしまう必要はないだろう。
さっさとここを出てしまうか。
(この女を食わないのか?)
お前らがこの世界を気に入っていたようだからな。
(お前が私に気を使うとはな)
一応だがいつも俺なりに気を使っているつもりなのだがな。基本的に戦いのときはお前がいるから左腕を使ってないだろう。
(言われてみないと気付かないようなものだな)
気を使うっていうのはそういう細かいことを言うんだよ。
そんな会話をしながら女から離れる。
そうすると体から出ていた黒い霧は収まり怨霊どもも静かになった。
しかし女が話していた不死者に今襲われたら女はどうしようもないだろうな。
するといつの間にか鎧を着た騎士らしき格好の男が現れていた。
男は倒れた女に視線を固定したまま何の反応も見せない。
「おまえがやったのか」
それは誰かに聞いているというわけではなかった。
独り言のようにふと漏らした一言がたまたま問うような形になっていたというだけの話だった。
「おまえがこの女を倒したのか」
それは信じられないことに直面したように、答えは分かり切っているが自分ではない誰かに確認しなければ納得できないような、そんな問いだった。
「おまえが!」
そもそも何を聞かれても俺は答えられないのだがな。
(その通りだが伝わらんだろう。しかしうるさい男だな)
「なぜおまえが!俺ではなく!なぜおまえが彼女を屈服させているのだ!!」
何を言っているんだこいつは?
「強く美しく気高い彼女に敗北という初めての汚れを着けるのは俺だったのだ!そのために!そのためだけに人間をやめて毎年毎年毎年毎年…もういつだったか忘れるほど昔から挑み続けていたのに!だというのになぜだ!なぜ俺の知らない所で汚されているんだ君は!なぜ俺の知らないやつがこんな場所にいるんだ!なぜなぜなぜなぜ…」
男は自分ではない誰かに負けているの女にすら怒っている。
しかしこいつは…ひどいな。まともに思考するための頭が残っていないんじゃないのか?
『意外とそうかもしれませんよ。不死者は悪霊と違い人間だったころの意志を残せる代わりに死者といっても人間に近いです。悪霊や怨霊のように未練で生きているわけでないなら思考する器官がある以上は時間とともにだんだんおかしくもなるでしょう。女も最初に頭の中まで腐ってしまったのか、と聞いていたじゃないですか』
そんなものか。
しかし面倒なのに会ってしまったな。
まだ一人で何か言っているぞ。
「そうだ消さなければ。汚れを落として真っ白にしてからもう一度汚せばいいんだ。なぜこんな簡単なことに気づかなかったんだろう」
いかにもいいことを思いついたといった風に意味不明なことを言い出す。
あの女はよくこんな男を好きになれたものだ。
それとも昔はまともだったのだろうか?
なんにしても付き合ってられんな。
しかし向こうは完全にやるつもりのようである。
男は剣を抜くと先ほど意味不明な言動をしていたとは思えないほど鋭く剣を振る。
一息分ほど反応が遅れたが男の剣に何の脅威も感じなかったので防御など無視して切り返す。
だが男は素早く剣の軌道を変え俺の剣を防ごうとする。
そう言う技なのか不死者の体の影響かは分からないがむちゃくちゃな動きと速度である。
だが受けようとした時点で剣ごと食って終わりなのが決定したな。
そう思うが男の剣を食ったところで男が凄まじい速度で後ろに飛び退く。
最初から使わなかったということは逃げる時や危険な時にしか使えないような技なのだろう。
『おもしろい技ですね。竜牙兵の時のように私をあの男に着せてくれたらあの技を覚えられるかもしれません。やってみませんか?』
男の技は使えて女の技は使えないのか?
『あの女が使っている術は高度すぎて分かってもどうせ真似できません。でも男の方はあんな頭でも使えてるんですから何とかなるかと思ったんですよ』
なるほどな。
あれが使えたら便利そうだし試してみるか。
剣を失っているというのに男はまだやるつもりのようだ。
逃げられても困るのでありがたいがやはり頭の方は壊れているのだろう。
地竜を始めて食った時のように男の足元の雪を食う。
さすがの男でも足場がないと逃げることはできないらしい。
偶然考え付いた捕縛術だがかなり便利なものだ。
飛ぶことのできない相手ならこれだけでほとんど無効化できる。
あの女と戦って気づいたが距離を取られると何もできないがそれでも使い勝手はいい。
必死に抜け出そうともがいている男にジズドを着せる。
すると男は見る見るうちに年老いていく。
最終的にカラカラになった死体が一つ出来上がった。
生きたものがジズドを着るとこうなるのか。
『わかりましたよ。私を着れば危機になった時に勝手に発動します』
どうやら成功したらしい。
常時発動の技のようだ。
難しい理屈を言われてもわからないのでありがたい。
「…きさまは…何者だ…一体なにをしたのだ」
女の声がしたので振り返ると真っ白な肌をさらに白くした女がこちらを見ていた。
どうやら体はもう動くようである。
すごい回復力だな。
そう言えば男のことで頭がいっぱいだったがこの女は俺はこの男だと思っていたのだったな。
それが実は鎧を脱げば悪霊であり鎧を着せられた男が死体になるのを見せられ、悪霊が再び鎧を着たなどつい独り言を漏らしてしまっても仕方ないだろう。
女と眼が合う。
「ひっ」
急に怯え出したな。
視線を俺に合わせたまま後ろに下がっていく。
殺すつもりはないからそこまで怯えられても困るのだが。
(殺すつもりがないならいっそこの女を配下にしてしまえばいいのではないか?)
話せないから言いたいことが伝わらないだろう。
(死霊兵と話したか?契約ならば感覚的なものだから何とかなるだろう。配下にさえしてしまえばどうとでもなる)
なるほど。だが死霊兵は意志がないがこの女は意志がある。俺は面倒は嫌だぞ。
(契約ができている以上やつらに意識はあるはずなのだが…今はまあいいだろう。なんにしてもおまえには人間の言葉を話せる存在が必要ではないのか?それに私たちの戦力も充実してきたのだからその指揮官がほしいと思ってな)
筆頭君でいいじゃないか。
(どれだけ嫌なのだ。筆頭のやつは前に出て戦う戦闘方が得意だが、この女は後ろで攻撃するのが得意だった。なかなかの実力者だし配下にしておけばいいではないか)
確かにそうかもしれないな。
まあアリエルがそこまで言うならそれでいいか。
しかし配下にするための契約のやり方なんて知らないぞ。
(私に任せておけ)
いつもは無駄な力を使うとか言っている癖にこんな時は乗りがいいな。
(どうせお前の力しか使わんからな)
まあなんでもいい。早くやってしまおう。
「え?」
女が驚いているようだ。
契約がどんなものかは知らないが悪霊から配下になれと言われれば驚きもするだろう。
しばらく沈黙が続く。
これ本当に大丈夫なのか?
(迷っておるようだな。面倒な女だ)
『この状況なら普通断らないように思いますが魔族は違うんですか?』
(魔族が配下になるということは、己が相手より下だと認めることと同じだからな。魔族では一度配下になれば主が死んでもその主につくすのが普通だ。この女はプライドが高そうだから多少は渋ると思ったが…まさかここまで考え込むとは思わなかったな)
アリエルにとっても意外ということか。
これだから面倒の多そうなやつは嫌だったんだがな。
「私の名前はメディアです」
立ち上がって名を告げ頭を下げる。
ようやく決まったようだ。
ずいぶん長くかかったがこれでようやくここでやることは終わったのか。
「最初からここを攻略するつもりだったのですか。レクサス様も人が悪いですね」
そういいメディアは苦笑を浮かべる。
というか俺は名前を言っただろうか?
それにいつものことだが心を読まれているな。
(契約とはそういうものだ。まあ配下が手に入ったのだからなんでもいいだろう)
たしかにそうだな。せっかく配下にしたのだからメディアにはこの世界を案内してもらうか。
「お任せください。私自慢の氷結世界、きっと気に入ってもらえると思います」
そういいメディアが歩きだしたでそれについていき説明を聞きながら氷結世界を案内してもらうことになった。
この時レクサスは配下を増やすのも意外におもしろいな、くらいにしか思っていなかった。
だが長く誰の配下にもならなかった氷の女王がついに配下となった。
これは氷の女王を狙っていた多くの魔族の男に衝撃を与えるだけではなく山の近くに住む者たちに少なくない警戒心を植え付けることになる。
氷の女王が住む氷結世界には吹雪であればどこの山からでも行ける。
それは氷結世界からなら吹雪の山に自由に行けるという意味なのだ。
今までは氷の女王がわざわざ攻めてくるような性格ではなかったので気にしなくてもよかったがこれからはこうはいかないだろう。
こうしてレクサス達は魔族たちからも警戒されてしまうことになるのだが当然レクサス達はそんなことは知らない。
魔族に警戒されていることをレクサスが知るのはまだまだ先になるだろう。




