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迷宮の王をめざして  作者: 健康な人
一章・鉄の王編
19/72

~死者の軍勢~

 最初は小さな違和感だった。

 血の匂いに誘われて現れる犬型の魔獣がほとんど現れない。


 そんな状態がしばらく続いたため思い切って若い狩人を連れて普段より多くの人数で狩りをする。

 やはり魔獣はほとんど現れなかった。

 多くの獲物を運ぶため森にすむ大猿の襲撃を警戒したがそれもなかった。

 それを数回おこなったがすべての狩りで誰も欠けることはなかった。



 そうなると小さな違和感など忘れて皆が喜び狩りを続けた。

 唯一鬼族の縄張りには近づかなかったがこれはいつものことである。

 だが幸か不幸かこれこそが狩人たちが生き残る代わりに過去最大クラスの異変の始まりを見逃すという選択だったことにこのときは誰も気づかなかった。






 夜、鬼族の森に血の匂いが広がっていた。


 鬼族は強い。

 強いからこそ今の今までここに鬼族が住んでいると知られていても当然のように生きていけた。

 だが今はその前提が崩れていた。

 地面に倒れる死体はすべて鬼族だったものだ。

 死体を踏みしめながら次々と悪霊が現れる。

 本来の悪霊であれば群れたとしても鬼族を殺すことなどできはしない。

 だが今は違う。

 数えることすらできないほどの悪霊の群れ。

 中には地竜らしき悪霊やぼろぼろではあるが巨大な竜の悪霊までいる。

 しかし本来であればどれだけの数がいたとしても鬼族が一方的に殺されるなどあり得ない。


 必死に抵抗する鬼族の一体が悪霊の頭蓋を砕く。

 本来はこれで死ぬはずだが砕けた頭蓋が先の光景を巻き戻すように再生する。


 あり得ない光景だがこの悪霊が特別なわけではない。

 今鬼族と戦っている悪霊は一体の例外なくこの能力を持っている。

 これこそが鬼族のみが死んでいる理由。

 相手が死なないのだから死ぬのはこちらだけになるのは当然である。


 頭蓋を砕いた鬼族はそのことに少しだけ怯むが戦いを続ける。

 だが鬼族はいつの間にか振り下ろされた巨大な竜の悪霊の腕に潰されあっけなく死んだ。

 そして悪霊達は鬼族の死体を踏み逃げている鬼族を追う。


 圧倒的数と不死性に頼った一方的な蹂躙が続く。

 そんな中死なない悪霊を倒し続ける鬼がいた。

 振るわれる剛腕は一撃で悪霊を砕き砕けた骨のかけらが凄まじい速度で飛び散り後ろに控える悪霊と木を巻き込みながら破壊の跡を刻む。

 さらにこの鬼に倒された悪霊はいかなる術式によるものなのか再生を抑え込まれている。

 威嚇のための咆哮は物理的な衝撃すら伴い鬼の正面部分を吹き飛ばす。


 そんな破壊をまき散らし続ける鬼は笑っていた。

 久方ぶりの戦だ。

 濃厚な血の匂い、充満する死の匂い、そしてそんな中ですら己は生きているのだという実感。

 守るべき見方も殺すべき敵も関係なく生きるためただ全力を振るう。

 この森にすみつく前の鬼族の戦いがここにはあった。


 そんな鬼に斬りつけてくる悪霊がいた。

 今までの雑多な悪霊ではない。

 骨にすらしみ込んだ血の匂いが目の前の悪霊が殺した鬼の数を物語っているようだ。


 その斬撃に応えるように悪霊を殴りつける。

 悪霊は剣を持っていない方の腕が吹き飛ぶが鬼も片腕を斬り飛ばされる。


 鬼は雑魚ばかりで食いあきていたところだというように壮絶な笑みを浮かべる。

 鬼の腕はすぐさま再生し傷など最初からなかったかのようだ。

 しかし対峙する悪霊の腕は再生しないままだ。

 しかし悪霊はそんなことは関係ないとでもいうように再び鬼に斬りつける。

 鬼は当然反撃しようと一歩を踏みこもうとするが今度の攻防では鬼の腕だけが飛ぶ。

 鬼が今まで殺したと思っていた大量の悪霊が怨霊となって鬼に纏わりつき動きを阻害していた。


 鬼はこの戦いが始まって初めて驚愕していた。

 怨霊と悪霊は似て非なるものである。

 怨霊は霊体であるがゆえに瘴気をためることはできるが肉体には干渉できない。

 そして悪霊は骨ではあるが体があるがゆえにその体を砕かれると死ぬ。

 だが悪霊が死んだからと言って怨霊になることはあり得ない。

 また怨霊は肉体をもった時点で肉体とともに死ぬという制約を受ける。

 だからこそ肉体的な接触が可能な怨霊が大量に湧いているという現状が信じられなかった。

 同時にそれを自在に操る目の前の悪霊の恐ろしさに今更ながらに気づく。


 悪霊が驚愕する鬼の首を刎ねようとするが鬼は寸前のところで悪霊の拘束から抜け出し回避する。

 だが拘束から抜け出すために無理をしたときに負った体の傷の治りが遅い。

 確実に生命力を奪われている。

 そもそもこの鬼でなければ一瞬で死ぬほどの数の怨霊がとりついていたのだがそんなものは敗北のいいわけにはならない。

 しかし意志はまだやれると思っているが肉体は確実に死に向かっている。

 鬼の力が弱まったことにより目の前の悪霊の腕が再生する。


 悪霊は自分の腕も死にかけの鬼もそんなことはすべて関係ないといった風に変わらず剣を振るう。

 今度こそ鬼は回避も反撃もできず半ばまで喉を裂かれる。

 返す刃で再び首を刎ねようとするのを片腕を犠牲にして何とか回避する。

 だが回避した時に怨霊による拘束が再び鬼を襲う。

 鬼は膝をつき悪霊という首刎ねの処刑者に向かい自ら首を差し出した形になってしまう。

 そうなった鬼の首を悪霊はなんでもないことのようにはねた。


 そうすると鬼が死んだからなのか怨霊たちに骨が集まり悪霊の姿に戻っていく。


 剣を持った悪霊は自ら首を刎ねた鬼の死体と首を持ち悪霊たちに死体をもちかえるように指示を出す。

 悪霊の目的は鬼を殺しつくすことなどではなかったのだ。

 死者の都ですべての骨を死霊兵にしたためこれ以上戦力を増やすことができない。

 だから近くに棲む鬼族を殺し死霊兵にしようと思ったのだ。


 ただそれだけの思いつき。

 それだけで一夜にして鬼族の森に棲んでいた鬼は半数に近い数を殺された。






 筆頭君と呼ばれた悪霊は自らの主の指示を忠実に守った。

 今戻ってきている主は死霊兵の軍に満足しているようである。

 わざわざ鬼族を狩った意味があったというものだ。

 主は竜たちの死霊兵を見て満足そうにしている。

 この街の修理をやっておけと言われた。

 その後主はすぐに出かけたが軍はこのまま増やしておけと言っていた。


 修理には森から適当に石や岩を持ってきたり壊れた家をばらして使えと言われた。

 次はどこから兵を調達してくるべきか。


 そう思っていると森で大量の人間の匂いがしていることに気づく。

 鬼族に気づかれないために放置していたがもうやつらを放置する理由はない。

 そう思うがやつらの住処までついていけばいいのではないかと考える。

 死霊兵の数はかなり増えた。

 部屋を守り鬼族を攻めることはできた。

 なら人間を攻めることもできるだろう。

 壁や城の修理は死霊兵を増やしてからでいいだろう。


 こうして再び悪夢が始まる。







 いつものように獲物を取った狩人たちは街に帰た。

 雪が降ると動物を見つけにくくなり飢える。

 だが今年はすでにかなりの量の蓄えがある。

 これならば今年は飢えずに過ごすことができる。


 だがその小さな望みは叶わなかった。

 突如大量の悪霊が現れたのだ。

 なぜここに?どこからこれほどの数が?

 そんな当たり前の疑問に答えるものはいるはずもなく悪霊は街を蹂躙していく。

 逃げることしかできない村人たちは何も持たず近くの街をめざすしかなかった。


 悪霊たちは村から離れたものは追わなかったがそれでも多くのものが死んだ。




 村人たちは悪霊に怯え、飢えながらも一日かけて街にたどり着き事の経緯を領主に話す。

 領主は街の主要な人物を集めその話をする。

 そうすると討伐ギルドの長がそれは死者の都から来たのだろうという。


 多くの人間が死ねば多少なりとも情報が伝わってくるがそんなものはない。

 つまり襲われたのはこの村が初めてということになるが大量の悪霊など普通は目につく。

 そうなると以前から大量の悪霊がいた近場から来たと考えるのが普通だ。

 そしてそれは死者の都以外あり得ない。


 なるほど納得である。だがなぜ急に?

 皆がそう思ったが今は理由よりもこの街にまで来るかもしれない悪霊の大群にどう対抗するかの方が大事である。

 すぐに近くの街や王都に事の次第を伝える。

 同時に死者の都の偵察に討伐者と探索者を向かわせる。

 これでとりあえずのやれることはやった。

 あとは応援部隊と頼まずともやってくるであろう神殿の不浄嫌いどもに任せておけばどうにでもなるだろう。





 死者の都に向かわせた者たちの話によると死者の都には以前と変わらない量の悪霊が徘徊しているらしい。

 だが地面に転がっていた死体は確認できなかったらしい。

 大量の悪霊が現れたのはこの死体が悪霊に変わったからという可能性が一番高いそうだ。

 また襲われた村に行ってみたが死体を含めて何も見つけることは出来なかったらしい。

 もう移動した後なのだろうか。

 速く援軍に来てもらわないとまずいことになるかもしれない。






「悪霊の群だ!」


 早朝街に響き渡ったその言葉に街の住人は飛び起き迎撃の準備を整える。

 神殿の連中は間にあったが騎士団などの援軍はまだ来ていない。

 どうにか耐えるしかない。

 そう思い防衛のために壁の上に集まるがそこからでも見える巨大な竜の悪霊がいる。

 そしてその足元にはここからでも大量の悪霊がいるのがわかる。


 逃げたほうがいいんじゃないのか?

 言葉にこそ出さないが皆の心が一つになる。


「不浄なる存在どもめ!我ら神の兵が纏めて浄化してやろう!」


 しかし防衛部隊の思いとは違い神殿の連中はやる気のようである。

 大神官が歌うように詠唱を始める。

 それに合わせて神官たちが詠唱を始める。

 心を一つにしてすべての不浄を滅する奇跡と名高い鎮魂歌である。



 竜の足元にいる悪霊が見えるようになるまで近づかれるほどの時間をかけて大神官の詠唱が終わる。


「「「「「「神よ!卑しくも生にしがみつく死者どもに正しき死を!」」」」」」


 神官たちの声が重なりその声に応えるように天からの光が悪霊に降り注ぎ悪霊たちをのみこむ。

 光が収まると悪霊であった骨がばらばらと地面に散乱していた。


 その光景を見て歓声が上がる。

 悪霊どもの大群を一瞬で浄化するという正真正銘の奇跡。

 絶望的な状況から助かったという思いから皆の気分は最高だった。

 だが喜びはすぐ終わる。

 滅したはずの悪霊たちはすぐさま組みあがっていき再び元の形を取り戻す。


 その光景に皆の動きが止まる。

 巨竜の悪霊が腕を壁に振り下ろす。

 だがそれは神官たちが壁に施した術によって凄まじい音とともにはじかれ腕が消滅するだけだった。


 その光景に固まっていた人々、特に神官たちは驚愕と安堵が混ざったような表情を浮かべる。

 だが腕はすぐに再生し今度は壁に突進する。

 再びはじくことができたが巨竜も再び再生する。

 巨竜が何度も突進してくる光景は安全だとわかっていても恐ろしいものである。


「もう一度鎮魂歌を使います!神の奇跡で浄化できぬものなどいないということを分からせてやりますよ!」


 神官たちが再び詠唱に入る。

 だが間の悪いことにこの時悪霊達の後ろに騎士団の援軍が現れる。

 それに気づいた悪霊たちは騎士団に向かって進みだす。


 悪霊たちに再生能力があることを知らない騎士団は近づかれる前に光弾で殲滅する作戦のようで横に広がっていく。

 だが悪霊に光弾が当たっても少しの間ただの骨になるのだがすぐに元に戻ってしまう。

 しかも巨竜は光弾が足止めにすらなっていない。

 そのことに気づき数名ずつに分かれるように動くが少し遅かった。


 最初に死んだのは巨竜の突進を受けた騎士たちだった。

 その後近づかれた悪霊に組みつかれるだけで死んでいく騎士たち。

 騎士たちも反撃しているがすぐさま再生する悪霊たちには足止め程度の効果しか与えられない。


 街の住人達は助けに来たはずの騎士たちが一方的に蹂躙され瞬く間に死体が増えていく様を見ているしかない。


 そんな中再度鎮魂歌が発動する。


 悪霊たちは光に包まれ骨になる。

 騎士たちはその間に街の方に逃げてくる。


 少しすると骨が悪霊に戻る。

 再び街を襲撃するのかと思ったが騎士たちの死体を持ち来た道を引き返していく。

 そのまますべての悪霊が見えなくなった時街の住人はようやく助かったのだということを理解できた。



 生き残った騎士たちは無傷であったがそれは傷を負ったものは助からなかったということと同じ意味でもあった。

 神殿の神官たちははまだ脅威の消えていないここにしばらく留まるらしい。

 騎士団の騎士たちはこの状況を伝えるために一日の滞在のあとすぐに帰っていった。


 この騒動の被害は騎士たちが千人と村人二百人ほどだった。

 しかし倒すことのできない悪霊をどうするべきかということを死者の都周辺の領主たちや王は話し合うことになる。

 だが結論は街にこもって嵐が過ぎるのを待つということになる。

 有効的な対抗策が見つかるのはまだまだ先になりそうであった。






 筆頭君と呼ばれた悪霊は今回の結果に満足だった。

 人間たちは強固な防壁を張っており満足な結果を残すことができないかとも思ったが後から現れた人間の集団のおかげで死霊兵を補充することができた。

 これならば主も満足してくれるだろう。

 あとは言われた通り壁や城を修理し部屋を守りながら次の指示を待とう。





 この街での接触の後は猛威をふるった死者の軍勢は沈黙する。

 やつらが動いていない今のうちにと周辺の街は防壁の強化を行い討伐者や探索者を積極的に取り入れ街の防備の強化を図った。

 当然今までのようにいかない悪霊に対抗するため有用な魔術の開発や魔法の信託を求めたものもいた。

 そんな中預言者がある預言を出す。


 死者が再び動く時それは彼らの王が声をかけた時になるだろう。


 この予言を知り焦ったのは討伐者ギルドの長だった。

 一般的に魔物の王種というのは自身と同じ系統の魔物を従わせているものである。

 そして王種は当然のように従わせている魔物より強いというのが通説だ。

 いつもならば胡散臭い預言など頭の片隅にとどめておく程度なのだが今回ばかりは笑い飛ばすわけにはいかない。

 どのように対抗すればいいのか?どうすれば生き残れるのか?

 こうしてしばらくの間眠れぬ夜を過ごすのだった。

主人公は王種じゃありません。

筆頭君にやられた鬼族が王種でした。

予言はそれっぽいことを言ってるだけで特に意味はないです。

ただ 王種=契約主 という意味で言えばあってます。

今回のは暴走ではなく言われた命を忠実に守った結果です。

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