表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所――忘れたはずの彼が、気になってしまう。 ―琥珀の瞳が、嘘をつくー ミア×キース編  作者: HANABI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/7

番外⑥:離したくない理由(卒業後)

また山に行きます。一歩前進。

卒業してから、キースは来週には実家へ帰ると言っていた。


ミアも春から城での勤務が決まっていて、二人でゆっくり会える時間は、思っていたより少なかった。


そんな、少しだけ残された休みの日のことだった。


その日の遠出は、キースからの誘いだった。


「明日、山の方行くか」


相変わらず不器用で短い誘い方だったけれど、ミアにはそれだけで十分だった。


山、と聞いて、少しだけ思い出したことがある。


突然の雨に小さな山小屋に駆け込んだ、あの夏の日。

屋根を叩く雨音と、薪の匂い。

冷えた手を、何も言わずに握ってくれたキースの手。


あのときは、ただ近いだけで胸がいっぱいだった。


今は――少し違う。


そう思いながら迎えた翌日。


山の空気は、街より少しだけ澄んでいた。


「ねえ、のんびり出来るね」


ミアが振り返って笑う。


山道には、街とは違う涼しい風が流れていた。

木漏れ日が足元に揺れて、踏みしめる土は少しだけやわらかい。

どこかで鳥の声がして、草の匂いが風に混じる。


「まあな。人も少ないし」


キースは周囲を軽く見渡しながら答える。


特別なことをしているわけじゃない。

ただ並んで歩いて、同じ景色を見ているだけ。


それなのに、ミアの胸は少しだけ弾んでいた。


山の風が髪を揺らす。

隣を歩くキースの足音が、土を踏む音に混じって聞こえる。


「こういうの、なんか久しぶりだね」


「……そうだな」


並んで歩く距離が、自然と近い。


手を伸ばせば触れられる距離。

でも今は、あえて触れていない。


それが余計に意識させる。


キースの歩く音。すぐ隣にある気配。

時折、袖がかすかに触れそうになる距離。


(なんか、ちょっと緊張する)


ミアが小さく息を吐いた、そのとき。

がさり、と草が揺れた。


「……止まれ」


キースの声が低く落ちる。


空気が一瞬で変わった。


さっきまで聞こえていた鳥の声が、ふっと遠のく。

草の匂いに混じって、獣のような生臭い気配が流れ込んだ。


「え――」


次の瞬間、茂みの中から影が飛び出した。


低く唸る、小型の魔物。


ただし、一匹ではなかった。


茂みの奥で、さらに二つ、三つ、赤い目が光る。

群れだ。


「……群れか」


キースの声が低くなる。


魔物そのものは、卒業した二人なら倒せない相手ではない。

けれど、足場の悪い山道で、しかもミアのすぐ横から飛び出された。


一瞬でも遅れれば、噛みつかれる距離だった。


「下がれ」


短く言って、キースが前に出る。


「キース、大丈夫!?」


「ミア、右を見ろ」


「え?」


言われた瞬間、ミアも気づく。

別の魔物が、斜面の上から回り込んでいた。


「っ……!」


ミアが火を灯す。

風を巻かせて、牽制するように炎を広げた。


その隙に、キースが地面に手をかざす。


次の瞬間、土が盛り上がり、正面の魔物の動きを止める。

さらに足場を隆起させ、斜面から飛びかかろうとしていた一匹を弾き落とした。


「すぐ終わらせる」


キースが一気に距離を詰める。


ミアの炎が、逃げ道を塞ぐ。

キースの土が、足を止める。


二人の動きは噛み合っていた。

けれど、最初の一瞬だけは本当に危なかった。


だからこそ、キースの顔から余裕が消えている。


無駄のない動き。鋭く、一撃。

魔物はそのまま崩れ落ちた。


静寂が戻る。

けれど、さっきまでの穏やかな静けさとは少し違っていた。


「……はあ」


ミアが大きく息を吐く。


さっきまで聞こえていた魔物の唸り声はもうない。

代わりに、木々の葉が風に擦れる音だけが戻ってくる。


「びっくりした……」


「怪我は?」


キースが振り返る。


その声は短い。でも、いつもより少しだけ硬かった。


「ないよ、大丈夫」


そう答えた瞬間、力が抜けたのか、少し足元が揺れた。


「おっと」


ぐっと腕を引かれる。


土の匂いと、キースの近い体温が一気に近づいた。

支えられた腕に、強い指の感触が残る。


「ほんとに大丈夫か」


少しだけ近い距離。


「うん……でも、ちょっとびっくりして」


ミアは苦笑する。


その顔を見て、キースの表情が少しだけ変わった。


「……無理すんなよ」


低くて、やわらかい声。


次の瞬間――ぐっと、引き寄せられた。


「え……?」


そのまま、腕の中に収まる。

さっきよりずっと近い。


胸元に頬が触れそうな距離。

キースの呼吸が、少しだけ乱れているのが分かった。


「……キース?」


名前を呼ぶと、ほんの少しだけ腕の力が強くなる。


「……ほんと、心臓に悪い」


ぽつりと落ちる声。


「え?」


「一瞬、間に合わねえかと思った」


少しだけ乱れた呼吸。

いつもより、余裕がない。


「お前が弱いとか、そういう話じゃねえ」


一瞬、言葉が途切れて。


「……俺が、怖かっただけだ」


いつもより低い声。

けれど、その奥に混じっているのは怒りじゃなかった。


焦り。心配。それから、うまく隠しきれていない熱。


「……ちゃんと守るけどさ」


一瞬、言葉が途切れる。


木々の間を抜ける風が、二人の髪を揺らした。

さっきまで涼しかったはずなのに、腕の中だけがやけにあたたかい。


「……離したくなくなるだろ」


その一言で、ミアの心臓が強く跳ねた。


(なにそれ……)


顔が一気に熱くなる。

でも。そのまま、そっと腕を回す。


「……ありがとう」


小さく言って、ぎゅっと抱きつく。


キースの体温が、はっきり伝わった。

さっきまで緊張で冷えていた指先まで、じんわりと熱が戻っていく。


安心と、ドキドキが混ざる。


山の風はまだ少し冷たいのに、腕の中だけがやけにあたたかい。


少しだけ間があった。


キースが、静かに息を吐く。


そして――


「……好きだよ」


低くて、まっすぐな声。

いつもより、はっきり。


ミアの思考が、一瞬止まった。


「……え」


顔を上げる。


キースは少しだけ目を逸らしている。

でも、腕は離れない。


「こういう時くらい、言っとく」


少しだけ照れたように言う。

その声が、胸の奥にゆっくり染み込んでいく。

ミアの顔が、一気に赤くなった。


「ちょ、ちょっと待って……!」


「なんだよ」


「今のは反則でしょ……!」


言いながら、でも笑っている。


嬉しくて。恥ずかしくて。

どうしたらいいか分からない。


次の瞬間。


「もう無理」


そのまま、勢いよく抱きつく。


「おい――」


ぐっとしがみつく。


「嬉しい……!」


そのまま顔を埋める。


キースの服から、外の風と草の匂いがした。

少しだけ土の匂いも混じっていて、妙に安心する。


キースは一瞬だけ固まって、それから、ふっと笑った。


「……大げさだな」


そう言いながら、軽く持ち上げる。


「え!? ちょ、ちょっと――!」


「落とさねえよ」


キースは当たり前みたいに言う。


視線が近い。


さっきまで少し離れて歩いていたはずなのに、今は息がかかりそうな距離にいる。

腕に支えられているせいで、逃げる場所もない。


でも今は――恥ずかしさより、嬉しさの方が大きかった。


風が吹く。


木々の葉がさらさらと揺れて、山道にやわらかな音を落とす。

さっきまで張り詰めていた緊張が、ゆっくりほどけていく。


「……ねえ」


「ん?」


「もう一回言って」


「やだ」


「なんで!?」


すぐにいつもの調子に戻る。


その空気が、心地いい。


雨宿りしたあの日は、手を握るだけで精一杯だった。

何も言えなくて、それでも離れなかった。


でも今は、ちゃんと近づける。

抱きしめられて、好きだと言われて、それを嬉しいと思える。


ミアはむっとした顔を作ってみせるけれど、すぐに笑ってしまった。


「さっきは言ってくれたのに」


「一回言っただろ」


「一回じゃ足りない」


「欲張りだな」


「そうよ」


ミアは少しだけ腕に力を込める。


「キースのことだもん」


その瞬間、キースの動きが止まった。


今度はミアの方が、少しだけ勝った気がした。


「……お前な」


低く呟く声。


けれど、怒ってはいない。耳が少し赤い。


ミアはくすっと笑う。


キースは小さく息を吐いて、それ以上は何も言わなかった。


でも。抱き上げた腕は、さっきより少しだけ強くなる。

繋いだ温度は、さっきよりもはっきりしていた。


山の風は涼しい。


けれど、二人の間に残った熱は、しばらく消えそうになかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ