Welcome to xxx. 第一章スローライフ、ただ過ぎてゆく時の中で⑥
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俺たちは幼馴染でありそれ以上でも以下でもない。高校生になり、周りでは彼女がどうとかいう話を聞かないことはないが、塩谷さんとはこの距離感が心地よい。幼少期に家が近くて母さんがSOSを出しては塩谷母が家に来て、しょうがないわねと言いいつも相手をしてもらっていた母さんの姿は今でも覚えている。当時のつゆりからすれば自分の母親を見ず知らずの男の親が奪い取ったと難癖つけそうなものだったが、親が親なら子も子だった。家でアンパンマンや映画を見てすごしていた俺の手を引っ張って公園に連れて行くなり「ずっと、テレビみてたら、おめめわるくなっちゃうんだよ」と笑って俺の手を取ってくれた。
こういう場合、関係があるようで関係がない家事能力限りなくゼロの母さんの子供である俺に無意識に当たってしまってもおかしくはないと思う。でも、実際には俺に優しく笑いかけ、こんなインドア男を公園まで引っ張って行ってくれたのだ。つまり、彼女は俺に心の広さとは何ぞや、ということを教えてくれたのだ。彼女の精神年齢に敬礼!……あー、えーっと、まとめるとすんげー優しいってことね。
「ここらへんで、もう一度曲がってみる?」
「ん?ああ、そうだな」
何度か適当に曲がり今は結構深い所まで来ていた。自販機などは無く、住宅街の例題みたいだ。
今日は雲ひとつ無い夜だが、地上の人工の灯りのせいで星は見えない。Tシャツにジャージ、ジーパンという格好の俺だがちょうどいい気温だ。塩谷さんはというと薄い桜色のワンピースにパンツの服装だ。
二人で歩き始め、会話という会話はもっぱら春休みについてであった。最初はぎこちなかったが次第と丸くなっていき、文字通り空いた時間を埋めるように会話が紡がれていった。
何より静かだった。まるで二人の会話を邪魔するものが意図して消されているように思えるほど静かだった。
つゆりはどうやらこの春休みからバイトを始めたらしい。喫茶店というのは中々いいチョイスではないか。
「―でね、そこの店長さんがねえ、」
「ん?」
「どうしたの?」
前方に何かが置かれているのを見つけた。
「なあ、あれ……」
「え?なんだろ」
俺達は不審に思いながらゆっくりと近づく。
何か嫌な予感がする。
楽しい雰囲気が一転、空気が張りつめる。
そもそも、俺たちが今ここにいる目的はなんだ?傷害事件を起こしている奴を見つけようとしているのではないか。
実際に事件は起きているのだ。
そんないつ自分が同じ目にあっても文句が言えない状況で俺達は一体なぜこんなことをしているのか。
今更ながら、自分たちの行動の甘さに嫌気がさす。
アンコウが垂らす提灯に群がる小魚。
花の近くで擬態しているカマキリに気付かずに蜜を吸いに行く蝶々。
今更になって、自分たちが如何に軽佻浮薄であったかがそれを感じろと言わんばかりに背筋や体に蟻の大群が走り抜けたかのようにゾロゾロと奔る。
生唾を呑み込む音が警鐘のように大きく感じる。
横にいるつゆりの息づかいがひどく静かだ。俺の緊張が伝わってしまったのかもしれない。
俺はリュックから細身の懐中電灯を出し、まず足元を照らしてそこから徐々に置かれている何かに向かって光の線を動かす。
ゆっくりと、ゆっくりと灯りを動かす中つゆりがギュッと服の袖を掴んだ。
場の空気に飲まれるってやつか……。俺の心臓もいつもより早く動いてる。
またゴクリと唾を飲み込みようやく灯りが何かに到着する。
「こ、これって……!?」
顕になったものに対し口元に手をやり吃驚するつゆり。
おいおい、マジかよ……!!