5月〜球技大会〜
始業式も終わり、クラス内で仲良しグループが形成され始める頃……本日は僕にとって憂鬱な催し物がある。空は嫌になる程青く、当分雨も降りそうにない。如何にして今日をやり過ごすか。そんなことを考えていると、いつものように聞き慣れた声が降ってくる。
「おはよー、芹。」
「……おはよう。」
「今日は球技大会だね。」
そう。今日は球技大会なのだ。運動の苦手な僕にとっては迷惑以外のなにものでもない。暗澹とした気持ちを隠しきれずについそっけなく返事をする。
「あれ、なんか元気ない?」
「いや、憂鬱だなと思って。」
「あ、そっか芹運動苦手だったね。」
「どうせ僕はスポーツテスト万年Dですよ。」
「そんなふてくされないでよ。」
「芹は運動できていいなぁ。僕ももっと運動できたらなぁ。」
「芹にはパソコンの技術があるじゃん。動画の編集とかプログラミングとかさ。私からしたらすごく羨ましいけどなぁ。」
芹は機械類の扱いが苦手だ。相対的に見て僕の方が扱いは慣れている。ただ、彼女がそれを羨んでいるというのは少し意外だった。なんとなくそんな気持ちを抱かないような気がしていたけど……。結局人間ないものねだりしながら生きていくものなのかもしれない。
「君は頭が良くて、私は運動が得意で、だからこそ『相方』と呼ばれるまで仲良く慣れたわけだしね。」
それでもそんな感情ときちんと向き合って自分にできることをやろうと思える芹はやっぱり凄いと思った。
「芹、どうかした?」
「いや、大丈夫だよ。ただ僕なりにちょっと頑張ってみようと思っただけ。」
彼女は少しだけ驚いたような顔をした後、微笑んで言う。
「うん。頑張って。」
——————
教室の後ろでたむろっていると、一人が突然ドアの方へ駆け出した。
「おはよー、なーちゃん。」
藤子がそう言ったのを聞いて薺が来たのだと気付く。ということは、恐らく芹もいるのだろう。中学時代からの親友と話をするために自分もドアの方へ向かう。
「あ、おはよう。萩悟。」
藤子とやんやと言い合っていた芹がこちらに声をかけてくる。
「おはよう。球技大会だな。」
「芹が思ったより元気でつまんなーい。運動できないことをからかってやろうと思ってたのに。」
「残念だったな。僕は自分にできないことは仕方ないって割り切れるタイプなんだ。」
友人の口から出た言葉に首をかしげる。確かに芹はさっぱりした性格であるけれど、劣等感が強くて割と引きずるタイプだったはず……。
ふと思い当たって彼女の方をちらと見る。薺と一緒に居るようになってから彼は随分と明るくなったように思う。前までも決して根暗な方ではなかったのだけれど。どちらにせよいい変化だろう。
「萩悟、男子って何時からだっけ?」
「確か、9時半からじゃなかったか?」
「女子は10時半からだったよね。」
「うん。」
花穂からの問いに薺が応える。
「なら、こっちが終わったら女子の応援に行こうぜ。」
「そうだね。」
「じゃあ各々球技大会頑張ろうな。」
萩悟の一言でその場はお開きとなった。
——————
時刻は10時過ぎ、上がった息を抑えながら萩悟とともに水飲み場へと向かう。
「ごめん……。僕のせいだ。」
「そんな気にすんなって。あれは向こうが強すぎんだよ。それより、指大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
「ちょっと休憩したら、女子の方見にいこうぜ。」
「うん。」
水を飲み、大きく深呼吸をする。大分落ち着いてきたので、その旨を萩悟に伝え、女子の競技会場へ向かう。
すると、ちょうど薺達の試合が行われていた。
「薺!」
花穂の声に合わせ、薺は大きく飛び手を大きく振り下す。
「すっげ。」
「薺の身長と身体能力はバレーにはうってつけだよね。」
あまりのスパイクの強さに思わず苦笑する。
「でも、思ったより苦戦してるみたいだぜ。」
萩悟に言われ、得点表を見る。18対17。勝ててこそいるものの接戦であることには間違いない。
そんな話をしていると、再び笛の音が鳴る。相手の得点だ。どうやら向こうのチームにはバレー部のエースがいるらしい。
その後も一進一退の攻防を繰り返す。
「頑張れ、薺。」
思わず小さい声で呟く。
「お、花穂達こっちに気付いたらしいぞ。」
コートの方を見ると、薺が大きく手を振っている。先刻の呟きが聞こえたのかと思い慌てたが、その様子はなさそうだ。
流石に大きな声で応援するのは憚れるので、両手を握りジェスチャーで応援の意を伝える。すると何故か少し顔を伏せたように見えた。
「薺、大丈夫かな?少し俯いていたようだったけど……。」
「疲れてるんじゃないか?ここまで拮抗していると大変だろうし。」
そうかもしれない。熱中症とかになってないといいけど……。
笛の音が鳴る。どうやら次は薺のサーブのようだ。22対23。いつの間にか逆転されている。ボールを高くあげ、勢いよく跳ぶ。体育館上に轟音が響く。
「相変わらずすげぇな。」
「ね。でも少し雰囲気変わった?」
それを裏付けるように次々と得点が入る。
「うぉ、もうマッチポイント。」
頑張れ……。強く拳を握りしめる。
激しい音と共にラインマンが旗を下に下げる。試合終了を告げる大きな笛の音が鳴る。
——————
藤子に促され上を見ると、芹と萩悟が応援に来てくれていた。ただ芹は(考え事でもしているのか)こちらの方を見ていない。気づいてもらえないかと手を振ってみることにした。すると、こちらに気づいた芹が応援のジェスチャーをしてくれた。
何あれ……、可愛すぎない?
「なーちゃん。次サーブだよ。」
藤子に言われ、我に帰る。今は試合に集中しないと。
ボールを持ち、相手のコートを見る。
あ、何か良いかも……。直感でそう感じ思いっきり跳ぶ。笛の音と共にこちらの得点表が動く。本当に調子が良い。芹が見てくれているからかもしれないな。そんなことを考えながら再び跳ぶ。その後もサーブは無事入り、返されることなく勝利することができた。
——————
「優勝おめでとう。」
「ありがとう。」
球技大会も終わり、いつもの道を二人で歩く。
「まさか優勝するとはね。」
「チームのみんなのおかげだよ。」
「格好良かったよ。薺。」
また不意打ちだ……。思いがけないダメージを受けて思わず下を向く。
「今日の主役だったね。」
例の如く、芹が覗きこんでくる。照れているのを隠すために頑張って前を向く。
本当は私は自分の気持ちに気づいているのかもしれない。彼のことを可愛いと思うのも応援されて元気が出るのも、褒められて照れるのも、全部きっと……。
「薺?どうかした?」
「何でもないよ。」
でももう少しだけ気づかないフリをしていよう。今はまだこの関係を壊したくないから。
「ほら、早く帰ろう。芹。」
「う、うん。」
この気持ちを伝えた時、君はどんな反応をするのだろうか。それぞれにとって好ましい反応であればいいなと思った。




