MEMORY・?? 始まりの種
規則正しい音が聞こえた。
心臓の音らしい。
私はどうやら生き残ったようだ。
酷い交通事故だった。
父も母も多分即死だ。目の前に迫ったトラックに押しつぶされたのはしっかりと記憶に残っている。
悔しいけれど、私は何も出来なかった。
何も出来ずに、車の中で押しつぶされて、多分死んだ。そう思っていたのに、私は生きていたらしい。
といっても、全身に力は入らない。
頭から下に指令が届かないらしい。
口には呼吸器、首を傾けて見えた細い腕には管が刺さっていて、栄養を補充されているのが見えた。
全身不随。もはやベッドに寝た切りで、二度と起き上がることは出来ない。
先生の一人がそんなことを言っていたのが聞こえてしまった。
聞こえたからといえどもどうにもならない。
どうせ私はただここに寝ているしか出来ないのだから。
「……あれ? ここトイレじゃない?」
ふいに、誰かの声が聞こえた。
「むぅ、やっぱり清掃中だからって別のトイレ探しに来たのは失敗だったかも、無事に行けるかなぁ? あ、ごめんね? ……あれ? 誰かいると思ったんだけど、誰もいないの? 動きがないから分からないよ」
動けと言われても動けないのだからどうしようもない。
なんとか声を出そうとするが、呼吸器のせいで上手く声が出来ない。
「あ、トイレ、漏れちゃう。多分この近くのはず……」
私が何も出来ないでいる間に、声の主は部屋から出て行ってしまった。
本来なら、ソレで終わりだ。
接点もない相手と移動も出来ない私ではこれ以上出会うはずがないはずだった。
「また来たよ」
数日後、そいつはひょっこり現れた。
「城内先生に聞いて来たんだよ。あなた、菅田亜子っていうんでしょ? 私はね。赤坂葵。ごめんね私目が見えないから貴女がどんな状態かわからないの」
そんなことを言いながらよたよたと入ってきたそいつは、慣れた手つきで椅子を引っ張り、私が寝そべるベッドの横に座り込む。
「病院生活長いとやることなくなって暇だよね?」
えへへと笑う彼女には悪いが暇でも私はここにいるしかできないのだ。
何も出来ないのに暇潰しなど出来る訳もない。
「あのね。城内先生っているじゃない? 凄くカッコ良くて優しい先生。えっとね、城内真一っていう先生だよ」
優しいとかカッコイイとか言われても困る。こちらは何もしゃべれない状況だ。
そういえば、この前キキという少女と共にやってきた医者が真一とか呼ばれていたな。
あいにく名前は知っているがこちらからは顔も見れないのでキキとかいう女も城内先生とやらに呼ばれていたからいると分かっただけだ。
「眼の見えない私にね、凄く優しくしてくれるの。貴女の目は必ず直しますって、きゃーっ、私にきっと気がありますよね、私、目が見えるようになったら絶対告白します。って心に決めてるの」
やめとけ、医者が患者に優しいのはただ給料貰ってやってる仕事だからだ。
そりゃ給料関係なく人の命を救いたいとかの理由持ってる奴もいるかもだけど、基本は金儲けで地位を上げる事が奴らの目的だ。じゃなけりゃ回診の際に医者団引きつれて廊下歩いたりはしないだろう。
あの団体が歩く音は不快だから出来れば止めてほしいのだけど。
「それでね。この前城内先生が……」
さっきからこいつ城内先生の話しかしてなくないか?
多分違う話してるんだろうが、全部同じ話に聞こえてくるんだが?
はぁ、最悪だ。変なのに眼を付けられた。
まぁ、無為に日々を過ごすよりは多少マシか?
だが他人の自慢話なんぞ気かされてもいい気分ではないのだが。
私にとっては城内先生なんぞどうでもいい存在だ。
それでも、何日も言われていれば気になってくるもので、城内先生が来ると、あ、噂の奴来た。とちょっとテンションが上がるようになった。
といっても相変わらず体は動かないし、声も満足に出せないのでこちらから何かをすることなどできないのだが。
「さて、そろそろ効果が出て来てもおかしくないのですが……」
「菅田さん、腕に力を入れてみて」
ある日、その城内先生とキキが私の病室にやってきた。
何か投薬の効果があるらしい。
言われるまま意識する。
やはり感覚は無い。
「ダメ、ですか?」
「真一、待って。呼吸器取ろう」
「呼吸器を? 殺す気ですかキキ?」
「まさか、一瞬だけでもいいわ。ちょっと気になるから」
私から呼吸器が取り外される。
病院の空気が鼻腔をくすぐる。
「空気、こういうのでも美味しいと感じるものね……」
声、出た?
「これはっ!?」
「やっぱり。末梢にまでは届いてないけど、自力呼吸出来る位には回復出来てる。これなら個室じゃなく四人部屋でもいいと思う」
「そうですね。最近物騒ですし、彼女にも四人部屋に移っていただきましょうか」
え? 私四人部屋に行くの? 全身動かないんだけど、いいの?
個室に残ったらしい赤坂葵、そして四人部屋に移った私の人生、きっと、この時変わったのだと思う。ただの話友達から、殺し殺され合う関係へ。
できるなら、葵、私も、私も連れて行ってほしかった……
最後にインセクトワールド社首領さんの過去話を挿入。
明日からは鎖無君の話を一小説分書いていく予定です。




