61話 月下の襲撃
くかー、と満面の笑みを浮かべながら寝こけるメルカの顔を見て、俺は深いため息を吐いた。
さっきまで昂っていた心がしおしおと音を立てて萎んでいく。
結局メルカは寝ぼけていたせいで間違えて俺のベッドに潜り込んだだけのようだ。
俺は彼女が目を覚まさないよう慎重にベッドから腰を起こすと、『照明魔法』を消した。
こんなところを誰かに見られては一大事だ。
すっかり熟睡してしまっているメルカを起こして騒がれると面倒だし、穏便に事を進めるためにも俺が自分の荷物を持ってメルカの部屋で寝ることにした。
「なんだか、今日は一段と疲れたな」
やはり蚊の姿でいるより、こうして人間の子供の姿でいる方が体力の減りは早いようだ。
俺は大きな欠伸を浮かべながら立ち上がると、ゆっくりと歩いて部屋の外に出た。
部屋の扉を閉めると、一条の月明かりが廊下を照らし出しているのが見えた。
窓から見えるそれは奇妙なほどにでかでかとした満月で、赤い血のような輝きを放っては不気味な空気を醸し出している。
「なんか妙な気配を感じる……」
そう呟きながら窓の外を眺めていると、急に厚い雲が陰りだし煙に包まれるようにその赤い月は隠れていった。
背筋が凍るような感覚が全身駆け巡ると、俺は急いでメルカが休むはずだった部屋へと急いで扉を閉めてベッドの中へと潜り込んだ。
僅かにベッドからメルカが残した生暖かい温もりが伝わってくる。
俺は毛布に包まれながらゆっくりと目を閉じた。
「キャーーーーーーーーーーーッ!!!!」
しばらく経っても妙に頭が働いていて、なかなか睡眠状態に陥ることができずに白昼夢を彷徨っていた頃、突然誰かの叫び声が聞こえて一瞬で俺の意識は覚醒した。
「あの声は、メルカか!?」
ガシャンッ! ガシャンッ!
慌ててベッドから飛び起きると、次々にガラスが飛び散る音が鳴り響く。
側にあった武器を手に取って廊下に勢いよく飛び出した。
「!?」
するとそこには紫色の三角巾を被り、丈長の装束を身に纏った人影が三人こちらに向かって走ってくる。
奴らの手には鋭いダガーが握られていて、それは今にも俺の身体に突き立てられようとしていた。
殺られる!?
俺は咄嗟にそう戦慄した。
不用意に廊下に出たのが迂闊だった。
今、強力なスキルを使えば、この宿舎にいる仲間たちや店主にまで被害が及んでしまう。
人間の姿であることが逆に仇となっていた。
ちくしょうっ!
これだと今の俺はただの非力な子供と変わらない!
ダガーが目の前まで迫り来る中、俺は必死で考えを巡らし目を固く閉じながらも必死に手を伸ばした。
「『照明魔法』最大出力!」
カッ!
閃光のような眩い光が奴らの視界を焼き付ける。
「!!」
奴らは声なき声を上げながら両目を手で覆いながら大きくのけ反った。
暗闇に慣れた奴らの網膜は完全に焼き切れて失明同然の状態になった。
「でやぁぁぁぁああああああああ!!」
俺は剣を抜いて必死で人影に突き立てる。
ズブリッ!
肉を切り裂く感覚が生々しく刀身を伝ってくる。
この感触、モンスターじゃない! こ、これは!?
不吉な感触に我に返りそうになったが、まだ生きている人影が音だけを頼りにダガーを振りかざして飛びかかってきた。
こいつ、俺を押し倒すつもりか!
そう瞬時に悟った俺は咄嗟に剣を離し、敵の攻撃を脇に前転しながら躱し、そのまま奴の背中に蹴りを叩き込んだ。
するとその人影は他の仲間を巻き添えにして倒れ込む。
「はぁっ!」
俺は激しく呼吸を吐きながら死体から自分の剣を引き抜き、倒れ込んだ残りの二体に刃を振り下ろしてトドメを刺した。
「グギギギギ……」
断末魔を上げながら絶命する奴らを見届けると、俺は頭に残る嫌な予感を振り払いながらメルカがいる部屋へと飛び込んだ。
「メルカ! 無事か!?」
叫ぶ声は虚しくベッドの上には誰もおらず、窓が破壊された状態で開いており、そこから吹き抜ける風でカーテンだけがなびいていた。
ま、まさか!
「アイシャ!」
嫌な予感がして隣で寝ているはずのアイシャの部屋に飛び込むと、窓ガラスが割られていて彼女の姿もまたそこにはなかった。
「ククリ!」「ゼル!」「シスター!」
俺は他に仲間が取り残されていないか、次々に別の部屋に飛び込んだがその甲斐虚しくそこはもぬけの殻だった。
みんな、奴らの仲間に拐われてしまったのだ。
突きつけられる現実に、俺は今の状況をそう認めざるを得なかった。
廊下で倒れている死体を見つめながら、俺はゴクリと唾を飲み込んむ。
深々と覆いかぶさった三角巾を剥がせば、奴らの正体がわかだろう。
止めろ! 奴らを暴くな!
自分の本能がそう訴えかけてくる。
だが敵の正体を掴むために三角巾を外さないわけにはいかなかった。
止めろ! 止めろ! 止めろ! 止めろ! 止めろ! 止めろ! 止めろ!
俺は震える手で奴らの三角巾を剥いだ。
その途端、嫌な感触が剣を掴んだ手のひらに蘇ってくる。
「そ、そんな……」
そこにあったのは、この宿屋の店主、その人だった。
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